5.そのころ同級生たちは
ホタルがルクスを好きだと自覚し、彼女のために強くなろうと決意をしたころ、
「う~~~~ん……」
アオイたちは図書館にこもって勉強していた。
「大丈夫?」
「無理! ……ホント、なんで異世界まで来て勉強しなきゃいけないのよ」
ローズの質問に、アオイは心底いやそうな顔で答えて、そのまま机に突っ伏してしまった。
「まあまあ」
アオイのその様子にローズは苦笑する。
そして、意識を目の前の本に向けて言った。
「勉強と言っても、地球の学校でやるものじゃなくて、魔法に関しての勉強なわけだから、頑張ろうよ」
「うー、わかった」
そう、アオイたちの勉強とは、魔法の勉強である。
しばらく武道に関しての訓練を行っていたアオイたちは、その後ゴンゾウに最低でも初級魔法くらいは覚えておいた方がいいでしょう説明されて、転移者たちを受け入れる施設内にある図書館に来ていたのだ。
何故図書館なのか? ということに関しては、この世界の魔法の発動の仕方に理由がある。
この世界の魔法は、すべて魔導書を読み解くことによって覚えることができ、その読み解いた方法で魔法を発動することができるのである。
そしてこの読み解き方であるが、魔法の発動自体は詠唱や魔法陣などいくつか種類があるものの、特例を除いてどれもこれもがどことなく数学っぽい感じなのだ。
例えば、あるかなり難しい問題が与えられていて、その答えが「○×△+□=?」という式になったとしたときに、最初の「○×△+□」の部分が魔法を発動するための方法で、「?」の部分が魔法の効果といった具合である。
中学生でもわかるような説明の仕方をすれば、魔法というのは「y=x」で「光をともすことができるようになる」といったように、比例や一次関数、二次関数などのような関数の式を求めることができれば、魔法を使うことができるということである。
で、これがなかなか難しい。
そもそも数学なんて言うのは、高校生が苦手な科目でもトップクラスの存在だ。
特にアオイなどは数学なんてやりたくない! という気持ちのもあって商業高校に入ったりしたタイプだったため、これはもうある種の拷問に他ならない。
「うーん。わかんな~い」
「あはは……」
「そもそもなんでローズは分かるのよ」
「うーん、なんでだろ? 数学っぽい感じはするけど、私的にはそこまで難しくはないんだよ」
ローズは困ったような笑みでそう答える。
事実、先ほどこの世界の魔法は数学っぽいといったのだが、感覚で解ける人はポンポンと説いてしまうのだ。この世界では魔法は才能のあるなしが大きくかかわっていると言われているのだが、そのあたりはこの辺の事情に由来する。もちろんこの魔法という分野は努力で開拓することも出来る分野で、この世界ではそういった人間も多数いるので、アオイが勉強を頑張ることが無駄になるわけではない。
でも、やりたくないものはやりたくないわけで、
「もういいや……私は二つの大剣での超近接タイプとして生きていくよ」
「アオイちゃん……」
あっさりと投げ出してしまった。これにはいつも温和なローズもさすがに笑みを作れず、普通に困った表情になる。
そんなとき、
「なんだ? わからないなら俺が教えてやろうか?」
「……サワムラ?」
クラスでホタル含めてわずか三人のうちの一人であるサワムラ サトルが話しかけてきた。
「あんたが教えてくれるの? なんで?」
「何せ《緑使い》の俺は魔法の中でも風や土系統ならこのクラスでもトップの実力者だからな」
サトルは自信満々にそう発現する。
サトルの《異能》は《緑使い》というもので、ゴンゾウが上げたいわゆる《色使い》と呼ばれる存在だった。
この《色使い》は魔法使い系の補正が強いのが特徴で、異世界ファンタジーでよく出てくる黒魔術や白魔術など(この世界にはそのような分類はないのだが、《異能》の時だけ特別にその分類が適用されるとはゴンゾウの説明)と言った分類に分けたときの最初に来る色によって得意な魔法が決まるのだ。
そして、サトルが得意なのは分類でいえば緑魔術と呼ばれる風系統や土系統などのいわゆる自然と聞いて真っ先に連想するようなたぐいの魔法が得意分野で、その分野では本当に他のクラスメイト達を圧倒している。
「どうする? 一応他のクラスメイトなんかにも教えたりしてるから今更一人増えても問題ないが」
「うーん、そうねぇ……確かにいい案かもしれないけど遠慮しておくわ」
「な、なんて言った?」
断られると思っていなかったのか、サトルは戸惑いとともに尋ねる。
「うん? 聞こえなかったの? 断るって言ったのよ」
「な、なぜ!? センドウの戦闘スタイルならまず間違いなく風系統の魔法は重宝するだろう?」
あっさりと申し出を断ったアオイに対して、サトルは質問を重ねる。しかも、自分に教わることに対してのメリットも含めてだ。
風系統の魔法の中には自身の武器に風を纏わせて切れ味を高めたり、自身の体に風を纏うことによって機動力を挙げる魔法などが存在するので、サトルの意見は正しい。
だからこその質問だったのだが、帰ってきたのは意外な言葉だった。
「そうね、だからそういう魔法はあらかた覚えたわよ」
「…………は?」
サトルくんは硬直した。
「ど、どういうことだ? あれか? 聞き間違いか?」
「……あんた耳大丈夫? 聞き間違いなんかじゃないわよ」
「な、じゃあさっきの会話はどういうことだよ! 魔法が使えないって話じゃなかったのか!?」
「…………ねぇ、まさかとは思うけどあなた私¥私たちの会話盗み聞きしてたの?
