D-51 セトルメイト
セトルメイト
秘密絶対バラすマン
「あたしがいない間にこんなことになってたなんて……ごめんなさい」
来るのが遅かったわ。
スカイアドベンチャーの最後の仲間、モンクがそう言った。
しかし、彼がやっていたことは決して無駄ではなかった。
それは、目の前で激しく対立していた斧戦士VS黒槍の戦いが、一時停戦しているからだ。
止めたのは黒槍の仲間、蒼炎のサキという女性だ。
ちなみに一時停戦なのは、斧戦士が黒槍の身柄と殺害を諦めていないからで、黒槍はとっくの昔に白旗を振っている。
「まさかモンクが黒槍の仲間たちと意気投合してたなんて、知らなかったよ」
「あたしも話が合うとは思わなかったんだけど、市場でたまたま会ってね。メイジちゃん、大丈夫かしら……あたし、黒槍のこと許せないわ」
「それはボクたちみんなが思ってることさ。けど、家は元通りになるよ、たぶん」
黒槍の仲間と交渉するのは、舟長と剣士の二人に任せて、モンクとアサシンは魔法使いを守る。
魔法使いは既に泣き止んでいたが、その瞳には灰になった家が映っているのみで、虚ろである。
モンクは魔法使いを優しく抱きしめながら言った。
「どうして? 完全に灰なのよ。あなたの幻覚に頼ってもすぐには戻せないでしょ?」
「逆だよ。あれこそが幻覚。燃えた家は幻さ。ボクの力じゃないけど、それは分かる」
「ということは……どういうこと?」
「斧戦士もそういう力が使えるみたいだね。まったく、ボクのアイデンティティを……」
「良かった……メイジちゃんたちが作った工房や何でも屋さんも無事なのね」
その嬉しい知らせは魔法使いの耳には届かないようだったが、モンクは何も言わなかった。
ただアサシンと共に、魔法使いの側に座る。そして、待つ。
何も言わない。ともにいる。それが救いになることだってあるのだ。
「その男を引き渡せ。まだ、そいつの罪は残っている」
「ひえっ……もう勘弁してくれ……」
「そういう訳にもいかないよ。一応これでもあたしたちの大事なアタッカーなんだ。壊しちゃ困るよ」
「彼の考えなしな行動が、こんな酷いことを引き起こすなんて……。スカイアドベンチャーの皆様方には、お詫び申しあげます。なにとぞ、お許しください」
一触即発な斧戦士と向き合う蒼炎。
もう一人たおやかな感じの仲間も斧戦士を説得する。
彼女も黒槍の仲間で、月影のムウというようだ。
そんな彼女たちを見ながら、舟長は考える。
そうは言っても、斧戦士はそう簡単に彼らを許しはしないだろう。
宝物を傷付けられた人間は、傷付けた者の仲間には警戒するものだ。
とはいえ、舟長だって、有名人に謝られたからと言ってすぐ許すようなおめでたい頭はしていない。
隣にいる剣士も険しい顔だ。
「ちっ……。素直に謝られたら分が悪いな。どうする?」
「どうするもこうするも。感情的には斧戦士と似た気分だぜ。けど、オレたちは冒険者だ。オレたちよりもはるかに腕が立つ奴らを、いつまでも原っぱに立たせておく訳には行かねーだろ」
「そういえば、魔法使いも野ざらしのままだったな。とりあえず、飛行船に行くか」
「魔法使いは休ませてやろうぜ。守りはトキワブラザーズに任せりゃいいだろ」
手早く話をまとめると、舟長は手のひらを上に向け、飛行船を呼び出す。
普段はオーパーツにも程があるので隠しているが、スカイアドベンチャーは空飛ぶ舟を持っている。
飛行船の大きさは、とある世界では中くらい。
スカイアドベンチャーの家と同じく、仲間六人分の個室を兼ねた客室と、大きめの広場、小さめの広場がある。
ちょうど小さめの広場を出張用何でも屋さんとして改装していたので、そこを使うことにする。
ちなみに、『F-28 キャピタルイベント3』で、エルナと夕食を食べたのもこの部屋である。
「な、なんだ!?」
「斧戦士、魔法使いは休ませるぞ。護衛にトキワブラザーズを借りていいか?」
「……ああ。すまん、気が回らなかった。行こう」
魔法使いを分体の斧トキワと裏トキワに任せ、部屋に寝かせる。
それから、客人を案内したサブラウンジに移動すると、黒と白の高級感あふれるその部屋で、黒槍たち四人はやや緊張した様子で待っていた。
アサシンとモンクも既に座っていて、黒槍たちを見張っている。
何でも屋さん用に二人掛けにしてあった机は片付けられており、今は長机が三つ並んでいる。
椅子は向こうに四つ、こちらに五つ。
剣士と共に席に座ると、斧戦士がいなかった。
「あいつはどうした?」
「少し頭を冷やしてくるって。あと家も戻すみたい」
「そうか。じゃあ、先に進めておいてよさそうだな。どうせ黒トキワがいるんだろ」
視界の端で黒いものが弾んだので、これは確実にいるようだ。
斧戦士はこの会話を聞いているものとして、話を進めておこう。
「まずは自己紹介と行こうか。オレがリーダーだ。こいつがアサシン。そっちが剣士、それがモンク、あと休んでるのが魔法使い。あとで来る男が斧戦士だ」
