2章:錬金術師の夢 その20 エンゲージ
大魔法「エンゲージ・イセリアルワールド」
現実世界であるマテリアルワールドと幽界であるイセリアルワールドをつなぐ魔法である。
通常イセリアルワールドは侵入することはおろか目にすることもできない。その世界に侵入するためには自らの体をエーテル化させ、幽体とする必要があるからだ。
イセリアルワールドはマテリアルワールドのすぐそばに存在するが、そこを行き来できるのはごく限られた魔術師のみである。そしてイセリアルワールドでは現実世界の理が一切無視される。マテリアルワールドで起きた事象は全く影響を及ぼさないのだ。
その特性を利用した大魔法が存在した。それが「エンゲージ・イセリアルワールド」である。
この魔法は文字通りマテリアルワールドとイセリアルワールドをつなぎ合わせ、重なり合わせることができる。
つまり、エーテル体にならずともイセリアルワールドに侵入することができるのである。そのため魔術の効果範囲内にいるものはすべて強制的にイセリアルワールドに移動してしまうが、あくまで重なり合っているだけであり、現実世界と同じように行動でき、同じように肉体を持ち同じようにダメージを負うのだ。
では何のために世界を重なり合わせるのかといえば、イセリアルワールドに移動するのはあくまでそこで高度な意思を持って動いているもののみであるためである。
つまり、建物や調度品、森や川といった自然などはそのまま「背景」として存在し続けるのだ。まるで絵に描かれた背景のようにその場でどのような大規模魔法が使われてもそれらは被害を受けることがないのである。
エンゲージされた者たちからは自分たち当事者以外の背景は白黒で描かれた絵画のように見え、またマテリアルワールドからエンゲージされたものを見た場合、白黒の人影がおぼろげに見えるのである。
ではどういったときにこの大魔法は使われるのだろうか。それは例えば戦争などで一部の部隊の戦場を他の部隊と完全に切り離してしまいたいときである。敵のエース部隊を完全に無力化できれば戦闘の勝敗に大きく関わってくるだろう。
またもう一つ、今回アインフォードが使用した理由でもあるが、周りの建物や調度品に影響を与えないためである。ゲームだとたとえ地下ダンジョンでドラゴンが暴れて炎のブレスを吐きまくっても、また10人の魔法使いがファイアボールを連射して、さらに地震の魔法を使ってもダンジョンが崩落するといったことはあり得ない。
しかし、現実にそのようなことをすればどうなるかは火を見るより明らかである。
アインフォードは大規模破壊魔法により引き起こされるであろう2次災害を防ぎたかったのである。もっともエルダーリッチの初撃の二重化ファイアボールにより教会の崩落は起きなかったものの調度品などは破壊され燃えてしまったが。
ようやく俺も参戦できるようだな。俺はキャロットに駆け寄り状態を見る。
「大丈夫か、キャロット。」
「大丈夫でございます。多少ダメージを受けましたが、まだまだ戦闘に支障をきたすレベルではございません。」
キャロットは強がっているようだがそれなりに深刻なダメージではないだろうか。もしあのハンマーが直撃していればと思うとぞっとする。エリーゼ、ナイスフォローだ。
「一応治療魔法をかけておけ。」
「はい。」
「ヒール・シリアスウーンズ」
中規模ヒールをかけ自らの傷を癒すキャロットを横目に俺はエルダーリッチに目を向ける。
「うちのキャロットがずいぶんと世話になったみたいじゃないか。このお礼はたっぷりとして差し上げますよ。」
そう言って背中から嵐の黒剣を抜き放つ。すでに死の戦士の姿はなく、大天使も満身創痍であった。それでも大天使はキャロットの前にガードするように立ちはだかっていた。
治療を終えたキャロットは大天使を送還し、聖剣を構えた。ここからは肉弾戦だ。エルダーリッチはアンデッドとはいえ魔術師である。強大な魔法をいくつも操るが、近接戦闘そのものは強いとは言えないはずである。
ところがこのエルダーリッチ、困ったことに賢者の石持である。通常のエルダーリッチにはあり得ない錬金魔術をしかも極めて高速で使ってくるのである。
キャロットが治療魔法を使ったその隙に素早く10体のボーンゴーレムを召喚していた。これも錬金魔術による召喚か。
なんだこいつチートすぎるだろ。だがしかし、ボーンゴーレムは先ほどのデッドリーウォーリアに比べればはるかに劣る。
「おらあああ!!ステップ!」
気合一閃、スキル・ステップを起動して俺は大剣を横なぎに打ち払い一気にエルダーリッチに詰め寄る。大剣の軌跡にいたボーンゴーレムが3体吹き飛ばされそのまま返す刀でエルダーリッチに斬りかかる。
「!」
確かに手ごたえはあった。が、思ったよりもダメージを与えられた気がしない。大剣で斬られたエルダーリッチは大きく体制を崩し、片膝をついたがそれだけであった。
このローブはひょっとして「パラケルススの外套」か?
