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2.地獄と救済

 ホタルは気がつけば洞窟の中にいた。


「ここは? あれ? 確かボクは……そうか、誰かに捕まって……」


 ホタルは自分の身に何が起きたのか思い出した。

 ホタルが捕まったのは、ゴンゾウが要塞内を案内している時。

 気がつけば口に手を当てられて、眠らされていたのだ。

 そして目が覚めるとこの洞窟にいたのである。


「……どうしてこんなことに?」


 ホタルは自分の身なりを確認しながら、そんなことをつぶやく。どうやら特に何も奪われてなかったようで、ヘッドホンもカスミになすがままに背負わされたリュックも、何もかもがあった。


「……よくわからないけど、動くしかなさそうだ」


 仕方なくホタルは立ち上がって、どこかに出口はないかと探し始めた。


 ……………………


 そしてそれからしばらくして……


「いやああああぁ~~~~~~~ーーーーーーーー────!!!?!?」


 ホタルは発狂しながら全力で逃げていた。


 後ろから来るのは、筋骨隆々とした真っ黒な人型の怪物。

 それを背にしながら必死になって逃げるホタルの目にはすでに光がない。

 それは仕方のないことだろう。

 歩き出してから数分でトラウマをより怖くしたような存在に追われる形となってしまったのだ、これに対してホタルが逃げないわけがない。

 ホタルは必死になって、何度も転びながらも逃げていく。


 しかし、怪物のスピードはあまりのも速く、ドンドン距離を詰められていた。

 今なんとか逃げることが出来ている理由は一重に運の良さだけだろう。


 ホタルがいたのは非常に曲がりくねった場所で、直線的にしか動くことのできない怪物は曲がるたびに減速していく。

 対してホタルは小柄で、且つ以前に襲われ犯されそうになった後から、トラウマを克服するために逃げるための手段としてパルクールなどの体技を覚えたり、父親の知り合いに紹介されて総合的な武術を習ったりしていたため体の扱い方が非常にうまいのだ。


 フィールド、相手の能力、自分の能力全てが運良く噛み合ったからこそ今ホタルは逃げることが出来ているのである。この洞窟が、ヒカリゴケでもあるのか光があるためそこまで暗くないことも逃げることが出来ている要因だった。


 しかし、それも長くは続かない。

 なぜなら怪物とホタルには圧倒的な体力の差が存在するからだ。

 事実ホタルの方は徐々に走るスピードが落ちて来ているにもかかわらず、怪物の方は些かもその速さが衰えない。


 その事実からホタルは必死に目をそらし続けながら走り続ける。

 戦うという選択肢は最初からない。

 そもそもこの場でトラウマ的な存在相手に戦うことが出来るなら、大前提としてトラウマが無い状態である。

 心的障害はそう簡単に治るものではないのは、例え命がかかった異常事態であっても当たり前のことだった。

先ほどあげた体技なども、はなから「逃げること」念頭に置いている時点で、その辺りの根深さがよくわかるだろう。


 そして──


「はぁはぁ」


 ホタルは物陰に隠れてやり過ごそうとしていた。

 いよいよ体力の限界が来てしまったのだ。


 近くでは怪物が唸る声が聞こえる。

 トラウマのような存在。

 もし見つかればホタルはその瞬間に失神して、おそらくそのまま目が覚めることは無いだろう。


 そう思い、半ば諦めながらも、奇跡が起きてほしいと願っていると、すぐ近くで怪物が走り出す音がした。


 直後──


 ドオンッ!


「グアァッ」

「なっ、なに!?」


 爆発音とともに怪物が断末魔のような声を上げるのが聞こえてきたため、ホタルは驚き思わず声を出してしまう。


 シンと静まり返った洞窟内。

 ホタルは何が起こったのかどうしても気になって、その爆発があった場所に行って見て、後悔した。


 爆発があった場所に行って見たと言っても、実際は影から様子を見ただけなのだが、赤黒い肌をしたこれまた筋骨隆々な怪物が、先ほどの真っ黒な肌をした怪物を食らっていたのだ。


