3.セフィという人物
「ここは《ルエアウオルド》と呼ばれる場所で、かつては空もあった場所なんだよ」
「どういうことですか?」
ホタルとセフィの二人はホタルが自身の《恩寵》が《かわいいは正義》だということにがっかりした後、しばらく会話を楽しみんで、ホタルがもう一度しっかりと睡眠を取ったあとに洞窟──《ルエアウオルド》内を探索していた。場所はホタルとセフィがいた位置からそれなりに移動して、岩肌の洞窟だった場所から緑の多い洞窟へとやってきている。
現在はセフィがホタルにこの《ルエアウオルド》という場所について説明している段階である。
「ここは洞窟なのでしょう? それに空があるという状況はあまり結びつかないのですが……」
ホタルがセフィの発言に可愛く首を傾げて尋ねる。
「……うーん。これは信じてくれるかどうかわからないんだけど……」
これに対してセフィは頬をポリポリとかきながら話し始める。
「そもそもここ──《ルエアウオルド》は洞窟というより地下世界と呼ぶべきところなんだ」
「地下世界?」
「そう、ここは地上からはるか下にある世界なんだ。まあ三百八十年ほど前はこここそが地上で、空も見える場所だったんだけどね」
「……それってつまり、もともとあった《ルエアウオルド》の上に新たな地面ができてしまったってことですか?」
「おお、理解が速くて助かるよ。まさにその通りでね、かつて神々が争った影響でここが地下に埋もれる形になってしまったというわけなんだ」
「神々が争った……」
「そう、《恩寵》についてもこの時期から与えられるようになったわけなんだけど、きっと当時の神は私たちを戦争の道具としたかったのだろうね」
「……」
ホタルはセフィの話を聞きながら静かに思考を開始した。
(……この世界も他の異世界召喚ものと同じでやっぱり神っていう存在が大きな影響力を及ぼしてるみたい……ボクもああいう小説は読んだけど、正直はた迷惑な存在だよね。もし神様に会うような事態があったら絶対信用しないようにしとくのが無難かな? とりあえず文字通りの意味で『神さまの言うとおり』みたいな感じになるのはやめておこう)
その後もはるか昔の神の争いの話をセフィは続けた。その話は、それこそ吐き気がするような地獄の様相もあり、より神という存在が信用ならないとホタルに感じさせるものだった。
ここまでの話を聞いたホタルはふと、気になって話しかける。
「どうしてセフィさんはそんなに昔のことを詳しく知っているのですか? ……というか、詳しいというよりも実際にその場を見たかのように話してますけど」
「ああ、ボクはちょっと特殊でね、これでもかなり長生きなんだ。それこそ、その神々の戦争をこの目で見てきた」
「そう、なんですか……なんか、すみません」
「ん? 別に大丈夫だよ? 私は特にこの戦争に参加することはなかったしね。その時はずっと逃げ続けていたから」
「逃げていた?」
「そう、《ウラナウモノ》の力を手に入れたあとは必死に戦闘を回避してきたから。──最終的には地下に閉じ込められる形になったわけだけど」
「……一体どういった経緯でそんなことに?」
「うーん、これは正直僕もよくわからないんだけどね? あの争いの最後の瞬間……びっくりするくらい突然の出来事だったのだけど、空から大きな柱のようなものが争いの中心地に落ちてきて、それが落ちたと思ったら空が消えてしまったんだ。まさしく神の鉄槌と言ったところなのか、唐突に、ね。ごめんね、正直このあたりの記憶はあいまいでね、よく覚えてないんだ、でも自分が地下にいるっていうのは分かってるから、ここが地下世界だって言えるわけなんだけど」
セフィは困ったような笑みを浮かべて神々の争いの話を終わらせた。
(……『神の御業』と言った感じなんだろうか? 気がついたら地下にいたってすごいなぁ)
「──しっ! 静かに!」
セフィの話を聞いてホタルはどんどん神様の印象を悪くしていると、突然セフィが歩みを止めてホタルを制止してきた。
「──!」
何事かと思って前方、セフィが睨んでいるところを見つめると、そこには人食い花のようなものがあった。花の中心に大きな口が開いているのだ、あれを人食い花と故障しないで何と呼ぶことができようか。
