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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第三章【死を招く者】
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第十六節 ハルの出立

 マリアージュの死から暫くの間、ビアンカは塞ぎ込み落ち込んだ様子を見せていた。


 いつにも増してハルの傍を離れようとせず、使用人たちが(とが)める言葉も聞かず、時にはハルの部屋で彼と過ごすことが多かった。

 そんな時、ハルは何も言わずにビアンカの傍らに静かに寄り添い、甘えられる相手がいなくなってしまったビアンカを慰めた。


 ビアンカは身近な存在の死に対し――、虚無感と共に恐怖と怯えを抱いているのを、ハルは感じていた。

 それはハルにも経験のある感情だった。


 ハルの祖父である人物が他界した際、ハルも死に対して同じ感情を抱いた覚えがある。

 その時は、ハルも今のビアンカと同じように、母親であった人物に寄り添い、慰められたことを(おぼろ)げな記憶ながらも思い出す。


(――今は誰かが死ぬことに慣れてしまったけれど。もしも……、このまま俺の呪いがビアンカにまで危害を及ぼすことになったら、俺は冷静でいられるのか……?)


 ハルは考えながら、自身の(かたわ)らに座り込むビアンカの肩を優しく抱いていた――。



   ◇◇◇



 マリアージュの死から二か月ほど月日が流れた頃――、漸くビアンカは徐々にだが普段の元気と明るさを取り戻してきていた。


 剣術師範代のホムラの鍛錬にも再び参加をしだし、ハルに対して冗談なども口にするようになった。

 ハルの目からは、少し無理をしている雰囲気は見受けられたものの――、今まで通りのビアンカらしい振る舞いを彼女は見せていたのだった。


 元気に立ち振る舞うビアンカの様子を見て、ハルは安堵感を感じていた。

 そして――、いよいよリベリア公国に留まり続けることを止め、再度旅立つ潮時だと感じ始める。


(あの様子なら――、俺が出て行っても、ビアンカなら上手くやっていけるだろう……)


 唐突にハルまでいなくなってしまったら、それはそれでビアンカを酷く悲しませることになるだろう。

 しかし――、不幸と死を周りに撒き散らす存在である自分が近くにいるよりは、遥かにビアンカのためになる。ハルはそう考えていた。



 ――ウェーバー邸に仕える使用人たちが寝静まった夜遅く。


 ハルは自室で旅支度を整えていた。

 旅の必需品となる道具を、ハル自身が肩から斜め掛けできるように改良した背嚢(はいのう)――ショルダーバッグ(オーモニエール)に詰め込む。


 その旅支度の作業の中で、ハルはフッと白いハンカチに目を奪われた。

 桜の花びらの刺繍が施された白いハンカチ――、ビアンカが以前、ハルへと戦地での無事を願い作ってくれたものだった。


「…………」


 ハルは無言でハンカチに施されている刺繍の部分を指でなぞる。

 未だにハルの中では、このハンカチをビアンカから渡された時の、胸の内に宿る温かさが残っていた。


 ハルは思いを馳せる様子を暫く見せていたが――、黙ったままハンカチを大切そうにショルダーバッグ(オーモニエール)の中にしまい込んだ。


「さて、行くか……」


 ハルは呟くと、普段好んで着ている黒い外套(がいとう)を身に(まと)ったのだった。



 ハルは静かに自室を後にすると、そのまま調理場の勝手口より続く裏門から出て行こうと、屋敷の外に出る。

 夜半を過ぎた静寂の中、冷たいひやりとした空気がハルの頬を撫でていく。


 ハルは屋敷の方を振り返らず、裏庭を歩き出す。


 別れの一言もかけず、置き手紙一つ残さずに出て行くことになるのは、どこか心苦しいものがある。だが、それも致し方あるまい――、そうハルは自分自身に言い聞かせる。

 そんな思いが、ハルを振り向かせることなく歩ませていた。


「どこに行くの、ハル?」


 静寂の中、不意に背後から声をかけられ、ハルはビクッと身を竦ませた。

 あまりの驚きに、ハルの心臓がドキドキと高鳴る。


 声をかけられた驚きから、ハルは慌てるように後ろを振り向くが、振り向いた先には誰の姿も見当たらなかった。


 ――なんだ……?


 ハルが辺りを見回しても誰もいない。ハルは眉を寄せ、怪訝な表情を浮かべた。


「こっちこっち。ここだよ」


 キョロキョロと辺りを見回しているハルに再び声がかかる。


 ハルが声のする方――、ウェーバー邸の屋敷の屋根を見上げると、そこで寝間着のローブ姿という格好をしたビアンカが屋根の縁に腰掛けた状態でハルに向って手を振っていた。

 その姿を目にしてハルはギョッとする。


「――なっ、お前。なんでそんなところにいるんだよっ?!」


 ウェーバー邸の屋敷は高さのある二階建てで、その屋根の上に上っているビアンカを目にしたハルは、声をかけられた驚きとはまた別の驚きから声を上げた。


「星を見ていたの。屋根の上からだと良く見えるから」


 ビアンカは悪びれた様子など微塵も見せず言いながら、夜空に向かって指を差し向ける。


 ビアンカの指差しに釣られるようにハルも空を見上げると――、確かにビアンカの言った通り、街明かりが(まば)らになったリベリア公国内の夜空には満天の星という景色が広がっていた。


 その景色にハルは一瞬、見惚(みと)れてしまう。


(確かに見事な景色だけど――、わざわざ屋根に上って星を見る必要があるのか。このお転婆お嬢様め……っ!)


 ハルは見上げた景色に感動しつつも、心の中でビアンカに対して悪態をつく。


「それで? ハルはどこに行くつもりなの?」


 ビアンカは先ほどと同じような質問をハルに投げかける。

 その質問にハルは言葉を上手く返せず、言い淀む様子を見せた。


「……もしかして、ここを出て行くつもりでいるの?」


 返答の言葉を発しないハルに対して、ビアンカは静かな声音を夜の空気に響かせ、再び問いかける。


 ハルの外套(がいとう)を身に(まと)い旅支度を済ませた井出達を見て、ビアンカは始めから察していたのだろう。

 言葉を言い淀むハルに対して、怒りと寂しさの入り混じったような複雑な眼差しを向けていた。


 ――バレちまっているか……。


 ビアンカの言葉にハルは思いつつ、溜息を吐き出す。


 見つかってしまっては仕方がない。そうハルは考える。


「そうだ。もう俺は――、ここにいて良い人間じゃなくなっちまったんだよ……」


 ハルは意を決したようにビアンカの問いかけに答える。


 そんなハルの言葉にビアンカの表情が変わった。


「何それ。どういう意味?」


 ビアンカはハルの言葉が理解できない――、と言いたげな表情をハルに向ける。


「すまない。お前には、いつかは言おうと思っていたんだけど――」


 ハルはそこで一度言葉を切った。


 ハルは、果たしてビアンカに自身の出自について、言ってしまって良いものなのかと考えてしまっていた。

 だが、ここでウェーバー邸を出て行く気のため、ビアンカに一生疑問を抱かせるよりは良いと思い、ハルは口を開く。


「俺は――、この身に、人を死に至らしめる呪いを宿しているんだ」


 ハルの静かな声音で紡がれる言葉に、ビアンカは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「どういうこと……?」


「俺は――、人の魂を喰らって生き永らえている存在なんだよ」


 ハルはビアンカに告げると、今までビアンカに隠していた自分自身に宿る呪い――身近な者たちに不幸をもたらし死に至らしめる呪いのことを打ち明け始めた。


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