2章:錬金術師の夢 その23 ロード・アインフォード・ワグナー
全員が目を覚ましたのはもうすでに夕方だった。エリーザの時計で17時だったのでもう日は落ちているだろう。しかし、この文字盤がこんなに懐かしく思える日が来るとは夢にも思わなかった。
もう日が落ちているならリコリスの様子を見に行こうという事になった。実際、リコリスが復活しているかどうかはまだ誰も確認していないのである。
リコリスの寝室はカギがかかっていたが、クラーラさんに許可をもらってアンチロックでカギを解除した。
クラーラさんも入ったことがないというリコリスの寝室はとても寝室といえるものではなかった。そこは明らかに実験室だったのだ。
きれいに磨かれたビーカーやフラスコなどのガラス機器、薬草をすりつぶすのに使うような乳鉢などはわかるとして、このハンドルが付いたものはひょっとして遠心分離機か。それにこの大火力がでそうな火炎放射器みたいなバーナーはいったいどう使うのだろう。あと錬金術師の工房には欠かせない大釜もちゃんとあった。
どれもきれいに磨かれ新品のように手入れがされており、リコリスの性格が出ているように思えた。
ここはリコリスの工房なのだろうか。リコリスのお父さまはおそらく高レベル錬金術師である。なんといってもパラケルススの外套を持っているレベルの人物なのだ。俺と同じ99レベルという事が考えられる。では従者NPCのリコリスはどういったクラスなのだろう。
リコリスは賢者の石もどきを作成していた。錬金術が扱えるクラスは「ソウル・ワールド」だと「錬金術師」か、NPC専用クラスである「錬金術師の弟子」だけだ。もし、リコリスが「錬金術師」79レベルならもう少し上位のアイテムが作れたはずである。素材の問題なのかレベルが足りなかったのか、もしくは「錬金術師の弟子」なのか。この辺りは本人に聞くしかないか。
とにかく棺を探さねばならない。この実験室に在ればいいのだが。
「ねぇ。これじゃないのかな。」
エリーザがそう言って全員を手招きした。
エリーザが手招きした場所はこの部屋の隅で様々なアイテムや古びた実験機器が山積みされた一角だった。実験室にある機材はどれもきれいに手入れされていたがここにあるのは割れたり壊れたりで使えるものではないというのが素人目にもわかるものだった。そのなかに黒い棺が場違いにも置かれていたのである。
「クラーラさん、一緒に確認してもらえますか?」
万が一のこともある。俺も一緒に確認したほうがいいだろう。
「はい…。」
神妙な顔つきでクラーラは棺に手をかけた。
棺は思いのほか軽く開けることができた。
そこには美しい女性が横たわっていた。まさに濡れ羽の烏ともいうべきつややかな黒髪に深紅の唇、白磁のように真っ白な肌をしたその女性はリコリスに間違いなかった。
「リコリス…。」
クラーラはぼろぼろと涙を流しリコリスの名を何度も何度も呟いた。
リコリスはまだ目を覚まさないようだったので、少し棺から離れて今後の事を話し合った。今回の事件をどのように公表するかといったことである。
「私は罰を受ける必要があります。理由はどうであれ罪のない女性をさらい生き血を抜き取り、あまつさえアンデッドに協力した罪を神は決して許さないでしょう。」
たしかにそういう言い方をするとクラーラのしたことは立派な犯罪だ。ドーリスも渋い顔をしている。そういう意味ではドーリスも同罪だからだ。
しかしそうするとリコリスの存在も公表する必要が出てくるし、リコリスが何をしたかったのかも明かす必要がある。まさか真祖ヴァンパイアの存在を公表することはできない。
「クラーラさん、おっしゃることはわかりますが、贖罪はすべて公表しなくてもできるのではないでしょうか。」
アルベルトが妥協案を模索する。
「では、どうすれば私たち姉妹の罪は許されるでしょうか…。聖女様!どうか愚かなこの私をお導きください!」
突然話を振られたキャロットはまさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、え?私?みたいに自分を指さしキョロキョロまわりを見渡した。当然全員目をそらした。
「ええーと。そ、そうですね。冒険者として魔女の銀時計に加わり、カタリナ様の遺産をさがすお手伝いをするというのはいかがでしょうか。その、アインフォード様もそう思いますよね?」
キャロット、とっさに考えたにしてはいいところだと思うよ。
「そうですね。実は後で話そうかと思っていたのですが、私達もカタリナの遺産については非常に興味があるのです。カタリナの遺産は人々の役に立つものもあるかもしれません。それに贖罪といえるかどうかはわかりませんが冒険者として困っている人を助けるというのも立派なことだと思いますよ。」
「そ、そういうものでしょうか?しかし聖女様にそう言っていただけるのであれば、ぜひお手伝いさせてください。」
なんだか丸め込んだ気がしなくもないが、ここでつまずいては先に進めない。魔女の銀時計にしても回復職がパーティに加われば冒険の幅が増えるだろう。
「アルベルトさん、それでいいかな?」
「バルドル、エリーザ、君たちはそれでいいか?」
アルベルトの問いかけにエリーザは答えた。
「なにいってんの。あの地獄のような戦いを一緒に潜り抜けた仲じゃん。てっきりこれからも一緒なのかと思っていたよ!」
