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ここは、魔導研究所  作者: 紅藤
日記編(Dシリーズ)
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D-65 オブジェクトヒール(邪)


オブジェクトヒール(邪)

これは悪用というのか?




 今日は休日。一日中ゆっくりできるぞ。

 そんな心持ちで優雅に昼まで寝ようとしていた冒険者一団。

 しかし、彼らは玄関からのチャイム音で起こされた。


 一度目はスルーしたが、何のイタズラか一向に去る気のない訪問者は、いっそ空恐ろしいほどの等間隔でチャイムを鳴らし続ける。

 彼らは廊下で合流し、便利な能力を持つ仲間がそっと玄関を覗き見た。

 訪問者は一人。割と知った人物で、ついこの間も仲間が会いに行ってきた男だ。

 冒険者たちは話し合い、一番仲が良かったと思われる女アサシンを生贄に捧げた。

 ついでに昼まで寝過ごそうとしたことなんて微塵も感じさせぬ動きで、まるで起きていましたよと言わんばかりにリビングに陣取った。


 女アサシンが扉の前まで行く。今開けるよ、と声を掛けると周囲は不気味に静まり返った。


「ええと、どなたですか?」

「おや、空々しいですね。ワタシです。フランシスです。ちょっと皆様方に聞きたいことがありまして。もちろん面は貸せるんですよね?」

「えーと、…………はい」


 有無を言わせぬ口調であった。

 しかも、こっそり見ていたこともバレているらしい。

 アサシンは堂々と本人の前でため息をついて、リビングに椅子を増やした。


 もしゃもしゃの髪の毛の魔法使いに、眠たげな舟長。

 もはやバレているなら隠す必要もあるまい。

 完全にオフの日を晒す冒険者たちに、フランシスは何も言わなかった。

 しかし、逆にそれが怖い。いったい何の用事で来たのか。

 スカイアドベンチャーたちが戦々恐々としていると、剣士が用意したお茶を一口飲んだフランシスがゆっくりと口を開いた。


「ちょっとこの傷を見ていただきたいのですが。……治せますか?」

「??? フランシス先生が傷を負う事態が分からないけど……、魔法使いちゃん、とりあえずやってみて」

「ほいほい、知力ぢからを食らえ! ヒール!」

「知力ってもう力入ってるじゃん」


 字面の問題でがたがた言わないでくださる?

 しかし、不思議なことにどんな外傷でも治す、スーパーヒーラーかつウィザードの魔法使いをもってみても、わずかに傷の表面がきれいになっただけだった。

 治せない傷にショックを受ける魔法使い。

 しばらく沈黙し、次は本気のヒールを見せてやると、知力バフをかけ始めた。

 割と本気でショックを受けてる奴だと気が付いた斧戦士は、魔法使いを物理的に止める。


「むががー! そんな馬鹿な! 傷が治らないなんて! 実は死んでいるのでは!?」

「怒りはもっともだが落ち着け! 斧戦士、これはどういうことなんだ!?」

「フランシス先生も人が悪いなあ。でも、おれの大事な魔法使いさんのこと虐めたのはよくないね。この間の術式を自分の身体で試したのかな……? 魔法使いさん、オブジェクトヒールの準備を」

「む? 了解。オブジェクトヒール!」


 魔法使いが斧戦士の言われるがままにオブジェクトヒールを唱える。

 すると、不思議なことにフランシスの傷は跡形もなく消えるではないか。

 魔法使いは、今人体に向けてオブジェクトヒールを放ってしまった矛盾に混乱している。


「あれ? オブジェクトヒールってこういう魔法だっけ?」

「加減はいかがかな、フランシス先生?」

「ふふ、傷はすっかり治りましたが、今はトキワさんの怒りに冷や汗が止まりませんよ」

「ちょっとちょっとどういうこと? ボクたち置いてきぼり!」

「それにそのフランシス先生の傷……どういうことなんだ? まだオブジェクトカースの認証は降りてないはずだろ」


 オブジェクトヒールは物体に付けた傷や損傷を治せる魔法だ。

 一方、オブジェクトカースは人体を物体とみなし、ヒールでは治せない傷を作る魔法だ。

 一応魔法使いの機微を察した斧戦士により、平和的な利用のみとされているが、アサシンギルドの秘技「呪刃」の存在からしてそうでない使い方を望む者も多いだろう。

 オブジェクトカースを自力で改造してオリジナルスキルとして使えば、もうそれはオブジェクトカースではないし、スペルメイカー協会も罰することはできない。

 それでも斧戦士は、魔法使いが望んだ世界のためにオブジェクトカースを公開することに決めたのだ。


「ああ、これは君たちの卒業の時にあったちょっとしたバトルの傷跡ですよ」

「ってことは月光の……」

「奥の手を出さざるを得なかったってことですから、安心してください。治せないので見えないようにしていただけですし。ワタシはアレより強いのですよ? それよりトキワさん」

