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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第十二章【鎮魂歌】
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第六十一節 リベリア公国

 ビアンカはオルフェーヴル号を駆り、リベリア公国のある方角へと向かっていた。


 土が剥き出しの状態であった街道は、いつしか石畳に変わり――、オルフェーヴル号の馬蹄(ばてい)が石畳を叩く乾いた音を響かせ、ビアンカの目指しているリベリア公国が近いことを指し示す――。


(――もうすぐ、リベリア公国が見えてくる……)


 段々とビアンカの目に、遠く見えてくるリベリア公国――。


 ビアンカの故郷である国は“リベリア解放軍”の襲撃を受け、幾日かの日が経っているにも関わらず、未だに黒煙を()ぶらせていた。


 遠目から見えるリベリア公国の様子を見て、ビアンカは眉を寄せる。


 ――やっぱり……、夢とかでは、なかったのよね……。


 何かの間違えであったのではないか――と、儚い希望をビアンカは胸に抱いていた。

 だが――、今、目に見えるリベリア公国の様子は、確かに現実であり夢ではなかった。


 そのことを実感し――、ビアンカは唇を噛む。


(――あまりオルフェーヴル号に乗って、近づきすぎるのも良くないかな……)


 はたと、ビアンカは思い至る。


 このままオルフェーヴル号に乗りリベリア公国に近づきすぎてしまうと、“リベリア解放軍”の面々に勘付かれる可能性を――、ビアンカは()()()()()()()()()()聡く察する。


「オルフェーヴル号、ごめんね。また……、どこか近場で待機していて」


 ビアンカの語り掛けに、オルフェーヴル号は鼻を鳴らし返事をする。

 そんな風にビアンカの言葉を解するよう返事をしてきたオルフェーヴル号を、ビアンカは優しく撫でてやった。



 リベリア公国が間近まで迫ってきた時――、ビアンカはオルフェーヴル号の足を止めさせる。

 そうして、オルフェーヴル号の手綱を引き、樹々の茂みに入り込み、オルフェーヴル号の手綱を手頃な太さのある木に(くく)りつけた。


「――ここで良い子にして、待っていてね」


 ビアンカはオルフェーヴル号に優しく声を掛けると、外套(がいとう)の中に自らの長い亜麻色の髪を引き入れ――、フードを頭に被るのだった。



   ◇◇◇



 ビアンカは――、ハルの着ていた外套(がいとう)のフードを目深(まぶか)に被り、リベリア公国に足を踏み入れていた。


 ビアンカの特徴とも言える長い亜麻色の髪は外套(がいとう)のフードで隠され、翡翠色の瞳もフードを目深(まぶか)に被っていることにより見えないため――、その姿から、彼女がビアンカだと気付く者はいない。


 寧ろ、リベリア公国が荒廃している今の時期に旅人が訪れることが珍しい――、という奇異の目を、真っ黒な外套(がいとう)を身に(まと)ったビアンカに向ける者が殆どであった。



(――これが……、リベリア公国だなんて。信じられない……)


 ビアンカは、足を踏み入れたリベリア公国の有様を見て、自身の目を疑った。


 美しい街並みが自慢の国――、とさえ言われていたリベリア公国。

 かつて褒め称えられていたビアンカの故郷である国は――、今は荒れ果て、かつての美しかった様相を全く残していなかった。


 こぢんまりとした家々が軒を連ねていた一般国民の暮らしていた地区も、商業地区にも倒壊した建物が見受けられる。


 そして――、通りを歩く人々の様子も、どこか生気が無く、憔悴しきった様子を見せていた。


 辺りには物が焼け焦げた後の匂いが漂い、その中に微かな血の匂いと――、何かが腐敗した匂いも混じる。


 ビアンカとハルが“リベリア解放軍”に強襲された際、城門越しに見えた騎士や兵士の亡骸を思い返すに――、リベリア公国の騎士団と“リベリア解放軍”が大きく争ったことを、城下街の様相が雄弁に物語っていたのだった。


 争いで命を落としたであろうリベリア公国の騎士や兵士、“リベリア解放軍”の反王政派の亡骸は、目に見える場所には一切見られなかった。

 恐らくは――、一応、という形で埋葬されたか、どこか一か所に集められ何らかの方法で後始末がされているのだろう――、とビアンカは思う。


 ――でも、この何かが腐ったような匂いは何なんだろう……。


 鼻につく、鼻腔の奥を濃く深く刺激するような腐敗臭――。

 城下街を――、特に荒廃の激しい高級住宅街にある自身の生家――、ウェーバー邸へ視線を向けながら、ビアンカはそれに疑問を感じつつ眉を(ひそ)めていた。


(お家の様子を見に行くより……、リベリア王城に行った方が、お父様に会えるかも知れないわよね……)