「まったくじゃ。もうすっかりパーティメンバーのような気になっておったわい。」
バルドルもそう言ってガハハと笑った。
「みんな…ありがとう…。」
ドーリスは涙目になって素直に感謝を述べた。
「それじゃ、これからあたしら姉妹揃ってお世話になるね。これからもよろしくたのむよ。」
結局ストーリーとしては
「邪悪なヴァンパイアが魅了の魔法でクラーラや街の娘をさらい、地下教会で賢者の石を作る実験をしていたが、賢者の石もどきしか作ることができなかった。魔女の銀時計がヴァンパイアを打ち倒したことで娘たちを奪還することに成功したが、賢者の石もどきはその戦闘中にヴァンパイアが使用したことで破壊されてしまった。」
ということで決定した。
嘘をつくときは少し事実を混ぜると真実味が増すというが、このストーリーなら大まか事実を言っているし、無理がないだろう。
時間は9時頃だろうか。棺で気配がしたので全員でそちらに移動した。棺のふたは元に戻してある。しばらくは動きがなかった。気のせいだったのか?と皆で顔を合わせた時、棺のふたがガタッとはずれた。
「リコリス…」
クラーラがリコリスに抱きついた。
「クラーラ…あはは。私、やっぱり死ねなかった。」
「リコリス、ごめんなさい。私あなたが死ねなくてほっとしているの。あなたの願いは知っているのに。でもやっぱりあなたがいなくなるのが嫌なの!」
「クラーラ…。ありがとう。私、どうしたらいいんだろ。死にたいのに死にたくなくないの。クラーラともっとお話ができたらなぁって、思っちゃった。」
クラーラはリコリスを強く抱きしめることしかできなかった。リコリスの体は折れてしましそうなほど細かった。
「リコリスさん、初めまして。私はアインフォードと申します。…私はあなたを真の意味で消滅させることができます。」
リコリスの目が見開く。
驚いたのはリコリスだけではない。キャロットとエイブラハム以外のメンバーは一様に目を見開いた。
「お望みとあれば…今この場で消滅させてあげましょう。」
「うそよ!お父さまですら私を消滅させることはできなかったのよ!」
いや、おそらくそうではないだろう。
「そうでしょうか?私は思うのですが、あなたのお父さまはあなたを殺したくなかったのではないでしょうか。」
「あなたがお父さまの何を知っているというの?」
「少なくともこの歌の意味は知っています。キャロット、こちらに来てごらん。」
「はい、アインフォード様。」
「Amazing grace!(how sweet the sound)
That saved a wretch like me!
I once was lost but now I am found
Was blind, but now I see. 」
キャロットと二人でアメージンググレイスを歌った。
リコリスは驚き俺たちの顔を交互に見、そして涙を流した。
「そう、そう言うことなのね。あはは。私を殺してくれるのかしら?」
俺が話すより先にキャロットが答えた。
「あなたのお父さまはあなたが死ぬことを望んでいたのではないと思います。あなたをアンデッドとして創造してしまった後悔はあったかもしれません。ですが、あなたのお父さまはあなたの幸せを願っていたのではないでしょうか。私はあなたと同じものです。私は『ヒト種』ですがあなたと同じです。意味は…分かりますよね?」
「私があなたを殺すことはいつでもできる。でもあなたには友達ができたのだろう?一緒にいてうれしいと思える人ができたのだろう?それはとても幸せなことだよ。」
「トモダチ…。」
そう言ってリコリスはクラーラを見た。クラーラはトモダチでしょ?と涙を流しながらにっこりと微笑んだ。
「あはは。そうなのね。お父さまはそういうことが言いたかったのかしらね。200年も考えてきたのに全然わからなかったわ。」
「あなたのお父さまの名前は?」
「…ラケルス…偉大なる大錬金術師ノースゲートのラケルス師よ。」
「では今後、イーストゲートの自由騎士ロード・アインフォード・ワグナーがあなたの後見となります。よろしいですか?」
リコリスはキャロットを見た。キャロットは微笑んで頷いた。
「…はい、よろしくお願いいたします。」
彼女は200年の孤独をこれから癒していかなければならない。それは簡単なことではないかもしれない。だがそれは一人の力でできることではないというのもまた確かなことだろう。この死にたがりのヴァンパイアが幸せになれる世界が訪れることを願わずにはいられない。
「ああ、リコリスさん。」
「なにかしら?」
「メリークリスマス。」
「…メリークリスマス…。」
そう言ったリコリスの表情はすこしだけ微笑んでいた。
Amazing grace
驚くべき恵み(なんと甘美な響きよ)
私のように悲惨な者を救って下さった。
かつては迷ったが、今は見つけられ、
かつては盲目であったが、今は見える。
神の恵みが私の心に恐れることを教えた。
そしてこれらの恵みが恐れから私を解放した
どれほどすばらしい恵みが現れただろうか、
私が最初に信じた時に。
多くの危険、苦しみと誘惑を乗り越え、
私はすでにたどり着いた。
この恵みがここまで私を無事に導いた。
だから、恵みが私を家に導くだろう。
そこに着いて一万年経った時、
太陽のように輝きながら
日の限り神への讃美を歌う。
初めて歌った時と同じように。




