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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第八章【新たな任務】
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第四十節 安堵

 坑道の外はハルの予想していた通り、夜半を過ぎた頃であった――。

 もう時期的には春が間近ではあるものの、冷えた外気が身体を撫でていく。



 ビアンカは、ハルに着せられた外套(がいとう)のフードを目深(まぶか)に被せられ、坑道の外へと連れ出されていた。


 ビアンカが外套(がいとう)のフードを目深(まぶか)に被されていた理由は――、坑道を脱出する道中で、ハルが殺めた男たちの姿をビアンカに見せたくなかったためであった。


(――死体は一応、隅の方に寄せておいたけれど。なるべくならビアンカに、あの惨状は見せたくないな……)


 ハルはそう考え、ビアンカに『万が一、ホムラの他の手下が来て、ビアンカが逃げ出したのがバレると不味いからな』――と、一見すると至極説得力のある説明をして、ビアンカにフードを被るように促していたのだった。


 深くフードを被りハルに手を引かれるまま坑道を歩いていたビアンカは、坑道内の惨事に気が付くことはなかったようで、ハルは安心していた。


 しかしハルは、ビアンカの聡さに気付いていなかった――。


 ビアンカは感じ取っていたのである。外套(がいとう)のフードを深く被せられ周りを見ることはできなかったが、辺りに漂う濃い血の匂いに――。

 だが、ビアンカは敢えて――、気が付いていないフリをしていた。


 それも全て、ビアンカなりのハルに対しての気遣いであった。


 ――ハルに対しては下手な詮索はしない。


 ビアンカの心に秘めた考え故――、坑道内の惨状を、嘘をついてまで隠そうとするハルに、ビアンカは何一つ言葉を発することはなかったのだった。



「本当に結構冷えているね……」


 ハルに手を引かれ坑道から出てきたビアンカが、外の冷えた空気を実感して呟いた。


「――ハルは寒くないの?」


「俺は大丈夫。お前こそ、身体冷やすなよ」


 ハルから、彼の羽織っていた外套(がいとう)を借りてしまっているビアンカは、心配げにハルに問いかける。

 しかし、ビアンカからの問いかけに、ハルは普段と変わらない調子で返答をしていた。


「うん。ありがとう」


 ビアンカにとって、ハルの心遣いは素直に嬉しいものであった。

 ハルに握られている彼の手の(ぬく)もりを感じながら、ビアンカはハルの手を握り返すのだった。



   ◇◇◇



 暫く二人で連れ立って歩き、ハルは自身が乗ってきた馬を待機させている場所まで、森の茂み伝いにビアンカを連れて行くつもりでいた。


 しかし――、ハルがフッと気が付くと、ビアンカが無言のまま疲れた様子を見せていたのである。

 恐らく、ホムラに捕らえられていたという緊張の糸が解け――、ビアンカが眠気を感じているのだろうとハルは察する。


(――まあ、無理もないか。ビアンカは()()()()()だもんな……)


 ハルは自分自身に宿っている、人を死に至らしめる呪いの力故に与えられている不老不死の力で、普通の人間以上に無理の利く体質を持つ。

 だが、ビアンカは極普通の人間であり、空腹を感じ睡眠も必要とする存在である。


 幸いにもホムラが率いていた“リベリア解放軍”が根城として使用していた坑道から、ハルとビアンカは大分離れた位置まで移動をして来られていた。


 この辺りで一度ビアンカを休ませよう――と、ハルは考える。


「ビアンカ――、この辺りまで来ればもう安全だ。少し休もう……」


 眠たげにしてぼんやりとした容態を見せていたビアンカに、ハルは声を掛ける。


「うん……、ごめんね。なんか、疲れちゃって……」


「いや。疲れるのも無理はないさ。あんなことがあったんだしさ」


 ハルは言いながら、ビアンカを近くにあった木の幹の傍らに寄りかからせるようにして座らせた。

 漸く足を休めることのできたビアンカは「ふぅ……」っと、小さく溜息を零す。


「――焚き火用に枝を拾ってくる。ここで待っていろ」


「……うん。早く、戻って来てね」


 ビアンカが心許ない声音で口にした言葉に、ハルは少し驚いたような表情を見せた。


(――余程、気を張っていたんだろうな。ビアンカ……)


