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魔法戦士と聖戦士と魔女  作者: 慶天
2章 錬金術師の夢
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2章:錬金術師の夢 その18 ドーリスとクラーラ

 そう言ってキャロットは聞き耳を立てるように目を閉じてじっと聞き入っている。

 歌が聞こえる?全員が足を止め聞き耳を立てる。

「・・・・・・・・・」

 聞こえる…。

「聞こえますね。何という歌なのでしょうか。私には聞いたことがない歌の様ですが…。」

 アルベルト達にも聞こえるようだ。

 この歌は…。

 …え?この歌は!

「キャロット!この歌を覚えているか?」

「はい。記憶しております。クリスマスに良く聞いた覚えがございます。」

 そうだ、この歌はアメージンググレイスだ!「ソウル・ワールド」ではクリスマスが近づくと教会にはこの歌がBGMとしてよく流れていた。俺は個人的にもアメージンググレイスが好きだったのでよく一人で教会に入り聞いていたものだ。一人で、というか従者NPCのキャロットは常に俺のそばにいたわけなので当然彼女も聞いていたことになる。

 問題はなぜ、この世界にはないはずの歌が英語で歌われているか?ということだ。かつてカタリナのようにこの世界に飛ばされた人が広めたのか?まさかカタリナ本人か?この歌を歌っている人に会いたい!会って話を聞きたい。まさか、いやもしかしてこの時代に飛ばされたプレイヤーかもしれないじゃないか。

 逸る心を抑えて全員で進んでいくとまた先ほどと同じような広間に出た。しかし今度はヴァンパイアではなく二人の女性が出迎えてくれた。一人はよく知っている人物だった。ドーリスさんだ。明るい栗色の髪をポニーテールにした健康的な美人さんが渋い顔をして迎えてくれた。

 もう一人は初めて見る顔だが、おそらくクラーラさんだろう。シスターの様だ。ドーリスさんと同じような明るい栗色の髪であるようだがシスターのフードで髪型まではわからなかった。ドーリスさんが少しきつめな顔立ちなのに対しておとなしそうな気弱な雰囲気を漂わせているが、その唇はきゅっと結ばれ何か強い意志を宿しているように思われた。

「アルベルト…やっぱりさすがあたしがパーティを組んでる連中だけあるわ。ここまで来ちゃうんだもんね。」

「ドーリス。何があったのか教えてくれるんだろう?」

 アルベルトは諭すようにやさしく語りかけた。ドーリスの事を全く疑っていない。仲間に対する思いがこちらにも伝わってきた。

「紹介するよ。あたしの妹、クラーラだよ。」

 そう言ってドーリスは隣の女性を紹介した。

「初めまして。クラーラと申します。いつも姉から皆さまのお話は伺っております。姉が大変お世話になっているそうで…本当にありがとうございます。」

 ドーリスさんはちょっと照れたように横を向いて話をこちらに振ってきた。

「それにしてもアインさん達までいるなんてびっくりだよ。いつの間に冒険者になったんだい?」

「あの事件の後ヘルツォーゲンに出てきまして。そこで登録したのですよ。魔女の銀時計の皆さんには改めてお礼が言いたいと思っていたのですが…そういう状況ではなさそうですね。」

 こんな話をしている場合じゃないと心は焦るが、ドーリスさんたちはここをまるで守るように俺たちを先に行かせないような雰囲気をしている。ドーリスさんやクラーラさんはこの歌の事は知っているのだろうか。

