D-61 ホワイトフォレスト
ホワイトフォレスト
枯れゆく白い森には狩人がいる
リコリスの噂が流れる中、ホワイトファナティックに依頼が来た。
依頼主はアサシンギルドの常連だ。
仮にジョニーとでもしておこうか。
もちろん、表社会の人間ではないし、偽名だ。
質のいい黒いスーツを纏った彼は、待ち合わせ場所に相応しくない上品さを持っていた。
「待っていたよ」
月明かりの差し込む廃墟はがらくたばかりが転がっている。
壁に見える染みやヒビはここであった戦闘を物語るものか。
いずれにせよ、それを恐れるような者はここにはいなかった。
「依頼内容を聞こうか」
白いローブを身にまとった男が聞いた。
目深にかぶったフードで顔は隠れ、表情はほとんど見えない。
四人の白い人物たちは、黒いスーツの男をじっと見つめていた。
敵意や害意はないにしろ、四つのそれぞれ異なる高さの視線を受け、ジョニーは笑みを深める。
これが、己の待ち望んでいたものか、と。
「依頼は既に達成された。報酬を支払おう」
「何の話だ」
「ああ、報酬のあとに私を殺してしまうのは構わない。ぜひやってくれ」
「こいつ何言ってんだ?」
「さあ? アサシンギルドと縁故のあるやつなんて大概キチガイでしょ」
「あのなあ。それ言ったらおまえもキチガイになるだろ」
まったく交わる気配のない会話。
白いローブの男が仲間に目配せをしたが、その男はそっと目をそらした。
何だって言うんだ、とリーダー格の男は愚痴をこぼす。
「ふふ、そんなに怒らないでくれたまえ。ただ私は君たちに会ってみたかったのだ」
「意味の分からんことばかり言う奴だな。オレたちにそんな価値があるとは思えないが」
さっき目をそらした背の高い男の視線がさらに遠くなった。
「価値がない? 冗談を言うな。今うわさのリコリス、それは君たちなんだろう?」
「はあー!? 何を、オレたちはホワイト……なんだっけ」
「ホワイトファナティック」
「あ、そうそう。ホワイトファナティックだ。リコリスじゃねえ」
「しかし、君たちが仕事をした翌日には必ずリコリスの噂が出る。それに君たちが請け負っている仕事というのは、どれも汚れ仕事ばかりじゃないか。規則性のない殺人……それは依頼主を選ばぬ君たちの仕事っぷりを表しているのではないのかね?」
リーダー格の男、舟長はしばし呆然と立ち尽くした。
後方からやっぱりか……という呟きが聞こえてきて、猛然と振り返ればやはりそいつはさっき遠い目をしていた背の高い男、斧戦士だ。
「さてはおまえ知ってたな?」
「だって人々の噂を聞きまわってるとさあ、自然に察しが行くというかなんというか」
「言えよ! 共有しろ!」
「だってー気付かないおまえらが悪いんじゃない?」
「ナチュラルにディスってくるな! こいつ!」
「さりげなくボクと剣士もディスられたね」
「はあ……どうせ魔法使いにバレたくなかったとかそういう理由だろ」
ちなみに今夜、もう夜も更けているので魔法使いはいない。
良い子は寝る時間なのだ。
モンクは万が一の保険で待機している。
よって、この白ローブの集団四人は、スカイアドベンチャーのいつものメンツ-1なのだ。
「いやはや。ここまでぴったり一致しているとはな。私の予想ではホワイトファナティックがリコリスを匿っているか、情報をもみ消してでもいるのかと思っていたのだが。現実とは数奇なるものだ」
「で、あんたは本当は何がしたいんだよ。リコリスに会うかもしれないのに一人でこんな廃墟に来るとか、正気の沙汰じゃねーぞ」
「リコリスに会って生きて帰ってきたとなれば箔がつく。それに、リコリスの正体という情報を持ち帰ることができれば、他の組織に大きくリードできる。ま、これもすべて、生きて帰れたらの話だが」
「その口ぶり……この廃墟から出ればそれなりに味方がいるってところか?」
「いや、どちらかというとたいぶ外れの方ではあるが、ここはまだ我々のテリトリーといったところか」
