1章:サイドA 盗賊団と騎士その3
アインフォードが村にかけ戻ってから半刻程が過ぎた頃、月明り照らされた地平線に砂塵が確認された。
村人たちでこの場にいるのはおよそ30人。対する盗賊団は50人を超えていそうだ。たとえ戦士団が来るまで持ちこたえることができても多くの犠牲者が出るだろう。
ついにきやがったか。騎士フランツと従士エーゴンは顔を見合わせ覚悟を決めたように振り返った。
「盗賊どもがやってきたぞ!だが恐れることはない!皆はこれまで訓練を積んできた!朝まで持ちこたえれば戦士団がやって来る!それまでの辛抱だ!」
盗賊団も村側が迎撃態勢を引いていることは分かっていたのだろう。弓の届かないところで一度停止させ全員が揃うのを待った。戦争ならここで両軍の代表が口上を上げ合うのだろうが、盗賊団にそんなルールはない。もちろん村の方にもわざわざ盗賊が有利な状況を作ってやるほどお人好しでもない。
「アインフォード君。あの先頭の男を射ることはできるかね?」
騎士フランツがアインフォードに問う。
「おまかせを。」
短く答えるとアインフォードは普段狩りに使っているのではない弓を引き絞った。
うん?狩猟用の弓ではないようだが…。老騎士は少し違和感を覚えた。アインフォードは狩人だと聞いている。弓の名手で獲物の急所を一撃で射抜く腕前だと聞いている。
ゴウ!という風きり音を残して矢は水平に飛んでいった。盗賊にとって弓矢は届かないと判断した距離であった。しかもこの距離であれば弓矢は山なりに撃つものである。それゆえ弓矢戦で突撃をかける歩兵は斜め上に盾を構える。きちんと対処されれば弓矢の被害は存外減らせる。
それが。
それが水平に飛んできた。ありえない強弓である。その矢は先頭で村人を挑発していた盗賊の首に直撃し、そのまま首を跳ね飛ばしてしまった。
盗賊達に動揺が走る。信じられないものを見た盗賊達はしばし固まってしまった。しかし同じように村人達も固まっていた。
「ちょっ!え?アイン君、い、今のは?」
トーマスはあまりの強弓に目の前の盗賊団のことを忘れそうになった。
「すしばかり、こころえが、あります。」
いや、少しばかりじゃねーだろ!周りの村人や騎士フランツも唖然とする。
「あいんふぉーどさまの、うでまえなら、あたりまえのことです。」
キャロットがさも当然であるかのようにアインフォードの腕前を称える。
ドラゴンも当然だと言わんばかりに「クルッ」と鳴いた。
盗賊団がようやく立ち直ったのか怒りに満ちた怒声をあげ、突撃してくる。先頭にはオーガである。巨漢のオーガは騎兵と同等のスピードで突っ込んでくる。
「オーガだ!なんでオーガなんているんだ!」
村人は恐慌に陥る。人食い鬼の名で知られるオーガは恐怖の象徴である。この世界の子どもたちは「悪いことをするとオーガに食べられる」と親に言われて大きくなるのだ。
そのオーガがまるで丸太のような巨大な棍棒を振り上げ突進してくる。これ以上の恐怖はなかった。
「弓隊!撃てぇ!」
騎士フランツの号令でバラバラと統率のない矢が放たれる。恐慌に陥っている村人たちはそれでも必死に弓を引き絞った。
これは厳しいな…。騎士フランツは思った。オーガは想像以上に村人の恐怖心を呼び起こしてしまっていた。さらに魔術師もいるという情報もある。そのため「火球」対策としてひとりひとりの距離は広めに取っている。しかしこのまま突撃されたらオーガに蹂躙されるのは火を見るより明らかであった。
「まずいな…ここで火球を放たれたら…。」
騎士フランツの言葉にアインフォードとキャロットは反応した。
「まじゅつし、いるですか?」
アインフォードの言葉に騎士は頷く。アインフォードとキャロットは短く彼らの言葉で確認をし、アインフォードが言った。
「わたしたちに、おまかせを。」
言うやいなやアインフォードが背中の大剣を一度確認し、駆け出した。
「な、何をする気だ!アイン君!死ぬ気か!」
アインフォードは振り向かずに静かに、しかし確信を持って前に出た。
「な!弓隊!どんどん撃て!狙いなぞつけずとも良い!とにかく矢を放て!」
もはや戦術も何もない。逆茂木を超えこちらに近づく盗賊を少しでも減らさねばならない。騎士フランツの必死の叫びに村人もなんとか矢を放つ。いくつかは盗賊に当たったようだが、効果があったかどうかは疑わしい。そこに魔術師を発見した。盗賊とは明らかに違う雰囲気を持った小男を発見した。その小男はまさに今魔法を発動させようとしていた。
「火球がくるぞ!」
「プロテクション・フロム・マジック・オン・フィールド」
凛とした女性の声がした。その瞬間上空に魔法陣が展開した。
キャロットが詠唱したのを騎士フランツは聞いた。この女性は魔術師だったのか?馬鹿な!しかしその魔法は何なんだ?聞いたことがないぞ?騎士フランツは魔法には詳しくなかった。そもそも第三位階の魔法を使えるものが希少な世界である。その魔法を阻害する魔法の存在を魔術師でもない老騎士が知るはずもなかった。
火球が直撃する。その破壊力はただの人などまとめて消し炭にしてしまうほどの威力である。火球は一流の魔術師の証である。村人の中から悲鳴が上がる。ちくしょう!何人も犠牲がせるのは必至である。
