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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第十一章【受け継がれしもの】
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第五十五節 「未来を奪ったのは誰?」

 ハルは気が付くと――、多くの人々の祝いの言葉と数多の花弁が舞い飛び交う、リベリア公国の大聖堂前に立っていた。


「――結婚式……?」


 ハルは観衆たちの祝福の声を聞き、今まさに大聖堂で盛大な結婚式が行われていることを認識する。


 大聖堂の入り口から外に向かい、赤い絨毯を敷かれたヴァージンロード――。

 それを挟むようにして、結婚式という礼式に相応しい衣装を身に(まと)った観衆――。


 “お祭り騒ぎ”――。

 そんな言葉がピッタリと当てはまるほど、その場は活気に満ち溢れていた。


(大聖堂で行うほどの大きな結婚式……、いったい誰の……?)


 リベリア公国の大聖堂を使った結婚式――。

 それは、大いに身分の高い者――王族や貴族などの要人といった者たちの結婚式でもない限り、行われることがない。ハルでもそのことは知っていた。


 ハルは直近で、そのような盛大な結婚式が行われる予定があるなど聞いたことがない――、と考えていた。


 ハルが考え事に意識を奪われていると、観衆たちの声が「わあっ!!」――と、一際大きくなった。

 観衆の大きな声にハルは反応して、ハッと意識を結婚式の場に向ける。


 大聖堂の美しい金縁の装飾を施された白い大きな扉が開く――。

 そうして、開かれた扉から――、結婚式の主役である新郎新婦が姿を現した。


「あれは――っ?!」


 ハルは、大聖堂の扉から姿を現した新婦を目にして――驚愕の声を思わず上げる。


 ハルが目にした新婦は、真っ白なウェディングドレスを身に(まと)い、花飾りの為されたヴェールを頭から被った――歳の頃は十八歳ほどの、亜麻色の髪を結い上げた翡翠色の瞳を持つ美しい女性だった――。


「――ビアンカ……、なのか……?」


 唖然とした様子でハルは、小さく呟く。


 年齢はハルの知っているビアンカと違えども、その女性はハルが見(まご)うことなく――大人へと成長したビアンカであった。


 余程想い合っている者との結婚式であるのであろう。

 ビアンカの表情は――ハルの目に、とても幸せそうなものに映った。


 ――相手は、誰なんだ……?


 ハルは、はたと思い至り、ビアンカの婚姻相手――新郎に目を向ける。


 しかし――、ハルの目には、その新郎の顔が見えなかった。

 まるで(かすみ)がかかったかのように、相手の顔がぼやけて見えなかったのだ。


 ――なんで……、相手の顔が見えない……?


 ハルは眉を(ひそ)め、手で目を擦り改めて新郎を見やるが――、やはりその相手が誰であるのかが、ハルにはわからなかった。


「――あれは……、訪れたかも知れない未来の一つ……」


 ハルがビアンカの婚姻相手の顔が良く見えないことに疑問を持っていると――、不意に聞き覚えのある少女の声が隣で聞こえた。


 その声に驚き、ハルが声のした方に弾かれたかのように目を向けると――、ハルの隣にはいつの間にか亜麻色の長い髪を風になびかせる見知った年頃の、十五歳の少女――ビアンカの姿があった。


「ビアンカッ?!」


「あの結婚式は……、私と――の結婚式よ」


「え……?」


 ハルの驚きの声など意に介さない様子で、結婚式を見つめたままビアンカは口にする。

 だがハルの耳に――、ビアンカの発した婚姻相手の名前は届かなかった。


「あのまま……、“リベリア解放軍”が残党狩りを受け、本当に離散していたら訪れていたかも知れない未来――って言った方が、()()()には理解できる?」


 ビアンカは言いながら、ハルの顔を楽しげな表情で覗き込む。


 そうして――、ハルは自身の顔を覗き込んできたビアンカの瞳を目にして、困惑の表情を見せた。


 ハルを覗き込んできたビアンカの瞳は――深い闇を湛え、いつもの綺麗だとさえ思う煌めきを帯びた翡翠色の様相を宿していなかったのだった。


 困惑の表情を見せてきたハルを目にしたビアンカは、「ふふ……」――と、さも楽しそうに笑いを零す。


「お前は……っ」


 そのビアンカを目にして、ハルは勘付く。


 ――こいつは、呪いの正体だ……っ!