「パラケルススの外套」それは「ソウル・ワールド」において錬金術師が装備できる最強装備である。神話級アイテムに分類される。
バッカやろう。なんだそのチートっぷりは!エルダーリッチが賢者の石を持って錬金魔法を使うというだけでもとんでもないのにさらに神話級防具を身にまとっているだと。
たぶんあれだろうな。リコリスのお父さまが持っていたのだろう。きっと「ソウル・ワールド」でも名の知られた錬金術師だったのだろうな。
その間に残ったボーンゴーレムのうち5体が魔女の銀時計に襲い掛かった。そっちはエイブラハム、頼んだぞ。
ボーンゴーレムがわらわらと近寄ってきたことでアルベルトとバルドルは素早くエリーザを中心とした方円陣を組んだ。当然クラーラも中に入れている。エイブラハムも頭上から魔法を放つ体制であり、すでに一発ファイアボールが放たれ、ボーンゴーレムの数は3体になっていた。エイブラハムもエンゲージされているので破壊魔法お構いなしである。
3体のボーンゴーレムとアルベルト、バルドル、ドーリスの3人の白兵戦が始まった。彼ら3人からすれば初めて見る敵であるはずだ。時に大きな傷を負いながらも彼らは善戦した。何より今回はクラーラという回復職がパーティにいるのが大きかった。
クラーラも気丈に怪我をしたメンバーの治療を行い、時には落ちていた木片でボーンゴーレムを殴りつけていた。
クラーラ、このまま冒険者でも十分やっていけるんじゃないのかな。
しかし、なんというのかな。彼らを見ていると心がほっこりするというか。冒険者っていいものだなって本当に思える。俺もカタリナと「ソウル・ワールド」世界を駆けていた時はああいったキラキラしたものを持っていたのかもしれない。
さて、あっちはいいとして問題はこいつをどう倒すかだが…。物理攻撃はそれでも効果があるのは間違いない。俺はこのまま嵐の黒剣で攻撃し、キャロットには神聖攻撃魔法を使ってもらうか。とにかく錬金魔法の出が異様に早いのでこちらの魔法が間に合わない。
俺がブロック役をせねばキャロットの魔法が間に合わないのだ。
嵐の黒剣を上段から振りかぶったところで俺の頭上に先ほどキャロットを襲った巨大ハンマーが現れた。相変わらず出が速い!攻撃をキャンセルして剣でハンマーを受け止めた。その隙にキャロットは「ホーリーレイ」を放つ。さすがにアンデッドに神聖属性魔法は効果が高い。
だが巨大ハンマーの衝撃はすさまじく、剣で受け止めたとはいえダメージを殺しきれなかった。ビリビリと腕がしびれる。そこにボーンゴーレムが襲い掛かってきた。
「くっそ!」
いったんバックステップで下がったところになぜかベアトラップが出現した。俺の左足に食い込んだ魔法の罠のおかげでその場につなぎ留められてしまった。錬金魔法とはこんな厄介な使い方ができたのか。
さらに今度はマナ魔法である「コーンオブブリザード」が襲ってきた。極寒のブリザードに全身が凍り付く感覚に襲われる。俺に襲い掛かってきたボーンゴーレムも巻き添えを食って凍り付いていた。
このままではやばい。
「ダブルトリガー・ファイアランサー!」
二重発動で炎の槍を凍り付いたボーンゴーレムごとエルダーリッチに叩きこむ。こういう剣術と魔法の切り替えは得意なんだよ!
「ヒール・クリティカルウーンズ!」
その間にキャロットが大規模回復魔法をかけてくれた。今の「コーンオブブリザード」は結構効いた。というか、後ろにいたキャロットもくらったはずだが大丈夫か?
