D-29 タブーマグナ
タブーマグナ
強い奴にしか興味ないってドMじゃね?
斧戦士との激戦のあと、モンクは斧戦士に連れられてとある場所を訪れていた。
暗くどこか湿った匂いのする――そう、牢屋。
誰もいない牢が果てしなく立ち並ぶその場所は、斧戦士の力なくしてたどり着くことはできない。
そこは異世界。次元の違う宇宙。あり得たかもしれない、可能性と分岐の地球。
「とりあえずモンクに紹介な」
「誰を紹介してくれるのかしら? わくわく」
「魔法使いさんを害し、おれの永遠の敵となった男だ。名は――」
この牢獄に住むただ一人の男は、古書に埋もれペンと紙の散乱する最中にいた。
一丁前にだて眼鏡をかけて、何かを必死に書き付けている様子だ。
「サンドバッグという」
「本名みたいに言うな」
「は? おまえなんかサンドバッグで十分だ。そうだろ、セトウチ・ショ」
「はい、ストップ! サンドバッグで十分ですね。その通りだと思いますとも!」
モンクは目を白黒させる。
愛する人を傷付けた宿敵と聞いていたのに、ずいぶんとフレンドリーな対応だと思ったからだ。
それに、今、斧戦士が言いかけた名前はどう聞いても……。
「まるで日本人ね」
「日本人だからな」
「プライバシーという概念はどこに?」
「サンドバッグに人権があるとでも?」
「そりゃあ、物言わぬ道具には人権、ないかもしれないが、俺は稀に見るしゃべるサンドバッグだぜ? 特典が付いてもいいだろう」
サンドバッグは得意そうに言ったが、斧戦士は鼻を鳴らしてスルーした。
斧戦士にとって、法とは魔法使いであり彼女だ。
法を犯した男に慈悲はない。
「人権愛護団体にでも訴えるんだな」
「へいへい。ここから出られたらそうしますよ」
会話を終えた斧戦士は、モンクの方を向いた。
「紹介した通り、この男がサンドバッグだ」
「ええ、それは分かったわ。けど、あたしを連れてきた理由が分からないわ」
モンクの口調に、サンドバッグが怯える。
安心しなはれ。
モンクさんはそういう人種とは違いますから。
「この男はおれの護りをぶち抜き、魔法使いさんを殺した。おれの言っている意味は分かるか?」
「ちょ、ちょっと待って! メイジちゃんが死んじゃったっていうの!? こいつのせいで!?」
「ああ。だが、おれのせいでもある」
「あ、でも、蘇生があるからたいしたことなく済んだのね?」
「……その、まあ、諸事情あってな。彼女は意識不明の重体になったが、回復した。彼女は一命を取り止めたんだ」
モンクは少し不思議に思った。
今、彼が生きる世界は、蘇生魔法が一般に流布された、生と死の曖昧な場所。
さらに、老衰以外で死なないスカイアドベンチャーの特性から考えるに、斧戦士の深刻そうな台詞は変だった。
しかし、モンクはそこは敢えて触れず、一言だけ言った。
「許せないわね」
「そうだろう?」
「許せないのレベルが常人とそいつで違う件について」
「一戦、交えてもいいかしら?」
斧戦士は笑った。
少々遠回りしたが、概ね予想通りだ。
「ああ。頼む。それに、この男はかなり強い。おれには劣るがな」
「あら。それは楽しみだわ」
「えっ。どういう趣味でいらっしゃって?」
男が何か言っているが、総スルーされた。
モンクが両方の拳を叩きつける。
戦闘開始だ。
「えっ、ちょい、ま」
「先手必勝よ」
モンクの先制攻撃が閃く。
まぶしっ。
サンドバッグは盲目状態になった。
「それって太陽を直接見てるんだよな。最終的には視力が失えるのか?」
「それはできるけど、戦場ではかえって不利よ。永遠に見えないなら、慣れればいいだけだもの」
「そうか。気配とか使えばいいもんな」
「ええ。だから、本当は複数人で襲いかかったときの手段なのよ」
今宵の挑戦者は一人。
一時的に視力を失ったサンドバッグではあったが、敵の視認は容易かった。
この場の気配は三つ。
自分、相手、そしてよく見知った悪魔のみ。
とりあえず、悪魔は手を出す気ではないようだから、戦闘状態の相手だけを狙えばいい。
簡単な話だった。
「なるほどな」
「あらあら。強者の余裕ね。楽しくなっちゃうわ」
「怖いなーこの人」
「モンクさんはそういう人種じゃないですよ」
「え? あたし、何だと思われてるの?」
「ホモカマ野郎」
斧戦士の忌憚のない意見に、モンクはしばし黙った。
「カマ野郎は百歩譲って許すとして、ホモ野郎はいただけないわね」
「え、オカマと何が違うんですか」
「ただ可愛いものが好きなだけなのに。悪いけど、あなた、本気で吹っ飛ばさせてもらうわ」
?「ほっぺたと腹が痛い」
斧「容赦なく殴られたなホモ野郎」
?「誰がホモ野郎だ!」
斧「じゃあヒモ野郎でいいや」
?「養わなくていいんで。餓死させてくれ」




