第八節 剣術と棍術
先に動きを見せてきたのは、ビアンカからだった。長い棍を片手でいとも簡単に回転させ――、ハルに飛び掛かる。
棍術は予測外な動きを見せる武術故に、ハルは先ほどのやる気の無い雰囲気とは打って変わり、真剣な眼差しで彼女の動きに注意を払う。
ビアンカの最初の一打目を、ハルは身を捻り躱す――。だが、今度はビアンカの背面側にあった棍の先端が翻ってハルに向ってくる。その動きを瞬時に見止め――、ハルはそれを咄嗟に木剣で受け止めた。
木同士の当たる甲高い音が響き、ハルはその手に痺れを感じる。
それは――、遠心力を利用したかなり本気のビアンカの一撃だった。
(少し距離を取って、全体の動きを見ないと不味いな)
ハルは考え、後ろに飛び退く――。
ビアンカの扱う棍は――、全長で百七十センチメートルほどはあるだろう。その棍の中央部分を握りビアンカは取り回しを行っているため、その攻撃範囲は半径五十センチメートル強といったところだとハルは考えた。
しかし、棍は長短万能の武器というのが特徴なため、握りの位置を変えてしまえばその攻撃範囲は予想の長さを上回る。
棍を武器とする相手と対峙することが初めてなハルは、相手を近づけさせにくくする性質を持つ武器に脅威を感じ、息を呑む。
「はっ――!!」
ビアンカが短い掛け声と共に、棍を横に薙ぎ払ってきた。
ハルが先ほど考えていた通り、距離を取るために飛び退いたハルの位置まで届くよう、ビアンカが握りの位置を動かしていたのがハルの目に入る。それを認めた瞬間――、ハルは身を屈めてビアンカの薙ぎ払いを躱し、木剣を強く握って構え、ビアンカに向かい地面を蹴り跳躍する。
ビアンカは攻撃を避けられ驚いた表情を浮かべたが――、ハルの木剣での横切りを、自身の元に引き戻した棍で受け止めようとする動きを見せる。
だが、ハルの方が男である手前、ビアンカより力が強い。ハルの力を込めた木剣の横切りは棍により受け止められ、再び木同士の当たる音が辺りに響く。
それと同時に、ビアンカの身体が横切りの力を受け止めきれず、微かに体制を崩す。その隙に間髪入れず、ハルが追撃を仕掛けようと木剣を振るった。
しかし――、ビアンカはハルの一撃で転ばされそうになった身体を、棍の先端を地面に叩き付け、力を込めて立て直したかと思うと――。そのまま中空に飛び上がり、身を捻って一回転するという身軽な技を見せ、その追撃を難なく躱していた。
「うわ。なんだよ、今の……」
思ってもみなかったビアンカの軽業に、ハルが驚愕の言葉を思わず上げる。
ハルの驚いた様子の声を聞き、ビアンカは二ッと悪戯げに笑った。
「ゲンカク師匠の教えは、伊達じゃないのよ――」
棍の構えを再び取りながら、ビアンカは得意げにする。
ビアンカの棍術の師匠であったゲンカクは、その筋では名の通った棍武術の達人と呼ばれていた。ビアンカはそのゲンカクからの教えを、しっかりと自身の身に刻み込んでいたのだった。
「お前さ。本当に剣術より、そっちの方が向いていると思うぞ」
木剣を構えつつ、ハルは本音を漏らす。
それは、ビアンカが棍術の師匠であるゲンカクの稽古を受けているのを目にしている時から、ハルが感じていたことであった。ビアンカには棍術に対しての才能がある――と。ハルは稽古の様を見守りながら、常々と思っていたのである。
そうして実際、ハルにとって木剣同士での打ち合い時よりも、棍を手にしたビアンカの相手をする方が普段の数倍は厄介だった。
実際の戦で使う鉄や鋼で作られた剣は木剣よりも遥かに重いため、女性であるビアンカがその力で振り回すには不利なのもある。
それ故に、軽い木の棒を武器とする棍術の方が、ビアンカには向いているとハルは思う。
「お褒め頂きどうも。でも、――私は剣術も使えるようになりたいのっ!!」
ビアンカは再びハルに攻撃の姿勢を見せ、地を蹴って飛び掛かっていく。
ビアンカは手早く棍を取り回し、その両端を使いハルに打撃を与えようとする。しかし、ハルは上手く木剣を使い、それを見事に受け止めていた。ビアンカの動きは素早いものだったが、ハルの目の良さが幸いして、上手く受け止めることができていた。
だがしかし――、ビアンカの振るう打撃の一撃一撃には力が込められており、徐々に打撃を受け止める木剣の柄を握ったハルの手の痺れが大きくなる。
できれば先ほどのように、また距離を取りたいハルだったが――、ビアンカの追撃がそれを許さなかった。
「ビアンカ……ッ!! マジで来ないでちょっとは手加減してくれよ……っ!!」
達人並みの棍術の技を見せるビアンカに対し、ハルは抗議の声を上げながら、ビアンカの打ち込みを木剣で受ける。
ハルは剣術の訓練を受けているとはいえ、まだ素人の域に近いにも関わらず、上手くビアンカの一撃を身体に食らわないように、時に木剣で受けつつ、時に身を捻り躱しつつと上手く立ち回っていた。
そのハルの行動が――、ビアンカの闘争心の火に油を注いでいることに、ハルは気付いていなかった。
ハルの抗議の声にビアンカは耳を貸さず、追い打ちのように次々と動きを見せ、攻撃を与えてくる。
そのビアンカの表情は――、とても生き生きして、楽しげであった。
楽しげな様子のビアンカを見て、ハルは仕方ない――と思い、先ほどの剣術の鍛錬試合と同じように、木剣を斜に構える。ハルの取った構えは、受け流しの姿勢だった。
ビアンカはハルの受け流しのための姿勢に気付かず、棍を大きく振るう。
――今がチャンスだ……っ!
