プロローグ
鋭い切っ先。怒りで真っ赤に染まった瞳。
肉を絶つ強靭な顎。高速で動く昆虫の羽。
巨大な蜂のモンスターが目の前にいる。
エリックは静かに目を閉じた。
ここで死ぬのだ、と思ったのだ。
二の腕には深い切り傷があり、足も捻ったらしい。赤く腫れあがっていて、走れそうにない。
もう、動けない。もう、戦えない。
「情けない、な……」
涙が零れそうだ。キュッと唇を結ぶ。
しかし、待てども体を貫く痛みは襲ってこなかった。
空を裂くような音。
続いて地面が揺れる。
エリックは恐る恐る目を開けた。
そして息を飲んだ。
真っ黒な背中が見えた。大きな、頼もしい背中。
靡く黒髪。金色の瞳。
青年はエリックに視線を投げた。
その人は倒れたエリックとモンスターの間に立ちふさがっていた。
槍を一線させる。黒い刃がきらり、と煌めいた。
溢れかえった蜂のモンスターを次々、切り捨てていった。
エリックはその人を呆然と見上げた。何もできないままで。
黒いコートの隙間に銀色の呼子笛。
「銀遊士!?」
~ * ~
この世界は月精石という鉱石で回っている。
月精石は色によって働きを変える。
赤い月精石は部屋を暖め、寒さから人を護り、車輪を回し荷物を運ぶ。身に付ければ、人の筋力を上げ、力仕事を助けてくれる。
青は、あらゆるものを冷やし、暑さから人や食料を守った。また、水を浄化する作用もあり、渇きに苦しむ村々を救った。
黄色は光。暗い夜を照らし、活動時間を増やした。また、遠くへと音を運び、人々の絆を強めてくれた。
そして、稀少な透明。全ての記録や事象を記憶することが可能になった。これにより、人類の文化は一躍した。
月精石はそれだけ人間史に深くかかわってきた。
生活の中心とも言える月精石は、モンスターの体内で生成される。人々の文明が反映するとともに需要は増えた。
しかし、モンスターは凶暴で、人を喰らう。簡単には狩ることはできない。数が増えれば、人々の安寧を脅かすことも多々ある。
だから、生活と土地を守り、モンスターから月精石を採取することを生業にしている存在を、人々は尊敬と畏怖の念を込めて、――――銀遊士と呼んだ。