しかし。
しかし火球は途中で霧散した。こちらの頭上に火球が届いた瞬間まるでかき消すように火球が消え失せたのだ。これがキャロット嬢の使った魔法の効果か?一流の魔術師じゃないか!驚愕から立ち直った騎士フランツは叫んだ。
「皆よく聞け!向こうの魔法はこちらに効かないぞ!オーガさえ倒せば確実に勝てるぞ!」
魔法を無力化したところで勝算は薄い。そんなことは百も承知だ。しかしこのまま士気が下がりっぱなしでは勝てる戦いも勝てなくなる。希望を与えなければならない。絶望を感じるのはまだ早い。そうして前方に目を向けたとき騎士フランツは信じられない光景を見た。
目の前に突っ込んできた人間をオーガは馬鹿にした。このオレサマの前に無策で突っ込んでくる人間とはなんて愚かなんだ。やはりオレサマは強くて賢い!この愚かな人間を血祭り上げてあそこに居るうまそうな人間の女を喰うのだ。やはり人間は女に限る。男は筋張っていて肉は硬いし骨はまずい。オーガは柔らかな肉に牙を立てる自分を想像して涎を撒き散らしながら棍棒を振り回した。今までこの棍棒から逃れた敵は一人しかいない。あのトモダチの魔法使いがこの棍棒で死ななかった。トモダチ。あいつは大事な大事な大事なトモダチだから頼みを聞いてやるんだ。きっとトモダチは喜んで肉をくれるだろう。その時は極上の肉を要求してやるんだ。トモダチはきっと叶えてくれる。だってトモダチだから。
アインフォードはオーガとすれ違いざま背中の大剣に手をかけ、そのまま袈裟懸けに振り抜いた。まるでその巨大な剣の重量を感じさせない超速だった。漆黒の刀身はなんの抵抗も感じさせないままオーガの体を両断した。
「あで?」
オーガには死ぬ瞬間まで何が起こったのか理解できなかった。
一瞬の出来事だった。騎士フランツは歴戦の勇士である。フランツであるならオーガと一対一でも勝つことはできる。そんな彼をして持ってもオーガを両断などという事は不可能である。それほどまでにオーガは強い。しかし驚きはそれだけではなかった。
アインフォードは返す刀もそのままに盗賊の先頭集団に切り込んだ。巨大な鉄の塊が振るわれるたびに盗賊たちの体が弾けとんだ。馬も人もなかった。そこにあるのはまさに黒い暴風である。気が付けば先ほど魔法を展開したキャロット嬢までもがアインフォードの傍らで剣を振るっていた。彼女の剣はバスタードソード。片手でも両手でも扱える剣である。彼女はそれを両手で持ち、まさに舞うように優雅でありながら確実な死を撒き散らしていた。アインフォードとキャロットはそのまま盗賊団を食い破っていく。
いったい誰がこんな事態を想像できたであろうか。かの二人はたまたま居合わせた異邦人に過ぎない。縁あって助力を申し出てくれたがこれほどの戦力を誰が期待したというのか。
盗賊の首領ハンスは激怒した。なんだってこんな化物がここにいるんだ!
「バカ野郎!相手は二人だ!馬を降りて囲め!一斉にかかれ!」
如何に手練でも四方から同時に襲われれば対処は困難である。剣を飯の種とする元傭兵たちである。全くの素人ではないのだ。ハンスの判断は決して間違ってはない。強敵に遭遇したなら数で当たれば良い。それなりの連携もできる部下たちである。盗賊たちは恐慌に駆られながらも一斉に討ち掛かる。いや、討ちかかろうとした。しかしその前に黒い暴風が襲いかかってきた。何が起こったのか理解するまもなく盗賊たちは血と臓物を撒き散らせ吹き飛ばされた。全くスピードが違ったのだ。今までの経験上こんな速さで動ける人間はいなかった。俺たちは魔神を相手にしているのか?そんな益体もない考えに取り付かれるものもいた。暴風から逃れた運の良かったものは背後からアインフォードに斬りかかろうとした。しかしそこには白銀に輝くバスタードソードを構えたキャロットがいた。たかが女の剣と侮ったものは後悔する暇もなく切り伏せられた。侮らなかったものは後悔する暇を与えられた上で切り伏せられた。
「俺が殺る!」
ハンスが巨大なバトルアクスを振り上げてアインフォードに斬りかかるが次の瞬間バトルアクスの斧が切り裂かれた。金属の斧がまるで紙で出来ているかのように両断された。
そして信じられないモノを見るような目をしたまま、ハンスの首が飛んだ。
ハンスの首が飛んだ瞬間盗賊たちは総崩れとなった。しかし、その時既にまともに動ける盗賊は半分もいなかった。そこに騎士フランツと従士エーゴンそしてアーベンとカミルら村人が襲いかかった。
「アインフォードに続け!」
騎士フランツと村人は必死に盗賊たちに襲いかかった。フランツとしてもただ黙って見ているようなことはできなかった。この村の危機を異邦人である二人に任せてしまうことなどできるはずがない。フランツとて年はとってもそれなりの勇者である。士気の上がった村人を率い盗賊を殲滅せんと奮戦した。
盗賊50人のうち逃れたものは10人もいなかった。死んだものは20人ほどで残りのものはなんとか息だけはあったが、致命傷と思われるものには慈悲の一撃が加えられた。
そうしてヴァルト村の戦いは終わった。