……しかも普通に動いてる。それもヌルヌルとした粘液みたいなものを身に纏っていて、動き方もなんだかナメクジみたいな感じが……
──はっきり言って気持ち悪かった。
ホタルが声を漏らさなかったのはもはや奇跡と言ってもいいだろう。だって異常に気持ち悪いんだから。
そんな気持ち悪い人食い花はこちらに見向きもせずに洞窟の別の道へと入っていった。
「……ふう、あいつは普通に俺たちのことを食べにくるやつでね、私はバックン花と呼んでいるんだが関わっても意味がないタイプなんだ」
「バックン花……」
「? どうかしたかい?」
「あ、いえ、関わっても意味がないとはどういう意味なんですか?」
セフィの付けた名前によってホタルは一瞬、某赤い帽子をかぶった超人さんが主人公のゲームで出てくる土管から噛みつき攻撃をしてくる花の名前を思い浮かべそうになったが、すぐに思考を切り替えて話を聞く態勢に入る。
今のホタルの環境は一寸先に死が待っているような場所だ。それをここしばらくの逃走劇で痛感したホタルとしては得られる情報は積極的に得る必要がある。
「うん、ここはホタルがいた場所、生きた亡者たちの巣窟からは西側に位置するんだけど、《ルエアウオルド》の中で草木に花が入り乱れるエリアでね、このエリアには薬草であったり相手を怯ませる毒草だったりと得るものが多いんだ」
「薬草に毒草ですか……」
「薬草なんかの説明は後にするとして、このエリアには花や木などのような見た目のバケモノどもがいるんだけど、それには大まかに、薬草などに使える『倒してメリットのあるやつ』とそう言った効果のない『倒してメリットのないやつ』の二種類のタイプがいるんだ」
「……つまりあいつは倒してメリットがないから倒さないってことですか?」
「そういうこと。そもそも命がけの戦闘をするということ自体が最大のデメリットなんだから、メリットのないやつを倒す必要性はないでしょ?」
セフィの言葉にホタルはうなずいた。それはまさに道理と呼んでよいものだったからだ。ホタルは心のメモにしっかりと刻み込んだ。
「今後はホタルにも生きるための術を覚えてもらいたいんだけど、まあ今はいいとして先に進もうか」
「はい」
この日から、ホタルの地下世界での冒険が始まった。
◆
「これが『超茸』ってやつでね、これを食べると身体能力が上がるんだ」
「……」
「ん? どうかした?」
「いえ、大丈夫です」
「そう、ならいいけど……あっ! この超茸は食べると一時的に自分の身長が伸びたような幻覚を見ることがあるから気を付けてね」
「……」
草木が生い茂るエリアにホタルとセフィが入ってから、しばらくの時が過ぎた。何日という細かな時間は、地下にいるためわからない。
ホタルはセフィに出会ってからだいぶ落ち着いてきて、最近では「クラスのみんなは大丈夫なのだろうか?」と考えられるくらいになって来ていた。
──と、同時にセフィの性格に若干のあきれを感じていた。
なぜなら──
(さっき出てきた赤い花が『炎の花』でその前の青い花が『氷の花』、一番最初のマッシュルームみたいなものに緑の斑点がついたものが『命茸』で、今度のマッシュルームに赤い斑点がついたものが『超茸』ってなんだかもうネーミングセンスがひどい。……しかもそれぞれの効果があのゲームのものと似ているし……)
例えば『命茸』と呼ばれたマッシュルームのかさに緑色の斑点がキノコは、食べると生命力が伸びて寿命も長くなるという秘薬らしい。どうやら本当に1upしてしまうようだ。
先程説明していた『超茸』もどこかスーパー○ノコに似た感じがあるため、ホタルとしてもあの某人気ゲームを思い出さないわけにもいかなくなってきている。
……そもそもセフィのネーミングセンスが安直で残念なのだが、それが気にならないくらいマ○オ感が満載な場所だった。そもそも『超茸』の背が伸びたように感じる幻覚が見えるなんて、何故そんなものが見えてしまうのかというところがホタルとしては実にツッコミを入れたいところなのだ。ノリのいいクラスメイトたちなら全力で「マ◯オだ!」と言っているのを想像できる。
「さて、今日はこれくらいにするかな。ホタルもそろそろ次に行こうか」
「はい」