「ドーリスさん。この歌を歌っている方はどなたですか?その、私の故郷の歌なんです。お会いできないでしょうか。」

 そういうとドーリスとクラーラは驚いたように俺を見た。

「アインさん…。あんたやっぱり何もんなんだい?この歌は誰も知らない歌だ。聞いたことのない言葉の歌だし今だかつて他に歌っている人は見たことがない。」

 続けてクラーラも言った。

「…200年前の歌だと聞きました。なぜあなたがそれを?」

「私の故郷ではよく知られた歌だったんです。この歌を歌っているのはどなたですか?そこを通して戴けますか?」

 もう居ても立っても居られない。強行突破も辞さないぞ。そんな俺の雰囲気を察したのかアルベルトが援護をしてくれた。

「ドーリス、聞きたいことは沢山あるがとりあえずそこを通してくれ。今回の依頼の黒幕がその奥にいるんだろう?」

「それは…だめだ。ここを通すわけにはいかない。今大切な儀式が行われているんだ。」

 大切な儀式?なんだ?やたらと悪い予感がしてきた。

「じゃせめて何をしているのかくらい教えてくれないか。こんな焦ってるアインさんを見るのは初めてなんだ。」

 そんなに焦っているのがダダ漏れなのか。ちょっと気を付けよう。

 アルベルトはさらに続けた。

「俺たちの予想では…真祖ヴァンパイアがいるのではないかと思っている。その恐ろしさはアインさんから聞いてよく理解している。大切な儀式というのが何なのかよくわからないが、とても安心して待っていられないんだ。」

「リコリスはそんな化け物じゃないです!」

 リコリス(曼殊沙華)?この歌を歌っている人の事か?

「クラーラ、落ち着いて。あんたほんとリコリスの事になると普通じゃなくなるね。」

 ドーリスがそう言ってクラーラを諫めた。

「だって!リコリスは!あんなにかわいそうなのに!姉さんだってリコリスの願いをかなえてあげたいでしょう?」

「ああ、それはそうさ。だからみんなにリコリスが何をしようとしているのかを説明しよう?そうすれば誰も邪魔しなくなるさ。」

 クラーラはまだ何かドーリスに言いたそうだったが、こっちを見てまたドーリスを見てそして小さく頷いた。

「…うん…。」

 それからドーリスはクラーラに一度視線を向けてからこちらに向き直り、リコリスについて話し始めた。

「リコリスは私も詳しくはわからないけどアンデッドだ。真祖ヴァンパイア?だっけ?たぶんそう言ったものなんじゃないかな。しもべのヴァンパイアを召喚したのはリコリスだ。」

 やはり真祖か。しかし…ドーリスもクラーラもチャームを受けているようには思えないが…。

「でもな、リコリスは人に危害を加えるような子じゃないんだ。その、生命力を吸い取る石を作り出したのはリコリスだし、それについては危害を加えているけれどそれだって相手を選んでやったことだ。」

 たしかに賢者の石もどきは闇ギルドにわたるように仕組まれていた。ドーリスがわざわざ持って行ったのはそういうことだったのか。

「リコリスはね、死にたがっているんだよ。アンデッドが死にたがるっておかしな表現だけど、そうとしか言いようがない。」

 そっとクラーラを見ると彼女は泣いていた。悔しそうに唇をかみしめぽろぽろと大粒の涙を流していた。

「でもね、リコリスは死ねないんだ。たとえ首をはねても再生しちゃうらしい。食べ物を絶っても空腹にもならないらしい。魔法の武器で細切れにしたうえで火で燃やされても復活しちゃうんだ。」

 真祖を殺すには特別な手順がいる。魔法の武器は真祖を行動不能にすることはできるが、殺しきることはできない。魔法の武器で行動不能にして棺で再生したところを特別に祝福された白木の杭で心臓を撃ち抜かなければ真祖を真に殺すことはできない。

 おそらくこの世界の人々は真祖の殺し方など誰も知らないのだろう。

「リコリスは父親に先立たれてから200年一人で暮らしてたんだ。その、アンデッドの父親ってのも良くわからないんだけど、リコリスは『お父さま』って言ってるからね。」

 ヴァンパイアの父親ってのはなんだ?親子そろって真祖ヴァンパイアとかか?だとしたらその父親はどうやって死んだんだ?それ以外の状況があるのだろうか。

 そんなことを考えているとキャロットが俺の腕をきゅっと掴んできた。

「ん、キャロット?」

 …待てよ…アンデッドが父と慕う状況って…。それは従者NPCじゃないのか?プレイヤーが200年前に死んでから一人で生きてきたということか?確かにあり得る事態だ。従者NPCのなかでゾンビの従者は最終的に真祖ヴァンパイアまで進化できたはずだ。