「ひぅ……」


 その光景に思わずホタルは声が漏れる。

 そして、静かな洞窟ではその音は良く響く。

 赤黒い怪物はホタルのそのわずかな声に反応して、食うのをやめて襲いかかった。

 もちろんホタルは逃げた。


 その赤黒い怪物はどうやらそこまでスピードがあるわけではないらしくなんとか逃げ切ったホタルは、しかしここから吐き気がするような事態に見舞われ続けることになる。


 逃げる場所逃げる場所に、スピードのある黒い怪物がいて、ところどころで赤黒い怪物が真っ黒い怪物を倒して食う光景が繰り広げられていた。

 ホタルが聞いた爆発音は、赤黒い怪物が殴った時に発動していたようで、もし冷静に考えられる状況なら「爆裂拳だ!」といった感想が出て来そうな感じだった。


 その後も、青黒い肌の、これまた筋骨隆々の怪物が魔法っぽいものを発動して赤黒い怪物を倒して食らっていたり、他にも様々な筋骨隆々とした怪物どもが洞窟を跋扈しているのを見ながら、なんとか隠れたり逃げたりとやり過ごす時間が過ぎていく。


 幸か不幸かカスミから与えられたリュックの中にはチョコレートやクッキー、お茶などがあったため、少しずつ食べながら洞窟内を彷徨っていたのだが、何処かに出口がある気配もなく、だんたんと食料がなくなっていくだけだった。

 チョコレートなどの食べ物の他になぜかコスプレ衣装が二着ほど入っていたのだが、それについてホタルは一切触れることなくスルーした。

 他にも中学校の教科書(科目は家庭科に技術、保険体育などの副教科だった)などが入っていた。カスミはいったいなぜこんなリュックを持っていたのだろうと、今は余裕がないが、後日ホタルは疑問に思うのだった。


 そして終わりの見えない薄暗い空間、周りには多くのトラウマ的存在たちに、生きていくための食べ物も無いような場所。


 ホタルにとってみればこれほどの地獄は存在しないだろう。

 だんだんとホタルの心は疲弊していった。


 ……


 …………


 ………………


 それからどれくらいの時が経っただろうか。


「ハァハァ、ハァハァ……」


 ホタルは先ほど何度目かの『爆裂拳』対『よくわからん魔法使い』の対決を見てすぐにその場を離れたところで、躓いて倒れてしまった。


 24時間一睡も出来ない状況での無限に続く逃走劇による身体的な疲労と、あり得ないほどの空腹感と一切気をぬくことを許さない緊張感、そしてトラウマがいるということも合わさった精神的疲労になって、もはやホタルは限界だった。


(ああ、ボクはこのまま死ぬんだな。……はは、異世界に来てやったことが怪物からの逃走劇っていったい何なんだろうか。しかも当てつけのようにボクのトラウマをド直球で攻撃してくるし。ふざけるのも大概にしてほしいよね)


 ホタルは薄れゆく思考の中で、強く願った。


「誰か、助けて」


 ◆


「フッ!」

「ハアッ!」


 1-8の生徒たちは、要塞近くの訓練場で自分たちの力をつけるために訓練を行っている。

 ホタルと一番仲良くしていたアオイもそうだ。


「ハアァァッ!」


 アオイは自身が両手に持った以上に1メートルはある長く重い大剣を、実に軽々と振り回していく。

 その光景は一見豪快だが、しかし動きは非常に洗練されたものを感じるため、他の生徒たちもオオッと見ている。


 もちろん、地球でこのような武術を習っていたわけがない。

 これはアオイが持っていた《異能》──《ワンフィッツオール》が関係している。

 この《ワンフィッツオール》は大きな武器で、繊細かつ優美な技も扱うことが出来ると言う能力であり、大きな武器の威力と卓越した技術が手に入る、いわゆる当たりの《異能》だった。


 この能力を測定で知ったアオイはこの場所にあるものの中で一番大きな武器を使いひたすらに訓練をしていた。

 幸い、ホタルと仲が良く、アオイと共にホタルを救おうと考えている生徒の中に回復系統の《異能》を持つ黒田(クロダ) 花姫(ローズ)がいたため、筋肉に疲労を感じたらすぐに超回復してもらい、また訓練すると言うのをここ数日続けている。

 ……このローズという少女に関して少々問題が起こったため、アオイもそれなりに苦労したのだが、それでもローズがいてくれたことでアオイはみるみると成長していった。


 その鬼気迫る様子に、周りの生徒たちも感化されたかのようにドンドン訓練は必死さを感じるものとなり、今ではホタルや他の人たちを救おうという思いがこのクラスを動かすようになっていた。

 それでも、アオイはクラスの中でトップの実力を誇っている。


「はぁはぁ……」

「お疲れ! はいこれ」

「あ、うん、ありがとう」


 アオイはローズ(ローズという名はお母さんがびっくりするくらいのバラ好きだったため付けたとの話で、本人は割と普通の女の子だ)にドリンクをもらい飲みながら考える。

 ローズはローズでアオイの疲労を回復する力を発動していた。

 そのな一時の休憩の間にアオイはふと考える。


(……どうして私はこんなに必死になっているんだろ?)