 ビアンカの発した言葉を聞いたハルは――、ホムラに囚われていた際にビアンカが、ホムラに対して強気な態度を取っていたのを、物陰に隠れホムラを強襲する機会を窺っている時に目にしたことを思い出す。

 だがしかし、それはビアンカが懸命に虚勢を張っていた故の行動だったのだろうと、ハルは思い至る。


 ハルは微かに笑みを浮かべ、座り込んでいるビアンカの頭を撫でてやっていた。


「すぐ戻って来るから。安心して待っているんだぞ」


 ビアンカを安心させるように、ハルは優しい声音で声を掛けてやる。

 ハルに頭を撫でられる行為を甘んじて受けていたビアンカは、ハルを見上げて頷く。


「んじゃ、ちょっとだけ行って来るな」


 そう言うと、ハルはビアンカから離れ――、森の木々の中に姿を消していった。


 ビアンカはそのハルの後姿を、(うる)わしげな表情で見送る。


(――なんだか、ハルに頼ってばっかりだな……)


 ハルを見送り、ビアンカは憂鬱(ゆううつ)げな吐息を漏らす。


(でも――、ハルはお父様とは違う優しさで傍にいてくれる。なんで、あそこまで一生懸命になって私を守ってくれるんだろう……?)


 ビアンカにとって、それは――ハルがリベリア公国にミハイルによって連れて来られてから、微かに感じていた疑問である。


 ビアンカがハルと初めて出会った時から、ハルはビアンカに優しく助言をしてくれたり――、時には突飛な行動を起こすビアンカを叱ったりと。常にビアンカの傍らにいて、彼女の行動に注意を払い、見守ってきてくれていた。


 初めの内はミハイルがハルに、ビアンカの“お目付け役兼護衛役”という任を与えたため、ビアンカはハルが自分自身を後見しているのだと思っていた。


 だが最近になって、それが違うのではないか――と、ビアンカは感じていた。


 様々な思いが胸中に渦巻く中、ビアンカは自身の瞼が重たくなっていく感覚を覚える。


(……なんか、眠たくなってきちゃったな)


 ビアンカは思い馳せながら、寄りかかっていた木の幹に身を預け、うつらうつらとし始めるのだった。



 ――どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 恐らくは然程(さほど)の時間は経っていないとは思われた。


 ウトウトとしていたビアンカは、フッと人の気配と物音で目を覚ました。


 ビアンカが眠たげな眼差しを開けると、いつの間にか焚き火用の枝を集めて戻って来ていたハルが、焚き火の火を起こす作業を行っていた。

 今まで肌寒さを少し感じていたビアンカだったが、焚き火の炎の温かさと明るさに、眠気でぼんやりとした頭の中で安堵感を抱く。


 ビアンカが目を覚ましたことに気が付いたハルは、ビアンカを目にして起こしてしまったか――と、言いたげな表情を浮かべていた。


「悪い。起こしちまったな……」


 焚き火に枝を放り投げて火にくべながら、ハルは謝罪の言葉を口にする。

 そのハルの言葉に、ビアンカは無言で軽くかぶりを振った。


「携帯食くらいしか持ってないけど……、なんか食うか?」


「ううん。大丈夫……」


 ハルの問いかけに、ビアンカは再度かぶりを振って答えた。


 ビアンカは未だに眠たげな雰囲気を見せており、口元を押さえながら欠伸を幾度か繰り返している。


 そんなビアンカの様子を見ていたハルは立ち上がり、ビアンカの寄り掛かる木の幹――、ビアンカの隣に赴いて腰を掛けた。

 そうしてビアンカの肩に触れたかと思うと、手慣れた手付きで――、ハルは自身の膝を枕代わりにさせるようにビアンカの身体を横にさせる。


「……夜明けまではまだ時間がある。もう少し寝ておけ」


 ハルの突然の行動にビアンカはキョトンとした表情を一瞬見せたが、その言葉に素直に「うん……」――と、言葉少なに返して頷く。


(――焚き火も……、ハルも温かいなあ……)


 ビアンカはそんなことを考えながら、重たい瞼を再び伏せる。

 余程、緊張で気を張り詰め疲れていたのであろうビアンカは、あっという間に寝息を立て始めていた。


 安心しきっている様を見せて眠りについたビアンカを目にして、ハルは優しげに微笑みを見せるのだった。


「――おやすみ、ビアンカ……」


 ハルは小さく呟き、ビアンカの長い亜麻色の髪を手で梳くように撫でていた。


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