第十五節 葬儀
リベリア公国内の片隅にある教会で、荘厳でいて高らかな鐘の音が響き渡る――。
それは、今この教会で葬儀が行われていることを告げ、死者への弔いの意味も兼ねた鐘の音だった。
「――今、汝、その屍を地に委ねるべし……」
静かな神父の祈りの言葉が、葬儀の場に紡がれる。
教会の裏手には、広大な墓所が存在していた――。
そこにある墓所には一般国民が埋葬される墓地とは区切られた区画がある。
その区切られている区画は――、王族や貴族、その貴族たちに所縁のある者たちが埋葬される大墓地だった。
その大墓地の一角に、人が余裕で入れるほどに掘られた暗い穴が、大きく口を開いていた。
「……灰なれば灰に……、土なれば土に……、塵は塵に還るように――」
教会お抱えである墓守人と墓穴掘りを生業とする者たちが掘ったその大きな墓穴に、一つの棺が静かに入れられる。
その様子を、死者に対して悼みの表情を浮かべる者、涙を零し嘆く者が見守る。
白い簡素な装飾が施される棺を、墓掘り人たちが慎重に納めていった。
棺を墓穴に納め終わると、今度はその棺を隠すように墓掘り人たちは丁寧に棺の上に墓穴掘り用のスコップを使って土をかけていく。
葬儀に参加していた男手たちもその作業を手伝い、土を丁寧にかける。
「願わくは――、神の元に還られた“マリアージュ・ネーベル”に安らぎと、次の時世での安息が訪れんことを……」
棺が完全に土に覆われ、その傍らに墓石が置かれる。
それを見とめた神父が祈りの言葉の最後を紡ぎ、埋葬の儀の終わりを告げた――。
埋葬の儀の様子を、ハルは喪に服する衣服を身に纏い、葬儀の参列者たちの目立たぬ後ろの方で一人佇み眺めていた。
(――次の時世での安らぎなんかあるはずがない……)
神父の祈りの言葉を聞いたハルは心の中で呟き、どのような時でも決して外すことのない革の手袋に覆われた自身の左手を強く握りしめ、その左手の甲に右手を添えた。
葬儀の最前では、ミハイルとビアンカが喪に服する衣装を身に纏い参列していた。
ビアンカはミハイルに縋るようにして、人目も憚らず号泣している。
母親を早くに亡くし、ビアンカの母親代わりとして長年仕えていた乳母――マリアージュがつい先日他界した。
それは本当に突然の死であり、マリアージュ本人が気付かぬ内に婦人特有の病を患っていたのだろう――、葬儀の参列者たちはそんな話をボソボソと静かな声でしていた。
そんな話を耳にして、ハルは首を垂れる。
「マリアージュさん……、すまない……」
ハルは誰にも聞こえないほど、小さな声で静かに呟く。
マリアージュと出会った当初は――、険悪な雰囲気をマリアージュにハルは向けられていた。
だが、月日が流れるにつれ、マリアージュは出自の知れないハルに対しても優しく――、そして時に厳しく接してくれた。まるで、ハルを自身の本当の息子のように扱ってくれていた。
ビアンカとの関係も、仲睦まじい兄妹を見るように、慈しみ分け隔てなく愛してくれていた心の広い中年の女性であったマリアージュを思い出し、ハルは奥歯を噛み締める。
葬儀の最中で目にしたマリアージュの死に顔が、苦しんだ様子のない安らかなものであったのが、せめてものハルの救いだった。
だが、マリアージュの死に号泣しているビアンカを見ると、ハルの胸は大きく痛んだ。
ビアンカを見ていて、彼女を悲しませるのは自分のせいだとハルは己を責めていた。
ハルの中で、罪の意識が大きく膨らんでいく。
ハルはマリアージュを死に追いやったのは、自分自身に宿る呪い――身近な人々を死に至らしめる呪いのせいだと自覚していた。
その呪いは、宿主であるハルの無意識の内でも、人の魂を喰らい己の命の糧とするものだった。
この呪いに喰われた魂は輪廻転生の輪から外れ、永遠にハル自身と共に呪いに囚われ、自らの中で苦しみ続けることをハルは知っている。
それ故に、自分は咎人だと――、ハルは思う。
徐々に――、静かにだが、ハルの身の内に宿る人を死に至らしめる呪いは、ハルの周りの人々に危害を及ぼし始めていた。
リベリア公国にミハイルに連れられて訪れ、その地の居心地の良さと久方ぶりに感じる“家族”という集団の温かさ――、そして、ハルの当初の旅の目的が果たされてしまったことによって、ハルは長居をしすぎてしまっていた。
(この国を訪れた当初は長居をする気はなかったのにな……)
ハルはリベリア公国に訪れることとなった最初の頃は、この国に長居をする気はなかった。いずれ――時を見計らって、国を出て行くつもりでいた。
それを思い返し、ハルは深い溜息を吐き出した。
これ以上長居をしすぎてしまうと、いずれはウェーバー家に関わる全ての人々に、ハルの身に宿る呪いは危害を及ぼすであろうことをハルは察していた。
それはいつか必ず、ハル自身が大切に思っている存在――ビアンカにも牙を向けるだろう。
そう考えると、ハルはいたたまれない気持ちに苛まれる。
暫く時間を置いた後、マリアージュの死に対してビアンカの気持ちが落ち着いた頃を見計らい、リベリア公国を出て行こう――。
ハルは自身の左手の甲に添えた右手で、その左手をさすりながら想い馳せていた。