 アオイはどちらかと言えば不真面目な性格で、もちろん商業高校に入っているため取るべき資格などについての勉強をこなしているものの、ここまで必死になったことはない。

 だからこそ、そのちょっとキツめな印象や整った容姿からギャルっぽいという印象があるのだ。

 実はその性格からホタルとはひと悶着あったりしたこともある。まあ、そのおかげで仲良くなって、今では親友と呼べる存在になっているのだが、それはともかくアオイは思考を続ける。


(……ホタルは大事な友達だから助けたい。これは本音。……でも、ここまで頑張る理由はあったかな?)


 アオイは自分が不真面目だとちゃんと認識しているため、だからこそこの疑問はずっと続いていた。


(自分で自分の気持ちが分からないって、マンガとかであることがあるけど、自分がまさかそんな感情になるなんて……)


 自分の中にある不可思議な感覚に、アオイはしかめ面になる。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」

「そう……頑張ろうね、ホタルを助けられるように」

「……」


 アオイの様子を見てローズが話しかける形で始まった会話の中で、ローズが小声で言った言葉にアオイは真剣な表情を作って黙り込む。


(私自身の気持ちはよくわからないけど、助けたいって感情は本当……だから──)


 アオイはクラスメイトに、今も頑張っていると信じる友人を思いながら答えた。


「うん、頑張ろう」


 ◆


 パチパチパチッ


「ん……」


 火が燃えるような音に、ホタルは深く、それはもう深く沈んでいた意識を浮上させた。


「……ここは?」


 長い時間ずっと心と体ともに使ってきたせいか、ひどく体が痛むのを感じながら痛みの酷い頭を起こして周りを見てみると、そこには火がつけられていた。いわゆる焚き火というやつで、上には鍋がある。飯盒を使うときなどと似た構造のようだ。

 ゆらゆらと揺れるのはファンタジーの世界で出てきそうな緑色の炎。

 その幻想的な光景に対してホタルはつぶやく。


「……一酸化炭素中毒は大丈夫なのかな?」

「そのイッサンカ……チュウドク? ってなんのこと?」

「!?」


 思わずぽつりと特に何の意味もなく言ってしまった言葉に、何と反応する存在が現れてホタルは慌ててその声の発生源を見る。

 そこにいたのは中性的な顔立ちをした群青色の髪に同じく群青色の瞳をした人物。正直性別が判断しずらいが、どちらかと言えば女性よりと言った感じだ。

 しかし、来ているのがこげ茶色のコートなので、内部などは見えないことから、正確な性別は分からなかった。


「……あなたは?」

「私の名前はセフィだよ。君は?」

「あ、はい、ホタルと言います」


 ホタルの質問に「名前を尋ねるときはまず自分から尋ねるものでは?」と言った皮肉もなく、優しい声音で名乗ってくれたセフィ。

 その柔らかな表情と相まって、ホタルは普通に名前を言ったあと、ポロポロと涙を流してしまった。


「大丈夫かい?」

「え? あ、なんでボクは泣いているんでしょう? す、すいません」

「……いや、いいよ。この場所は君みたいな可愛い女の子にはかなりきつい場所だろうからね」

「…………ボク、男です」

「え?」

「男です」

「……」

「……」


 少し気まずい時間が流れた。


「お、オホンッ……じゃあ君はどうしてこんなに場所にいたのか聞いてもいいかな?」


 気まずい雰囲気にセフィが咳ばらいをして話題をそらした。心なしかその頬は朱い。それなりに恥ずかしかったらしい。

 そのことに少しホタルはなごみながら、気がついたらこの世界にいたこと、気がついたら洞窟内にいたこと、必死に逃げた末、気がついたらここにいたことなどを説明した。


「──というわけです」

「……なるほど、どうやら君の話を聞いても全く状況が分からないのが分かったよ」

「すみません」


 確かにホタルの説明では何が起こっているのか全く分からないのは当然だ。だってホタル自身もなぜこんなことになっているのかわかっていないんだから!


