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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第四章【不穏の気配】
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第二十三節 母の思い出

(――お父様、ずっと黙ったままだけど。リベリア国王陛下に何を言われたのかな?)


 リベリア国王との謁見も無事に済み、ウェーバー邸への帰りの馬車の中。

 ビアンカは隣に腰掛けているミハイルを傍目で盗み見しながら、その様子に気掛かりの思いを持つ。



 リベリア国王とミハイルが謁見の間で話をしている間、控え室でヨシュアとレオンと談笑をしていたビアンカだったが、暫くしてミハイルが控え室に訪れた。

 その際にビアンカを目にしたミハイルの複雑そうな表情が、ビアンカの心の片隅に引っかかっていた。


 ミハイルはその後も言葉少なに、「屋敷に戻るぞ」とだけ言い、今に至っている。


 馬車に乗り込んでからもミハイルは何か考える様子を見せ、無言のままだった。


 ビアンカは重苦しい雰囲気の中、自分自身が謁見の間から出て行った後にリベリア国王との間に何があったのかすら聞けず、口を開けずにいた。



(リベリア国王陛下からお叱りを受けた……とか。でも――、それも考えにくいわよね)


 ビアンカは、もしかしたらリベリア国王とリベリア王妃との謁見の際に、自身が何か粗相をしてしまったかと一瞬考えた。だが、そうであればミハイルは、すぐにそれを注意してくれる。

 ミハイルの普段の父親らしい言動を考えると、ビアンカ自身が何かをしたことでの話ではなかったのだろうと、彼女は思う。


(……私には言いにくいことを言われた? でも、何を――?)


 ビアンカは一考するのだが、彼女の中でその答えとなるようなものは考え浮かばなかった。


 まさかビアンカ自身の知らぬ間に、リベリア国王とミハイルとの間で、ビアンカをカーナ騎士皇国へ輿入(こしい)れさせるための話が進んでいるなどと。ビアンカは(つゆ)ほども思わなかったのだった。



   ◇◇◇



「今日はご苦労だったな、ビアンカ。自室に戻ったらゆっくりと休むと良い……」


 ミハイルはウェーバー邸の門の前に馬車を停めさせ、ビアンカの手を取り馬車から降ろすと(ねぎら)いの言葉をかける。

 ミハイルの発したその言葉に、どこか覇気のなさをビアンカは聡く感じ取っていた。


「お父様は――、またお仕事に戻られるの?」


 ビアンカの心配そうな声かけにミハイルは静かに頷いた。


「まだ、片付いていない職務が残っているのでな。また城に戻らねばならん」


「そう、なのね。お仕事……、頑張ってね」


「ああ、ありがとう。ビアンカ……」


 寂しげな様子を見せるビアンカを目にして、ミハイルは困ったようにしつつも微かに笑みを浮かべ、ビアンカの頭を優しく撫でる。

 そんなミハイルの行為に、ビアンカは自分が何歳になっても父親であるミハイルの中では、まだまだ子供扱いなのだなと感じるのだった。


「――では、行ってくるな」


 ミハイルはそうビアンカに言い残し、結局ウェーバー邸の門をくぐることなく馬車に再び乗り込む。


 ミハイルを乗せた馬車は再びリベリア王城のある方へ向かい出し、ビアンカは寂しそうな眼差しで、去っていく馬車を見送っていた。



 ミハイルを見送った後、ビアンカは何かに思いを馳せるようにぼんやりとした様子で、静かに屋敷の中に戻って行った。


 屋敷に戻ったビアンカに気付いたメイドたちが声をかけるのだが、ビアンカはそれを意に介さず、屋敷の二階へ上がって行ってしまう。


 二階へと足を運んだビアンカは自室ではなく、とある一室の扉を叩いた。


「はい――って、ビアンカッ! 戻って来てたのか?!」


 扉をノックされたことで返事をして出てきた部屋の主――ハルは、ビアンカの姿を目にして驚きの声を上げた。


「ただいま。今ね、ちょうど戻ってきたところよ」


 ビアンカはハルの姿を目にして、何故か心に安心感を抱いていた。

 そのためか、今まで重苦しい気持ちに押し潰されそうになっていた自身の心が軽くなったような思いを感じ、ハルに笑顔を見せる。


「迎えに出て行けなくて悪い。――ってか、お前。着替えもしないで来たのかよ……」


 ハルはビアンカの井出達を目にして、更に驚く。


 ビアンカは先ほどのメイドたちからの声掛け――、「お召し変えをしましょう」という言葉を無視して、謁見用のドレスを身に(まと)ったままハルの部屋へ訪れていた。


「えへへ。早くハルにお城での話を聞かせたくってね」


 ビアンカは悪びれた様子を微塵も見せず答える。

 ビアンカの言葉にハルは、「仕方ないやつだな」と言いたげにしつつ苦笑していた。


(――本当は、早くハルに会いたかったから、なんだけどね)


