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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第九章【紡ぐ言葉】
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第四十八節 ファーニの丘②

「うわあ――っ!!」


 ファーニの丘の高台まで登ってきたビアンカは、その高台から一望できる景色に感嘆の声を大きく張り上げた。


 ファーニの丘の高台は、遥か遠く――、リベリア公国領内とカーナ騎士皇国との国境付近まで見渡せた。

 今まで見たこともない広大な地平と、一面の森が見せる緑と青い空――、という景色にビアンカは目を輝かせ、堪らなく感動した様子を窺わせる。


 そんな感動した様を見せるビアンカの隣にハルは一緒に立ち――、見事な景色を一緒に眺めていた。


「――ああ、あそこに小さく見える砦。あそこで俺はミハイル将軍と出会ったんだ」


 ハルは言いながらリベリア公国領にある、隣国――カーナ騎士皇国との国境近くに建つ南側の砦を指で差して示す。


「へえ、そうなんだ。あんな遠いところからハルはお父様たちと来たのね」


 ハルの指し示した遠くに見える砦を見つけ、ビアンカは次には驚いた表情を見せる。


 コロコロと表情を変えながら周りの景色を見渡すビアンカは、実に楽しげな情態だった。


 そんなビアンカを見て、ハルは微笑ましげにしていた。


(――最初、『国の外に出てみたい』って言われた時はどうするか悩んだけど……。これだけ喜んでくれるなら、連れ出して来て正解だったかもな……)


 ハルは、ビアンカにリベリア公国の外に出たいと我儘とも言える要望をされた際は、流石にその要望の内容に渋っていた。

 だけれど、今のビアンカの楽しげな様を見ていると、ビアンカにとって最高の誕生日プレゼントになったのではないか――と、ハルは思う。


「――よし、ビアンカ。そうしたら、昼食用の食料の調達をしよう」


 高台からの景色を一頻(ひとしき)り堪能した後に、ハルはビアンカに声を掛ける。


「うん。釣り――、するんだよね。沢山釣れると良いなあ」


「言っておくけど、食べる分しか釣らないからな……」


 ビアンカがハルの声掛けに意気揚々とした答えに、ハルは苦笑する。


「どうせ沢山釣ったって食いきれないだろ」


「んー……、それもそうか」


 ハルの言葉にビアンカは納得した様子で呟く。


「そうそう。土産に持って帰れる物でもないんだし――、必要な分だけな」


 ハルはビアンカに諭すように言いながら、ショルダーバッグ(オーモニエール)の中から“掘り出し竿”と呼ばれる折り畳み式の釣り竿を二本分取り出していた。


 振り出し竿は、持ち手の節に各節を収納できる種類の竿で――、携帯性に優れている釣り竿である。

 ハルは慣れた手付きで竿先の節から順に各節を伸ばしていき、釣り糸や浮きを装着させ――、あっという間に一本竿の状態に組み上げていく。


「ビアンカは虫を触ったり、ミミズを触ったりとか――大丈夫だよな?」


 ハルは、はたと気が付いたようにビアンカに問いかける。


 釣りの際には、釣り針に餌を付けることが必須となる。

 その餌には――、小さな虫ないしミミズなどが必要となるため、ハルはビアンカに質問を投げ掛けたのであった。


「普通に触れるわよ。――元悪戯お嬢様は伊達(だて)じゃないからね」


「そういや、そうだったな」


 ハルの不意の問いかけに、ビアンカは悪戯そうに笑っていた。

 そのビアンカの返答にハルも思わず笑ってしまう。


(そういえば、こいつ。昔は虫やカエルなんかを捕まえて、良く屋敷の使用人に悪戯していたんだったな……)


 もう一本の振り出し竿を組み立てながらハルは、出会ったばかりの頃のビアンカのことを思い出していた。


 ウェーバー邸の屋敷に仕える使用人たちに日々悪戯をしては困らせていた幼い悪戯好きな令嬢――、それがビアンカであった。

 だが、そのビアンカの悪戯も、ハルがミハイルに連れられてウェーバー邸に訪れ――、ハルの諭しの言葉ですっかりと鳴りを潜めていたのだった。


「よし――、これで大丈夫だな」


 ハルは二本目の振り出し竿を完成させ、その一本をビアンカに手渡した。


 釣り竿を手渡されたビアンカは、物珍しそうにして釣り竿を眺め――、それを手で弄り回す。


「糸の先に釣り針が付いているから、それで怪我しないようにな」


 ハルの言葉にビアンカは「うん」――と、未だに釣り竿を眺めながらも頷いて答える。


「んじゃ――、まずは釣り針に付ける餌になる虫かミミズを探すぞ。餌が付いていないと魚は釣れないからな」


「はーい」


 ハルの指示にビアンカは笑顔で返事をする。

 大人しく指示に従うビアンカに、ハルも満足そうに笑みを零していた。



   ◇◇◇



「……釣りって、意外と根気が必要なのね」


 川縁に腰掛けているビアンカが、川に浮かぶ釣り糸に仕掛けられた浮きに目を向けつつ、ボソッと呟いた。

 ビアンカが小声で呟いたのは、ハルに『大きな声で話をしていると、音に反応して魚が逃げるから』――と教えられたためだった。


「釣りは根気と忍耐力が勝負――、ってところだな」


 そんなビアンカの呟きに、隣に腰掛けて同じように釣りに勤しむハルは返す。


「ぼーっとしてさ、考え事をしたい時とかに釣りは良いぞ。浮きを眺めてぼんやりするのが……、俺は好きだな」


「ふーん……」


 ハルの言葉に、ビアンカは意外さを声音に含めて言葉を漏らした。


(――ハルって時々、年寄りくさいこと言うのよね。なんか変な感じ……)