 自分の説明が全く持って意味を持たなかったことにホタルはシュンとしながら謝るが、セフィは「いいよ、別にそこまで気になっていることじゃないからね」と返してなだめる。内心では「この子は本当に男なのか? マジで? 今の様子だって完全に可愛い女の子が落ち込んでいるようにしか見えないんですけど!」といったことを考えているので、あながち間違いではない。

 しかしホタルは一向に元気になる雰囲気を見せないため、ゼフィは話題を変えることにした。


「あ、あー……おなかすいてないか?」

「え?」


 セフィの突然の話題転換にホタルは戸惑いの表情を浮かべる。

 しかし次の瞬間──


 ギュルルルル~~♪


 おなかが実に正直な音を出したため、ホタルは真っ赤になる。そしてその様子を見て「やっぱりこの子女の子だろ? そうなんだろ?」とセフィは考える。

 が、思わずそう言ってしまいそうになるのをこらえたセフィは笑顔で言った。


「じゃあ、食べようか」

「は、はい!」


 ゼフィはそう言うとあらかじめ用意してあったのか、真っ黒い木製の皿にスープを注いで渡してくる。


「どうぞ」

「……は、はい」

「? どうしたの?」

「え、いや……」


 ホタルは固まってスープを見ていた。なぜなら色がこの薄暗い場所でもわかるほどはっきりした青紫色に、中には血の色のような固形物が入っていたのだ、流石にこれは戸惑ってしまう。

 ホタルがスープを見て戸惑っているのに気がついたセフィは「ああ……」とつぶやいてホタルに告げた。


「色はあれだけどちゃんと食べれるよ」


 そう言いながらセフィは自分の分のスープを口にして食べれることをアピールする。

 その様子を見たホタルは安心してスープを口に含んで、すぐに驚いた表情をすると、そのままスープを飲み切ってしまった。


「……お、いしかったです」

「そうか、よかった」

「……そういえばここはどこなんですか? さっきボクがいた場所とはだいぶ雰囲気が違いますけど」


 ホタルは食事をしてより落ち着いたのかあたりをキョロキョロと見回す。

 そこは洞窟の中であるのだろうととは思うのだが、あたりに若干雑草のようなものが生えてたのだ。ホタルがいた場所は土と岩でできたまさしく洞窟というような場所だったため、薄暗さは変わらないものの少し印象が違う。


「ああ、そうだね。さっきの場所から移ってここに来たわけだから」

「そう、なんですか……」

(いったいどうやってここに移動してきたんだろう? ──あ、まだお礼を言ってなかった)

「そういえば、改めて、助けていただきありがとうございました」

「別に構わないよ、今回はたまたまだしね」


 ぺこりと礼儀正しく頭を下げてお礼を言ったホタルに対し、セフィは照れくさそうに返す。


「そうですか……でも、なんでボクを助けたんですか? あそこはきっとものすごく危ない場所ですよね?」

「ああ、まあうん。あそこは結構危ないね。でも──」


 セフィは大きな、セフィの瞳の色と同じ群青色の水晶のようなものを取り出す。


「……これは、水晶?」

「そ、まさしく水晶だよ。私はこれでも《ウラナウモノ》という《恩寵》をもつ占い師でね、ホタル──まあ、今回ここに迷い込んで最初にあった人物を助けると吉って出たんだ。つまり、私にもメリットがあると思ったから助けたんだよ。ぶっちゃけるとあそこも私にとってはそこまで危険地帯というわけでもないしね」

「そうなんですか……すごいですね、あんな怪物がいるのに」

「まあ、私の《ウラナウモノ》という《恩寵》はそれなりに優秀だからね」


 ホタルがあの怪物たちからの逃走劇を思い出して顔を蒼褪めながら尊敬のまなざしで見ると、セフィは少しくすぐったそうに視線をそらしながら苦笑した。

 そこでふと、ここまでの会話の中でホタルは気になるワード発見する。


「……あの、その《恩寵》というのはいったい何なんですか?」


 そう、この《恩寵》という言葉は先ほどから出ていたのだが、ホタルには正直何のことを言っているのかわからなかった。

 一応クラスで一時期盛り上がった「ホタルを題材に小説を書いてみよう」という企画の中で、ホタルもネット小説などで異世界召喚ものに関する知識はある程度把握しているし、その中に「神より賜った恩寵」なる特殊な力というのはそれこそありふれた展開として存在することも認識している。

