3-5 いざダンジョンへ
雨季が明けた。
絵具で塗ったかのような濃い青空が広がる。遠くに真っ白な入道雲が見えた。青と白のコントラストは目に眩しい。
室内にいて、太陽光が遮られているとはいえ、気温も湿度も急に跳ね上がったような気がする。地元ではあまり感じない熱気に少しぼんやりしてしまう。思考も疎かになりがちだ。
「聞こえてるかい、エリック君?」
アドルフォの声が耳に入り、エリックは慌てて居住まいを正した。
「絶対、聞いてなかったと思うよ?」
カルロスが素早く茶化してくる。
エリックは言い返すことが出来なかった。実際、少しだけ呆けてしまったのも事実だから。
ぎゅっと唇を噛みしめる。自分を律しようと背筋を伸ばす。
いよいよ、このファミリーでダンジョンに潜ってみようという話になったのだ。
他のファミリーではとっくに実習用のダンジョンに潜ったというところもあり、エリッは羨ましいと思っていた。
エリックが待ちに待った実践学習。ようやく前に進めると告げらて胸が躍ったのだ。少しだけ意識が遠くに行ってしまった。
「あんたみたいのが最初に死ぬのよ、気を引き締めなさい」
グレイシャがピンク色の髪を後ろに払いのけながら、エリックに詰め寄ってきた。
エリックは何度も頷いた。結局、この日まで、ミリィよりいい成績を出すことは出来なかった。さらに、先輩たちからも一番不安視されていることは重々承知している。
「不安になるな……。いいかい、ダンジョン攻略第一回目の死亡率は半分以上を超える。エリック君、君の生還率は五十パーセントなんだからね。死因の大半は傲慢からくる油断。決して気を緩めることが無いように」
アドルフォが強く念を押してきた。真剣な目に一瞬だけ、胃が縮む。
「……はい!」
数字をきかされるとより現実味が押し寄せてきた。二人に一人が死ぬ。
だけど、それで諦めるという選択肢は、ない。
エリックは拳を握った。
「まぁ、さっきよりはマシな顔付きになったわね」
グレイシャが溜め息を付いた。
「それじゃ、行くよ!」
アドルフォが自身の武器である刀を抜き放つ。鈍い銀色の刀身が光を受けてきらめいた。
「了解!」
全員の声が綺麗に重なった。
ダンジョンの中は日当たりが悪いせいか、気温は外より低くなっているようだった。しかし、湿度は高いようで、地味に汗をかく。
緊張のせいか、喉の渇きを覚える。つばを飲み込む。その音すら反響していそうで、エリックは息を殺した。
どこか、黴臭さを覚えつつも、慎重に足を進めていく。
土の壁が、どこまでも続く。
まるで巨大な蟻の巣にでも潜っているような気分になってくる。暗いが、モンスターが明かりを取り入れるためにどこからか運び込んだのだろう、黄色に月精石が照らしている。不気味に照らし出された壁に、動き回る自分たちの影が写し出される。それすら怪しく危険なものに思えてしまう。
「来るよ!」
ファミリーの先頭を行き、斥候の役割も果たしているアドルフォの声が聞こえた。緩やかな曲がり角になっており、アドルフォの後ろ姿しか見えない。
敵はまだ見えない。しかし、足音が少しずつ近づいてくるのが分かる。
グレイシャが弓に矢をつがえた。エリックは剣を抜き、ミリィも銃を構えた。
――ガチィィン
アドルフォが刀で応戦している音が聞こえた。曲がり角で、銀色の閃光が走る。
長い髪が揺れ、モンスターの足が吹き飛ぶ。返す刀で、もう一本、足を狙う。しかし、モンスターも甘くはない。
巨大な針が突き出される。アドルフォはサッと身を翻す。
狭い通路でもうまく立ち回り、相手を翻弄している。
「ダメ……! 的が絞れない!」
激しい攻防戦の援護を入れようとしたミリィが悔し気に呟く。構えられた銃口はアドルフォの動きに合わせて右に左に揺れる。
なら、自分が。エリックは前衛に出ようと足を踏み出した。
「待ちなさい」
グレイシャの声が聞こえ、エリックは足を止めた。
――ヒュン
空気を割く音が聞こえた。頬に風を感じる。
曲がり角から完全に姿を現した、蜂型のモンスターに矢が深く刺さった。
蜂型モンスターがのけぞったところで、アドルフォの刀が再び真横に軌跡を描く。
ゆっくりと蜂型モンスターが倒れていく。
アドルフォは素早く、蜂型モンスターの胸の部分を切り開き、月精石を取りだしている。
「よっ、お見事~」
軽い調子で拍手を送るカルロス。
「二人は私たちの戦い方をよく見ておきなさい」
グレイシャはそう言って、エリックの頭を軽く撫でた。
エリックもミリィも出番がない。
一見、隙だらけに見えるカルロスのお手並みだって見事なものだった。殿を任せれており、背後から回り込んできたモンスターを容赦なく切り落としている。
細い鎖の両端にナイフが付いたものがカルロスの武器で、使い方は様々だ。
一方をモンスターの足元の壁に投げて、即席の罠をつくり、転ばせる。それから、弱点を一突き。もしくは、細い鎖を使い、モンスターの首を締めあげる。
他にも用途は様々だ。回避運動に使ったり、振り回して敵を近づけさせなかったり。とにかく、手数が多いのがカルロスのようだ。
心強いファミリーで嬉しいが、自分も働きたい。だが、やれることはない。
下手に突入して先輩方の連携は崩すのは得策ではないだろう。後で怒られること間違いなしだ。
それでも油断するなと言われているので、エリックは剣を構えてみているが、やはり仕事はない。
「止まって」
不意にアドルフォが手を伸ばし、皆の動きを止めた。