セフィは一定量欲しいものを得たため、このマリ○の洞窟(ホタル命名)から別の場所に向かうことをホタルに告げる。現段階ではルクスに保護されている状態であるホタルは二つ返事で了解し、すぐあとについていった。
次のやってきた場所は、先ほどの○リオの洞窟よりも植物が少なくなり、これは寝転がったら気持ちいいだろうなぁと思うような緑の絨毯が敷き詰められたような洞窟にやってきた。ホタルの感覚としては、もしもこの草が平野一面に敷き詰められていたらのどかな草原と呼べるような場所になるだろうなと言った感想を持てる柔らかい草だった。
実際この話をセフィにしてみれば、この場所は本当に草原のような場所だったらしく、ここにさらなる目的のものがあるらしい。
「ちなみにその目的のものとは?」
「肉」
「……?」
「肉」
「……」
ホタルは沈黙するしかなかった。
いや、ホタル自身も今の発言からおそらくというかほぼ間違いなくセフィは食料を取りに行くのだろうと判断出来てはいるが、流石にこの返答はあんまりだと思った。
だって、なんだかセフィさんはしゃべればしゃべるほどアホの子になっているような気がするのだ。自分の命を救ってくれた恩人だけに、どうしてもそのあたりのことは気になってしまうのである。ボクの命の恩人はアホの子である、とは正直考えたくもないだろう……。セフィ本人が中性的で、かつ長年生きてきた経験からか大人びた雰囲気があるだけに、そのギャップが残念さに拍車をかけてしまっているのも原因だ。
しゃべる方もどこかお調子者っぽい雰囲気があるので、なかなか大人っぽい声をしているのにそれを中和してしまっているのもあるだろう。
「……ちなみに何の肉なんですか?」
「ん? んー、あれは豚? 牛? 鶏? 羊? 鹿? 熊? なんだろ……」
「……それ美味しいんですか?」
「それはもちろん!私が一番美味しいと感じる食材だからね。まあ、普段はそれなりや強さだからあんまり戦うことはないんだけど、ホタルにも食べて欲しいし」
「……ありがたいですけど、無理しないでくださいね?」
セフィがサラリとカッコいいことを言うので、ホタルとしてもあまり強くは言えないが、それでも保護されている身として迷惑はかけたく無いという意思を示すと、ホタルは頰をポリポリとかいて答える。
「うん、大丈夫だよ。今日はそこまで真剣な勝負をするつもりもないし」
「どういうことですか?」
「うん、今日はさっき取ってきたやつを使おうと思ってるからね。実際に効果を見てもらおうと思ってさ。それぞれかなり強力だから、今のうちに効果を覚えておいて欲しくて」
「……そうですか……ありがとうございます」
「いやいや、別に大したことじゃ無いよ」
セフィはどこまでも自分のことを気遣ってくれていると気がついたホタルはすぐに感謝の言葉を述べる。
するとセフィはセフィでホタルに頭を下げられて気まずそうにしながら顔をそらして先に進む。
セフィが顔をそらす時は恥ずかしがっているときとわかっているホタルは、「本当に優しい人なんだなぁ」としみじみ感じながらルクスの後を追っていった。
それからしばらくして──
「ハァッ!」
セフィが白銀に輝く細剣を振るい、ピンク色のオオカミを斬り裂いた。
「ギャアア!」
「フッ!」
オオカミが叫ぶが、さらにトドメとばかりに首元へと突き刺して仕留める。
しばらくピンク色のオオカミはジタバタと動いていたが、セフィが剣を抜き去る頃にはピクリともしなくなっていた。
「──ふぅ」
「お疲れ様でした」
「うん、こいつらは群れで動くからね、大変だったよ」
セフィは剣を振って血を払うと、腰の鞘に収めながら、背後に隠れていたホタルに笑顔で向き直った。
「……確かにすごい量ですね」
ホタルはセフィの元気な様子にホッとして、すぐに視線をセフィの周りへと移す。
そこには呆れるくらい多くのピンク色のオオカミがいた。数は両手両足の指の数では足りないくらいだ。
「……それをアッサリと倒してしまったセフィさんもセフィさんだけど……」
「いや、まあ、これでも長年ここで暮らしてるわけだしね」
「……そうですか。質問なんですがこいつらは基本的にこれくらいの群れを作ってるんですか?」
「まあ、そうだね。しかも倒したら倒したで血の匂いに誘われてより強いバケモノがやって来たりもするから本当に厄介な生き物だよ」