「うっ、そんなことないぞ? 静かな図書館だからな、会話くらい聞こえるさ」
「…………ま、そういうことにしておいてあげるけど、誰が魔法が使えないって言ったのよ。私が言ったのは遠距離系の魔法が使えないということで、近接系はさっきも言ったけどあらかた覚えたわ、もちろん最上級のものも含めてね」
その言葉にサトルは驚く。最上級のものなどは、それこそ微分積分オンパレードな関数みたいな感じである。こんなものを解ける人間はそうそういない。まして、商業高校などはそんなものやるわけがない!
かくいう《緑使い》のサトル君も最上級魔法にはまだ手を付けていない。というか、未だに一つも解析できていないのだ、この発言にはさすがに驚きを隠せなかった。
が、アオイにはそんなサトルの反応はどうでもいいらしい。
「ローズ、私はもう遠距離魔法は諦めて、訓練場で剣の動きを確認してくるから、あとで風呂場の前に集合しましょう」
「うん」
それだけ言って颯爽と図書館から出て行ってしまった。
「……な、何もんなんだあいつ」
「あなたこそ、アオイを舐めすぎなんですよ」
サトルのつぶやきに、ローズが真剣な声で答えた。
「彼女は基本不真面目ですが、やると決めたことにはとことんやりますし、それを成し遂げるだけの瞬間的な集中力の高さは目を見張るものです。むらっ気もありますけどね」
ローズの言葉に、サトルは納得せざるを得なかった。それほど最上級魔法の習得は難易度が高いのだ。
「そうか、すごいな……」
自分がアオイを侮っていたことに気がついたサトルは少々恥ずかしく感じながら、その場を離れるときに、こんな声が聞こえてきた。
「本当に、すごくて、侮れない人ですよ」
その言葉に、どこか物凄く重い響きをサトルは感じたのだった。
それから数日後、1年8組の面々は一部を除いて《異能》を調べた大広間へとやって来ていた。
「で? ゴンゾウさん、なんで俺たちをここへ呼んだんだ?」
現在クラスにいるもう一人の男子であるサイオンジ シュウトは大広間へと集まるきっかけとなった人物であるゴンダ ゴンゾウへ話しかける。
すると、ここに呼ばれたメンバーがすべて集まるまで無言を貫いていたゴンゾウが口を開いた。
「あなた方はここに来てそれなりの時間が経ちました」
「「「「「?」」」」」
ゴンゾウがいきなりモノローグっぽいことを始めたと感じた1年8組の面々はそろって首を傾げる。しかも1の8メンバーの顔は「こいつ大丈夫か?」みたいな感じになっており、すでに大分扱いがひどい。
幸いゴンゾウはその残念なものを見るような目には気がつかずに話を続ける。
「あなた方はこれまでの時間でこの世界の常識についての理解を深め、そしてこの世界で生きていくための最低限の力を身に着けた──」
ゴンゾウはどこかテンションが上がってきたのか若干芝居がかったようなアクションを取りつつ話を盛り上げていこうとしたタイミングで、
「……なあ、ゴンゾウさん? そういう回りくどいのはいいから本題を言っちゃくれないかな?」
あっさりとそのゴンゾウの変な空気をぶち壊した。さすがは学校内でも異常と言われたクラスだけはあるのか、その言葉は辛辣で、尚且つその言葉に我に返ったゴンゾウが周りに目を向けてみれば、実に生暖かい目を狙ったかのように全員から向けられているという状況が展開されていた。
「……そうですね、早々に本題に入りましょうか」
「なんか随分と残念そうだな。なんかごめんね?」
「…………いえ、いいです」
なんだかものすごく恥ずかしくなったゴンゾウだった。
「ゴホンッ……それでは本題ですが」