「何?」

「この魔法のこと……わざと黙っていましたね?」


 ここにいる全員とも、斧戦士が先日夜中にフランシスの元を訪れたのを知っている。

 しかし、用件はオブジェクトカースの話であったはずだし、内容を細部まで確認した訳ではないので、不気味なほど静かな斧戦士と、冷や汗をかきつつ冷ややかな目をしているフランシスの間で右往左往することになる。


「わざと、か。おれはただ悪用しないでほしかっただけなんだが」

「オブジェクトカースを、ですか?」

「いや。オブジェクトヒールをだ。そもそもオブジェクトヒールは壊れた物体を直すための魔法なんだ」

「それは知っていますが……」

「だが、呪刃を知っている以上、オブジェクトカースを教えた以上、こうなるだろうとは思っていた。名前も似ているし、呪刃のそれが傷を物体化して、ヒールが効かなくなるスキルだと教えられているのだとすれば、その発想からいずれここに辿り着くだろうとは思っていた」

「その説明をしたのは月光ですね。確かにワタシたちは呪刃を覚えたときにそう聞きました」

「魔法使いさんが作る魔法は、優しい世界のためにあるんだ。決して、戦闘を有利にしようだとか、憎きあいつに嫌がらせしようだとか、そういうことは考えていない。いかに便利な生活ができるかなんて、考え方は珍妙で平和ボケしているかもしれない。でもね」


 斧戦士の身体に黒いオーラがまとわりつく。

 左手に収縮したオーラの一部が、仲間には見慣れた槍を形作る。

 どこまでも黒く、星の見えぬ夜空のような、矢印みたいな形をした滑稽な武器は、フランシスの命を正確に狙っていた。

 フランシスは死すらも覚悟しながら、全力で避ける準備と蘇生の準備をした。


「オブジェクトヒールはそういう魔法じゃないんだよがおー!!!」

「途中まで良かったのにどうしてそうなるんだ!」

「ああ、今回もダメだったよ」

「シリアスさんが死んだ! この人でなし!」

「まあ、分かってたことだから見逃すけど、本来はうっかり壊しちゃった思い出の品とか形見とか、天災および人災で壊れた家を直す魔法だよってことね」


 斧戦士がずぞぞっと緑茶をすすった。

 ちなみにこの世界、和ノ国みたいなのはないし、めちゃくちゃ東に行っても世界を一周するだけで、日本はない。

 じゃあこの日本茶はなんなんだよ! どっから来たんだよ!?


「でもさあ。こんな形で魔法使いさんを傷付けるなんて想定してなかったから、その分の重みは受けてもらうよ」

「……わざとじゃなかったんですね。いや、わざとではあったけれどワタシの想定していた悪意ではなかった。あなた方、こういうの多いですね……結局、ワタシがあなた方が学園にいた頃から何も成長していなかったと言うことですか。分かりました。甘んじて受けましょう」

「でもこの槍を飛ばすとフランシス先生は死んじゃうから、斧の一撃にしようね」

「どっちにしろ死ぬのでは?」

「正直ダメージはめちゃくちゃ下がったけど、フランシス先生だとまだ即死圏内じゃない?」

「即死(即死級極大ダメージ)」

「大丈夫っしょ。月光が避けれたんだから、フランシス先生も避けれるよ」


 その論理はおかしい、とアサシンは言おうとした。

 しかし、その言葉を聞いたフランシスが負けられませんね、などと言い、一歩も引かなくなったため、処刑は続行された。

 かくして、めでたく斧戦士の機嫌は治り、めでたくフランシスは戦闘不能になり、めでたく蘇生魔法で生き返った。


「どう? ボクたちのメイジの本気リバイブは」

「死ぬ前より体調がいいとか麻薬か何かですか? とりあえずお礼だけ言っておきます」


 お礼の品はまた後程。

 そう言って、フランシスはどこか申し訳なさそうにしながら帰っていった。

 こうしてなんでもない休日のはずの波乱に満ちた朝は終わったのだった。






魔「お礼ってお礼参りじゃないよね?」

斧「この場合、お礼参りをされるのは間違いなくおれですね」

ア「今頃月光をボコボコにしてるのかな。魔法使いちゃんが煽るから……」

剣「実質あれって斧戦士が命中を外したからであって、月光が避けた訳じゃないんだよな」

舟「真実はいついかなるときでも酷いものと相場が決まっている」

モ「そんなこと言ってないで、早く弁解して来なさいよ」

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