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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第十四章【全ての始まりの地】
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第六十七節 導きの蛍花

 亜麻色の髪を風になびかせ、ビアンカはオルフェーヴル号を走らせていた。


 ビアンカの目の前には――、南の砦付近にあるリベリア公国とカーナ騎士皇国との間に存在する石垣で組まれた国境線が広がっている。


 リベリア公国とカーナ騎士皇国は、近年になってカーナ騎士皇国が不穏な動きを見せ始め――、リベリア公国とは国境付近で小競り合いのような牽制の取り合いをしている状態が長く続いていた。

 そのため――、本来であれば、明確な線引きをされた国境線の存在しない“境界領域”という概念しかなかった両国の間には、目に見える形――石垣で組まれた国境線が作られていたのだった。


 その国境線にある石垣と石垣の間、門柱が大きく口を開けている先――、カーナ騎士皇国領への入り口へと向かい、ビアンカはオルフェーヴル号の腹を蹴り、更にオルフェーヴル号の走る足を加速させる。


「おいっ!! お前、止まれ――っ!!」


 門の付近にいた二人の憲兵が、駆けてくる馬に気付き声を上げた。


(憲兵は――二人……。いける……っ!)


 今、リベリア公国領側の国境の警備は手薄だった。

 ビアンカは――、そのことを見越していた。


 ビアンカが国境付近の警備が手薄だろうと予測していた理由は――、“リベリア解放軍”が起こした反乱のためである。

 南の砦に詰めていた騎士や兵士も、国境の警備に就いていた憲兵たちも、その多くが“リベリア解放軍”の反乱制圧のためにリベリア公国へと戻っていっていた。


 ビアンカの目の前にいる二人の憲兵は、リベリア公国が滅びたことを知らず、自身の職務を全うするために動きを見せる。


 静止の声に従わないビアンカを見とめた憲兵は国境の門柱――、その両端に立ち、手に持っていた槍を馬の足を止めさせようという意図で、門柱との間に交差させるように重ね合わせた。


「ここより先はカーナ騎士皇国領だっ!! 許可なき者は何人(なんぴと)たりとも通ることはまかり成らんぞっ!!」


 憲兵の一人がビアンカに向かい、大きく声を張り上げ忠告の言葉を口にする。


 だが――ビアンカは、オルフェーヴル号の足を止めさせなかった。


「――オルフェーヴル号……、()()()っ!!」


 ビアンカは馬上で身を伏せ、オルフェーヴル号に指示をする。

 オルフェーヴル号はビアンカの指示を聞き、鼻を鳴らして返事をしたかと思うと、駆け足を自ずと速めていく。


「お、おい――っ!!」


 馬の足を緩めさせる気のないビアンカを見て、憲兵は慌てた様子を見せる。


 限界まで加速をしたオルフェーヴル号は、慌てる憲兵が門の前に交差させ重ね合わせた槍の上を――、地面を力一杯に蹴り上げて跳躍していた。

 そうして――、カーナ騎士皇国領の地に、土埃を巻き上げながら見事に着地する。


 軽々と足止めの槍を飛び越えられた憲兵たちは呆気に取られ、そして困惑していた。

 カーナ騎士皇国領内に入られてしまっては、リベリア公国の憲兵である自分たちでは追いかけることが不可能なためである。


 ビアンカは、そのことを分かっており――、オルフェーヴル号の(きびす)を返させ、憲兵へと目を向けた。


「ごめんなさい。私は……、行かなければいけない場所があるの……」


 ビアンカは、申し訳なさげに謝罪の言葉を口にする。

 そして――、一巡何かを考える様を見せ、意を決したように再度口を開いた。


「――リベリア公国は……、あなたたちの守るべき国は滅びたわ。もう……、ここを守る必要もない。生まれた地が――、リベリア公国以外に帰る故郷があるのなら、戻った方が良い……」


「は……?」


 ビアンカの言葉に――、二人の憲兵は顔を見合わせ怪訝な表情を見せていた。

 だがしかし、そのビアンカの言葉が意味することを()し量った憲兵の一人が顔色を変える。


「それって……まさか、“リベリア解放軍”が……?」


 憲兵は顔色を青くし、ビアンカに問い掛ける。

 しかし、ビアンカは憲兵からの問い掛けに――何も答えなかった。


「もう、行かないといけないから……。ごめんなさい……」


 ビアンカはオルフェーヴル号の手綱を引き、オルフェーヴル号の(きびす)を返させる。


(――まさか……、本当のことなんか言えるわけないわ……)


