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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第四章【不穏の気配】
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第二十二節 陰謀と策略

「ビアンカを――、カーナ騎士皇国へ輿入(こしい)れ……ですか?」


 リベリア国王より突如発せられた提案に、ミハイルは驚きから声を絞り出した。

 そんなミハイルの様子に、リベリア国王は静かに頷く。


「カーナ騎士皇国の王族の調査をさせた際に、彼の国には皇子が二人いることが明らかになってな。――その第二皇子が未だ許嫁もいない未婚で、お主の娘より四つほど年上らしいのだ」


「……つまり、第二皇子とビアンカを婚姻させ――、今のカーナ騎士皇国との拮抗状態を再度友好関係に持っていきたい……、ということですか」


 ミハイルの苦悶混じりの言葉に、リベリア国王は「そういうことだ」と返してきた。


(――つまりは、政略結婚ということか……)


 ミハイルはリベリア国王の返答に、顔には出さないものの苦虫を噛み潰したような思いを抱く。


 ミハイルは、リベリア国王がビアンカとの謁見を望んできた理由が、そのようなものであるとは考えもついていなかった。

 ただのリベリア国王の気まぐれか、将軍であるミハイルの娘であるビアンカに興味を持ち、目にしてみたい程度の戯れだと思っていたのだった。


 それがまさか、カーナ騎士皇国との友好の証として、第二皇子との婚姻の提案であるとは――、ミハイルは頭を抱えたい気持ちに陥る。


「――本来であれば、ワシらに子供がいれば、ワシら王族の者を輿入(こしい)れさせるのが筋というものなのだが……。生憎とワシらには子供ができなかった故にな……」


 ミハイルの心中を察して、リベリア国王は申し訳なさげに言葉を零す。

 リベリア王妃も顔色が優れない様子で、佇むミハイルを黙って見つめていた。


 リベリア国王の言葉の通り、現在のリベリア公国には時期後継者となる王子及び王女の身分に立つ子供が存在しなかった。子供を授からぬまま、リベリア国王もリベリア王妃も初老に近い年齢を迎えてしまっていたのだ。

 身分の高い貴族から養子を取り、リベリア公国を存続させていくことは可能ではあるものの、今後王族直系の後継者となる者の誕生は望めないだろうとさえ市井(しせい)では噂されている。


「この国の将軍の娘とあれば――、カーナ騎士皇国も無下には断ってはこないだろうと思っている」


 無言の状態で立ち尽くしているミハイルに、リベリア国王は言う。


 リベリア公国の将軍の一人娘を第二皇子――王位継承権を持たない立場の者へ輿入(こしい)れさせるとなれば、確かにカーナ騎士皇国側は断ってくる可能性は少ないと言える。


 しかし、ミハイルの心中としては、一人娘であるビアンカを手放すこととなる。そう考えると酷く複雑なものであった。


「それ故に――、お主には誠に申し訳ないと思うのだが、この提案を飲んでもらえると助かる」


(返答に拒否の余地はないか……)


 リベリア国王の言葉は“提案”と言いつつも、ミハイルに対しての命令であった。

 ミハイルは自分自身に拒否権はないと悟る。


「……暫し、時間をください――」


 ミハイルは、口の中が乾いた掠れ気味の声を出す。

 その返答にリベリア国王は再度頷いて返事とした。


「良き返答を期待しているぞ……」


「は――っ!」


 リベリア国王からの言葉に、ミハイルは最敬礼を行い答えるのだった。



   ◇◇◇



 リベリア国王とミハイルが謁見の間で話をしているのと時を同じくして――。


 謁見の間から退室したビアンカは、謁見の間の外で控えていたミハイル直属の部下――ヨシュアとレオンによって控え室へと案内されていた。


 リベリア国王とリベリア王妃との謁見という緊張から解放され、柔らかなソファにゆったりとした様子で腰掛けるビアンカを、ヨシュアは人当たりの良さそうな笑顔で見つめていた。