 それならアメージンググレイスを知っているのも理解できる。

「それでリコリスは自分で命を絶つために錬金術の秘術を使って100年準備してきたんだ。しかも最後は最愛のお父さまと一緒にいたいという願いもかなえようとしている。そんなリコリスの願いをあたしもクラーラもかなえてあげたくて。」


「ドーリスさん、そのリコリスさんはどのような方法で命を絶とうとしているのか教えてくれませんか?」

 ここが気になる。通常の方法では真祖ヴァンパイアは死なない。たとえ自殺であってもだ。そもそもゲームでモンスターが自殺するなどといった事態は考慮されているわけがない。

「賢者の石を使って自分より上位のアンデッドを召喚し、そのモンスターに自分を消滅させるらしいよ。最後には賢者の石を暴走させてその上位アンデッドも道連れにするので、迷惑をかけないと言っていた。」

「上位アンデッドを召喚?真祖より上位と言ったらエルダーリッチか…。」

 ああ、そうか。その「お父さま」の遺体を触媒にする気か。しかし…うまくいくのか?

「アインフォード様、アインフォード様なら真祖を消滅させることができるのでは?」

 キャロットさすがに良く知っているな。もう一つ消滅させる方法がある。レベル99に達したスペルキャスターに与えられる最後の魔法である「ウィッシュ・願い」だ。一度使用するとキャラクターレベルが10下がり、願いの魔法も忘れてしまうというまさに最後の手段だ。いまだかつて使ったところを見た事がないまさに幻の呪文だが、これを使えば真祖を完全に消滅させることができるだろう。

「キャロット、それは最後の手段だ。簡単に使用できるものじゃない。」

「ドーリス、クラーラさん。とにかく一度そのリコリスさんに会わせてもらえないか?すでにその儀式が始まっているのなら邪魔をしないことは約束する。」

 アルベルトはそう言ってリコリスに合わせてくれるように頼んでくれた。

 俺としてもそんな儀式がうまくいくとは思えない。確かにこの世界で独自に進化した魔術があり俺の知らない錬金術の秘法が開発されているのかもしれないがエルダーリッチに真祖を消滅させる方法があるとは聞いたことがない。

「リコリスが言うにはその上位アンデッドの力だけでは自分を消滅させることはできないから生命力を吸い取る石、いわゆる賢者の石もどきを作ったらしい。それを2個術式に組み込んであると言っていた。これが自分を消滅させるキーになるとか…。」

 聞いたことがない方法だが、100年研究して出した結論なのだろう。

「邪魔をしないと約束できるかい?」

「姉さん!」

「クラーラ、この人たちはあたしがいつも一緒にいる人たちだ。信用できる。もし邪魔をするようならあたしが彼らを斬るから中に入れてあげないか?」

 ドーリスは非情な覚悟のうえでクラーラに提案してくれた。

「それにクラーラも本当は…」

「姉さん!それは言わないで!」

 クラーラはもう涙でぐしゃぐしゃだ。たぶんこの子も本当はそのリコリスというヴァンパイアに死んでほしくないのだろう。


 それからドーリスとクラーラは俺たちを教会の聖堂に入れてくれた。いくつもの長椅子が左右にあり中央には赤いじゅうたんが敷かれた花道がある。正面には祭壇があり天井はステンドグラスがはめ込まれていた。まさに現代人が知る結婚式でよく見かける教会がそこにあった。

 そしてその祭壇では禍々しい儀式がまさに行われていた。

 祭壇の中央には髑髏に薄皮が張り付いただけのミイラのような男性が立っており、「オオオオオオオ」というような声とも唸りともつかない音を発している。その眼窩は漆黒の暗闇の様だがその中に邪悪な意思を宿した仄暗い赤い光が見える。全身は魔術師が着るような真新しいローブをまとっている。おそらくその「お父さま」のためにリコリスが作ったものなのだろう。

