1章:サイドB アインフォードとキャロット その2
何かに手を引っ張られるような感覚の中目を覚ました。
そこは森の中だった。
んー?まだログアウトされてないのかな。とりあえず今何時だ?
コンソールを開いて時間を確認しようとする。コンソール?どうやって出すんだっけ?
ん?あれ?コントローラーがねぇぞ?それに妙に地面の感触がしっかりしているような。田舎で森林浴してるようなこの爽やかな空気は…。
とりあえず落ち着こう自分。ちょっと思い出そうか。
たしか、ネカフェで「ソウル・ワールド」最終日をプレイしていたんだよな。んでカタリナと話してる最中…そうだ。火事だ!火事に気がついて逃げなきゃと思った瞬間、爆発に巻き込まれたような気が…。カタリナ何か言いたそうだったな。
アインフォードの記憶が次第にはっきりしてきた。
「俺は…アインフォードか…。」
自分の体を確認する。真っ黒なプレートアーマーに背中に大剣。ヘルムはしていないが防御の魔法のかかったピアスをしていたはず。どれも入手困難な神器級アイテムだった。
っていうかこれは…夢かそうでなければ…
「いわゆる異世界転移?」
そう考えるとなんかストンと落ちる感じで納得できた。
いやいやいや、あかんだろ。納得してどうする。明日の仕事どうすんだよ。田舎の両親になんて説明すんだよ。ってかどうやって両親に連絡取るんだよ。あ、でも明日行きたくない得意先に顔出す予定だったから物理的に休めてちょっとラッキー。あーでも査定に響くから出とかないとやばいなー。って!うなー!
ガシャンとプレートメイルの音を立てながら地面に座り込む。
「どうすっかなー。」
俺は力なく呟いた。
「いかがなさいましたか?アインフォード様。」
背後から突然聞こえた女性の声に弾かれる様に振り向いた。
そこには白銀のプレートアーマーを纏った美しい女性が膝まずいていた。肩の上には小さなドラゴンが停まっている。
へ?キャロット…さん、ですか…?
キャロットがしゃべっている…。NPCに会話の機能はなかったよな。やっぱ異世界転移ぱねぇな。それにしても…この娘超可愛いな!いやいや自分で作ったNPCだけどさ。当たり前と言えば当たり前だけどドストライクじゃね?
しばらくボケーっとキャロットの顔を眺めていた。キャロットは可愛く小首をかしげニッコリと笑った。うわ、この娘に萌殺されるわ。
「わたしの顔に何かついてやがりますか?」とニッコリ。
ふえ?『やがりますか?』こんな喋り方の子だっけ?いや喋ったのは初めて聞いたけど。そんな設定つけてたっけ?『ちょっとずれた感覚の持ち主』という設定は付けた気がするが、それの影響なんだろうか。マイナス要素を作成NPCに加えると作成ポイントが加算され、美点も付けやすくなる。そのため問題にならないであろう欠点を幾つか付けた記憶はあった。キャロットにつけた欠点はあと…あーあれだ。食料消費1.5倍だわ。キャロットを作った頃にはすでにレベルもカンストしていたので食料代くらい問題無かったし、クエストに持ち出す食料もそれくらいならバッグの容量を圧迫しなかったから気にもしてなかった。
しかし考えてみれば、背中まで伸ばしたストレートな金髪と翠色の瞳、10人が10人振り返る美貌という見た目。しかも聖戦士。でありながら、ちょっとずれた言葉遣いに実は大食いキャラとかいわゆるギャップ萌えってやつですか。この設定をした自分に拍手をしてあげたいわ。
でもあれだわ。この気持ちは妹とか、いなかったけど娘とかに感じる感情だわ。身内に感じる感情に似ている。
「いや、キャロットは可愛いな、と。」
そう言うとキャロットは真っ赤になって俯いてしまった。も、萌ぇ。
いずれにせよ話し相手がいるのは助かる。異世界に転移したことは無理やり納得するにして、ここはどこなんだ?パターン的には「ソウル・ワールド」の世界なんだろうけど全く同じなんだろうか。ひょっとしてNPCもそのままで酒場のマスターや宿屋のおばちゃんとかもいるんだろうか。地形はどうなんだろう。ダンジョンやモンスターは?そこで気がついた。
「キャロット。その肩の上のチビドラゴンは、エイブラハムか?」
「あ、はい。エイブラハムさんです。カタリナ様がドロンしてしまったのでここにいるようです。」
ドロンって。昭和のおっさんか。ん?カタリナがどうしたって?