 そのヨシュアの笑顔にビアンカは不思議そうな表情を見せる。


「どうしたの? ヨシュアってば、そんなにニコニコしちゃって?」


「いやあ。ビアンカ様は普段動きやすい服装をされているのしか目にしませんが……、そのようなお召し物を着ていらっしゃると本当に素敵なレディだなと思いましてね」


 ヨシュアは本気の声音ではあるものの、軽口とも取られかねない言葉をビアンカに投げかける。


「ありがとう、ヨシュア。――ヨシュアは本当に人を褒めるのが上手よね」


 ビアンカはくすくすと笑い、ヨシュアの言葉に礼を言う。

 だが、ビアンカの返答はヨシュアの言葉を本気で取っていないことを窺い知れるもので、ヨシュアは苦笑い混じりで頬を掻く仕草を見せる。


「私、結構本気で褒めたつもりなんですけどねえ」


「お前は普段から軽口ばかりだから仕方ないな……」


 ヨシュアが零した言葉を聞き逃さなかったレオンが静かに呟いた。


 レオンの呟きにヨシュアはムッとした様子を見せ、物言いたげな目線をレオンに向ける。だが、レオンは普段と同様の不愛想に近い表情を浮かべ、ヨシュアから目を逸らす。


 そんなヨシュアとレオンのやり取りを目にして、ビアンカは可笑しそうに笑っていた。


「そういえば――、ビアンカ様は、まだご婚約者はいらっしゃらないのでしたっけ?」


 ヨシュアはフッと思い出したように何気ない質問をビアンカに問う。

 ヨシュアの問いかけにビアンカは頷いた。


「うん。まだそういう人は決まってないのよね。本当だったら……、私くらいの年齢になれば婚約者が決まっていておかしくないのにって。良く言われるわ」


 ――ああ、ミハイル将軍のせいだな……。


 ビアンカの返答を聞いたヨシュアとレオンは心の中で苦笑しつつ吐露する。


 ミハイルのビアンカに対しての溺愛ぶりは、リベリア公国の将軍であるミハイルの両翼の騎士として仕えるヨシュアとレオンも把握していた。

 ビアンカを手放したくない故に、未だに婚約者も決めず手元に置いておきたい。そんな気持ちをミハイルが抱いていることをヨシュアもレオンも察していた。


「ご婚約者はまだ決まっていないんですねえ。そうしたら、私が立候補したいくらいだなあ」


 ヨシュアはヘラッと笑顔を見せ、相変わらずの軽口を叩く。


「おい。そんなことを言って、ミハイル将軍に聞かれたらお叱りを受けるぞ」


「いや、だってさ。ビアンカ様みたいな可愛らしいお嫁さんがいたら最高じゃないか?」


 レオンからの叱責にヨシュアは笑みを浮かべて答える。

 そうしたヨシュアの返答にレオンは呆れの混じった溜息を吐くのだった。


「ヨシュアはラングル家の次男なんだっけ?」


 ヨシュアの軽口を聞き、ビアンカは思い立った疑問を口にする。


 ウェーバー家の一人娘であるビアンカとの婚姻――、それがウェーバー家へ婿養子として迎えられるということであるのは、ビアンカ自身も知っていた。

 そのため、ビアンカの婚約者となり婿養子として迎えられる者は、貴族の家督(かとく)を継ぐべき長男ではなく、次男以降の生まれの者になることもビアンカはわかっていた。


「そうですよ。私には同じく騎士の叙階(じょかい)を受けた兄上がいるので――、将来的には兄上がラングル家の家督(かとく)を継ぐことになっているんですよね」


 騎士の家系や貴族の家系は基本的に長男となる者が継ぐべきこととなっている。

 その結果、騎士の家系に次男として生まれた青年――ヨシュア・ラングルには、そのラングル家の時期当主としての継承権はほぼないと言っても過言ではなかった。


「――まあ、騎士としての立場は、私の方が兄上より地位が上になってしまっているのが複雑なところなんですけどねえ」


 ヨシュアは言いながら、苦笑いを浮かべていた。


「私はミハイル将軍付きの騎士に――、グレイス兄上は西の砦の騎士隊隊長を勤めているんですよ」


 ヨシュアはいつもの気さくな青年とは違う、どこか複雑そうな表情で語る。


 ラングル家の兄弟の中でも、ヨシュアは飛び抜けた戦の才能を持っていた。

 剣術も槍術も、馬上での戦も――。全てにおいてラングル家の長男――グレイスより、ヨシュアの方が天才的な技術を持ち、現状でヨシュアはミハイル直属の騎士の一人としての任に就いている。

 気さくな性格の中に隠し、おくびにも出さないものの、ヨシュアは兄であるグレイスに対して申し訳なさとコンプレックスを抱いていたのだった。


「あ、因みにですね。レオンはエンフィールド家の一人息子なので、エンフィールド家の家督(かとく)を継ぐことは決まっているんですよね」


 不意に話を変えるように、ヨシュアは話の矛先をレオンに向けた。

 急に話を振られたレオンは眉を寄せ、「何故、急に話を振る」と言いたげな表情でヨシュアを睨む。


 ミハイルの両翼の騎士の片翼――レオン・エンフィールドは、騎士の家系であるエンフィールド家の一人息子として生を受けている。

 それ故に、エンフィールド家の時期当主として家督(かとく)を継ぐことは決まりきっていた。


「へえ。そうなんだ……」


 その話を聞き、ビアンカは意外そうに呟く。


「でも、レオンは頭も良いし強いし――、少し堅苦しいところはあるけど、時期当主としては相応しそうね」


 ビアンカは言いながら笑顔をレオンに向けた。


 ビアンカに褒められながら笑顔を向けられたレオンは、複雑そうな表情を浮かべるのだった。



(――みんながみんな、しっかりと将来を見据えているのね……)


 ヨシュアとレオンと話をしつつ、ビアンカは考えていた。


(私は――、どう生きていくことになるんだろう……)


 ビアンカは、貴族の令嬢――その一人娘という立場に生まれた自分自身の今後に思いを馳せる。


 今までは父親であるミハイルや、ウェーバー邸に仕える大人たちに言いつけられたことをこなしてきた。

 恐らくは今後もミハイルから言い渡されることが、ビアンカの将来にとって絶対的なものとなっていくだろうことを、彼女は感じている。


 しかし、最近になり、ビアンカの中では一つの自我――、感情が芽生え始めているのを自覚していた。


(――できることなら……、ずっと、ハルと一緒にいたいな……)


 生い立ちや身分の違いなど関係なく、ビアンカはハルに惹かれていることを実感していた。


 本当にハルが旅立つというならば、その時は無理にでも連れて行ってもらおうと。

 いつかの満天の星の下で交わした約束を、ビアンカは夢見て――、密かに胸の内に抱いているのだった。


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