「私がリーダーだ。暁のツヅミという。こちらが月影のムウ、蒼炎のサキ、黒槍のライアンだ。話し合いで解決できて幸いだ。あなたたちの行動を深く感謝する」
「気が早いな。これから始まるのは、スカイアドベンチャーと……そっちのパーティー名は?」
「黒翼の風だ」
「スカイアドベンチャーと黒翼の風との落としどころの話であって、黒槍個人と斧戦士個人の話は自分たちで決着させるんだぞ」
「ああ。分かっている。それでも、あなた方の聡明さには頭が下がるのだ」
無鉄砲さが目立った黒槍とは対照的に、仲間たちはみな冷静で謙虚な性格であるらしい。
スカイアドベンチャーの面々はそれぞれ顔を見合わせた。
自分たちにはないところだ。状況によっては見習う必要があるかもしれない。
「持ち上げても手ぬるくはしないからな?」
「当然だ。私たちも厳しい罰を望んでいる」
「じゃあ、一人ずつ案を出していって、そっちで一番厳しい罰を選んでもらおうか」
「学園かよ。じゃ、オレは黒槍サンに奉仕活動を要求するぜ。一か月な」
「次はあたしね。剣士と似てるけど、メイジちゃんの魔法開発の実験台に、一か月なってもらうのはどうかしら? メイジちゃんに対して謝罪の意志が必要だと思うの」
「魔法使いちゃんが喜ぶかは微妙なラインだね。喜べば、それも悪くない。ボクは、世界中の人たち、特に黒槍君がお世話になっている人とか、黒槍君が尊敬してる人とかに、君の秘密を暴露しちゃおうかなって思ってる。どうかな? 最高の罰でしょ」
「斧戦士はどうする? もう終わったんだろ?」
舟長が後ろを見ずに尋ねると、声が帰ってきた。
声が聞こえると、存在や気配も感じ取れるようになったのだから不思議なものだ。
「おれには別の権利をくれるんだろう? それで十分だ」
「ああ。分かった。オレの案は、今回の件を広く周知すること、以上だ。さあ、どうする?」
コツコツと靴の音がする。
斧戦士が背中に背負う斧をしまい、椅子に座った。
一番近かったアサシンが窓を見ると、スカイアドベンチャーの家は燃える前と変わらない姿のまま、草原に佇んでいた。
やはり燃えた家は幻だったのか、大量の灰も見当たらない。
「一応、すべて復元した。扉は壊れてるし、玄関は汚れてるけど」
「そこでバックアップとったんだ。まあ、その辺は許容範囲内かな。中も全部?」
「ああ、あとでこっそり魔法使いさんを移動させて、驚かせてやろうと思ってる」
「天国行ったと思わないようにしてね?」
「彼女にとって天国は雲の国だ。それにおれが側にいるのだから、天国じゃなくて地獄だ」
「それ、なお悪いんじゃなくて……?」
一応落ち着いたらしい斧戦士とアサシンが会話していると、暁のツヅミがこちらを見た。
黒翼の風の話し合いも済んだらしい。
黒槍の顔色がやや悪いが、これから彼にはもっと辛いことが起こるのだから、挫けてはいけない。
そう、こんなことで挫けていては、斧戦士の報復に耐えられない。
「私たち黒翼の風は、すべての罰を受け入れることにした。一か月こちらに滞在し、奉仕活動や先ほどの女性への賠償をしながら、今回の一件をすべてのギルドに通達し、黒槍の世話になった者、黒槍を世話した者に知らしめる。それと、秘密は……どれにしようか」
「おまえら仲間は、黒槍の部屋のタンスの鍵を開けろ。パスワードは07……」
「ストップ! それ以上いけない。別の手段で伝えろ」
「分かった。知り合いには、その黒い槍は毎日ペンキで塗っていることを明かせ」
「なんで知ってる!? ってか、前半は若気の至りで、その! 返しますので!!」
ナニをしているんでしょうねえ。
本気を出せば、人を昏倒させずとも記憶を読み取れる斧戦士にとって、人の秘密ほど知りやすいものはない。が、今回は別の裁きがあるせいか、やや大人しめの裁決となった。
黒槍はさらに青い顔をしているが、黒槍の態度で事情を知ったのか、蒼炎と月影の目は冷ややかだ。
黒槍と同じ男である暁は、やや呆れた感じはあるがまだ味方でいてくれそうな気配がある。
良かったね、黒槍くん。
「パスワードはこれです」
斧戦士が紙で手渡したパスワードのせいで、リーダーの暁は完全に頭を抱えてしまった。
横から紙を奪い取った蒼炎は羞恥で顔を赤くし、それを覗き込んだ月影は怒りで赤くなった。
黒槍は死んだ……などと呟いているが、そのうち生きているだけでましかもしれないと思い始めることが起きるだろう。
その時を待ちたまえ。怒りに燃え、義憤を叩きつけてみたまえ。
できるものなら、静かに怒る斧戦士に勝ってみたまえ。
そうすれば、名誉は回復できるかもしれない。
魔「目が覚めたら家の中だった。これは夢?」
斧「まさか。現実ですよ、魔法使いさん。おはよう」
魔「斧戦士さんがいる……斧戦士さんが笑ってる……!?」
斧「あれ、却って混乱してる。何故だ」
魔「なんだ夢か。もっかい寝よ」
斧「夢なら寝ちゃダメだよ、魔法使いさん」




