表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/92

第四節 「ごめんなさい」の言葉

 リベリア公国の中央広場。そこは緑に囲まれ穏やかな空気を漂わせる、リベリア公国の国民にとって憩いの場である。

 そんな広場の片隅にあるベンチに座り、“友達”という間柄になったハルとビアンカは、和やかに談笑をしていた。



「――ハルはどこから来た人なの?」


 ハルがリベリア公国に来ることとなった経緯(いきさつ)の話をしていると、ビアンカはそんな質問をハルに投げ掛けた。


「ん? 俺?」


 ハルはビアンカの質問に思わず聞き返してしまうが、そのハルの返答にビアンカは(しか)りを意味して頷く。


「どこの出身の人なのかなって、思ったの」


 ビアンカの問いを聞き――、ハルは一瞬だけ言葉に詰まる。だが、瞬刻何かを考え、口を開いた。


「俺もこの東の大陸の出身だ。――この国よりずっと南の方、この国の国境を越えた先にある、小さい里の出だ」


 どこか言葉を選ぶように、ハルはビアンカの質問に返す。ハルの返答にビアンカは「へー」っと、目を輝かせて聞き入っていた。


 ビアンカが先ほどから、自身の旅路の話を楽しそうに聞く様子を見て、ハルは「箱入りのお嬢様だから、外の世界のことが珍しいんだろうな」――と、微かに思う。


「どうして旅をしようと思ったの?」


「んー……。里での生活が嫌になったから……、かな?」


「退屈なところだったの?」


 立て続けに質問攻めをしてくるビアンカに、ハルは思わず苦笑いを浮かべた。


「まあ、そんなところだな……」


 やや考えるようにしながら、ハルはビアンカの問いに答える。


 ビアンカの問い掛けで、ハルは自身の出身地である小さな里のことを思い出していた。



 ハルの出身地――。

 その場所は人々の生活から隔離され、深い森の中に隠されるように存在した小さな里だった。


 ハルはその地での責務と重責、――“近しい者に不幸と死を撒き散らす呪いを受け継ぐ一族の長“という立場に嫌気がさし、里を逃げるように出てきていた。


 果たしてその里が未だに存在するのか、ハル自身にも判らなかった――。

 それほどの永い年月が流れていることを、何気ない少女の問いの一言でハルは痛感する。


 ハルは無意識の内に――、革の手袋を嵌めた左手の甲に添えた右手で、その左手を強く握りしめていた。


(――これ以上、出自の話をするのは不味いな……)


 人々の目から隠され存在する呪われた里の話は、決して他言して良いものではない。その考えは、里を逃げ出した身でありながら、今もなおハルの思考を縛り付けていた――。



 ハルは話題を変えようと、ビアンカに対し――、気になっていたことを聞くことにした。


「ところで――、ビアンカはなんであんな悪戯を屋敷でするんだ……?」


 ハルは、料理番の青年がビアンカの悪戯に対し、酷く怒っていたことを思い返す。


 ビアンカの父親であるミハイルも嘆息(たんそく)し、『悪戯をしては乳母や家庭教師たちを日々困らせている』――と。そう語っていた。

 それ故に、ビアンカが普段から相当な悪戯をしているのだろうと。ハルは()し量る。


 突として話題に上がってきたハルの質問の内容に――、ビアンカは気まずそうにして視線を泳がせていた。


「ビアンカが悪戯ばかりして困っているって。ミハイル将軍も言っていたぞ?」


 追い打ちをかけるよう、ハルはビアンカの返答を促す。


 ハルの促しに、ビアンカは「だって……」――と、小さく声を漏らした。


「遊んでくれる人がいないから、つまんなかったんだもん……」


 ビアンカは頬を膨らませるように、不貞腐れた様子で答える。


(ああ。やっぱり、か……)


