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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第十三章【滅亡と望郷】
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第六十五節 仇なす左手②

 左手を掲げ上げ、何かを囁き始めたビアンカを見て、ヨシュアは背筋に寒気を感じた。


(――この気配は……っ?!)


 ヨシュアには――、その寒気を催す気配の正体に身に覚えがあった。


 ――あの時に感じたハル君の……、気配……?!


 ヨシュアは気配の正体を思い返し――、戦慄していた。


 かつて、剣術鍛錬の際にハルがヨシュアに垣間見せた、殺気にも似た気配――。

 その時の気配と同じ――、異質な気配をヨシュアはビアンカに見出(みいだ)していた。


「――呪いよ、罪人(つみびと)たちに……死の安息を……」


 暗い闇を落とした虚ろな瞳で、ビアンカは左手を掲げ上げたまま静かに囁いた。


 ビアンカの言葉に呼応するかのように、ビアンカの左手の甲に刻まれる“喰神(くいがみ)の烙印”から――、闇の影が溢れ出していく。


(――これは……、不味いやつだぞ……っ!)


 徐々に冷え切っていく辺りの空気に、ヨシュアは焦燥を浮かべた。

 このままにしていては危険だ――と、本能的にヨシュアは察する。


「おい、お前たちっ! 突っ立っていないで、この娘を止めろ――っ!!」


 今まで口を一切挟まずにヨシュアの後ろに控え、ヨシュアとビアンカのやり取りを傍観していた“リベリア解放軍”の配下たちに、ヨシュアは声を荒げて命令を下す。


 しかし――、ビアンカの醸し出す異質な雰囲気に()てられたかのように、ヨシュアの配下である男たちは動けずにいた。

 配下の男たちは皆が皆――、自らの身に向けられる“死”の気配を察知し、恐れ(おのの)いた様相で立ち尽くしていたのだった。


 そんな様子の配下たちを見て――、ヨシュアは舌打ちをする。


「――使えない奴らめ……」


 ヨシュアは悪態の言葉を口にし――、ビアンカに向けている剣の切っ先を見やる。


 ヨシュアの持つ剣の切っ先は、震えていた――。

 ビアンカの放つ不穏な気配で、無意識の内に配下たち同様に――畏怖(いふ)の感情を抱いていることを、ヨシュアは自覚する。


(あり得ないな……。ビアンカ様のすることで、私が恐怖を覚えるなんて――)


 ヨシュアは自分自身に嘲笑(ちょうしょう)する。


「――ビアンカ様。何かをされるつもりなら、止めなさい。無駄な抵抗すぎますよ」


 辺り一面の空気が一層冷たくなり、禍々しい不穏な気配も増す中――、ヨシュアは絞り出すように声を発する。


 だが、ビアンカにはヨシュアの声など届かない様で――、ビアンカは奥底が闇に染まった翡翠色の瞳を虚空へ向けたままでいた。


「止めないというのであれば――っ!!」


 声掛けに応えないビアンカに――ヨシュアは声を荒げ、手にした剣を振るい上げた。


 その刹那だった――。


 ビアンカの左手の甲――“喰神(くいがみ)の烙印”から、(うごめ)きを見せていた仄暗い気配が飛び出すように這い上がっていった。

 這い上がり飛び出していった気配は黒い影となり、ヨシュアを含めた“リベリア解放軍”の一行を取り囲むように包み込む。


「な、なんだ……、これは――っ」


 まるで黒い影に腕を取り押さえられたかのように、ヨシュアの剣を握る腕が動かなくなっていた。

 そうして、ヨシュアは焦燥と――ビアンカに対して恐れ(おのの)く表情を見せる。


 ヨシュアが焦りの色を見せている間に――、配下として連れてきた男たちが、恐怖から声を上げることもできずに次々と地面へと吸い込まれるように倒れ込んでいく。

 そのことが、ヨシュアの恐怖心を更に掻き立てていた――。


「ビアンカ様ッ! 貴女は一体何を――っ!!」


 配下たちが次々と倒れ伏したのを目にし、ビアンカに再び目を向けたヨシュアはギクリとした。


 ヨシュアが目にしたビアンカの瞳は――、ヨシュアの知るビアンカのものではなかった。

 それは――、酷く冷酷で冷たさを感じさせる色を煌めかせ、暗い闇を落とした翡翠色をした瞳。その瞳でビアンカは、静かにヨシュアを見つめていたのだった。


 ビアンカの姿を目にしたヨシュアは、自身の心臓が恐怖から高鳴り、脈拍が上がるのを感じる。その額や背には、冷や汗が滴り落ちていた。


「――ヨシュア……」


 ビアンカは、小さな声でヨシュアの名を呼ぶ。

 そのビアンカの呼び掛けに、ヨシュアは肩を大きく揺らし身体を震わせる。


「あなたの願い――、私が叶えてあげる……」


「え……?」


 ビアンカの放った一言。それに対してヨシュアは、理解しがたげに眉を寄せた。


「だから、もう……、ゆっくり休んで。全ての(とが)は――、私が引き受けるから……」


「何を言って……」


 ヨシュアが「何を言っているんですか」――、と口を開こうとした瞬間だった。

 ヨシュアは突如として脱力感と――眠気に襲われ、それ以上話をすることができなくなっていた。


(なんだ……、これは……)


 朦朧とする意識の中、ヨシュアは――立っていることができなくなり、地に膝をついてしまう。

 ヨシュアは重たくなり動かすこともままならなくなった身体を押し、頭を上げてビアンカを見据えると――、ビアンカは微かな笑みを浮かべていた――。


「おやすみなさい、ヨシュア――」


 それが――、ヨシュアの聞いた最後の声となった。


 ビアンカが言葉を投げ掛けるのと同時に、ヨシュアの身体から完全に力が抜け落ち――、その場に倒れ込んでいった。


 倒れたヨシュアは、もう動くことはなかった――。


 そのことを見とめたビアンカは、自らの掲げていた左手を握りしめる。

 ビアンカの取った仕草を合図としたように、ヨシュアたち“リベリア解放軍”を包み込むように(まと)わりついていた黒い影が離散していく。


「…………」


 倒れたまま完全に動かなくなったヨシュアたちを、ビアンカは無言で見つめていた。


 ――『さあ――、この男の願いを叶えてやれ。そして……、お前の全てを奪ったものに(あだ)なすのだ』


 新たな魂を喰らったはずの“喰神(くいがみ)の烙印”が、己の空腹を訴える貪欲な感情を丸出しにし――、ビアンカに囁き掛ける。


 “喰神(くいがみ)の烙印”の囁きに――、ビアンカは小さく頷く。


 ビアンカは“喰神(くいがみ)の烙印”が刻まれる左手を、高く天に向かい掲げ上げた――。


「――この罪深きリベリア公国に裁きを……」


 暗い闇を落とした虚ろな瞳で、ビアンカは静かな声音で呟く。


「“喰神(くいがみ)の烙印”よ――。あなたの貪欲なる腹に存在する冥府を開き、今ここにいる……生ある者を喰らいつくしなさい……」


 ビアンカの発した呪いの言葉に呼応し、その掲げ上げた左手の甲に刻まれる“喰神(くいがみ)の烙印”の痣から――先ほどとは比べ物にならないほど、大量の闇の影が溢れ出していった。


 止めどなく溢れ出る禍々しい気配を宿す闇の影は――リベリア公国全体を飲み込んでいくのだった――。


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