 あれがリコリスか。黒いドレスをまとった黒髪の女性がまさにエルダーリッチに取り込まれようとしていた。リコリスは恍惚とした表情でエルダーリッチの体に両腕を回しその身をすべて委ねていた。

「お父さま…リコリスもお父さまのところにようやく参ることができます。」

 エルダーリッチの額には赤いクルミ大の宝石がはめ込まれている。あれが賢者の石だろう。そしてリコリスの胸元に賢者の石よりは小さいが同じような赤い宝石が2つ輝いていた。

 祭壇には魔法陣が淡く輝き、まさに術式が起動している最中であることを物語っている。

 クラーラは思わず一歩前に飛び出し手を差し伸べ、何かを言おうと口を開いたり閉じたりを繰り返している。結局涙を流してその場に蹲るだけで言葉を発することはできなかった。

「クラーラ、泣かないで。今まで本当にありがとう。ホントはね、あなたに出会えてちょっとやめようかなって思ったのよ。でも…ね?わかってね。」

「リコリス!ああ、リコリス…」

 200年の孤独とはどのようなものだろうか。リコリスはその長い年月、ただ自分を消滅させるだけに費やしたというのか。それは、それはなんて悲しいことなのだろう。リコリスは父と慕うプレイヤーが亡くなった後何を思ったのだろう。

 例えば俺が死んでその後キャロットはどのように生きるだろうか。恋人を作り子供を産み、人として生きていくことができるのだろうか。それを教えてくれる良い人に巡り合えたらきっと人として生きていくこともできるかもしれない。しかしそういう人に巡り合えなかったら?しっかりしているようでこれまでの行動を見るにキャロットはかなり俺に依存しているように思える。それはそうだろう。彼女はゲーム内で必要な知識しか持っていないはずである。それはかなり歪な人格が形成されているといえる。そういう意味ではエイブラハムはどうなのだろう。何か奴は飄々としている感じがする。

 見ている間にリコリスの体はエルダーリッチに飲み込まれていく。まるで同化していくように見える。

「リコリス!私、本当はもっとあなたとお話ししたかったの!あなたと街に買い物に行ってみたかった!あなたがアンデッドだってそんなの関係ない!私はきっとあなたより先に死んでしまうけど…わがままだってわかっているけど!」

「ごめんね、クラーラ。ああ、あなたに200年前に会いたかったわ。この同化が終われば私の存在は消えてしまうわ。もう…意識が…ああ、さようなら…。」

 その時リコリスの胸に輝いていた赤い宝石が2個とも砕け散った。赤い宝石からは何らかのエネルギーが放出される。それは吸い取った生命力そのものだろうか。

 リコリスとエルダーリッチはもうほとんど同化しておりリコリスの表情がわずかにうかがえるだけである。その二人の周りをエネルギーの奔流が駆け巡った。そしてそれはついにはそれをつかみ取るかのように突き出されたエルダーリッチの手のひらに吸い込まれていった。

 リコリスは絶叫した。

「ダメ!どうして?!お父さま!それがなくては私は!」

 これはどういうことだろうか。先ほどの話では賢者の石もどきがリコリスの魂を消滅させるキーになっているということだったが、そこからあふれ出したエネルギーがエルダーリッチに吸収されてしまったように見える。しかもリコリスの今の叫び…。

 絶望的な表情をしたリコリスはこちらに顔を向け何かをお願いするような視線を送ってきた。もう言葉を発することもできないようだった。

 ひょっとして、失敗してないか?エルダーリッチが暴走しているのではないのか?リコリスは賢者の石を暴走させてエルダーリッチを消滅させる計画だと言っていたが、すでにリコリスの姿は確認できない。賢者の石が変化を起こしているようにも見えない。

 その時エルダーリッチの体からサラサラと灰のようなものが流れ落ち、風もないのに霧散して消え去った。


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