A12-297 ヌクトイシミズ改(邪)
ヌクトイシミズ改(邪)
彼もお風呂に入りたかった
「よう、黒いの。最近あいつ見ないけど、なんかあったのか?」
牢屋にとらわれている男が、通路を歩く……滑る?黒いスライムに話しかけた。
スライムは振り向いて、と言っても顔がないので、本当に振り向いたかは分からない。
「本体は、シーフギルドで叱られてるところ」
「は? 叱られてる……? あいつが?」
「お風呂魔法で、宿を水浸しにしたから」
「ふーん。それよりお風呂魔法だって? ちょっと詳細を教えてくれよ」
お風呂という単語に飛びついた、男。
スライムこと黒トキワは、しばし迷った。
この男は、世界で一番大事な彼女を傷つけた男である。
彼女が作った魔法を渡すのはためらわれた。
だが。
「マジでお風呂に入れるのか?」
キラキラした目で見つめてくる男に、スライムはちょっとだけ許可を出す。
なに、お風呂魔法で脱走はできまい。
黒トキワは、一つぼよよんと跳ねて、人型を取った。
ちょうど、本体……斧戦士のシルエットにそっくりだ。
相変わらず、顔のないのっぺらぼうは、どこにあるかもわからない口で詠唱する。
「ヌクトイシミズ」
手から放たれた清流は、鉄格子の隙間を通り、男の背中を牢屋の壁に打ち付けた。
それはもう、したたかに。
?「おい、これ攻撃魔法だろ! 嘘つき!」
黒「ちがう、これはお風呂魔法。これを湯舟にためて使う」
?「バスタブ必須かよ! ああ、せめてシャワーが欲しい」
黒「夢の連中に、出してもらえばいいじゃないか」
?「……!? 絶対、お断りだ!」