 だから、これはある意味、自分の中にある知識と同じ認識でいいのかという確認でもあった。


「? ああ、君は異世界から来たんだったね。じゃあ《恩寵》について説明しようか」

「はい、お願いします」

「わかった。《恩寵》っていうのは、一部の人間が持つ、その人だけの特殊な力のことなんだ」

「……特殊な力」

「うん、この特殊な力はさっき言った通りその人だけのもので、その力の種類はまさに十人十色と言ってもいい」

「────十人十色、ですか……」

「うん? どうかしたのかい?」

「……いえ、何でもありません。続けてください」

「そう? ま、ホタルがいいなら私はいいけど……で、この特殊な力は当時の人々に、神々に与えられた特別なものだとされていたんだ、そういう理由から《恩寵》って呼ばれるようになった」

「……なるほど」


 ホタルは少し気になるところがあったものの、自身のサブカルチャーな認識がおおむねこの世界のそれと合致しているとわかって少しばかりほっとした。

 なぜほっとしたかと言えば、自分の読んできた先人たちの空想の中での経験がある程度使える可能性があるとわかったからだ。

 ホタルの内心としては、こんなトラウマが跋扈するトンデモナイ場所で、何の力も知識も持たぬまま過ごすことに尋常ならざる恐怖と不安を覚えていたのだ。

 それが、事実は小説よりも奇なりなどという言葉はあるものの、それでも自分が読んだ知識が多少の力になってくれるだろうと感じるだけで、心の中にかすかな光を見出すことができる。

 これはホタルにとって非常にありがたいことだった。


 心にほんの少しの余裕が生まれたからか、ホタルはここに来ていろんな感情が出てきた。

 例えば──


「あの、その《恩寵》っていうのは、具体的にはどのようなものがあったのですか?」

「ん? 興味があるのかい?」

「──っ! ……ええ、はい、そうですね」


 このように何かに興味を持つ、好奇心も今のホタルの中にはあった。


「そうだね……」


 その好奇心が芽生えるきっかけを与えてくれた人物は、どこか嬉しそうに話し始める。


「例えば私の《ウラナウモノ》は、この水晶にマナを込めながら何を占うか決めると、未来に起こることがわかるようになるんだ」

「……なんか、普通の占い師みたいな感じですね」

「……いや、まあそうなんだけどね。これがちゃんと当たるんだよ」

「……」

「いや! ホントだからね! 何その目、可愛いなぁ!」

「最後のはなんですか!?」

「あ、ごめん、つい本音が」

「……」


 《恩寵》という異世界特有のものの話をしていたのにいつの間にかホタルがかわいいという話にすり替わっていた。

 ホタルは「ああ、この人思ったよりアホだ」と思いながらジト目でセフィを見るが、アホの子だと思われた当の本人であるセフィはセフィで「この子なんでこんなにかわいいのかなぁ」と考えていたりするので、なんというか、本当にアホの子かもしれない。


「他には何かないんですか?」

「うーん、そうだね~。例えば……《かわいいは正義》なんていうのもあったな」

「なんですかその残念な感じが満載の《恩寵》は」

「うん、確か可愛いものを見ると無条件で受け入れたくなるように感じるそうだよ。そのせいでその使用者は何回も騙されたって聞いたね」

「もはや残念を通り越して悲惨ですね。……そうか、マイナスに働くやつもあるのか」

「そうだね、特に呪いを受け入れてしまうタイプの《恩寵》は《かわいいは正義》と同じく……いや、それ以上にひどい結果になることもあるよ」

「そうですか、他には何かありますか? できれば何が強いとかそっち系で」

「そうだね~。じゃあ──」


 この後も二人は仲良くおしゃべりをした。

 基本的には《恩寵》の話で、そのほかにも魔術の話などなどまさしくファンタジーの世界というような話題についてホタルは好奇心の赴くままにセフィに尋ね、それに対してセフィが答えるというものだったが、途中からセフィの方からもホタルの住む世界について質問したりもしていた。