 ウェーバー邸のある高級住宅街に視線を向けつつ、ビアンカは考える。


 勿論、ウェーバー邸に仕えていた使用人たちのことは心配であった。

 しかしながら、今は何よりも自身の父親――ミハイルの安否が、ビアンカにとって気掛かりだった。


 ビアンカがハルと共にファーニの丘に出かける際、リベリア公国の将軍であるミハイルは、いつものようにリベリア国王より言い渡された命令によって国境付近の砦への遠征で不在であった。

 しかし、リベリア公国が“リベリア解放軍”に襲撃されたと知らせを受ければ――、国の将軍であるミハイルは、急ぎ遠征地より戻って来ているはずである――。


 そう思い――、ビアンカはリベリア王城の方へと足を向けるのだった。



 リベリア王城まで向かう道すがら、城下街の中央広場を通る必要があった。


 リベリア王城を背にして存在する中央広場――。

 中央広場の真ん中には大きな噴水があり、噴水から噴き出している水が、水飛沫の音を荒廃した故の静寂が包む辺りに響き渡る。


 ビアンカの知る中央広場の噴水は、絶えず濾過(ろか)された澄んだ水が噴き出している。そんな美しい印象を感じさせるものであった。


 だがしかし――。


 ビアンカは自らの目に映る光景に、言葉を失っていた。


(――何、これ……)


 ビアンカの目にした中央広場の噴水――。

 美しかったはずの噴水の状況は、ビアンカの知るものと全くの別物となっていた。


 噴水の湛える水は薄茶色く濁り、噴き出す水も濾過(ろか)されきれず同じ色を(よう)していた。水は――、強烈な腐った匂いを周囲に漂わせている。


 そして、噴水の水の吹き出し口でもある支柱には――、一人の()()()()()()()の亡骸が(くく)りつけられ、水に晒されていたのだった。


 ビアンカが、噴水に無慈悲に(くく)られる晒された亡骸を()()()()()()()――、と思ったのには理由があった。

 その晒されている亡骸には――、()()()()()()()()()()()()のだ。


「おう、坊主。死体が珍しいのかあ?」


 噴水の事様(ことざま)を動けず見つめていたビアンカに――、下卑(げび)た笑いを含ませながら、酒臭い息を吐き出す男がふらふらとした足取りで近づいて来た。


 男から『坊主』――、と呼ばれたのは、ハルが着ていた男物の外套(がいとう)を身に(まと)い、フードを目深(まぶか)に被っていたためか。

 幸いにも男には、ビアンカが少年に見えたようだった。


「あそこに吊り下げられている首のない死体は、この国の将軍だったミハイル・ウェーバーの娘っ子だ」


 近づいて来た男に目もくれなかったビアンカは、その言葉にピクリと反応する。


「名前は……、確か、“ビアンカ・ウェーバー”だったかなあ……?」


 男はどこかワザとらしく、こめかみに指を当て、思い出すような仕草を見せつつ言う。


「俺も前にチラッと見たことがあるけど、結構可愛い娘っ子だったな。それをさあ、首を()ねて殺しちまうとか。勿体ないことするよなあ」


 男は言いながらゲラゲラと下品に大笑いをし出す。


 ――この男は、何がそんなにおかしいんだろう……?


 ビアンカは男の話す内容を聞き、徐々に冷え切っていく心で静かに思う。


(そもそも……、“ビアンカ・ウェーバー”は、私じゃないの――?)


 ビアンカの心の中で湧きだす疑問――。


 ということは、噴水の中に吊るされ、無残に晒されている首の無い亡骸の正体は、見ず知らずの――、ビアンカと同じ年頃の少女のものである。

 そう考えると――、そんな見ず知らずの少女を殺め、このように晒す仕打ちにビアンカは怒りを感じずにはいられなかった。


(――左手が……、何だか(うず)くな……)


 強い怒りの感情――。

 それに伴い、左手の甲に赤黒い痣として刻まれる“喰神(くいがみ)の烙印”が、歓喜に打ち震える感覚――。


 それらを胸の内で抱いた瞬間に、ビアンカは男の方へ身体を向け――、無意識の内に男の腕に、自身の左手を添えていた。


「――死に至る呪いを……。永遠の苦しみを……、あなたに与えてあげる……」


 深い闇の影を湛えた翡翠色の瞳を冷たく男に向け――、ビアンカは静かに呪いの言葉を囁いていた。


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