「無理しなくてもいいのよ~」
「…………あなた方にはもう《塔》の中に入れるだけの実力が存在しています。ですから、そろそろここを出て、《塔》を登っていただきたく思います」
「「「「「……」」」」」
ゴンゾウの言葉に一同は一瞬静かになる。
「もうそれくらい力がついたのか」
そう発現したのはシュウトだ。ゴンゾウもそれにうなずく。
「ええ、それなりの次強くはあります。といっても、それも第五層を攻略して第六層に辿り着けるくらいの実力ではありますが」
「そうか、それくらいなのか」
ゴンゾウの評価に今度はサトルが考え込むように腕を組む。
この世界に来てからこれまでの日々で、ホタルのクラスメイトたちは全員がこの世界の常識をある程度習っていた。
そのあたりをかいつまんで箇条書きするとこんな感じだ。
・この世界で裕福な生活をしたいのなら《塔》をより高く登ること。理由は、この《塔》の中には様々な財宝や特殊な道具などがちりばめられており、それらはこの世界において何にも代えがたい貴重なものだから。ちなみに現在突破されている最高は87階層
・《塔》はどれくらいの階層があるか判明していないが、5階層、10階層、15階層と5階層ごとにボスが存在し、その階層を突破すると、次の階層(例えば5階層の次である6階層など)は、人間が非常に住みやすい階層になっており、現在はそこに多くの人が住んでいること。
・《塔》では一度行ったことのある階層には《塔》の内部にあるポータルと呼ばれる特殊な石を介して行くことができるようになっている。ただし、言ったことのない階層にはたどり着けないので注意が必要。
・この世界はエルフや獣人などなど多種多様な種族がおり、基本的には友好的だが、ところどころでは争いもあるため注意が必要である。
その他にも魔法に関することや戦闘に関することなどはたくさんの情報が与えられはしたが、基本的には社会的な知識は先に上げたようなものである。
これらの自分たちが得た知識から、サトルは一つの答えを出すことができた。
「俺たち、めっちゃ弱いのな」
そう、現在のサトルたちの実力はこの世界では完全に弱者なのである。
トップの人たちはすでに87階層というとてつもない高さにいるのだが、これは数字に面でだけでなく実力の面でも影響が大きい。簡単に言えば、階層が5上がるたびに実力が二乗三乗と言ったレベルで増えていくのだ。
これには一応理由があるのだがそのことは今は重要ではないので省くとして、今重要なのは、自分たちが強くなったと思っていたがそれは全くの幻想に過ぎなかったということだ。
このことにその場にいた全員が落ち込む。
その理由については、ホタルたちがいなくなって、数日後、本格的に訓練が始まって少ししたころにさかのぼる。
◆
『何か情報はあった?』
『ううん、こっちはだめだった』
『あんまり露骨にホタルたちのことを聞くことも出来ないからね、困ったもんだよね』
『……そうね』
『でも、やるしかないよねアオイちゃん』
『そうね、ローズ』
いつものように部屋でホタルたちを助けるための相談をしていたアオイたちは、しかしここまで一向に成果が出ていないことに内心焦っていた。
何より神の意志とやらのために、ホタルたちのことについて触れるのはこの場所ではほぼ禁句に近いため情報が全く得られないのだ。
下手に動けば過去の先人(小説の中だが)たちの中にいるバカな人物たちと同様になってしまう気がしたため、余計に情報が集まらないため、アオイたちもだいぶフラストレーションがたまっていた。
そんなとき、
ブーーーッ!!
