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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第五章【不測の事態】
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第二十九節 ハルの思惑

 ノーマンによって、すぐさま用意されたリベリア公国一帯の地図をハルはテーブルの上に広げる。

 そして地図上に視線を滑らせ、ミハイルの向かった西の砦の位置と、そこから一番近い街の位置を確認する。

 その確認をしつつ、ハルはホムラからの手紙の内容に記されていた指定場所も目で追って確認をしていた。


 ハルが地図上で目的地の確認をしていると、リスタと共に一人の青年――ディーレが連れて来られた。

 ディーレはウェーバー邸の馬屋で馬の世話係を任されている、ハルとも面識のある年若い青年だった。


「――ディーレ。悪いけど、頼まれごとを受けてくれ」


 ハルの声掛けに、今の事態をリスタから説明されたのであろうディーレは神妙な面持ちで頷き、地図が広げられたテーブルに近づいてくる。


「ミハイル将軍の向かった砦はここだ。リベリア公国からだと普通行軍で一週間――、駿馬(しゅんめ)に乗れば三日か四日で辿り着くはずだ」


 ハルは、地図を覗き込むディーレに言いながら、地図上に記される西の砦の位置を渡されていた羽ペンを使い円で囲む。


「この屋敷で一番早い駿馬(しゅんめ)を出して、西の砦にいるミハイル将軍への報告に向かってほしい。できれば――二日でここに辿り着いてもらいたい」


「えっ?! そんなことをしたら馬が潰れちまうよっ?!」


 ハルからの突拍子もない提案に、馬に関しては誰よりも詳しいディーレが驚きの声を上げる。


「ああ――、だから馬を潰す前に一度、この街に立ち寄ってくれ。そこで新しい駿馬(しゅんめ)を調達するんだ」


 ミハイルが向かった西の砦から少し距離のある場所に位置する街を示し、ハルはそこにも羽ペンで印をつける。


「この屋敷で一番良い駿馬(しゅんめ)となら破格で交換できるはずだ」


 その街は、以前に旅をして放浪をしていた頃にハルが一度立ち寄ったことのある大き目な街で、要人などが使用するための良馬を扱っている店が存在していることをハルは知っていた。


「――そのために、少し資金を調達してもらいたい」


 ハルは言いながら、今度はノーマンに目を向ける。

 ハルの言葉の意図を察したノーマンは、無言で了解を意味する頷きを見せた。


「だけど途中で新しく買った駿馬(しゅんめ)も潰れる。そこからは悪いんだが――、足が速いっていうあんたを見込んで、自力で走って砦に向かってほしい」


 ハルの言葉にディーレは不安げな表情を浮かべ始めていた。


「……馬が潰れる頃には砦は大分近くなっているはずだから大丈夫だ」


 ディーレが戸惑い不安げにしているのに気が付いたハルは、それを()うための言葉を掛けた。

 そんなハルの声掛けに、不安の表情を打ち消し、ディーレは頷く。


「ミハイル将軍にこの手紙を渡して報告をしたら――、あの方はきっと重鎧(じゅうがい)を脱いだ軽装の状態で駿馬(しゅんめ)に乗って急いで戻って来てくれるはずだ」


 そう話すハルには確信があった。


 ミハイルは自身の娘――ビアンカを本当に大切に想っている。

 それ故に、このホムラからの手紙――脅迫状に書かれた内容に従い、軽装で急ぎ戻ってくだろうと。

 恐らくはミハイルのことなので、駿馬(しゅんめ)で三日か四日はかかるであろう距離にあるリベリア公国に予定している日数よりも早く戻って来てくれるであろうことも、ハルは予測していた。


 ビアンカがホムラの手によって誘拐されたことを報告し、ミハイルがリベリア公国に戻って来るまでに――最短でも四日か五日。そうハルは考えていた。


「そうしたら、ディーレ。早速で悪いんだが、早々に向かってほしい。――今は一刻の時間も惜しい」


「……わかった。任せてくれ」


 ディーレは、ハルの真剣さを含む言葉に意を決したように返事をした。


「エマさんは防寒向けの旅装(りょそう)と、必要最低限の携帯食と飲み水の準備を頼みます」


「わかりました。早速、準備をさせて頂きます」


 エマもハルの指示に従い返事をし、急ぎ足でアメルやエミリア、リスタを含むメイドたちに携帯食と水の準備をするよう声を掛けると、エマ自身は旅装(りょそう)の準備をするために広い食堂(ダイニングルーム)を後にしていった。



   ◇◇◇



 その後、ハルの指示の元でのウェーバー邸に仕える使用人たちの行動は早かった。



 日が傾き始める少し前の時刻――。


 ディーレはノーマンが準備をしてくれた資金と、エマたちが必要最低限に用意した携帯食などの道具を持ち、旅装(りょそう)を身に(まと)い真剣な面持ちでウェーバー邸の門の前にいた。


「――それでは、行って参ります」


 ディーレはウェーバー邸で一番足の速い駿馬(しゅんめ)を出し、それに(またが)る。


「くれぐれも頼みましたよ……」


 ウェーバー邸の使用人たちに声を掛けられ、ディーレは頷くと馬を走らせ、その場を後にした。


 この後、ディーレは夜通し馬を駆け、ミハイルの遠征地である西の砦に向かう手筈となっている。



 そんなディーレをノーマンたちと見送ったハルは、「はぁ……」っと溜息を吐き出す。


「ハル様……、貴方は一体……」


 今までハルの畏怖(いふ)感すら覚える気迫と、勢いのある的確な指示を受けていたノーマンが、困惑の混じった面持ちでハルに問いかけていた。

 そのノーマンの問いかけに、ハルは先ほどまでの雰囲気とは打って変わった、普段のハルと一切変わらない少年の表情で二ッと笑う。


「ただの“昔取った杵柄”ってやつですよ。旅をしていた頃に世話になった場所で教えてもらった知識や采配の技術です」


 ノーマンの問いかけにハルは苦笑気味に答えた。


「覚えた知識っていうのは……、意外と衰えないもんですね」


「はあ……?」


 ハルの返答に、ノーマンは何とも不思議そうな表情を見せ、ハルの言葉の意味を上手く理解できていない様子で声を漏らす。


 六百年以上に渡る永い旅の間に覚えたこと――、かつてハルの参戦した“群島諸国大戦”で軍師であった人物に教えてもらった戦術や奇策の知識の数々は、ハルの中で今もなお忘れられずに残っていた。


 人々が多く命を落とす――、人を死に至らしめ、死者の魂を喰らい己の命の糧とする呪いを受ける自分自身の“餌場”になると言っても過言ではない戦争をハルは嫌っていた。

 しかし、その際に培った知識が、今こうして役に立っている皮肉さをハルは感じる。


「……さあ、後はディーレが早くミハイル将軍の元に辿り着くことを願いつつ――、俺たちは待ちましょう」


 ハルはノーマンに声を掛けると、屋敷に向かって(きびす)を返す。


(――これで、今、ここで俺ができることは終わったな……)


 ハルは屋敷に向かって歩を進めながら、思う。


 ――あとは自分自身でできることを実行しよう。


 ハルは強い意志を、その赤茶色の瞳に宿していた。


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