第八十四節 願い
「――父さん、母さんっ!!」
「ハル……っ!! 無事で良かった……っ!!」
“喰神の烙印”を伝承する隠れ里へと、ビアンカと共に帰り付いたハルは、里の出入り口で二人が戻るのを待ち侘びていた里の者たちに出迎えられた。
そんな中で、ハルは自身の両親を見つけて早々に駆け寄っていき、両親との無事な再会を喜んでいた。
「ハルを見つけてくださり、ありがとうございました。里の者一同、感謝致します――」
「いえ。私はただ……、困っている方たちを助けたかっただけですので……」
里の者たちに深々と頭を下げられ、礼の言葉を掛けられたビアンカは、眉根を落とし困ったような表情を見せて謙遜の言葉を返す。
そして――、里の者たちに囲まれながら、ビアンカは辺りを見回し、ルシトの姿を探した。しかし、どれだけ探してもルシトの姿はどこにも見当たらず、ビアンカは首を傾げる。
「あの……。ルシト――、私と一緒に来ていた『調停者』様は……?」
ビアンカはルシトの不在を疑問に思い、里の者たちに問い掛ける。
そのビアンカの問い掛けを聞いた、自身の子供を探していた女性――、ハルの母親がビアンカに顔を向け、思い出したように口を開く。
「あの『調停者』様でしたら、『先に戻っている』と。そのように貴女にお伝えすれば、通じるはずだと仰っていらっしゃいましたが……」
ハルの母親の話を聞き、ビアンカはルシトの行方を察した。
(――先に現実の世界に戻ったのね……)
魔法の使い手という者は神出鬼没で便利な力の持ち主だ――、とビアンカは心中で思う。
「分かりました。言伝してくださって、ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ……、ハルを見つけてくださって。なんて感謝をしたら良いのか……」
ビアンカからの返礼に、ハルの母親は至極恐縮した様子で言葉を返す。
だが、ビアンカは――、そんなハルの母親の言葉に対して、かぶりを振った。
「良いんですよ。私自身も……、ハルを助けられて。自分自身のためになったんですから……」
母親に抱きつき、喜んでいるハルを目にして、ビアンカは小さく呟いた。
ビアンカの発した言葉は、ハルの母親には意味が通じないようで不思議そうな表情を彼女に浮かべさせていたが、ビアンカは微かに笑みを見せるだけに止まった。
「――ハルを助けてくださった御仁は、貴女ですかな……?」
不意に――、里の者たちに取り囲まれていたビアンカに向かって、声が掛けられた。
その声の主を目にして里の者たちが、にわかにざわついた様子を見せる。
「“始祖”様――」
ざわつきを見せる里の者が、声の主の正体を口にした。
“始祖”という言葉を聞いたビアンカは驚き――、その声の主に目を向ける。
ビアンカの目を向けた先――。
そこには、ビアンカと然程と歳の変わらない見た目の、柔らかな印象を抱かせる微笑みを浮かべた少年が佇んでいた。
少年は――、黒い法衣を身に纏い、そして両手に革の手袋を嵌めていることがビアンカの目に止まった。
それを認めたビアンカは、その少年が“喰神の烙印”を継承し、この過去の世界で、“喰神の烙印”を伝承する隠れ里の“始祖”の立場に立つ存在だと悟る。
「爺ちゃんっ!!」
少年が現れたことを見とめたハルが、嬉々とした様子で駆けて来て少年に抱きつく。
自らに抱きついてきたハルを、少年は優しげな眼差しで見つめ、頭を撫でてやっていた。
「聞いて、爺ちゃん。このお姉ちゃん、凄く強いんだよっ!!」
「そうかい、ハル。おんしは――、珍しい武術を、御仁に見せていただいたようだねえ……」
少年はハルの頭を撫でながら、ビアンカが肩に担ぐ棍に目を向ける。
「うんっ!! 凄かったよ、沢山の魔物相手にさ――」
「――ハルや。おんしは一度、向こうに行っていてもらって良いか?」
ビアンカの武勇伝を、目を輝かせて語ろうとするハルの言葉に被せるように、少年は言葉を発する。
話を遮られたハルは一瞬、不服そうな表情を見せるも「はーい……」――と、大人しく返事をすると再び両親の元へと歩みを進めていった。
「済まぬが、里の者たちも一度この場を外してくれまいか。この御仁と――、二人で話をしたいことがあるでな」
「了承いたしました。“始祖”様――」
“始祖”である少年の命は絶対的なものなのであろう。少年の言葉を聞き、里の者たちは頭を深く下げると、早々にその場を後にしていく。
全ての里の者たちが引き上げていったことを認めた“始祖”である少年は、ビアンカに目を向けて微笑みかける。
(――ああ、この人が……。本当にハルのお爺さん……、五世の祖の人なんだ……)
ビアンカは――、その少年の微笑みに、ハルと似た面影を見出していた。