暗に包囲をほのめかされても、四人は動じなかった。
ジョニーはさきほどには感じなかった明確な殺意の視線を感じ取り、微笑む。
いざとなればこの身程度惜しくはない。
リコリスの正体を握り、彼の所属する先が少しでも安泰になれば死ぬことなど怖くはないのだ。
だが、建物の周辺にいるだろう複数の気配はそうしてくれないだろうことと、目の前にいる彼らが組織のライバルの一つであった小さめの暴力集団を潰していることなどを考えれば、当然微笑んでいるだけでは終われない。
「どうする、斧戦士」
「どうせおれたちリコリスじゃないからどうでもいいっちゃどうでもいいんだが」
「まだ言うか。ホワイトファナティックの方はどうすりゃいいんだ」
「それについてはボクに案があるよ」
「んじゃそれで」
「詳細聞かないのー?」
「信頼の証なんだろ。よっ、お熱いことで」
「あっそ。そうだ、斧戦士もあとで協力してね」
「ん? まあいいけど」
秘密の話し合いが終わり、斧戦士と剣士が武器を抜いた。
やはり生きては帰れないか、とジョニーは覚悟を決める。
なにやら外が騒がしいが、銃程度で彼らを止められる気はしない。
銃以外の手段となると、ジョニーと彼らの距離を考えなくても絶対に間に合わない。
斧戦士が無造作に斧を横に薙ぎ払った。
そのあと、剣士が四回剣を振った。
「帰るぞ」
「よし、魔法使いさんはすやすや寝てるみたい」
「おまえらの関係性知ってるから何も言わねーけど、それ盗撮と何が違うんだ?」
「黒トキワの視界を共有してるだけだよ?」
「あいつ目どこにあるんだ」
「言われてみれば……いや、目ぐらいある、はず」
床に転がったジョニーは目だけで彼らを追った。
指も動かせず、声も出せない。
それでも血飛沫と香りを漂わせた彼らが出て行けば、部下たちは気付いてここにやってくるだろう。
よほど腕のいいヒーラーかビジョップがいなければこの命は助かるまい。
そこまで考えて、ふと思った。
死ぬ前の走馬灯、最後の踏ん張りにしてはずいぶんと長すぎる。
痛みもまったく感じないし、とそこまで考えたところで左耳の横で黒い影が囁いた。
おかしな話だ。
ジョニーは今、首を落とされて耳を下に転がっているはずなのだ。
それなのに、ジョニーは粗末な木製の椅子に座らされていたし、頭はちゃんと首とつながっていた。
「簡単に死ぬんじゃ、おもしろくないだろう? おまえには死ななかったという苦痛をやろう」
意味を理解する暇もなく、激痛が襲ってきた。
腕を振り回そうとして、両腕がないことに気が付いた。
両の足で踏ん張ろうとして、足がないことに気が付いた。
ごろんと転がったのは、身体と頭と首がひとつながりになった、固まり。
当然、受け身も何もなく無様に床に打ち付けられる。
かすれた悲鳴が漏れ、あとは自分のまき散らした液体の中で呻くだけ。
誰かの足音が近づいてくるのを感じた。
部下たちではない。彼らならこんなにゆっくりと近付いてくるはずがない。
目に血が入ったのか、うまく見えない。
ジョニーはリコリスと対面して初めて恐怖を感じた。
ぴちょん、という濡れた音とカツン、という堅い音。
「どうせおまえは助かるだろう。だからこれはただの嫌がらせだ」
もしおまえが、今度こそ一人でおれたちに会う勇気があるなら。
その傷はすべて治してやろう。
そんな言葉が聞こえたのは幻覚だったか。
聞き覚えのある複数の足音にかき消され、男の意識は朦朧としていく。
たぶん、部下たちだろう。
到底生き残れるとは思えないが、部下の悲鳴がやけに耳に残った。
斧「おれの真骨頂。見たか!」
舟「自分でそれ言うの?」
ア「しっかしこれさあ。魔法使いちゃんが驚くよね」
モ「確かメイジちゃんは、最初の一件以外ホワイトファナティックには関わっていないのよね?」
剣「急に知らないおっさんが満身創痍で会いに着たらなあ……」




