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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第十六章【ハルの想い出】
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第八十二節 少年の名前

(――“喰神(くいがみ)の烙印”の力……。また、強くなってきている……?)


 革の手袋を嵌めたままの、自身の左手の甲を見つめ――、ビアンカは思う。


 ほんの少し――、ビアンカは“喰神(くいがみ)の烙印”に意識を集中させた。ただ、それだけだった。

 だのにも関わらず、“喰神(くいがみ)の烙印”の呪いから発せられる禍々しいほどの気配は、一瞬で辺り一帯の気配を一変させ――、欲深い狼(ディプスハウンド)たちに畏怖(いふ)の念を与えて撤退させるほどになっていた。


 その身に宿してしまった“喰神(くいがみ)の烙印”の呪いが持つ、その真の力の強大な恐ろしさ――。

 それらを考え、ビアンカは憂虞(ゆうぐ)の思いを復復(ふくふく)と感じていた。


「お姉ちゃん……、大丈夫……?」


 険しい表情を窺わせ、自らの左手の甲を見つめていたビアンカに、少年が心配げに声を掛けてくる。

 少年の声掛けに、ビアンカはハッと我に返った。


「ごめんね。ちょっと考え事をしていたの……」


 少年の問いに、ビアンカは困ったような笑みを浮かべ、返事をする。

 少年はそんなビアンカの様子を、(うれ)いを帯びた面持ちで見つめていた。


「――それより、魔物も逃げていったみたいだし。これでもう大丈夫ね」


 ビアンカは言うと、抱き上げたままになっていた少年を降ろすために身を屈める。そして、少年を自らの腕から解放した。


「うん、ありがとう。お姉ちゃん」


 降ろされた少年はビアンカの方に向き直り、幼い少年らしい屈託のない笑顔をビアンカに向ける。


「――――っ!!」


 ビアンカは――、笑顔を自身に向ける少年の容姿を目にして、驚愕の様を見せて言葉を失った。


 先ほどまでは魔物――、欲深い狼(ディプスハウンド)たちを相手にすることに夢中で、ビアンカは少年の容姿を良く見ていなかった。

 だが、改めて少年の姿を見とめた瞬間――、ビアンカは身体が震え、肌が栗立つような感覚を覚えていた。


 ――赤茶色の髪に赤茶色の瞳……。過去の時代の世界……。


 目の前に立ち笑顔を見せる少年の、赤い茶色の髪に赤茶色の瞳。年相応の幼さはあるが、見覚えのある印象を抱く顔立ち。

 この時代に飛ばされた際に、ルシトが語っていた『恐らく、過去の世界だ』という言葉――。


 様々な思考がビアンカの中に渦巻き、まるでパズルのピースが合わさるように――、その答えが合わさっていく。


「――ハル、なの……?」


 ビアンカは思考が行きついた答えを――、震えの混じる声音で口にしていた。

 そんなビアンカの言葉に、少年は首を傾げる。


「お姉ちゃん。なんで俺の名前、知っているの?」


 少年の不思議そうな表情を見せた問いに、ビアンカは唖然としてしまう。


(本当に……、ハルなんだ。それじゃあ、ここは六百年以上も過去の世界……)


 この幼い少年は――、幼少時のハルであることに、ビアンカは気付いたのだった。

 ビアンカたちが“喰神(くいがみ)の烙印”の呪いによって飛ばされた過去の世界が、まだハルの五世の祖である人物が“始祖”として、“喰神(くいがみ)の烙印”を伝承する隠れ里に健在している時代なのだということを――、ビアンカは察した。


「お姉ちゃん?」


 幼い少年――ハルが、呆気に取られた様子を見せるビアンカを目にして、怪訝そうにしていた。


(――本当のことなんて……、言えるわけ、ないわよね……)


 ここはあくまでも過去の世界。本当のことを話してしまえば、未来にどのような影響を及ぼすか分からない。そうビアンカは思い至っていた。


 ハルの目線の高さに身を屈めているビアンカは――、愁いを宿した翡翠色の瞳でハルを見つめる。


「あなたの名前を知っていたのは……、先に、あなたのお父さんたちに会っていたからよ……」


 ビアンカは――、ハルの疑問に、嘘をついて答える。


 この幼いハルを探すために、“喰神(くいがみ)の烙印”を伝承する隠れ里の男衆が、森を彷徨(さまよ)っていたことは事実だった。

 その時にビアンカは、ハルの父親だという人物にも会っていた。


 だが、その際にビアンカは、男衆が探している少年の名前を聞くことを失念していた。

 それ故に、探し人であった少年の思いもかけない正体に気付き――、考えも及んでいなかった邂逅(かいこう)に戸惑う。


「里の人たちが……、あなたがいなくなったって心配していたわ」


 ビアンカの言葉を聞き、ハルは顔色を変えた。


 今まで、危機的状況にあったために忘れていた事柄――。

 里の者たちからの言いつけを破り、迷いの森に入り込んでしまったことをハルは思い出し、焦りのような色を表情に窺わせる。


「ど、どうしよう。俺……、言いつけ破って、森に入ってきちゃったんだ……」


 慌てた様を見せるハルに、ビアンカは「ふふ……」――、と笑いを零す。


(――ハルも昔は、こんな風に言いつけを破ったりしていたのね……)