「そうなんですか。じゃあ今の状況はかなり危ないですよね」
「うん、まあ、普通はそうなんだけど、今回はこいつらの死骸を使うから大丈夫」
「?」
「まあ、見てなって」
「はあ……」
セフィの自信満々な顔になんとなく不安になるホタルだったが、その後の結果にホタルは驚くことになるのだった。
◆
一頭のバケモノが洞窟内をその太い足で歩いている。
体長二メートルほどはあるバケモノは鹿のような細く長い、枝分かれした角と牛のような太く短い角、さらにはカールした羊のそれを思い浮かべるような角、さらには鋭きとがったとさかを頭に持ち、さらには鋭い爪も持つという子供が見たら絶対に泣いてしまうだろうというような見た目をしていた。──なぜか鼻に関しては豚の鼻、それも絵本なんかで出てくる豚が持っている鼻みたいな感じになっているのだが……それはそれで気持ち悪いのでどちらにせよ子供なら泣いてしまうだろう。
そんなバケモノは今、血の匂いをそのコミカルさの目立つ鼻で嗅ぎ取って、その匂いのある場所へ向かっている。
そのバケモノの生態はごく単純で、その行動のほとんどは見つけた肉を無差別に食うというものだ。
そんなバケモノにとって血の匂いのする場所は格好のえさ場だ。なぜならそこは戦闘があった場所なのだから、そこにはすでにこと切れた生き物の肉がある可能性があり、なおかつその近くに生き物がいるのは確定的に明らかな場所であるのだ。
そのバケモノはそんな格好のエサ場にだんだんと近づいていく。
そこには多くのエサとなる肉たちが積まれていた。
普通であればこんな状況はありえない、なぜなら、この洞窟内に住むバケモノどもが、自分の戦利品ともいえるエサを食べずに放置するということがないからだ。
しかし、基本的には目の前にあるエサを生死関係なく食らうというのが、豚と牛と鶏と羊と鹿と熊が混じったようなバケモノにとっての唯一の思考であるからして、このことに疑問を持つことはなく、そのままエサ場に駆け足で向かってくる。
──自分こそが、このエサとなる肉を放置した捕食者の、格好のエサとも気がつかずに。
バケモノが血で濡れた地面に差し掛かろうとしたところで、突如として冷気が足元を覆った。それこそ、足元が霧で見えなくなってしまうくらいに冷たい、というよりももはや寒いと言った方が正しいのでは? と言った感じの冷気だ。しかもところどころに氷の粒ができているのか、薄暗い中でも洞窟内にある光を霧の所々が反射している。
そして、空気でさえ一時的に氷の粒になってしまうような冷気が地面に降りかかれば、当然液体は凍ってしまう。
そして、ここでの液体とはすなわち──獣たちが流した血だ。
バケモノは突然の冷気に体を硬直させるが、足元が血で出来た氷の上だったためにその巨体を抱えられずに倒れた。効果音なら「すってんころりん、どしーん!」といった感じか、倒れたとき「ブヒッ」っと泣いていた。見た目は最悪に凶悪なのに非常にコミカルである……
思い切り倒れてバケモノは怯む。
すると、その瞬間にはバケモノの両腕が飛んでいた。
「──まったく、予想通りに動いてくれると本当にありがたいよね」
バケモノは「一体何が!?」といった表情をしたが、次の瞬間にはそんな発言が聞こえ、同時にバケモノは首を刈り取られていた。
◆
「ふう、うまくいったね~」
「……ですね」
セフィが剣の血を払って実に暢気な声を出すのを聞きながら、ホタルは足元の惨状を見つめる。
「ん? どうかしたのかい?」
「あ、いえ、『氷の花』の効果が予想以上に強くてびっくりしただけです。なんだかここら辺一帯が随分と寒く感じますし」
ホタルは自身の体をかき抱きながら答える。吐き出す息も心なしか白くなっている。
「まあ、そうだね~。この『氷の花』は結構強力だからね。しかも『氷の花』は食べるだけで口から冷気を一定時間吐き出せるという優れものだから重宝するよ」
「見ればわかります。もしかして『炎の花』もそんな感じですか?」
「そうだよ」
「へえ……すこし気になったのですが、これ口から出すときに喉とかその他もろもろは大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、それについては大丈夫だよ。よくわからないけど外気に触れないとこの冷気とか炎とかは発生しないから」