 “リベリア解放軍”がリベリア公国を荒廃させたのは事実ではあった。


 だが――、本当にリベリア公国自体を滅ぼしたのはビアンカ自身である。

 しかしながら、そのようなことをビアンカが語ったところで、憲兵たちも信じることはないであろうことは容易に想像もつき、ビアンカ本人も語りたくないものだった。


 憲兵たちから顔の見えなくなったビアンカの表情は――、酷く苦渋に満ちたものを浮かべていた。


「お、おい。待て……っ!」


 背を向けたビアンカに、憲兵が答えの続きを促そうとする声を投げ掛ける。


 その投げ掛けられた言葉をビアンカは無視し――、オルフェーヴル号を再び走らせていった。

 ビアンカにとって未知の領域である、カーナ騎士皇国領へ向かって――。



   ◇◇◇



 ビアンカがカーナ騎士皇国領に入り込んでから、幸いにもカーナ騎士皇国側の者たちに発見されず、見(とが)められることなく進むことができていた。

 その途中でビアンカは、街道と思しき道を少し離れた場所――、そこでオルフェーヴル号から降り、樹木に寄り掛かり座り込みながら、何かを考えている様子を見せる。


 オルフェーヴル号に休憩を取らせながら、ビアンカは自身が目指しているハルの故郷――、“喰神(くいがみ)の烙印”の呪いを伝承する隠れ里のことを考えていたのだった。


 ハルの故郷である隠れ里に思いを馳せながら、ビアンカは自身の左手の甲を目の前に掲げ――見つめる。


 日は陰りを見せ、時間は夕刻を少し過ぎた頃――。

 夕陽が、ビアンカの左手の甲に刻まれる“喰神(くいがみ)の烙印”の痣を、夕刻の見せる(あか)で照らす。


(ここから先は……、()()()とハルの導きにかかっているわ。お願いよ……)


 ビアンカは心中で、“喰神(くいがみ)の烙印”と――、その内に存在しているハルに語り掛ける。


 リベリア公国よりも南に下ったカーナ騎士皇国領は広く――、緑生い茂る森の数も多かった。

 そのような状況で、ハルの語った『森の中で人目に触れないように隠されて存在していた里』を探すという行為は、“干し草の中の針を探す”と比喩されるほどの至難の(わざ)であろう。


 それ故に――、ビアンカはオルフェーヴル号を走らせている間も、“喰神(くいがみ)の烙印”へと意識を集中させていた。

 さようにして、道中にいくつか点在していた森は全て足を踏み入れることはせず、ただひたすらに南へと――カーナ騎士皇国領を更に下っていっていたのである。


「オルフェーヴル号――、休憩は終わりにして……、そろそろ行きましょうか」


 ビアンカは立ち上がると、返事の(いなな)きを上げたオルフェーヴル号に再び(またが)り、移動を始めた。


(――もう少し南に下った場所にある森の中……、その奥に……、何かを感じる)


 ビアンカは――、“喰神(くいがみ)の烙印”に導かれるように、()()を感じていた。

 まるで、黒い影に手招きをされるように――、南の方角へオルフェーヴル号を走らせていくのであった。



 夕刻も過ぎ――、辺りがすっかりと夜闇に包まれた頃だった。

 ビアンカは一つの、樹木が鬱蒼(うっそう)と生い茂る森の前に辿り着いていた。


 ――ここで間違いないはず……。


 月明りにぼんやりと照らされる深い森を目にし、ビアンカは確信する。

 この森の奥に伝承の隠れ里が存在するはずである――、ということを。


 その森には入り口となるような部分や道は存在せず――、ビアンカは仕方なくオルフェーヴル号から降り、その手綱を引き森の中へと足を踏み入れる。

 樹木の枝葉の隙間から差し込む月明りの見せる視界だけを頼りにし、ビアンカは歩みを進めていった。


 森の中――、辺りは静寂に包まれており、虫の鳴き声は(おろ)か、獣や魔物の(たぐい)の気配などは一切しなかった。

 そのことにビアンカは不思議に思いつつも、“喰神(くいがみ)の烙印”から感じる感覚を自覚し、自身の歩んでいる方向に間違いがないことを所信していた。


(――凄く不思議な雰囲気のする森……。オルフェーヴル号が騒ぎ出さないから危険は無いと思うけれど……)


 獣や魔物の(たぐい)の気配がすれば、勘の鋭いオルフェーヴル号が騒ぎ始めるはずである。

 そのため、ビアンカは歩みを進めている森に対して、何とも言えない不思議な雰囲気を覚えつつも、この森に危険が無いことを悟っていた。



 暫しの間、森の中の様子を窺いながら歩いていたビアンカであったが――、フッとあるものの存在に気が付く。


「――これは……、“蛍花”……?」


 ビアンカが目にしたそれは、淡く光を放つ一輪の白い花だった。


 蛍花――。

 それは、太陽の光を昼間の内に吸収して夜に淡く光る花であり――、理由は不明であるものの、街道沿いや人の通る道沿いに沿って咲くという生態を有しており、『旅人の道標(みちしるべ)の花』と呼ばれている花である。


 ――『そういえば、俺の故郷だった里の周りにも咲いていたな』


 ファーニの丘で、ハルに蛍花の生態を教えてもらい――、そして、ハルが呟いていた言葉をビアンカは思い出す。


 一輪の蛍花を目にし――、ビアンカは森の先の方へ視線を向けた。

 すると――、森の奥の方へ向かい、点々と一定の間隔で蛍花が咲き、薄暗い森の中で淡い光を放っていることを見受ける。


「この先に行けば……、ハルの故郷の里がある、のね……」


 ビアンカは、蛍花の咲く様を目にして、小さく呟く。


 ――ハルが、導いてくれている……。


 何故だかは分からないが、ビアンカは――そう思い至っていた。


 蛍花の放つ淡い光に導かれ――、ビアンカは森の奥へと足を進めていくのだった。


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