D-09 スライミーウォーター4
スライミーウォーター4
完成!
朝も暗いうちに、小さな影が動き出す。
目的はちょっと古そうな木造アパート。
そこの三号室に、依頼者がいるはずだった。
「……」
影は何も言わずに、窓を覗き込む。
依頼者の姿は、この目で見た訳ではない。
だが、共有された情報が正しければ、確かに部屋の主と一致した。
扉の外に、郵便受けなどという洒落たものはない。
影は姿を消し、再び現れた。
口にくわえていた手紙のようなものは、もう持っていない。
無事に仕事を終えた黒トキワは、ワープで彼女の住む家に帰った。
依頼者こと、スライム大好き冒険者ロットが、魔導研究所に顔を見せたのはその昼だった。
色々と解せない顔をしているが、わざわざ聞いてやることはしない。
ロットも冒険者としての性か、詳しく聞き出すようなことはしなかった。
「そ、それでスライム装備は……」
「とりあえず、鎧だけできたよ。気に入るといいんだけど」
魔法使いが取り出したのは、青く透き通った色合いの鎧だった。
錬金釜に、シルバーチェインとジェム10個とアクアマリン5個、露草20個をぶちこんで作られたそれは、もっちりした感触でありながら、薄く、適度にデザインもよかった。
素材のチョイスは、舟長と魔法使いが、量はアサシンと剣士で調整した。
なお、デザイン面で真価を発揮したのは、帰宅した斧戦士である。
「す、すごい……」
ロットは、スライム大好き狂人だったので、最悪どんな鎧が来ても受け取るつもりだった。
いかにもスライム的な、どろどろとしたよく分からないものとか、デザイン面が完全に終わってるけど最強装備的な扱いだって、喜んで受け入れただろう。
それがどうしたことか。
この鎧は、すごかった。
スライム感を保ちながら、ちゃんと鎧として成立している。
デザインだって、模様のない鎧だけれど、すぐれている。
こんな洗練された鎧、この辺りの鍛冶屋じゃ、有り金積んでもできるはずがない。
ふと、怖くなるぐらいだ。いったい、どれだけ金額を払えばいいのか。
冷や汗が背中をしたたり落ちる。
「ふふ、気に入ってくれたみたいだね。お代は、25,500Gだよ」
「あ、ああ。買う……買います!」
幸い、払えない金額ではなかった。
むしろ、想定していたよりもずっと安い。
安く手に入るのはありがたいが、いったいぜんたいどうして……?
「まあ、こういう仕事は初めてのことだったし、相場がよく分からないんだよね」
「君には、我が魔導研究所を宣伝する権利をあげよう」
「そういうことだ。主に素材分の値段だから、素材を持ち込めばもっと安くなるぞ」
「オーダーメイドはもちろん、修復や改善にも対応してるぞ」
「そうだ、お近づきの印にこれを」
斧戦士が手渡したのは、少し濃い青のスカーフ。
斧戦士が装備して、宣伝しているものと同じ形状だ。
留め具は、ぷにぷにスライムのブローチになっている。
広げると大きめのハンカチぐらいの大きさになり、その中央には、でかでかと文字が。
『魔導研究所』
ロットは感激を通り越して呆然としている。
しかし、すぐに気を取り直して、大げさすぎるほどに礼を言った。
所定の金額を払い、出ていく直前、ちらりと振り返った。
「ところで、今朝4時ぐらいに黒いスライムみたいなものを見たんだけど……それは、手紙と関係あったりする、のかな?」
「……」
四人の視線が斧戦士に突き刺さった。
ロットもつられて斧戦士を見る。
斧戦士は、怒りたいのを必死にこらえて、黒トキワを召喚した。
ロットが飛びつく。
彼は筋金入りのスライム好きのようだ。
黒トキワが厳密にスライムかどうかは置いておくとして。
黒トキワにぺちぺち叩かれながら、ロットは幸せそうだ。
はっきり言って変態である。
「すごい、こんな強そうなスライム初めて見たよ」
「殴りかかってもいいぞ。ボコボコになるだろうがな」
「……」
ロットは冒険者である。なおかつ、スライムを愛するが故に傷付けてしまう狂人だ。
じゃあ、ちょっとお邪魔して……。
黒トキワに丁寧にお辞儀をしたロットは、得物片手に襲い掛かった。
スライムと呼ばれてご立腹な黒トキワは、言われるまでもなくロットをボコボコにした。
魔「スライム素材だから、物理耐性も付いてるんだよ」
ア「露草はすぐに色褪せる? ファンタジーだからいいんです」
剣「アクアマリンは粉々にして、ジェムのなかに混ぜてあるんだぜ」
舟「だから、ジェムに色が付いてるんだが……見て分かるものではないな」
斧「ところで、ボコボコにしちゃったけど、彼、宣伝してくれるかな」