ハルはそのビアンカの一撃を木剣で受け、それに沿って棍の動きを流す。斜めに逸れていった棍を見止め、木剣をビアンカに向って薙ぎ払う――が。
ビアンカは不意に身を屈め、ハルの足元で勢い良く棍を横に薙いでいた。
「うおっ!!」
ビアンカの取った行動は、足払いの一撃であった。
予想していなかった一撃を足元に食らい、ハルは足を掬われてバランスを崩し、その場に尻もちをつく。
「いってー……」
ハルは苦悶の声を上げた。
尻もちをついた衝撃で腰と尻、棍での一撃を食らった足にも痛みが走る。
痛みに腰をさすりながらハルが顔を上げると、ビアンカがニンマリと笑っていた。
「やったーっ!! 勝ったっ!!」
そう大きく声を上げると、ビアンカは嬉しそうに飛び跳ねる。
「これでハルの無敗記録はストップねっ!」
ビアンカの満足げに発した言葉に、ハルは「はああっ?!」と声を張り上げた。
「今のは剣術の鍛錬試合じゃないから無効だろっ?!」
「なーに言ってるの。私の勝ちは勝ちだもの。ハルは九勝一敗になりました」
「いいや、無効だっ!!」
剣術師範代であるホムラの見ていない場所での試合――。しかも剣術と棍術の勝負なのだから今のは正規の試合にならないと主張するハルと、勝ちは勝ちだからと主張するビアンカ。互いに一歩も引かず――、今度は言い争う声が中庭に響き渡る。
「負けて悔しいのはわかるけど。負けを認めないのは男らしくないよ、ハル」
ビアンカのそんな言葉に、ハルはムッとする。
すると、ハルは自身の目の前に立つビアンカの足に自らの足を伸ばし、――足払いを掛けた。
「きゃっ!!」
不意打ちの足払いを受けたビアンカは短い悲鳴を上げ、バランスを崩す。
だが――、ハルの足払いをかける角度が悪かったのか、ビアンカはよろけるようにハルの倒れている方に向かって倒れ込んできたのだった。
「うわっ!!」
今度は予想外な倒れ方をしてきたビアンカに対して、ハルが声を上げる。
ハルが声を上げると同時に鈍い音を上げ、ビアンカはハルの上に伸し掛かるようにして倒れた。
「いててて。なんでこっちに倒れてくるんだよ、お前は……」
「急にハルが足払いするからでしょ! 危ないじゃないの!!」
勢い良く上体を起こしたビアンカは、憤慨した様相を見せる。
「まあ、これでお互い地面に転がったから引き分けだな」
「なんでそうなるのよ!!」
ハルは悪戯そうに笑い、斜め上の勝負の結論を言う。
それに対してビアンカは怒るが――、はたと互いの顔の距離が近いことに気付く。
赤茶色の瞳と翡翠色の瞳の視線が交差する――。
互いに何も言わず、沈黙の中で暫し目を合わせていたが――。突然、二人は同時に「ぷっ!」と笑い出した。
「あはははは! もう、ハルってば。滅茶苦茶慌てているんだもん!」
「そりゃ慌てもすんだろ。お前の棍術、怖すぎ」
大笑いするビアンカに対して、ハルも笑いながら答える。
それは俗にいう良い雰囲気などではなく、見つめ合いながら先ほどの勝負を思い返している“親友”という間柄の、目と目での会話のようなものだった。
「それにしても、凄いな。あの立ち回り。お前、絶対棍術の方が向いているって思うぜ」
思い返してもゾッとするビアンカの俊敏な動きでの打撃の手数は、恐らく――、一人対複数人でも十分に通用するものだろうと。ハルは思い馳せ、嘆息する。
「ハルこそ、本当に目が良いんだね。攻撃を全部受け止められるとは思ってなかったわ」
先ほどのハルの動きを思い返すように、ビアンカは口にしていた。
「一発くらい当ててやるつもりだったのになあ……」
ビアンカの呟いた言葉に、ハルは「勘弁してくれよ」――と、苦笑いを浮かべた。
「あんなの一撃でも当たったら骨が折れるって。受け止めるだけで手が痺れて堪んなかったんだぜ」
ハルは未だに痺れの残る右手を振るう仕草を見せる。
ハルの様子にビアンカは「ふふっ」――と、少女らしい笑顔を浮かべて笑う。
暫く二人は中庭で寝転び、重なり合うようにして談笑していた。
そうして――、その様子を目にした乳母のマリアージュにビアンカが引っ張り起こされ、「年頃の娘が殿方に抱きついているなんてはしたない!」と怒られた。
何故かハルまで巻き添えを食って、ビアンカと一緒にその場に正座をさせられ、マリアージュの説教を受ける羽目になってしまう。
マリアージュの厳とした説教は、日が傾くまで続いたのだった――。
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