D-33 ボイスチェンジャー
ボイスチェンジャー
声真似
「我々は宇宙人だ」
朝起きたら、真冬の朝だと言うのに扇風機が回っていた。
そして、扇風機の前にはもこもこに着込んだ魔法使いが一人。
寝起きの低いテンションで何やら呟いている。
目撃者Bは、ホラー現象を見なかったことにして二度寝した。
その日の昼である。
朝から宇宙人ごっこをキメていた魔法使いが杖を掲げたのは。
近くにいた目撃者Bこと舟長はビクッとした。
この女魔術師が杖を振り上げるときは、たいていろくでもないことを考えているときだからだ。
新しい魔法を思いついたからお披露目しようとしているか、舟長を魔法の実験台にしようとしているか。
舟長は比較的安全度の高い前者であることを祈った。
「舟長、こっち来て」
「……」
後者だったか。
舟長は諦めて魔法使いに言われた通り、魔法使いの前に立った。
魔法使いが舟長の手を握る。
そして、彼女にはよくあることだが、唐突に叫んだ。
魔法の詠唱だ!
「ボイスチェンジャー!」
「ぼ、ボイスチェンジャー?」
『え、舟長知らないの。声を変化させる機械のことだよ』
「それは知ってるが、これがファンタジー小説だと言うことをな……って、その声……!」
舟長が驚いたのも無理はない。
魔法使いは普通にしゃべっているが、それはまるで自分の声のようだったのだ。
いや、まるでというより、そのもの。
魔法使いは舟長そっくりの声で話している。
(ボイスチェンジャー……発動時に触っていた自分以外の相手の声をコピーするのか)
『よーし、うまくいったから、さっそくいたずらだ!』
(思考回路までは変わらない……まだ救いはある)
『一人目は……モンクにしよう!』
(とんでもないことをやらかす前に止めないと)
舟長が色々考えている間に、魔法使いは台所へ。
ぎりぎり姿が見えないように計らって、魔法使いは舟長の声で呼びかけた。
『おーい、モンク、いる?』
「その声は舟長? けどおかしいわね。そこにいるのはメイジちゃんでしょ?」
『ふふふ。混乱してるね。ちょっとこっちにおいで』
「はいはい。今行くわ」
「おい、魔法使い。遊んでないで魔法を解け」
「あら。そっちは本物の舟長ね。これはいったいどういうこと?」
スカイアドベンチャー正式加入から日の浅いモンクは、少し戸惑っているようだ。
まあ、スペルメイカーの魔法使いからの洗礼を受けたのだ、少しは困ってくれないと、知力マッハ系魔術師こと魔法使いの名が廃る。
初回なので、舟長が説明する。
「魔法使いは魔法を作るのが趣味なんだよ。たまにこうやってお披露目してくる」
「すごいわ! オリジナル魔法だなんて。カッコいいわねえ」
「……魔法使い、おまえの魔法は厳密にオリジナルって言えるのか?」
返事はなかった。
舟長が後ろを向くと、想定していた通り魔法使いの姿は既にない。
新しい獲物を探すため、颯爽と旅立ったあとのようだ。
「……あいつ」
「今の感じから見るに、たいした被害じゃないでしょ。放っておけばいいじゃない」
「あの声でとんでもないことを口走られたら困るのはオレなんだよ!」
「はあ。あたしは協力しないわよ」
「ちっ。とりあえず、玄関を封鎖して、街には出られんようにするしか……」
舟長も足早にモンクの前を立ち去った。
協力しないと宣言する役立たずに構っている暇はない。
魔法使いの行動からして、今は剣士かアサシンに会いに行っているだろう。
魔法使いの魔法が絡むと、急にあの二人はオレで遊び始める傾向がある。
協力なんてもってのほかだ。
だとすれば……。
「頼れるヤツは、あいつだけか。斧戦士……大丈夫か?」
一方魔法使いは、舟長の思考通り剣士の部屋の前にいた。
舟長の部屋と違って、淑女らしくノックする魔法使いである。
数秒の間の後、扉が開き、アサシンが顔を出した。
「あれ、魔法使いちゃん?」
『アサシンちゃん!』
「おいおい。おもしろいな。舟長の声だぜ」
『ふはは。すごいだろ』
「はっはっは。舟長、絶対そんなこと言わねーぞ!」
「あ、そうだ。ボクいいこと思いついた。ちょっと取ってくるから待ってて」
『分かった』
「今のちょっと舟長っぽい」
アサシンがジョブ特性:素早さが高いを発揮して、自分の部屋から荷物を取ってきた。
それは薄いピンク色の雑誌で、おもわず魔法使いは言ってしまった。
『もしやそれはウ=ス異本!?』
「くうっ、それ、舟長の声で聞くとやべー!」
「あはは! それでもよかったけど、これはただの恋愛雑誌だよ」
『私は何をすればいいの?』
「じゃあさ。できるだけロマンチックな雰囲気でこの辺り、読んでみてくれない?」
『分かった。ええと……あなたと過ごす夜は――』
魔法使いがそこまで言いかけたときだった。
剣士の部屋がノックもなしに開け放たれたのは。
そこに立っていたのは、残りのスカイアドベンチャー。
モンクと斧戦士と、ついでに舟長だった。
「オレがメインだよ!」
舟長が何か言ってる。
「おまえなあ。いつも魔法使いにノックしろとか言ってるくせに自分はしないのかよ?」
「それは異性だからだろ。だいたいおまえ、そんなこと気にするタマじゃねーだろ」
「オレは気にしないぜ? ただ、今日はちょうどオレの部屋に二人の女性陣がいてな」
「そこで悪だくみしてたのなら既に知ってるぜ」
「ふーん。好感度を落とすのがお上手で」
「なに?」
そこでふと舟長は気が付いた。
うしろに気配を感じる。
それも、伴ってきたモンクと斧戦士以外のよく見知った気配を。
というか、その二人はいつの間にか剣士の部屋の中に入って、ボイスチェンジャーの効果を楽しむ魔法使いと何か話している。
剣士は目の前にいるし、アサシンはジョブ柄、裏をかくのが得意だ。
そうでなくても、デリカシーのない恋人というだけで罰を受けるには十分だ。
「余裕そうだね」
「あ、アサシンさん、そのですね」
「ボク、言い訳する人嫌いなんだ。それにね……」
舟長が大人しくあの本を読んでくれたら、こんなことしなくて済んだんだよ?
「そう、か……」
ア「えへへ。舟長にようやく読んでもらえたー」
剣「良かったな、舟長。今回は死を免れて」
舟「身体はなんともないが、精神をゴリゴリ削られた気分だぜ」
斧「魔法使いさん。結局あの本には、何が書かれてたんだ?」
魔「なんか、告白みたいなやつ? ヒストリーハートって雑誌だった」
モ「あ、それ知ってるわ。恋愛小説を楽しむ雑誌よ」




