夏の夕暮れ木曜日。
『夏の昼下がり日曜日。』のお祭り編です。まあ読んでなくてもたぶん大丈夫ですが……?
――私の中のあなたは、昔から変わらない幼なじみのまま。
ある夏の夕暮れ、木曜日。
夕日が赤く輝いて、白い梢君の家の塀を染め上げている。
見慣れた町の風景にため息をつくと、赤い赤い雲を仰いだ。
……着慣れない浴衣の長い袖が、腕に沿ってするっと落ちる。
ちょうどお盆の今日、近くの神社でお盆祭り……盆踊り、が行われる。
毎年行われている行事なので、昔から、私の幼なじみの梢君とよく行っていた。
だから今年も一緒に行くことになったんだけど。
「……今年は二人でいこうか」
祭りの近づいたある日。洗濯物を畳んでいた私に呟く梢君。
「え? みんなで行くんじゃないの?」
「……君と、二人だけでいきたいんだけど」
ご近所さん同士の梢君と私の家は、よく家族ぐるみでお付き合いしていた。
そんなんだから、私たちが付き合い始めても、近所のお祭りなんかは家族を連れて行ってたんだけど。
……何を思ったんだか、梢君が二人で行くってきかなくて。
梢君の強情さは知っているので、結局家族とは別に行くことになった。
そして、二人で行きたい理由は聞けず仕舞い。
まぁ付き合ってるなら、それが普通なんだろうけど。
……なんだか……恥ずかしいなぁ……。
幼なじみという、誰より身近な梢君なだけに、ちょっと照れてしまう。
そんなこんなで彼の実家。
約束の時間よりちょっと早く来てしまった。
……それは、着慣れない浴衣を着て、なんだか落ち着かなかったから。
淡いピンクの下地に赤い小花模様。帯も赤で、薄い桃色と白のオーガンジーの帯を重ねている。髪は普段下ろしているのを結い上げて、小さな白い花を散らした。
私は、どうせ近所だし相手は梢君なのだから、と言ったのだが、母がはりきった結果こうなってしまった。
いつもの風景に、いつもと違った服。
なんだかそわそわして、なんだか不安になる。
……あーダメだ。待ちきれない。梢君の家入っちゃおう。
昔からの馴染みの家なので、家の勝手は知り尽くしている。っていうか、お互いよく出入りしてるし。
「おじゃましまーす。……梢君―?」
下駄を脱ぐと、梢君の部屋に向かう。
梢君の家は純和風で、畳の部屋が多い。廊下を突っ切った向こう側が、梢君の部屋。
「……梢君―?」
半開きだったふすまを開けると。
「……? ……なんだ……。君か……」
「ちょっと早いけど迎え来た……って…………」
――思わず硬直。
だって。
……なんで……。
〜〜……なんで、上半身裸ぁぁっっっ?!
「きゃああああっっ!!! 変態っっ!! ばかぁぁ!!」
……目を伏せながら、手当たり次第に辺りの物を投げつける。
〜〜なになになに?! 何で?! ……だいぶ混乱する。
梢君は、投げられたものを器用に全て受け取りながら近づいてきて。
……扉を閉めた。
軽くへたり込む私。
「……な……なに? ……梢君は……ボディービルダー目指してるんだっけ……?」
梢君は部屋でいつも上半身裸でいるわけ?
さっきのシーンが思い出されそうになって、慌てて首を振る。
別に見たのは初めてじゃないと思うけど、最後に見たのは梢君が高校生の時の体育祭。
それ以来、お父さんのぽよぽよなお腹しか見たことなかったから……恥ずかしいにもほどがある。
真っ赤になって照れている私に、ふすま越しにため息が聞こえた。
「……着替え中に入ってくる君が悪いんでしょ。……すぐ終わるから待っててよ」
時計を見れば……約束の時間よりだいぶ早い。支度の最中なのも当然の時間。
私はそっと息を吐いた。
「あ……そうか……着替え中ね。よかったぁ……本当に」
「……なんだと思ったの?」
……梢君が自分の身体に見とれてたと思った、なんていえない。
「え、ううん、なんでもない! ……じゃあ、ちょっと待ってるね」
「……変なこと思ってたでしょ」
私は言葉を飲み込むと、適当な場所で待つことにした。
だって梢君は変な風にからかうとすぐ拗ねちゃうから。……せっかくのお祭りが台無しになっちゃう。
――そう。梢君はすぐ拗ねる、すごく子供っぽい人。
実は、毎年お祭りでは梢君に振り回されてばかりだった。
梢君の子供っぽさは家族の中でもよく知られている。
金魚すくいでは一匹もすくえなくて帰りたがったし、ヨーヨー釣りもなかなか釣れなくてしばらく無言。
射的は逆に得意で、全部当てるまで帰らないなんて言って付き合わされることが多かった。
……そしてそれは去年も変わらない。
立派な社会人になった梢君だけど。
――今年は家族もいないし……私一人で面倒見れるかな?
半分保護者な気分で、ため息をつく私。
4つも年上な梢君だけど、私にとってはまだ子供っぽい幼なじみ。
……せめて、最後の花火までは帰らないで欲しいな……。
しばらく縁側から夕焼け空を覗いていると、ふすまが開いた。
……遅かったけど、そんなに準備することあったっけ。
「待たせたね。……行こうか」
「あ。梢君……」
出てきた梢君は、シャドーストライプの着流し風の浴衣を羽織っていた。
グレーの兵児帯も、浴衣と梢君の漆黒の髪によく映えている。
そして……普段の落ち着いた梢君の雰囲気によく似合っていて。
自然に着崩された襟元が格好いい。
「どうかした……? もしかして、結び方とか変?」
「えっ?! 全然っっ! 上手だよ!」
……思わず見惚れてしまい、慌てて目を逸らす。
〜〜なんだか、襟元から覗く綺麗な鎖骨が色っぽい。
真っ赤になった頬を見せたくなくて、咄嗟に後ろを向いた。
「…………?」
「え……と。……は、早く行こうっ?」
不思議がる梢君に、歩き出そうとする私。
どうしよう。私、照れてばっかり。
すると。
「……うなじ。色っぽいね。……浴衣も、君によく似合ってる」
「え……きゃっ?!」
突然。骨ばった指先が、むきだしのうなじに触れる。
……浴衣を褒められたのは嬉しいけど。
「〜〜っ梢君っ!! うなじとかは余計っっ!!」
睨むように見つめると……悪戯っ子のような微笑みが見つめ返してきた。
「……あんまり無防備だからね。ぼーっとしてると襲われるよ? ――……ほら」
誰が一番危ないんだか。
散々言っておいて。――いつものように、差し出された手。
「――ほら、行くよ。……今日は、頑張るから」
「え?」
――何を? ……と、当然思ったけれど。
その時の、梢君の笑顔が、さっきとはうってかわってすごく無邪気だったから。
言ったら絶対怒るけど、こんな時の梢君は、すごく可愛くて。
「うん、行こっか……!」
差し出された大きな手に……そっと私の小さい手を重ねた。
真っ赤な夕日に照らされて、二人でゆっくり歩き出す。
夏の夕暮れ木曜日。――今年のお祭りは、なんだかいつもと違う日になりそうな予感。
お読み下さりありがとうございます!この物語は『夏の夜のはじめ木曜日』に続く予定です。できるだけ早く更新できるよう頑張るのでよろしくお願いします。