 ビアンカと共に過ごしてきたハルは――、突飛な行動をするビアンカを(いさ)めることが多かった。

 しかし、そんなハルも幼い頃は、自分自身と同じように(いさ)めを受ける立場に立つことがあったのかと。そう思い、ビアンカは類縁の気持ちを覚える。


「そうだ。あなたを見つけたら、知らせの合図をしてほしいって言われていたんだけど――」


 ビアンカは、はたと――、先に出くわしていた男衆に渡された道具を外套(がいとう)のポケットから取り出す。


 ビアンカが外套(がいとう)のポケットから取り出した物――。

 それは、細い木の棒の先に火薬が仕込まれた打ち上げ式の音が鳴る合図弾だと――、そうビアンカは男衆に教えてもらっていた。そして、その合図弾と共に、火の模様の描かれた札を渡されていたのだった。


「――ハルは、これの使い方。分かる……?」


 ビアンカは、それらをハルに見せて問い掛ける。


 ビアンカが男衆に渡されていた道具。それは、ビアンカが初めて目にする物であり、彼女は使い方が分からなかったのだ。


「お姉ちゃん。あれだけ強いのに、札を使ったことないの?」


 ビアンカからの問いに、ハルは至極意外そうな表情を見せ、驚く素振りを見せる。


「札……?」


「魔法の力が込められた“魔法札”だよ?」


「そんなものがあったのね……」


 ハルからの返答に、ビアンカは内心驚いていた。


 ビアンカが暮らしていた時代では――、既に魔法の力が希有(きゆう)な存在となっている。

 魔力を行使し、魔法を扱える者は極々(わず)かであり、ビアンカ自身もルシトが魔法を扱うところを目にし、初めて魔法の使い手というものを見たほどであった。


 そのため、ビアンカは“魔法札”などという物が、過去の世界に存在していたことに驚嘆してしまう。


「里にある“魔法札”は、『調停者(コンチリアトーレ)』様が準備してくれるんだ。――本物の魔法を扱うには素質がいる……、とか言っていたかな?」


 ハルは小首を傾げる仕草を見せ、“魔法札”の存在を知らなかったビアンカに、その“魔法札”の説明をしてやっていた。


「俺の住んでいる里には“魔法使い”がいないんだ。だから、『調停者(コンチリアトーレ)』様が里に時々来て、こうして自分の魔力を込めた札をくれるんだよ」


「へえ……」


 幼いにも関わらず里での知識を話すハルの言葉に、ビアンカは感心した声音で声を漏らす。


「お姉ちゃんが渡されたのは、弱い火の魔法が込められた“火種の札”っていう“魔法札”だね」


 ハルはビアンカの差し出してきた、火の印が示された“魔法札”の紋様を確認して言う。


「それで合図弾の火薬に火を付けて、上に向かって合図弾を打ち上げれば良いんだよ」


 ハルは言いながら腕を上げ、空に向かって指差す。


 だがしかし――、ビアンカはハルの説明に対して、表情に難色の色を浮かべていた。

 “魔法札”自体が初めて目にする物であるため、ビアンカには説明をされても、正しい使い方が分からなかったのだ。


 そのビアンカの様子を察して、ハルは小さな手をビアンカに差し出してきた。


「使い方が分からないんだったら、俺がやるよ。貸して」


「うん、ありがとう。お願いね」


「任せておいて。これくらいの札だったら、俺でも使えるからさ」


 ビアンカは、自身の難色を聡く察してくれたハルに、苦笑いを浮かべながら合図弾と“魔法札”を託す。

 ハルは笑みを浮かべ、それらをビアンカから受け取った。


 すると、ハルは早々に“魔法札”に意識を集中させる様態を窺わせる。ほんの少し、意識を集中させただけで、“魔法札”に込められているという弱い火が札に(とも)った。

 そうして、ハルは手にした合図弾――、その火薬の部分に札から発生した小さな火を点火させる。


 ハルが見せた動作。その次の瞬間だった――。


 耳をつんざくような甲高い音をさせ、合図弾の先端に仕込まれていた火薬が勢いよく上空に打ち上がっていった。

 高く打ち上がった合図弾は、パンッ――と、大きな破裂音を迷いの森中に響き渡らせる。


「これで……、父さんたちに俺が見つかったよって。知らせることができたはずだよ」


 打ち上がり大きな音をさせた合図弾を、ビアンカと共に見上げていたハルは、得意げな表情を浮かべてビアンカに言う。


「――そうしたら、里に帰ろう。ハル」


「うんっ!!」


 ハルは満面の笑みで返事をすると、何の迷いもなくビアンカの()()に手を伸ばし、その手を握っていた。

 ハルの取った行動に、ビアンカは少しだけ驚いたような表情を見せるが――、それもすぐに、どこか愁いを窺わせる微笑みに変わる。


 そして――、ビアンカとハルは手を繋ぎ、迷いの森の中。“喰神(くいがみ)の烙印”を伝承する隠れ里へ向かい、歩みを進めていくのだった。


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