 それも、まるで親友との会話をしているかのような感じであった。


 ……途中、セフィが何度か「かわい──」とか「ホタルかわ──」など阿呆な発言をしそうになってホタルに睨まれ、その表情が可愛くて思わずセフィが本音をダダ漏れにしてしまうなどという一幕もあったりしたが、それもまた二人のお決まりのような雰囲気になっていた。


 そして会話も終わりを迎えたころ、セフィがふと、思い出したようにつぶやいた。


「──そういえばホタルも《恩寵》を持っているかもしれないね」

「そうなんですか? 話によれば神に与えられるものなんですよね?」

「うん、《恩寵》はこの世界にいる人間ならだれでも持っている可能性があるわけだからね。──よし、ちょっと調べてみようか」

「調べる?」

「そそ、私の《ウラナウモノ》は《恩寵》を占うことも出来るからね。ホタル、ちょっとこの水晶に触ってくれるかな?」

「は、はい」


 自分の異世界での能力発現のチャンスにホタルはおっかなびっくりしながら水晶に触れる。

 こういうのは過度の期待をしておくと散々な結果になるというのはお決まりだ。例えば《恩寵》がない場合や、先ほど上げた呪いを体に受ける《恩寵》などがいい例だろう。

 そして、ホタルはこの時なんとなく嫌な予感がしていた。


 実を言うとホタルはこの《恩寵》の話を聞いたときに「自分の《恩寵》はなんだろうか?」と思わなくもなかったのだ。

 が、しかし先ほどルクスが上げた例の一つを聞いたときに、なんだかよくわからないが「あ、これやばいかも」と思っていたのだ。


 ──そして、いやな予感程よく的中するのは、人生の理不尽なところだろう。


「あ、あー」


 セフィが非常に歯切れの悪い声を出した。


「あの、どうかしたんですか? もしかして《恩寵》がなかったり?」

「あ、いや、《恩寵》はちゃんとあたよ。うん、あったあった」


 ホタルの質問にセフィは挙動不審に答える。

 そのせいホタルは自身が抱いた嫌な予感がどんどんと膨らんでいるのを感じた。


「……もしかして呪いに関する《恩寵》だったり?」

「あ、いや、そんなことはないよ? ただ、ね……あー……うん! あったと思ったけど《恩寵》なかった。ごめんね、なかったなかった」

「……」

「うっ! ──わかったからそんな目で見ないでくれないかな……」


 先程と言っていることが真逆になっているため、ホタルはジッとセフィを睨むと、セフィは観念したように肩を落とした。

 その後、往生際が悪いセフィは「これは聞かないほうがいいと思うよ?」「ほんとにいいの?」「後悔するよ?」「いや、本当に知らないほうがいいって」「世の中には知らないほうが幸せであることもあるんだよ」などと繰り返しもしたが、ホタルはただただジッと、それはもうびっくりするくらいただジーッとセフィを見つめることによって、今度こそ《ウラナウモノ》の結果を教えてくれた。


「ホタル、君の《恩寵》は────《かわいいは正義》だよ」


 ホタルは内心「やっぱり……」と思って肩を落とした。


「──もしかして予想していたのかい?」

「……ええ、まあ」


 ホタルのその反応は、ホタル自身がそうなることをどこかで感じ取っていたことを示していたためセフィが尋ねると、ホタルは肩を落としたまま肯定した。

 実際、ホタルは《かわいいは正義》の話をしたときになんとなく「ん? これは?」と言った感覚を感じたのだ。これはどこか直感めいたもので、これを正確に他人に説明することができる類ではないが、それでも確かに感じたのだ。

 だからこそホタルとしてもものすごく嫌な予感を感じていたわけだが、そうと決まってしまえばもはや受け入れるしかない。


「……とりあえず、他人に騙されないように注意しないと。人は信じない、これがこれからのボクの鉄則だな」

「その発言はなんだか人間不信みたいな感じを受けるんだけど……どうしよう、私はもしかしたら私の発言でホタルを人間不信にしてしまったかもしれない」

「まあ、人間なんて大抵嘘つきですしね」

「どうしよう! 本当にまずいかもしれない!」


 この後二人はしばらくの間、洞窟の世界で旅をすることになるのだが、ホタルはこの出会いと自信に与えられた残念感漂う《恩寵》──《かわいいは正義》が人生をまさしく百八十度変える出来事になるとは、この時は思いもよらないのだった。

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