「……そうですか」
ホタルは「なんだそのご都合主義は?」と思ったが口には出さなかった。
しかし、ここに来てセフィがちょっとした爆弾を投下する。
「あと注意点だけど『炎の花』と『氷の花』は同時に食べると『ドウゥゥゥゥン!』ってなるから気を付けてね?」
「……その『ドウゥン』ってなんですか?」
「違うよ! 『ドウゥゥゥゥン!』だよ!」
「は、はあ……」
正直何が違うのかホタルにはわからなかった。
「で、その『ドウゥゥゥゥン!』って何なんですか?」
「うん? ああ、簡単に言うと爆発するよってことだよ」
「ずいぶんと物騒な爆発ですね」
そんな重低音な爆発なのかとホタルは顔を若干蒼褪める。
「うん。本当にすごいから気を付けてね」
「は、はい」
なんだか随分とびっくりするような話を聞いてしまったなぁとホタルは思いながら、ちょっと現実逃避気味に視線を首なしバケモノへと向ける。
それなりに物騒な見た目をしているが、最近の生活の影響からかそこまでためらいなく見つめることができる。
そしてホタルが注目しているのは、セフィが斬り裂いた腕と首。そこは見事な輪切りにされている。びっくりするくらい綺麗な切り口である。
(──これはすごいとしか表現できないな……)
現実逃避としてこのバケモノの切り口を見たが、すぐにそのあまりにも綺麗に切られた場所を見て、すぐに思考をホタルはそちらに集中させた。
「どうしたの?」
「綺麗な切り口だなぁと思いまして」
「ああ、なるほど」
「その剣すごい切れ味ですよね? それともセフィさんの実力に問題なんですか?」
ホタルはセフィが持つ白銀に輝く細剣を見つめる。
その煌きは、すべてを包み込むような優しさを讃えており、見ているだけで癒されるような不思議な感覚を得る。
相手を傷つける道具である武器にも関わらずそう言った印象を受けるのだから、本当に不可思議だとホタルは思った。
「うーん。これはこの洞窟内で活動するようになってから手に入れたものだからよくわからないよ。まあ、刃こぼれしたことも一度もないし、実にいい剣だっていうのは確かじゃないかな?」
「そうですか……」
セフィはホタルの質問に答えながら、バケモノをつかんでポーチよりも少し大きめのカバンの中に入れる。その光景は明らかに異様だ。
実はセフィのカバンは、所謂、無限にものを入れられるものだ。わかりやすく言うとすれば、かの有名な耳のない猫型ロボットが持っている四次元○ケットのようなものである。先に採集した『炎の花』や『命茸』なども、実はこの中に入っている。
このカバンのすごいところは手をカバンの口に突っ込んで、欲しいものを頭の中に思い浮かべれば、それをすぐに取り出せるということだ。そういう点については取り出すときに「あーでもない! こーでもない!」となる四次元ポ○ット酔いもはるかに有能だろう。お茶の間で見ているときは明らかに「あーでもない? こーでもない?」と言っている方が面白いが。
それはそれとして、
「────そういえばどうしてセフィさんはこんな場所で活動しているんですか? もちろん気がついたら地下にいたという話は聞きましたけど、地上へ戻る道とかはなかったんですか?」
「む? ……ああ、言ってなかったっけ」
セフィはピンク色のオオカミもリアル四○元ポケット(ご都合主義の超便利Ver.)に収納しながら、そう、実に気のない声で答える。
しかし、ホタルには短い付き合いながらも、「ああきっと」この話題はあまり触れてほしくないものだったんだなと理解することができた。
なぜなら、その実に気のない返事は、事実、一切の感情が込められていなかったのだから。
しかしそれでもホタルは気になってしまった。
セフィという人物が、この空のない薄暗い世界でいったい何をしているのか。
なぜそれほどに美しい細剣を持ち、見た目がびっくりするような禍々しい相手にも臆することなく戦えるのか。これだって慣れで済ませるものではないはずなのだ。
だから、気になってしまった。
だが、ホタルとしてもセフィの声に感情がこもっていなかったことに少し動揺してしまったのだろう。
「えっと、この話題は嫌ならやめますが……」