 ハルが身に宿していた呪い――。

 身近な者に不幸と死を招く――、死に至る呪い。“喰神(くいがみ)の烙印”が、ビアンカの姿を模してハルに近づいて来ていたのだ。


「――どういうつもりだ。こんな幻を見せてっ!!」


 ハルは声音に怒気を含めて、ビアンカを模した呪いに問いかける。


「どうもこうもないわ。ただの戯れだもの」


 ビアンカを模した呪いは――悪びれた様を一切見せず、くすくすと笑っていた。

 その態度にハルは、より一層その呪いに対し、怒りの感情を強く抱く。


「――でも、さっきも言ったでしょう?」


 言いながらビアンカを模した呪いは(きびす)を返し、ハルに背を向ける。


「これは……、訪れたかも知れない未来だって」


「“リベリア解放軍”が離散して、リベリア公国が襲撃されなかったら――、こうなっていたかも知れないとでも言いたいのか……?」


 ハルは自身に対して背を向けた“喰神(くいがみ)の烙印”の呪いが模した――、ビアンカに問いかける。


「それは、わからないわ。()()――身近な者に不幸と死を撒き散らす存在だもの。天文学的な未知数の数字の確率で――、こうなっていたかも知れないというだけ」


 その呪いの発した言葉に、ハルは己の宿していた呪いの――本当の(たち)の悪さを改めて実感する。

 いくら呪いのもたらす不幸な宿命に抗おうとしても――、この呪いは新たな不幸を呼び込み、貪欲に人々の魂を喰らって死に至らしめていくのだと。


 だがしかし――、その呪いの発した言葉は反面で、「自身の呼び込む不幸を()()()()()()()()に、()()()()()()()()()()()()()」――ということを、ハルに認知させていた。


 死に至る呪い――“喰神(くいがみ)の烙印”。

 己の宿す呪いの本質に思いを馳せ、無言になったハルに、ビアンカを模した呪いは再び(きびす)を返し、ハルを見据える。


「ねえ、()()――」


 ビアンカ、正しくはビアンカの姿を模した呪いは――ハルを見据えたまま口を開く。


「私が待ち望んでいたハルとの未来。この幸せな――、未来を奪ったのは誰?」


 呪いは――、普段のビアンカを真似て、ハルに問う。


 そんなビアンカの問いかけに、ハルは両手を強く握りしめ奥歯を噛み締める。


 ハルは――、ビアンカの問い掛けに、即答できずにいた。


 ――『未来を奪ったのは誰?』


 本当の諸悪の根源の存在を問いかけるビアンカの言葉――。

 それに対して、ハルは考える。


 身近な人々を死に至らしめる呪いを身に宿し、リベリア公国に訪れてしまった自分自身なのか――。

 それとも、自らの一族に呪いを残した魔族の呪念なのか――。


 もしくは、国政を疎かにしたリベリア国王の存在か――。

 “リベリア解放軍”という、反王政派の存在そのものか――。


 様々な思考を巡らせた後――、ハルは睨みつけるようにビアンカを見やる。


「それは――」


 ハルは思考の答えを口にし始めた。


 ビアンカは――ビアンカを模した呪いは、(あざ)笑うかのようにハルを見つめる。


「――()()()()()()()()()()っ!!」


 ハルは力強い言葉で、宣言する――。


 ――全ての諸悪の根源は、“喰神(くいがみ)の烙印”の存在だ……。


 ハルの答えに、ビアンカを模した呪いは笑い始めた。


「あはははははっ!! そう、それが答えなのね!!」


 腹を抱えん勢いで大笑いを始めるビアンカを模した呪いを――、ハルは静かに睨みつけていた。


「――良いでしょう。それじゃあ、()()()()()()()()、あなたの“()()()()()”、聞いてあげるわ」


 ビアンカを模した呪いは可笑しそうに言うと、左手を掲げ上げる。

 呪いが左手を掲げ上げた途端に、世界が真っ白に染まり、一変した――。



 世界が一変するほんの一瞬の間、ハルは――大人へと成長したビアンカの姿を、再度目にしていた。


 そうして、その隣に立つ新郎が――赤茶色の髪に同じ色の瞳を持つ青年。ビアンカと同じくらいの年頃へと成長したハル自身であることに、酷く悲しく寂しい感情を抱くのだった。


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