振り向くと半分凍り付いたキャロットが今度は自分に回復魔法をかけようとしていた。
まずい!今魔法が来ると避けられない。
「ステップ・ラッシュ!」
スキルを発動させエルダーリッチが次の魔法を発動する前に攻撃を叩き込むしかない!
ステップ+ラッシュの二重起動で懐に飛び込み、5連撃を放つ。この連撃でジャイアントでも倒せる威力があるはずなのだが…。
まだ倒せないか…。だがさすがにこれは効いたようだ。エルダーリッチは大きくバランスを崩し憎悪のこもった眼でこちらを睨んできた。
スキルもMPを消費する。大魔法を使ったせいでMPの消耗は結構激しい。これ以上長引くとMPが持たないことも考えられる。
ならばここで決める!
「ラッシュ!」
MPの残量がどれくらいあるのかというのは数値化されているわけではないので感覚でしかわからない。その感覚がもうあまり余裕がないと警告している。
このラッシュが決まればあるいは!そう期待をかけた一撃はエルダーリッチの錬金魔法の前に打ち砕かれた。巨大な石の壁が奴と俺の間に即座にそそり立ったのだ。俺のラッシュは石の壁を破壊したにとどまった。そこに紫電を帯びた小剣が殺到する。だめだ!回避したら後ろにいるキャロットにまともに当たるコースじゃないか。剣を盾にしてできるだけ被弾数を少なくするが数が多すぎた。全身に小剣が突き刺さり、そその瞬間電撃が体中を駆け巡った。
ぐおおおお。おいおいマジかよ…。
ちょっとこれはやばいぞ。
そこにエリーザの凛とした声の詠唱が聞こえた。
「マジックミサイル!」
ボーンゴーレムはすべて打ち倒されていた。
バルドルは地に伏しピクリとも動かない。ドーリスが半狂乱でその体をゆすっていた。クラーラは頭から血を流しながらも必死に治癒魔法をバルドルに施している。アルベルトはロングソードを杖のように立て、片膝をつきこちらの戦況を見守っている。そのロングソードももはや刃物としての機能は失っているようだった。
その中でエリーザは唇をかみしめ、右手をこちらに突き出し魔法を詠唱していた。
エリーザの放った3本の魔法の矢がエルダーリッチに突き刺さった。アルベルトの指示なのかエリーザの判断なのか、まさに最高のタイミングだと言えた。アルベルトの口元がニヤッと笑った。俺達だってできるんだぜ?そう言っているように思えた。
一瞬エルダーリッチの意識が魔女の銀時計にそれた時、天井のステンドグラスから一条の光が差し込みエルダーリッチの姿を明るく染めた。この地下に差し込む光があったのかと驚いたが、その時その瞬間、キャロットの動きは早かった
「ホーリーレイ・アペンド・ムーンレイ!」
キャロットはホーリーレイをダブルトリガーでムーンレイに合わせて発動させた。
次の瞬間、エンゲージされた空間が一瞬真っ白な光に満たされた。
キャロットの信仰する神は月の女神「イーリス」である。そのためその加護をもっとも受けることができる「ムーンレイ」は特別な意味を持つ。
「ムーンレイ」は神聖魔法の中でも大規模攻撃魔法として優秀であるが、月の女神を信仰するプリーストが使用すると少し意味が変わる。
姉の月イーリスが出ている夜という条件が付くが、ダメージが増すだけでなく、対アンデッドに特別の効果をもたらすのである。そして使用者に味方するものに癒しの効果を与える。その癒し効果はヒール・クリティカルウーンズに相当し、相当な大怪我でも癒されるのだ。
ただし、その恩恵を受けることができるのは一晩に一回だけである。
一瞬光の奔流が地下教会を満たしたかと思うと、ステンドグラスから飛び込んだ極太のレーザービームのような光線がエルダーリッチを直撃し光の爆発を巻き起こした。
エルダーリッチは光線を浴びた部分から蒸発するように煙のようなものが立ち上り、全身ががくがくと痙攣を始めた。エルダーリッチは苦し紛れだろうかファイアボールを暴発させ、周りに爆炎をまき散らしながら苦悶の咆哮を上げた。
その咆哮は長い時間続いた気がしたが、不意に聞こえなくなった。
ムーンレイの光線が止まった時、そこには真黒な人型の灰の山が出来上がっていた。そしてそれはゆっくりと崩れ始め終には霧散してしまった。
後に残ったのは「パラケルススの外套」と赤い宝石のみであった。