「――驚かれたかな。私のような見目の者が……、“始祖”という立場を担う者だということで……?」
「いいえ――」
少年が苦笑混じりに発した言葉を聞き、ビアンカは否定と共にかぶりを振る。
正直を言えば――、ハルから見れば五世の祖に当たり、幼いハルが『爺ちゃん』と呼んでいた人物であったために、老年の者を想像していたビアンカであった。
だがしかし――、“喰神の烙印”の呪いを継承者した者は、呪いを継承した時点で不老不死の存在となる。そのため、“始祖”である人物が、少年の見た目をしていてもおかしくないことであると気付いていた。
「このような見目でも――、もう私は齢百年は優に超えております。そして、貴女も――同じ道を辿ることとなりましょう……」
「気付いて、いたのですか……?」
“始祖”である少年が、物静かな声音で綴る言葉の意味を察したビアンカは、眉を寄せた。
「遠き未来からの来訪者。そして、その時代でこの呪いを継承したのが貴女だと……」
少年は言いながら、自身の革の手袋を嵌めた左手の甲を右手で触る。
「――“ネクロディア一族”の血統ではない貴女が、如何にして“喰神の烙印”を継承するに至ったかは聞きませぬ。それを聞いてしまえば、運命により定められた道を、外れてしまう可能性があります故に……」
少年の言葉を聞き、ビアンカは酷く達観した物言いだと思ってしまう。
しかし、この先の未来への道筋を思えば――、“始祖”という立場に立つ少年の言葉は、ビアンカにも理解できた。
「この呪いは――、“死”を司る呪い。近しい者たちに不幸を撒き散らし死に至らしめるもの。そのことを努々と忘れず、己が道を見誤らぬように。何卒お願い申します」
“喰神の烙印”の呪いが持つ本質を了知している“始祖”である故に、少年は――、継承の一族ではないビアンカの手に渡った呪いの行く末を案じているのであろう。そのことを推し量り、ビアンカは言葉なく頷いた。
「“喰神の烙印”の呪いは、貴女に多くの悲しみと苦しみの――、困難を与えることとなる……」
どこか哀れみを含んだ表情と声で、少年は言葉を紡ぐ。
そうして――、少年はビアンカの革の手袋に覆われた左手を取り、自らの両の手で彼女の左手を包み込むように、その手を重ねた。
「この呪いを宿した貴女の行く末に、幸多からんことを――願います」
「――ありがとうございます。“始祖”様……」
“始祖”である少年からの願いの言葉――。
それに対してビアンカは愁いを帯びる瞳で、小さな声で返礼を零すのだった。
◇◇◇
「――爺ちゃんっ!!」
里の出入り口付近でビアンカと話をしていた“始祖”である少年――、自身の五世の祖が里の中に戻ってきたのを目にしてハルは、少年の元へと駆け出していた。
「あれ? お姉ちゃんは……?」
里の中に戻って来たのが少年だけだと気付いたハルは――、ビアンカの姿を探して辺りを見回す。しかし、ビアンカの姿は既に見当たらなかった。
「あの御仁は――、行ってしまわれたよ。ハル」
「ええ……、そんなあ……」
ビアンカの姿を探すハルの頭を撫で、少年は言う。その少年の言葉に、ハルは落胆を窺わせていた。
「俺、お姉ちゃんの名前。まだ聞いてなかったのに……」
しょぼくれた様子を見せるハルを目にし、少年は内心で苦笑してしまう。
自身の来孫であるハルがビアンカに対して抱く感情に、少年は聡く勘付いていたのだった。
「ハルは――、あの御仁に随分と惹かれたようじゃの……」
少年が口にしたハルの抱く感情に――、ハルは赤茶色の瞳を驚きで丸くして少年に向け、照れたような笑みを浮かべる。
「うん。俺――、約束したんだ。あのお姉ちゃんと、また逢おうねって」
ハルは、迷いの森の中で交わしたビアンカとの約束を語る。
「いつか絶対に、あのお姉ちゃんを探し出すんだ。それで、助けになってあげたいって思う」
ビアンカとの再会を夢見て語るハルの瞳には、強い決意の意思が宿っていた。
「あのお姉ちゃん、凄く悲しそうな目をしていたから。悲しいことから、俺が守ってあげたい」
「――そうかい……。約束が、果たせると良いのう……」
ハルの決意の色を汲み取った少年は、優しげな眼差しでハルを見据え――、どこか物憂い気持ちを覚えるのだった。
今回の話で第十六章は終了となります。
次話から、佳境となる第十七章へと物語が進んでいきます。
区切りの良いところで、恒例のお願い事。
感想・評価・ブクマなどを頂けますと、大いに励みになります。
図々しいお願いとは承知していますが、温かい応援をいただけますと幸いです。
次話は11月1日の木曜日、20時を予定しております。
今後の物語の行く末も何卒、見守りくださいますよう。よろしくお願いいたします。