「「「「「!!!?」」」」」
突然、本来はならないであろうスマホのバイブがなり、レインの「1の8はホタルのためにあるのだ!!」という名前が付けられたグループに新たなメッセージが届いた。
『あの、つながってますか?』
送られてきたメッセージの送り主は「HARUKA」となっていた。
アオイはこれはもしやと思ってスマホの隅にある電波を受信しているか否かの記号の部分を見ると、この世界に来てからずっと圏外になっていたはずのそれが、ちゃんとつながっていた。
そのことに他の面々も気がついたのか、メッセージが怒涛の勢いで流れている。
『お? マジでつながってんだけど!?』
『ど、どうなってるの?』
『これ、芦屋さんが?』
『そうです』
『マジ!? スゴイヤバいんだけど』
『確か芦屋の《異能》は《レアインベンター》だったっけ?』
『ああ、生産系特化のやつだったよね?』
『そうです』
『ってことは電波が通るやつを発明したの?』
『すごいね』
『そういえば一度芦屋さん、全員からスマホ借りてたゆね?』
『はい、ですから、このメンバーしかつなげることはできないのですが……』
『いや、これはすげえよ』
……………………
どんどんと文字が流れているのを一度呆けて見ていたアオイは、しかしすぐにメッセージを打ち込んだ。
『それでハルカ、なんでこれを?』
この質問に、《レアインベンター》という《異能》を持つ少女、芦屋春歌が答えた。
『ホタルくんたちを助けるためには、こういった連絡ツールが必要かと思いまして』
『確かに』
『ここなら周りを気にすることなくホタルたちのことについて話をすることができるね』
ハルカの言葉に一同がうなずきそれぞれにコメントを送る。
『そういえばこの世界の《塔》の話を聞いた人いる?』
『何の話?』
『ほら、《塔》の最上階まで到達したら、願いが何でも叶うっていうあれ』
『何それ聞いてないんだけど? でもありきたりだね』
『だねー』
突如出てきた話題は実にありきたりな内容だったが、こういうものが出てきた場合は大抵何を願うかなどという話になるのが普通だ。しばらくの間はその話題で普通に会話が繰り広げられた。
そしてふと、誰かがこう言った。
『じゃあ、それに願えばホタルたちと一緒に元の世界に帰れるかもね』
この言葉に、『そんなこと普通に起きるわけないかー』と新たなコメントが入ったりもしたが、それでもこと言葉で1の8メンバーの目標が自然と決まった。
──《塔》を攻略してみんなで一緒に帰る。
次の日からより訓練に力が入るようになったのは言うまでもないことだった。
◆
こういった一件から、全員が何とか上へ行きたいと願うようになっており、現段階で自分たちは弱い存在であるというのはそれなりに厳しい現実を感じさせるものだった。
「……どうかなさいましたか?」
「いや、俺たちは弱いなと思っただけだ」
ゴンゾウが不思議に思ったのか質問してくるのでサトルが代表して答えた。
「……そうですか、なんにせよ三日後には《塔》へ登るのを開始していただきますので、そのあたりのほどはよろしくお願いします」
こうしてこの場は解散となり、それからは特に問題もなく三日が過ぎ去った。
そして迎えた《塔》への挑戦の日。
一同は《塔》の入り口の前にいた。
ここについたときに、転移したときの神殿と、その近くにあった施設は実は《塔》に非常に近い場所にあったらしいのだが、特殊な結界があるらしく、選ばれし人間が案内しないと《塔》にはたどり着けないようになっているとゴンゾウが説明をしていた。それゆえアオイたちが《塔》を目視したときは、それこそピサの斜塔とかエッフェル塔、あとは田舎から東京に来た時などはスカイツリーを見たときのような反応をしていた。
「皆さん、よくぞここまで──「そういうのいいから早く行こうぜ~」…………では、くれぐれも気を付けて行ってらっしゃいませ」
ゴンゾウがまたひどい扱いを受けた。
「よし、行くぞ!」
「「「「「おー!!」」」」」
全身鎧を着て、大盾二枚を持ったシュウトの言葉にその場にいる武装をしたクラスメイト全員が声を上げて、中に入っていった。
「……なるほど、確かに迷宮やダンジョンのような感じだな」
先頭を歩くシュウトがそんな声を漏らす。
今回の隊列は《塔》の内部がそこまで広くないため、先頭と殿に盾役を二枚配置して、そのすぐ後ろにアタッカーを二人配置、その後は遠距離や中距離などをバランスよく置きながら、時々場所を後退していくということで予定が決まっている。
そんなシュウトたちが《塔》の中に入ると、そこには枝分かれする洞窟のような場所があった。それこそ、本に出てくるような、迷宮やダンジョンという言葉が実に似合うような場所だ。
「ちょっと、周りの警戒を忘れないでよね」
「分かってるっての。これでも俺は《シールド・オブ・シールド》、盾の中の盾だぜ? 完璧なタンク役をやってやるよ」
すぐ後ろを歩く片手に大剣、さらに背中にももう一本大剣を携えたアオイが注意を促すと、それにシュウトが笑顔で答えた。
シュウトの《異能》は《シールド・オブ・シールド》。
実はこれもゴンゾウが忘れていただけで、あたりの《異能》の一つだ。シリーズ的には《○○○・オブ・○○○》というものは、その「○○○」の部分において最も優れた人間になるというものだ。
そしてシュウトの場合はそれがシールド、つまりは盾の扱いが非常にうまくなる。アオイがシュウトと模擬戦を行ったときは、一撃も攻撃を当てられずに苦い思いをした相手である。
しかし、アオイはそんなことよりも気になることがあった。
「なんであんたそんな口調になってるのよ? あっちの世界では『~です』とか『~ます』とか言ってたくせに」
「うっ」
「まさか異世界にやってきて俺様キャラでも作ったの? そんなん見せられても逆に引くんですけど」
「うぐぉ」
縦の中の盾は女子の言葉攻めによって撃沈した。しかも大したことは言ってない上に「引くんですけど」という口撃の一撃でやられてしまった。たとえ《異能》で守備が硬くなっても、メンタルは守れなかったようである。
しばらくの間シュウトが女子たちに冷めた目で見られた状態で進んでいくと、
ぐぎゃぁ!
