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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第八章【新たな任務】
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第三十九節 無事の再会

 ハルの抱擁(ほうよう)を受けていたビアンカは、自身の両耳を塞いでいた手をいつの間にかハルの背中に回していた。

 ビアンカはハルに(すが)るように――、彼の服を強く握りしめて抱きついている。


「――ハルが来てくれるとは思わなかったな……」


 ビアンカにしてみても、ハルがミハイルに先立ち、自分自身を助けるために先陣を切って乗り込んでくるとは夢にも思っていなかった。

 そんな思い故に、ビアンカは小さく言葉を零す。


「でも、ハルが助けに来てくれたこと。凄く嬉しい……」


 ビアンカが綴る呟きの言葉に、ハルは更に抱擁(ほうよう)の腕を強めていた。


(――俺も、助けられて本当に良かったって思うよ……)


 ビアンカの言葉を受け、ハルは心の中で思う。


 万が一、ここでビアンカを失い、あまつさえミハイルまでもがホムラの手にかかってしまっていたとしたら――。

 そのような事態となっていた場合は、間違いなくハルの身に宿る――、身近な者に不幸と死を呼び込む呪いの力のせいであるだろうと。ハルは考えていた。


 その残酷な宿命に抗う――。


 そのために、ハルは急ぎ行動を起こしていたのだった。

 そして万事が上手くいったことに、ハルは安堵感を覚えずにはいられなかった。



「ビアンカ、早めにここを出よう」


 ビアンカへの抱擁(ほうよう)の腕を緩め、ハルはビアンカに声を掛ける。


「――もし、他にホムラ師範代に従っている奴らが来たら不味い……」


 ホムラが口にしていた組織――、“リベリア解放軍”という反王政派の集団。それが、この坑道にいた少人数だけとは、ハルは到底考えられなかった。


 ――もしかしたら時間をおいて、この場所へやってくるかも知れない。


 その考えが頭の中を(よぎ)った故に、ハルはビアンカへ早々の脱出を促す。


「うん、わかった……」


 ハルの言葉に大人しく従い、ビアンカはやや名残惜しげにしつつ、ハルから離れていった。


 そんな様子を見せるビアンカにハルは優しく微笑み、自身が身に(まと)っていた外套(がいとう)を脱いでビアンカに羽織らせ、袖を通させた。

 ホムラの手によって誘拐されてきたビアンカは、昼間着ていた鍛錬用の格好のままで、外に出るには薄着の状態なためである。


「外はまだ夜も明けてない。冷えるから、着ておけ」


 ハルが日が暮れて辺りが暗くなった頃合いを見計らい見張り役の男たちに強襲をかけ、坑道の内部に入り込みホムラと対峙し――、まだ数時間という時間しか過ぎていない。

 ハルは自分自身の活動した時間を考慮し、今の時刻は夜半を過ぎた頃くらいだろうと予測していた。


 夜半過ぎの空気は冷え込む。そのことを見越してのハルの行動であった。


「ありがとう、ハル――」


 ハルの優しい心遣いにビアンカは嬉しそうに微笑みを見せた。


 ビアンカはハルに笑みを見せたかと思うと、不意に(きびす)を返す。


 ビアンカの背後には――、既に事切れて動くことのなくなったホムラの亡骸が倒れている。


 ビアンカは自身の翡翠の瞳に複雑そうな色を滲ませ、ホムラの亡骸を見つめていた。


「ホムラ師範代……」


 ビアンカは小さな声で、剣術師範代――ホムラの名前を呟く。


「ねえ、ハル。ホムラ師範代は……、毒が回って亡くなってしまったの……?」


 静かにホムラの元へ歩み寄りながら、ビアンカがハルに疑問の言葉を投げ掛ける。

 ビアンカの質問に、ハルがピクッと肩を揺らし反応を示したことを、ハルに対して背中を向けてしまっているビアンカは気が付かなかった。


(――そうか。ビアンカは俺がハッタリで言った毒の話を信じているのか……)


 ――『あんたに放った矢には毒を塗らせてもらっている』


 ビアンカを盾に取られたハルが、ホムラの心を揺らすために放ったハッタリの言葉。

 その言葉をビアンカも信じていて、そのせいでホムラが死んでしまったと思っているのだと、ハルは思い至る。


「……だろうな。どうするか決めかねている内に、毒が回っちまったんだろう」


「そっか……」


 ハルからの返答を聞き、ビアンカは納得した――と、言いたげな声音で返事をする。

 しかし、ハルからは見えないビアンカの表情は、納得の様子を見せてはいなかった。


(ハルは――、嘘をついている……)


 ビアンカはハルに耳を塞ぎ目も閉じているように言われ、大人しく指示に従った。

 だが――、ビアンカは従ったように見せかけ、実は微かに見聞きをしてしまっていたのだった。ハルの身の内に宿っている呪いの力を――。


(魔法とは違う、もっと怖い力。あれは何なんだろう……)


 “魔法”という力を操ることのできる者たちの出生率が著しく減少し、純粋に魔術師と呼ばれる者たちの少なくなっていることは、ビアンカも知っている。


 ――なら、ホムラ師範代を殺めたこの力の正体は何……?


 ビアンカは思案するが、彼女の中にある知識で、ハルの扱った力の正体である答えに行きつくことはできなかった。


(――嘘をついてまでハルが言いたくないことなら。これ以上、詮索するのは止めよう……)


 必要以上のことを詮索しない――。

 それはビアンカがハルと出会った頃から密かに――、ハルに対して接する際に決めていたことであった。


 ハルは自分自身の出自などに対し、それらを聞かれることを苦手としている。

 ハルが自身の過去についての話を、上手く言葉を選び――、そうして言葉を濁す話し方をしていることを、聡く察しているビアンカなりの心遣いの一つだった。


 ビアンカは詮索の気持ちを諦め――、歩み寄っていったホムラの亡骸の傍らに(かしず)く。そうしてホムラの亡骸に、死者への(いた)みを(あらわ)す祈りの仕草を見せた。


「ビアンカ……」


 ビアンカの仕草を目にしたハルは思わず眉を寄せた。


 ハルはビアンカを見ていて、自らを危険な状況に陥れた張本人であるホムラに対しても弔いの心を持てるのか――と、釈然としないような思いを抱く。


「お父様たちに反抗しようとしていたことは許せないわ……」


 ハルが自分の名前を呼ぶ声音に彼の心中を察したのか、ビアンカが言う。


「でも――、やっぱり、お師匠様だったからね……」


「……そう、だな」


 ビアンカの言葉にハルは心苦しそうにしつつ、返答の言葉を零していた。


 そうして、ハルもビアンカに(なら)い、ホムラの元に歩み寄り死者への(いた)みを(あらわ)し――、かつて剣術鍛錬の師範代であったホムラに対して敬意を払うのだった。


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