「カタリナもここにいたのか?」
「いえ、通常の方法とは違いましたがログアウトしやがったと理解しました。」
そうか…カタリナはログアウトしやがったのか。じゃなくてログアウトできたのか。そうだな。時間いっぱいまでいて強制ログアウトになっただろうから通常の方法ではなかったかもしれない。…いや、できたのか?じゃなんでエイブラハムはここにいるんだ?
考え出すと悪い方向に思考が行ってしまう。まさか別のところに転移とか…いやそれならエイブラハムもそこに行くはずだし…。ここは前向きに考えてログアウトしたものと受け取ろう。そして元の世界に帰ったらもう一度ちゃんと話をしに行こう。このまま終わっちゃいけない気がする。
さて、それでは次に自分の立ち位置だ。「ソウル・ワールド」のゲーム内なら自分はカンストレベルの99だ。伊達に長いことゲーム世界に浸かっていたわけではない。ヒキコモリじゃねーぞ。装備だって一流だ。まぁその辺のモンスターに負けることはないだろう。ドラゴンであろうと1対1で倒せる自信はある。レイドボスでも出てこない限り大丈夫だ。が、ここでもそうなんだろうか。
自分の強さはどんなもんなんだ?そもそもゲームと同じように動けるのか?魔法は使えるのか?
何気なく立ち上がり木の枝に手をかける。自分の腕ほどの枝だ。これ、折れるかな。力を入れてみると枝は少ししなってそしてバキッという音を立てあっさり折れた。
「キャロット。この枝半分に折ってみ?」
受け取ったキャロットは自分の腕より太い枝を持ち、ぐぐっと力を入れると枝はパッキリと折れた。
「エイブラハム、この枝ブレスで燃やせる?」
小さくともエイブラハムはドラゴンである。炎のブレスを地面に置いた枝に吹きかけるとあっという間に燃え尽きた。
これで分かったことがある。おそらく自分たちはこの世界ではかなり強い。単純な筋力ということなら化物と言えるかもしれない。たかが木の枝だがこの木が特別もろいものでないのなら、その強度がこの世界の生物の強度のモノサシになる。現代日本であの太さを折ろうと思えば何らかの道具を使う必要がある。自分たちはそれを素手で行うことができた。いわば素手が重機のような力を持っているということになる。電話帳を引きちぎるプロレスラーより強いのは確実だ。
それではゲームみたいに体が動くのか?といった疑問である。これはまぁ実際にやって見るに限るな。
背中の大剣を引き抜く。神器級武器「嵐の黒剣」である。自分の身長ほどもある大剣だが、普通に持てた。なんかびっくり。軽く振り回してみる。うん問題ない。
「あー、キャロット、エイブラハム。少し離れていて。」
森の木を目標にスキルを発動させてみることにする。
戦士の基本スキルである「ラッシュ」を試してみる。前方にある複数または単一の目標に対してレベルに対応した回数の斬撃を繰り出すスキルだ。
ラッシュ!と念じてみる。
…何も起きませんな。
んー。でもこのスキルの動きはこうだって頭ではわかるんだよな
じゃ、自分で頭の中のイメージ通り動いてみたらどうだろう。
「おりゃぁぁぁ!」
前方の木が10本ばかり吹き飛んだ。
・・・・・おー。これは木こりさんには便利なスキルだね!これさえあればいつでも山から木を切り出せるねっ!…ってあほかー!こんなん普段使ったらあかん奴や!森林破壊や!