 ハルは、そのビアンカの言葉を黙って聞いていた。ハルは――、ビアンカの内心に勘付いていたのだった。


 城下街では友達もおらず、ウェーバー邸はミハイルに仕える大人たちばかり――。

 そのような環境下で、ビアンカは遊びたいという欲求を“悪戯をする”という方法で発散しているのだろうと。ハルは思い至っていた。


「――そうしたら、その悪戯も今日で卒業だな」


「え……?」


 ハルがぽつりと呟いた言葉に、ビアンカは驚いた表情を浮かべる。ハルを見据えたビアンカの表情は、「なんで?」と。そう言いたげであった。


()()()()がいるんだからさ。もう屋敷で悪戯する必要はないだろ?」


 ハルは自分自身を指差し、優しい笑顔をビアンカに向ける。


「そう……、だね。お友達のハルが一緒なら、お家でも寂しくないね!」


「だろ?」


「うんっ!」


 ビアンカは心底嬉しそうに笑っていた。そのように表情をコロコロと変えるビアンカを、微笑ましげにハルは見つめる。


 周りの大人たちが、彼女を腫れ物に触れるように扱うせいで、寂しそうにしていたり悪戯をしたりする――。しかし、本当は素直な良い子なのだと。ハルはビアンカを見ていて思う。


「そうしたらさ。料理番のお兄さんに、ちゃんと謝っておくんだぞ」


「う、うん……」


 ビアンカは次に眉間を寄せ、歯切れの悪い返事を零す。ハルの言葉を聞き、自分が悪戯をしたため中央広場まで逃げて来ていたということ。それを思い出したようだった。


「――『ごめんなさい』は“魔法の言葉”だ。素直に謝れる良い子なら、あのお兄さんも許してくれるさ」


「でも……、凄く怒っていたから。大丈夫かな……」


「心配なら、俺も一緒について行って見ていてやるからさ」


 心配そうなビアンカに、ハルは優しく言葉を掛ける。そのハルの言葉に、ビアンカは素直に頷き返事をする。


「ありがとう、ハル」


「友達なら当たり前だろ。さあ、屋敷に戻ろう」


 ハルはベンチから立ち上がり、微笑みながらビアンカに右手を差し出す。ハルの差し出されたその手を取って、ビアンカもベンチから立ち上がった。



   ◇◇◇



 ハルとビアンカはウェーバー邸へ戻り、共に調理場に足を運ぶ。

 ビアンカが訪れたことに気付いた料理番の青年は、表情を険しくして身構えていた。


「今度は何の御用ですか? ビアンカお嬢様?」


 料理番の青年は自身に近寄ってきたビアンカに、警戒心を見せつつ声を掛ける。


 ビアンカは警戒した様子の青年に意を介さず、ハルが先ほど助言した通りに――、不意に青年に対して頭を下げた。


「ポーヴァル。悪戯して鍋にカエルを入れて……、ごめんなさいっ!」


 ビアンカの唐突な謝罪に料理番の青年――ポーヴァルは「へ……?」っと。間の抜けた呟きを漏らす。

 何を言われたのか。そのことを理解できていない様子を、ポーヴァルは見せていた。だが、すぐにそれが謝罪の言葉だと気が付き、驚いた表情を浮かべる。


「い、いえ。ビアンカお嬢様、そんな……、頭を上げてください!」


 ポーヴァルは慌て、ビアンカに頭を上げるように促す。

 促されたビアンカは(こうべ)を垂れていた頭を上げ、ポーヴァルを見上げた。


「……許してくれる?」


「勿論ですよ。素直に謝ってくださるのなら、これ以上、私は何も言いません」


 ポーヴァルの言葉を聞き、ビアンカは安心した様子を見せる。


「もう悪戯はしないから。――今まで本当にごめんなさい」


 ビアンカの宣言に、ポーヴァルは再度驚いたような表情を見せたが――、すぐに優しげな笑みを浮かべていた。


 ――やっぱり素直な良い子だな……。


 ビアンカとポーヴァルのやり取りを、黙して静かに見つめるハルは、満足そうに微笑んでいた。



 その後――、ビアンカは宣言した通り、ウェーバー邸に仕える者たちに悪戯をすることが無くなった。


 代わりにビアンカは、ハルと楽しげにして過ごすことが多くなっていた。

 そんな二人の様子をウェーバー邸に仕える者たちは微笑ましげ見守り、穏やかな日々が過ぎていった――。


このお話でプロローグはお終いとなります。

次回から第一章へ移行していきます。


今回も最後までお読み頂きありがとうございます。

評価・感想・ブクマなど頂けると大変励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