「何か来たわね」
前方から何かがやってくるのが見えた。
「あれは、ゴブリンってやつかな?」
ひとりの少女がそんなことをつぶやいた。
「見えるの、リナ?」
アオイがその発言をした少女──井口 里菜がうなずく。
「うん、私の《異能》は《鷹の目》だからね! 遠くを見ることにおいては任せてよ! ちなみに全部で三体、武器は全員こん棒だよ」
「そう、ありがとうリナ」
そんな会話を続けているうちに先頭集団には緑色の肌をした腰にぼろい布を巻いた角のある身長百二十センチほどの人型の生き物が向かってくるのが見えてきた。まさにゴブリンである。
「本当はこういう時は魔法で遠距離からきっちり攻撃を加えるもんなんだけど、数も少ないからちょっと近接戦だけで闘わせてもらおう」
「あ、結局そのキャラ続けるのね」
「う、うっせ! それよりも、そういうことで行くから行くぞ! ただ、マズそうだったら遠距離部隊に頼るから、魔法の準備なんかはしといてくれよ!」
「「「「「了解!」」」」」
シュウトの指示で全員が冷静にその場で自分の動きを始めた。
まず突っ込んでいったのはもちろんのごとく先頭で指示を飛ばしたシュウトだ。
シュウトは全身に鎧を付けているとは思えない速度でゴブリンに近づき、三体のゴブリンが振り下ろしてきたこん棒を二枚の大盾でうまく受け止めてしっかりとタンクとしての役割を果たす。
「ナイス!」
それに合わせるように後ろからやってきたアオイが両手剣一本で二体のゴブリンの首を刈り取り、もう一体をシュウトと合わせて先頭にいた盾役の女子生徒が片手剣で倒して戦闘は終了した。
「思ったより余裕だったわね」
「ああ、そうだな」
意外にもあっさりと戦闘が終わってアオイとシュウトは少し拍子抜けした顔をする。
「おい!どんな感じだよ!」
「サトルか、それなりに余裕はあったぞ!」
サトルが後方から話しかけて来たので、シュウトが感覚を伝える。
その言葉にクラスメイトたちは安堵の表情を見せた。
いかに強さがあるとこの世界の住人であるゴンゾウに言われても根本は命に関わる争いがない世界の子供であることに変わりはないため、その辺りのところは緊張感はどうしても発生していたのだ。
そういう意味では、シュウトたちが余裕を持って倒したことは、自分たちもある程度は安全なんだろうと安心する要因になっていた。
「でもまだ警戒するに越したことはないわ。しばらくはローテーションしながらじっくり進んで行きましょう」
しかし、ここでアオイが気を引き締めるように言葉をかける。その表情は、この中で唯一と言ってもいいほど死を間近に感じているようだった。
「お、おお、そうだな、勝って兜の緒を締めよとも言うしな」
そのアオイの表情に、シュウトは一体どうしたのだろうかと思ったが、なんとなく触れては行けない気がしたため、すぐに視線を逸らしてこういった異世界召喚ものの中でも特に重要な諺を使って同意したあと、周りにと声をかけることにした。
「よし!みんな、ここからはみんなにも戦ってもらうから、その辺りの準備はよろしく頼むぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
その後一行は、モンスター部屋のような場所などで大量のゴブリンたちとの戦闘に女子がげんなりしたり、サトルが張り切ってゴブリンなどを屠ってドヤ顔するもスルーされたりとあったが、ゴンゾウから与えられた地図を元に順調に1階層を突破することに成功したのだった。