「おー。さすがアインフォード様。見事な切れ味でございます。」
エイブラハムもうんうんと頷いている。
いや、その感想はどうかと思うよ。
「そういやキャロットは聖戦士にクラスチェンジしたばかりだったから、戦士系のスキルは持っていないよな。」
「はい。僧侶系のスキルは習得した分全て使用可能ですが戦士系のものはメイド時代に修得した基本剣術しかありやがりございません。」
突っ込んだら負けだと思うことにした。
どうやってスキルは習得するんだろう。ゲームみたいにポイントを振り分けるってそんなわけないよな…。そもそもステータスもなにもコンソールとかキーボードとか、そんなハイテクチックなものは一切ないんだから。数値データなんて全く見られないし。
考えてみりゃ当たり前なんだけど、どうにもまだゲーム感覚が抜けない。
やっぱ先生についてやり方を教えてもらうしかないんかな。まぁ自分の使えるスキルならキャロットにも教えることはできるだろう。普通に訓練だ。
新たなスキルとか魔法とか習得できるのだろうか?ふとそんな疑問が浮かんだ。「ソウル・ワールド」で習得可能だったスキルや魔法はキャパシティいっぱい習得している。どのようなプレイヤーでも実装されている魔法をすべて習得することはできない。キャパシティの数より、魔法の数の方が多いのだ。だからプレイヤーは自分のプレイスタイルに合わせ必要な魔術やスキルを取捨選択するのである。キャパシティがいっぱいだから新たな魔法などは習得できないのだろうか。
その前に魔法も試しとかないと。
「ライト」
明かりの魔法を唱えてみる。普通に発動した。感覚的にだがMPが減った、ということもわかった。しかし、数値で見られないからどれだけ魔法を使えばMPが切れるのかといったことはまさに感覚に頼るしかなさそうだ。使っているうちに分かってくるのかもね。
それでは今いるここはどこなんだろう。たしか、キャロットと聖剣デュランダーナを得るために断罪の塔に挑んでいて、それをクリアした直後だったと思うから塔の前の広場だったはず。
断罪の塔は荒野の真ん中にあった。こんな森の中ではなかったはずだが…。
こういったときは魔法に頼るのが一番だろう。
「ちょっと空から様子を見てくるからここで待機していて。暇だったら自分の能力の確認をしていてくれ。」
俺はフライの魔法を使用して上空に上がっていった。
木々の上に出てやっとこの森がどれだけ深いかが理解できた。森の端が見えないのだ。まさに地平線まで森である。アマゾンか。さらに高度を上げる。ようやく森の端が見えてきた。ここから切れ間まで歩いていったら一体どれくらいの日数がかかるだろうか。キャロットは僧侶系魔法しか使えない。フライは持っていないはずだ。エイブラハムはともかくキャロットは俺が抱き上げるとかしないと飛行はできない。しかしそうするとどうしてもスピードは落ちる。それでもこのジャングルを歩いて移動する事を思えばはるかに早いだろう。幸い川を発見することができたので飲み水についてはあそこまで行けばなんとかなるだろう。
それにしても…食料に余分はあったかな。キャロット、1.5倍食べるんだったよな…。
これはあれか?狩りか?狩りの時間か?しかし、動物を殺すスキルはあってもそれを食材に変えるスキルなんてのは持ってないぞ。ってかリアルで動物を捌かないといけないのか。いやいやいや、現代日本の都会の子にそんな無茶ぶりしたらダメだろ。きっと血の匂いで吐く自信あるぞ。こんなことなら食肉解体動画とか見とけば良かった…。
とは言っても元の世界に帰れる保証が全くない今の状況ではやるしかないんだよな。持っている食料なんてあっという間になくなるだろうし。そういや二人分じゃなかった。エイブラハムの分もいるんだったわ。あいつ、ドラゴンだけど生肉とか食うのかな。
偵察も終わり下界に降りてくるとキャロットとエイブラハムが警戒態勢を敷いていた。
「どうした?」
「おそらく狼などの獣かと思われます。囲まれているです。」
狼って食えるのかな…。いかんいかん、なんでも食材に結びつけて考えるのはやめよう。きっと皮は取引できるような気がするが…。
「この状況になってからの初戦闘になるかもしれない。気を抜くなよ。」
むしろ自分に言い聞かせるように二人に言った。
「キャロットは俺の背中を頼む。エイブラハムは上空から監視。奇襲をかけてくる個体がいれば対処をしてくれ。」
「クエ」と一言鳴いてエイブラハムは飛び立った。
それを合図にするかのように一匹の狼が飛び出してきた。でかっ!狼ってこんなでかいのか?クマみたいにでかいぞ。こんな奴に噛み付かれたらそら死んでしまうわ。
しかし、なんというか動きが見えるというかそんな速くないんじゃないか?俺に向かって飛びかかってきた狼に対し上段斬りで大剣を打ち下ろす。こんな巨大な武器だが狼の飛びかかりよりも早く簡単に振り抜くことができた。
狼は悲鳴を上げるまもなく両断された。バッと血の花が開く。
瞬間、むせ返るような血の匂いがあたりに充満した。うおっ!これはキツイな。そりゃそうだ、今まで30年以上生きてきてこんな大量の血が流れているような場にいたことはない。この瞬間自分はとんでもない事態に巻き込まれていることを改めて実感した。
狼自体に恐怖は感じなかったが、自分の置かれている立場に軽く絶望を感じた。そうなんだ、ここはそういう場所なんだ。ここで生きていくということはそういう命のやり取りを当たり前にしていかなといけないということ。今はまだ相手は狼だ。これが人だったらこれほど躊躇なく命を奪えるのか?
