D-36 ボイスチェンジャー(邪)2
ボイスチェンジャー(邪)2
潜入はロマン
「聖女様、あなただけが最後の希望なのです」
「う、うう……ヘンリー……め」
「可哀想に、うなされていらっしゃる。せめて汗だけでも……」
足音が遠ざかっていく。
この家の主だろう。近くの井戸まで湧水を汲みに行ったのだ。
あの日、王が死に次の国王となったヘンリーが私の処刑を告げたあと、どうやってここまでたどり着いたのか記憶がない。
しかし、今かくまってくれている彼らが言うには、私は一人で玄関に倒れていたのだとか。
噂では、私は王を弑逆した大罪人であると周知され、今もヘンリーの手下が私を探していると言うのだから、それをかいくぐって私を助けるなど、誰ができようか。
「聖女様。傷が痛みますか? 鎮痛剤をお作りいたしますね」
片手を身体に這わせると、粗末な木の義足のなんとも言えぬ感触が伝わる。
もう槍を生成して戦うこともできない身。
無力な私はただ涙をこぼすしかできない。
「じゃあさ。もし身体がなおったらあなたは戦えるの?」
「何者だ! まさかヘンリーの追手か!?」
「馬鹿な、聖女様を匿っていることが奴らに!?」
「ねえ。聖女さま? 足とともに、覚悟も戦う意志も、なくしたの?」
その声は聞いたことがなかった。
比較的若い女の声だ。
「ヘンリーは先王やあんたのことを悪しきざまに罵っているらしいな」
「いいのか? 言わせっぱなしで。おまえの誇りはまだその胸で輝いてるだろ?」
「ねえ、聖女様。慕ってくれている人がたくさんいるのね。せめて、恩返ししましょ」
見知らぬ複数の男性の声もする。
不思議と怖くなかった。
私は乱暴に涙をぬぐい、痛む足を無視して起き上がった。
ガリガリに痩せた腕が見える。
こんな身体で戦えるのだろうか、否、戦うのだ。
ヘンリーをそのままにしておく訳にはいかない。
「私の命ある限り――悪辣どもの好きにはさせない!」
一方その頃、新国王ヘンリーは奇妙な夢を見ていた。
新しくした王座の間に聖女が現れる夢だ。
あの日、先王をこの手で殺した日。
それ以来、姿の見えない聖女が自分からのこのこと王宮に現れるのだ。
おまけに聖女は介助も杖もなく、二本足で歩いている。
おかしなことだった。
聖女が忽然と消えたあと、王宮のがれきの下には間違いなく聖女の足があった。
どんな力が作用したにしろ、聖女は確実に足をなくしている。
もう戦う力も残っていないだろう。
(ならばこの夢の意味は……警告か?)
今のところ、民衆はヘンリーの言葉を疑っていない。
先王は聖女に襲われ命を落とし、今際のきわにヘンリーへ国のすべてを託した……と。
残る憂いは、聖女が民衆をそそのかし、ヘンリーを国王の座から追い落とすことぐらいか。
戦闘力を失くした聖女など敵ではないが、それをされてしまうと少し困る。
(愚かな民衆は皆殺しにしなければ、な)
ヘンリーは神など信じていないが、この夢を天からの啓示だと受け取った。
明日、ヘンリーにとって良くないことが起きる――。
だから備えろということなのだろう。
ヘンリーは意識的に夢から目覚めると、早速王座に腰掛け、思案を始めた。
しかし、直に思考を取りやめる。
人の気配を感じたためだ。
「まったく……この時間は一人にするよう言い含めてあるのだがな。衛兵! 何用だ」
「ヘンリー王にお会いしたい方がいらしたのです。今お通しいたしますね」
「何を、貴様いますぐ――」
ヘンリーはこの兵士を処刑することを決めた。
禁じられている時間帯に担当でもない場所をうろつき、王の許可なしに部屋を開けようとする不届き者にはちょうどいい罰だろう。
他の兵士への見せしめにもなる。
そこまで考えて、ヘンリーはふとおかしく思った。
先王は平等を掲げ、母や姉妹のために女性兵士を雇っていたが、それらはあの日すべて死んだ。
ヘンリーは女性兵士を雇っていない。
こいつは、誰だ?
「聖女様、ヘンリーは目の前だよ」
「宿敵ヘンリー。私は私の道理を通す。王の恨み、ここで果たす!」
魔「まだ続くんじゃ」
舟「セリフ一個しかねーじゃねーか」
剣「オレもだぜ!」
モ「あたしもよ!」
ア「……ボク、一個もないけど?」
斧「ほ、ほら。我々の出番もう少し先だから。ね? どうどう」