と、すぐに否定の言葉が出てきた。ホタルとしては、相手に不快になられるくらいなら自分の疑問は押しとどめることもやぶさかではないので、この判断は妥当な結果だろう。
しかし、セフィの返答はいい意味で期待を裏切った。
「いや、そのあたりも話しておかないと、連れまわされているキミとしては納得いかないよね」
「いえ、こちらとしては保護してもらっている身ですし、そこについては特に文句も何もありませんけど」
「まあ、キミがそう言うならそうなんだろうけど、それでも話しておくとしよう。とりあえず、この場所から移動して、ご飯の準備をしようか。ここに居続けるのは何かと危ないからね」
「……そうですね、わかりました」
突然、緊張の時間がやってきた。
パチパチッ
静かな洞窟内に緑色の炎によって薪が燃える音がする。
ホタルはその温かくて暖かい、火が燃えるのを見つめていた。
この炎は、セフィが『火の木』と呼んでいて、薪上になっている『火の木』を互いにこすりつけると炎が発生する特殊な木材から出たものである。ホタルが初めて見た炎もこの『火の木』の特性だった。
……ちなみに、ホタルが最初にこの名前を聞いたときにあっちのヒノキを思い浮かべたのは言うまでもないことだ。
それはともかく、
「じゃあ、この肉を焼きながら、私の話をしようか」
「はい」
セフィとホタルの間の空気は、ここ最近で築いてきた中でもダントツで硬いものになっていた。
しかしそれも無理はないだろう。
なぜなら、成り行きとはいえホタルが唐突にセフィの懐に深く潜り込もうとすることになったのだから。
ホタル自身、割と後悔していたりする。内心こんな感じだ。
(──あああっ!? 何やってんでボクは! 相手にデリケートな部分に土足で踏み込むような行為をして! ボクだって「なんで男の人が嫌い?」とか聞かれたらまず間違いなく「なんだこいつ? 無神経の極みじゃん」って思うよ! ああ、もう~やってしまった~~~!)
見事に混乱していた。
ホタル自身何故ここまで動揺しているのかわからないため、余計に混乱が激しくなっている。
(……もう、今からでも断ろうか──)
「私がここにいる理由なんだが」
「ひゃ、ひゃい!」
「……どうしたんだ?」
「い、いえ、なんでもないです」
いたたまれなくなってホタルが「やっぱりいいです」と言おうとしたタイミングで、セフィの方から声をかけられてしまったので、変な声が出てしまったホタルは赤面する。その様子は完全にボクっ娘でドジっ娘なヒロインが恥じらっているようである。クラスメイト達がそろって「かわいい! かわいい!」と連呼するだあろうこと請け合いだ。
そんなホタルのちょっとした自爆によって、空気が和んだところでセフィが「ははっ」と笑って話し始めた。
「なんで私がここにいるのかって話だが…………」
「は、はい」
「──正直に言って意味なんてないんだよ」
「………………へ?」
ホタルは目をパチクリとした。ついでに両目をこするってもう一度セフィの方を真剣に見つめ、
「えっと、なんて言いました?」
「だから、ここにいる意味なんてないって話だよ」
「……」
ホタルは沈黙した。
「えっと、じゃあ先ほどの気まずい雰囲気はいったい?」
「いや、だって、さっきの流れだと私がここにいる理由が実に大変なもので確定みたいな雰囲気だったじゃないか! 『そんな雰囲気で実はそんな大層なもんないんだよ?』 なんて言えるわけないだろ!」
「……」
ホタルはもう一度沈黙した。
内心は「『いや、だって』ってボクの方が言いたいわ!」っといった感じである。
何故かといえば、セフィの話を要約すればあれほど重い空気を自分から発しておいて、実は心の中では「どうしよう、なんか重い雰囲気なんですけど」と思っていたということだ。
これこそ「ボクの緊張を返せ!」と全力でツッコミどころを入れたくなるくらい位のとんだシリアスブレイクである。
だが──
「ふふっ」
「あ、私のことをバカにしているな!」
ホタルは不思議と笑ってしまっていた。
理由はホタル本人も定かではなかったのだが、
「こら、何か言ったらどうなんだ!?」
「いえ、何でもないですよ、ふふっ」
「あ、また笑った! コノヤロー!」
「ふふふっ」
ただ何となく、自分はこの人のことが好きなんだと、この初めての冒険の中で気がついたホタルであった。