ええい!今はそんなことはどうでもいい。この狼どもを駆逐してからゆっくり悩めば良い。
最初の一匹が斬られたのを見て狼たちは一斉に飛びかかってきた。全部で20匹ほどか。
俺の武器はでかい。でたらめに振り回せば背中で戦っているキャロットを巻き込んでしまうかもしれない。
少し前に出てキャロットに届く範囲から外れる。キャロットもそれに気がついたのか自分の剣の間合いを確かめていた。キャロットの武器はここに来る直前に手に入れた聖剣である。剣の長さはロングソードほどだが柄が長く、片手でも両手でも扱うことのできる、いわゆるバスタードソードと言われるものだ。
何となく剣士の動きは身についている気がする。剣の動き、足運び、次に狙う箇所などが自然と体から繰り出される。背後で戦っているキャロットの動きを見る余裕すらある。
キャロットの動きも見事なものだった。ついこの間までプリーステスをしていたにも関わらず聖剣をまるで熟練の戦士のように振るっている。
剣士のスキルは基礎剣術しか持ってないんだよな…。
プリーステスも前衛を行うことは多い。戦士と同等の防具を使用することはできる上、回復系の魔法を使えるため生存率が高く、またパーティの生命線とも言える重要な役回りである。特にキャロットはアインフォードと二人でクエストに赴くことが多かったので、自然とアインフォードのフォローをする戦い方が身についていたのかもしれない。
うーん。キャロットの倒した狼の方が皮とか剥いだときいいものが取れるような気がするなぁ。自分が倒した狼はだいたい分断されていたり潰れていたりと、かなり見た目的にやばいことになっている。
もう血の匂いには慣れてきたが、気を抜くと吐き気がこみ上げてくる。これ、食えるのかなぁ。
あっという間に狼の数は10匹を切った。一匹が逃走をはじめると残りの狼も逃走を始めた。殲滅が目的ではないので逃げた狼を追う必要もないだろう。
結局、狼の牙はこちらの体に触れることすらなかった。キャロットの方も同じである。彼らの牙がどれほどのダメージを与えてくるのか興味はあったが、わざわざ噛まれてみる気にもなれなかった。痛いのは嫌だしね。
狼が逃げ去ってほかにこちらを伺っているものがないことを確認した上でエイブラハムが降りてきた。彼に出番はなかったようだが、カタリナいわく79レベルの魔術師らしいのでそれなりに戦えるのだろう。というより、上空から魔法を連発するだけで大抵の敵は殲滅できる気もするが。
毛皮を剥ぎたいと思ったが、毛皮の剥ぎ方なんか知るわけねー。現代日本人なめんなよ。聞きかじった知識では確か…首と手首足首を切り落として服を脱がすように剥いでいく…だったかな?
「一応聞いてみるが…キャロットは獣の皮の剥ぎ方を知っているか?」
「少しでも知っているかもと思ったのかが驚きでございます。」
ですよねー。
ダメ元だ。やってみるか。しかし生臭いなぁ。もう鼻が馬鹿になってきているけど、匂いだけじゃないよなこの生臭さは。なんていうか全身で生臭さを感じるわ。多分ここでじっとしていたらもっとやばいやつが現れそうな気がする。さっさと皮剥ぎやって場所移らないと。それと水のあるところに行きたいわ。体中狼の返り血だらけだし、皮を剥ごうとして血と脂でヌルヌルして気持ち悪い。気持ち悪いなんてもんじゃない。このままでいたら絶対吐く。なんか変な病気になりそうだわ。
結果、皮なんて剥げねぇよ!どうやるんだよ!
「アインフォード様にも苦手なことがございましたのですね。でも大丈夫!わたしにもさっぱり分かりませんから。」
「うん、いやそんな爽やかに言われても。」
うーん。これはマジ練習したほうがいいなぁ。とりあえず移動しよう。皮剥と肉の解体は次回にしよう。
「エイブラハム、行くぞ。って!食ってんじゃねーよ!」
エイブラハムは生肉でも平気なようでした。やっぱりドラゴンはもとNPCでも畜生だったようです。