 ビアンカは心の中で自らの気持ちを吐露する。


 ハルがウェーバー邸を訪れてからの四年間、ハルは常にビアンカの傍らにいた。それは下手をすれば、父親であるミハイルと一緒にいる時間よりも長いものであった。

 それ故に、ビアンカにとって――ハルは唯一の心の拠り所と言っても壮語(そうご)でないものだった。


「まあ、とりあえず中に入れ。但し――、後で怒られても俺は知らないからな」


 ハルは言うと、ビアンカを自らの部屋に入るように促す。


「大丈夫よ、怒られたりなんかしないから。お邪魔します」


 ハルに招かれたビアンカは笑いながら言い、ドレスの衣擦れ音をさせて部屋に入る。



 ハルに与えられている部屋は、使用人たちが使う部屋と同様の簡素な部屋だった。


 ウェーバー邸の令嬢であるビアンカの部屋とは違い、部屋の片隅に置かれるベッドのマットレスはやや硬めなものを使用している。

 そして読書が趣味であるハルが自ら用意した小さめの本棚が置いてあり、他には小さな机と椅子があるだけの、こぢんまりとしたものであった。



 ビアンカは、マリアージュが死去した後にハルの部屋に入り浸っていた時期があるため、勝手知ったる様子でベッドに腰掛ける。


 そんなビアンカの様子を目にしてハルは部屋の椅子をベッドの近くに移動させ、背凭(せもた)れ側をベッドに向けて背凭(せもた)れに上体を預けるように寄りかかり、(またが)るようにして腰掛けた。


「――んで、リベリア王城の様子はどんな感じだった?」


「んー……、思っていたよりね。簡素な感じ、だったかな。『リベリア王は贅沢をしない人だ』って良く言われているじゃない。あの噂って本当なんだなって思ったわ」


 ハルの問いかけに、ビアンカは首を傾げて考えるような仕草で、リベリア王城の様子を思い返すように口にする。


 ビアンカの目にしたリベリア王城内は、彼女の想像していた“お城”というイメージからはかけ離れていた。

 物語の世界に出てくるような絢爛豪華(けんらんごうか)な城というよりは、万が一の戦に備えた作り。そんな印象を抱いたと、ビアンカは語る。


「へえ。まあ、城壁の作りとか見ると、何となく想像はつくけどな」


 ビアンカの感想に、ハルはリベリア王城の“集中式城郭”の作りを思い浮かべ、納得する。

 だが、そこは多くの国や街などを巡り長く旅をしてきたハルと、リベリア公国という一国にのみ留まっていたビアンカとの知識の差だろうとハルは思う。


「リベリア国王様とリベリア王妃様は? どんな感じだったんだ?」


「実は――、凄く緊張していて、良く覚えてないんだけどね」


「なんだそりゃ」


 ビアンカの口にした言葉にハルは思わず笑ってしまう。


「でも、リベリア国王陛下もリベリア王妃陛下も、優しそうな方だったわ」


 ビアンカは、唯一思い出せるリベリア国王とリベリア王妃の印象。穏やかそうな優しげな、国の上に立つ者として理想的な雰囲気を醸し出していたことを思い返す。


「ただね――」


 ビアンカは不意に小さく言葉を零す。


「ん?」


「リベリア王妃陛下は――、どこかお身体が悪いのかしらと、思ったの」


 ビアンカはあの短い謁見の合間に、リベリア王妃のある様子に気が付いていた。


「……どうして、そう思った?」


 ハルの問いかけに、ビアンカはハルの瞳を見据えるように、真っ直ぐハルを見つめる。


「リベリア王妃陛下は――、お母様が亡くなる前と、同じ顔色をされていたわ……」


 ビアンカの一言に、ハルはピクリと反応し微かに眉を(ひそ)めた。


 ビアンカの母親――カタリナは生来病弱な体質で、病気がちだったという。それ故に(とこ)()せっていることが多かったと、ハルは以前に聞かされていた。

 そんなカタリナは、ビアンカがたった6歳という年齢の時に他界している。


 ビアンカは6歳という幼い年齢だったにも関わらず、カタリナの死期が近い頃の様子を良く覚えていた。


 母親であるカタリナの青白くなった血色の悪い顔色。咳込み、苦しそうにしている様子。

 訪れていた医者や周りの大人たちに「移る病気だと良くありませんので」と――、そう言われ、カタリナとの会話もままならずに病気で他界してしまった出来事は、ビアンカの中で大きな心の傷となり残っていることを、ハルは感じ取った。


「お父様には言えなかったんだけど……、もしかしたら、リベリア王妃陛下は――」


 ビアンカはそこで言葉を止めた。これ以上のことは口にすることを(はばか)られるような感覚を覚え、ビアンカはかぶりを振る。


「ビアンカ……」


 リベリア王妃の様子と母親のカタリナを重ね合わせ、気落ちした様子を見せるビアンカにハルは複雑な思いを抱く。


 ハルは椅子から立ち上がり、ビアンカの腰掛けるベッドへ足を運ぶ。

 そうして、ビアンカの隣に腰を掛けて、ビアンカを慰めるようにその肩を抱いてやる。


 ビアンカもハルに甘えるようにして、ハルの肩に自らの頭を寄せた。


 ――やっぱり、ハルの傍にいるのが一番安心するな……。


 ビアンカはハルに身を預けながら瞳を閉じ、改めてハルの傍にいられることに安堵の感情を抱く。


 暫くの間、ハルとビアンカは身を寄せ合いながら、言葉を発することなく静かに二人だけの時間を過ごしていた。



 ――その後、一か月ほどしてから。

 リベリア王妃が病で逝去(せいきょ)したという突然の訃報が、リベリア公国内に流れることとなるのだった。


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