3-7 蜂型モンスターの追撃
エリックは目の前に迫っていた巨大な針をギリギリでかわした。
空中で剣を振り回す。旋回して眼前に迫っていた蜂型モンスターを真っ二つにする。
そうしている間に、巨大な顎が背後から迫ってくる。体をできうる限り小さくして、なんとか致命傷を負うことだけは免れる。背中の薄皮に掠めたらしく、焼けるような痛みを覚えた。
「……っく!」
地面がすごい勢いで近づいてくる。着地はどう考えても無理そうだ。
エリックは丸くなり、体を小さくしながら、転がるように着地した。地面に触れても転がって衝撃を横に逃がす。
ある程度、転がってからパッと身を起こした。すこしだけ、脳が揺れたような気がした。それでも、素早い状況把握に努める。
「げ……」
現実は甘くない。
エリックを追っているモンスターはしっかり追尾してきている。相手は多数。エリックはファミリーと逸れて一人きり。
正面からぶつかれば、勝ち目はない。
エリックはそれでも、ここで殺す、とそのぐらいの意気込みで剣を構えた。ぎゅっと柄を握り締め、息を必死に整える。視線を反らすことはない。
モンスターたちが、一度エリックから距離を取り、体制を立て直す。
場の空気が、高まって今にも戦闘になりそうだという雰囲気になったところを見計らって、エリックは後ろへと駆け出した。
一瞬の間。
出遅れたモンスターが目を真っ赤にして追ってくるのが分かる。
分かれ道が見えた。
一方は上へと続いている。そして、もう一方は下へと伸びている。
地下に潜れば潜るほど、モンスターは強くなる。
一般的な知識を信じて、エリックは迷わず上に続く道へと飛び込んだ。
蜂型の追撃が始まる。後ろで、土壁が崩れる音がした。もつれる足を叱咤しながら、前へ前へと進む。
剣の構え方とか意識している余裕はない。必死に薙ぎ払う。ぬやみやたらに振り回す剣に蜂型も警戒して距離を置いてくれたようだ。
しかし、先回りされ、思うような道へと進めない。
左腕からは血が絶え間なく流れている。このままでは追い詰められる。
道はしばらく上に掘られていた。
蜂型の追撃を何とか交わしながら、エリックは一本道を進んだ。
いまさら来た道を戻って、見つかっても面白くない。地上に出れば、救援を呼べる。だから、上を目指し進んだ。
しかし、たどり着いた先には小さな小部屋になっていた。完全に袋小路に入ってしまったのである。
エリックは後ろを振り向いた。
低い羽音が聞こえる。
逃げ道がない。隠れる場所も見当たらない。
上手く撒いたつもりが、逆に誘導されていたことを知った。
「くそっ!」
何か逃げる手段がないか、策を巡らせようとするが、思考がまとまらない。
死への恐怖が頭の中から離れない。
考えなきゃいけないことはほかに山ほどあるのに、どうやって死んでしまうのだろう、という考え方が頭のすみから離れないのだ。
「どうにか、どうにかしなくちゃ」
そう言葉にしても現実は何も変わらない。
銀遊士見習いであるリングに触れて、ぎゅっと目を閉じる。
リングが淡く発光する。それだけじゃ現実は何も変わらない。
このままでは死ぬ。
どうにかして、地上に出ねば。そのために蜂型モンスターの群れを突破しなければ。
相打ち覚悟で、エリックは剣を構えた。
しかし、エリックがやってきた入口からはまだモンスターが一匹も入ってこない。
エリックのことを完全に見失ってくれたのだろうか。
そういう希望的で楽観的な思考が過った。
刹那。
「ぐはっ!?」
背中にしていた壁が崩れて、エリックに覆いかぶさってきた。
成す術もなく、エリックは倒れてきた土壁の下敷きとなる。体が潰れるのではないかと思うぐらいの衝撃を感じた。
強打した背中と、大量の土の下敷きになった足に痛みを覚えたが、このままではいけない。ぐっと両腕に力を入れて上半身を起こした。そして、目を見開いた。
「あ……」
最早、悲鳴も出なかった。
大小あれど、視界を埋め尽くさんばかりのモンスターが目の前に並んでいた。
エリックの前には一際大きな蜂型のモンスターが居る。
何とか動かねば、と思うのに体と意志は完全に離れてしまったらしい。体は一ミリだって動いてはくれなかった。
目の前に蜂型の針が迫る。毒々しい液体がしたたり落ちて、地面を溶かした。
エリックは静かに目を閉じた。
ここで死ぬのだ。
体は傷だらけで、もう腕に力も入らない。もう、戦えない。モンスターを一体も屠ることもできないまま、ここで終わるのだ。
そう思うと、視界が滲んだ。
「情けない、な……」
ポツリと呟き、本能的にギュッと体を小さくする。
しかし、待てども体を貫く痛みは襲ってこなかった。
空を裂く音が聞こえた。
続けて地面に何かが落ちる轟音と振動がエリックを襲った。
何が起きているのだろう。
エリックは恐る恐る目を開けた。
そして息を飲む。
大きな背中が見えた。