 ハル本人にそのようなことを言うと怒らせるだろうと思いつつ、ビアンカは心の中で吐露する。


 ハルは様々な知識を知っている。それは博識なのとはまた違う――、自身の経験からくる知識を語っているのだと。ビアンカは何となくではあるが、そう感じていた。

 だが、その知識は今のような――まるで老人が語る与太話(よたばなし)のようなものも含まれているため、ビアンカはハルの中に“年寄りくさい”と言う印象を抱く時があった。


「――よし、これだけ釣れればいいか」


 ハルが三匹目になる魚を釣り上げ、釣った魚を手に取り声を上げる。


 この時点で――、ハルが三匹、ビアンカが二匹の魚を釣り上げていた。


「もうおしまい?」


「さっき言っただろ。食べきれる分しか釣らないって。足りなかったら……、その時にまた釣りをし直せばいいさ」


 首を傾げて問いかけるビアンカに、ハルは言う。


「ん、そうだね。それじゃ――、おしまい」


 ハルの言葉を聞いて、ビアンカは釣り竿を川から引き上げた。


 そうして二人は釣り竿をそのまま川縁に置き――、ハルが先駆けて用意していた焚き火用の枝に火を起こす準備をし始めるのだった。



 ビアンカはハルから焚き火の起こし方を習いつつ、火を付ける――。


 ビアンカは他にも、釣った魚の(はらわた)抜きの方法を教えられたりと――、多くの知識をハルから伝授されていた。


(はらわた)はそのままでも良いんだけど――、苦みがあって好き嫌いが人によってあるからな。今回は(はらわた)を抜いたのを焼こう」


 ハルは言いながら魚の(はらわた)を抜き、木の枝に魚を刺して焚き火の炎で魚を焼いていく。


 そのハルの様子をビアンカは心底感心し、見つめていた。


「ハルって本当、物知りなのね」


「まあ――、旅の生活が長かったからな。自然と覚えていったことだよ」


 ビアンカの感嘆混じりの言葉に、ハルは大人びた印象を与える笑顔をビアンカに向けた。


 思いがけないハルの大人びた笑顔に、ビアンカは胸が高鳴るのを自覚する。


 ――年寄くさいと思えば、大人のお兄さんみたいな雰囲気も見せるのよね……。


 気さくな一面を持った少年らしい顔。大人びた雰囲気を醸し出す顔。そして、しばしばと垣間見せる見た目不相応に古い知識の数々――。

 それらの全てがハルの魅力でもあるのだ――、とビアンカは感じていた。


「――ビアンカ?」


「ん? なあに?」


 ビアンカが物思いに(ふけ)っていると、ハルが不意にビアンカに声を掛けてきた。


 声掛けに反応を示したビアンカに、ハルは焼けた魚の串を差し出す。


「これ、焼けたから。食ってみろよ」


「わあ、ありがとう」


 ハルから差し出された串を受け取り、ビアンカは生まれて初めて見たのであろう串焼きになった魚に目を輝かせる。


「熱いから、気を付けろよ」


「うん。――いただきます」


 ビアンカはハルからの注意に頷きながら返事をして、焼き魚の熱さに気を付けつつ――、どこか恐る恐るといった雰囲気で焼き魚に口につける。


「んん、美味しい――!」


 焼き魚に噛り付いたビアンカは、驚いた表情を見せた。


 ただ焚き火の炎で(あぶ)り、塩を軽く振りかけただけ――。

 そんな素っ気ない調理方法をした魚ではあるものの、釣りたての魚を焼いた香ばしい香りと、生臭さを全く感じさせない風味にビアンカは正直に驚嘆(きょうたん)の言葉を口にする。


「だろ?」


 素直な反応を見せたビアンカにハルは楽しそうに笑みを浮かべつつ、自身が食べる分の焼き魚を手に取って食べ始めていた。


「うん、やっぱり美味いな――」


 ハルも焼き魚を口に含みつつ、しみじみとした声音で呟く。


「ね、美味しい。ビックリしちゃった」


「――釣ったばかりの魚ってさ。市場で売っているものとは、味が全然違うんだよな」


 ハルの言葉の通り――、リベリア公国の商業地区にある市場で売られている魚介系の食材は、物流などの関係で新鮮な物が並ぶことが少ない。

 それ故に、釣りたての魚と市場に並ぶ魚を比べてしまうと――、圧倒的に釣ったばかりの新鮮な魚の方が風味豊かで味が良い物となるのだった。


「本当ね。お家で食べるどのお魚料理より、こっちの方が美味しいよ」


「あはは。そんなこと言うと、料理番のポーヴァルさんが泣くぞ?」


「だって、本当にそう思うんだもの。こんなにお魚が美味しいって思ったの――、私、初めてよ」


 ビアンカの悪気のない率直(そっちょく)な感想に、ハルは思わず笑ってしまう。


 暖かな日差しと爽やかな風の中――、ハルとビアンカは楽しげに話をしつつ、自分たちの釣った魚を食べ進めていくのだった。


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