2章:錬金術師の夢 その17 地下墳墓
その日の夜計画通り墓地への侵入を実行した。墓地の入り口はこの街の兵士だろうが、やたらとガラの悪い連中がたむろしていた。大きな声で品のない笑い声を周りに巻き散らかしていた。昨日の夜はアンデッドの姿が確認されなかったためか、気が緩みまくっているのだろう。気温はおそらく氷点下になっており寒さのためかほとんどのものがアルコールを摂取しているようだった。
俺達は打ち合わせ通り透明化、無音化で彼らのそばを通り抜けていく。完全に無音化されているので彼らが何を話しているのかは聞こえないが、その下品な表情からろくでもないことしか話していないだろうという予想はできた。
墓地の中はアンデッドの姿もなく、平静を取り戻していた。会話ができないとそろそろ困るので魔法を解除し、奥へと進んでいく。目指すのは最奥、代々領主の墓所でアルベルトたちがクラーラの幽霊と思しきものを見かけたというところである。
「ベネディクトを襲ったのがドーリスでその話の通りならクラーラさんも生きているということになるな。」
アルベルトはそう言ってあれは幽霊ではなく、クラーラ、もしくはこの事件に深くかかわる生きた人間であったのだろうと予測を話した。
「私達クラーラさんに会ったことないもんねー。」
幽霊ではないということが分かってエリーザはどこか嬉しそうである。
「それにしてもなぜドーリスはその連中の片棒を担ぐようなことをしとるんじゃろうな。」
バルドルが言う言葉に全員が頷いた。
「やっぱり、ドーリスさんはクラーラさんに会って何か頼まれた、もしくはクラーラさんを人質にされて無理やり言うこと聞かされてる、とか…?」
「どちらもありうる話だな。いずれにせよこうなると話し合いができる相手であることを祈るしかないな。」
昼間話し合ってでた結論は、交渉できる相手ならできるだけ交渉で解決したいということだった。本当に真祖などがいたら大規模戦闘になってしまいかねない。一応そうなっても大丈夫なように準備はしてあるが、犠牲者が出てしまうことは十分に考えられる。下手をしたらこの街が死の街になってしまう可能性だってあるのだ。
「エリーザ、このあたりじゃったかのう?」
「うん、そこの墓石の影から白い人影が走って出ていたんだよ。で、そっちの墓石の方に入っていった。」
エリーザが教えてくれた辺りに行ってみたが、何の変哲もない墓石があるだけである。
「こういうのはドーリスが専門なんだがなぁ。」
アルベルトはそうぼやきながら墓石を調べていく。ドーリスはレンジャーだがシーフスキルも持っているのだろう。
俺達もその人影が消えたといわれるほうを調べてみる。幻影が展開されているかもしれないのでディテクトマジックで魔法が使われているかどうかをチェックしてみた。
かすかに魔力の残滓はあるが、術式が展開されている様子はなかった。単純に機械的な隠し扉とかあるのではないだろうか。
体内時計で30分ほど調べた頃だろうか、ドワーフのバルドルがあることに気が付いた。
「ここの墓石の合わせ方がちょっとおかしいの。ほれ、擦れ合ったような跡が見えるじゃろ。」
言われてみてみるがいまいちよくわからない。そういえばドワーフは石の鑑定なども得意だったなとなんとなく思い出した。
しばらく調べていたが、隠し扉のようなものは発見できない。
「もう、なんなのよー。」
そういってエリーザが墓石に腰を掛けた。
「こら、エリーザ。墓石に座るんじゃない。」
「もう、だってー。」
そういって手をついたエリーザの右手が飾り石を押し込んだ。
…ゴゴゴゴゴ…
「え?」
全員呆気にとられたが、エリーザが押し込んだ飾り石がスイッチだったのだろう。バルドルが先ほど示したあたりから人一人がようやく通れるほどの隙間が現れていた。
「なんというか…エリーザ、とりあえずお手柄だ。」
アルベルトは呆れたようにエリーザを褒めてあげた。当のエリーザも微妙な表情でえへへと苦笑いだった。
「それでは打ち合わせ通り、魔法を展開します。」
そう言ってこれから戦闘が始まったことを想定していくつかの魔術を展開した。
「エンチャントマジックウェポン」
「プロテクションフロムエビル」
「メジャーシールド」
「メジャーポテンシャル」
武器魔法付与、邪悪からの防御、上位物理攻撃軽減、上位能力向上を全員に展開する。
「キャロット、上位祝福と魔法防御を。」
「はい。ホーリーワード・ブレス」
「プロテクションフロムマジック」
全員にバフ魔法をかけ終わって魔女の銀時計の顔を見るともはや見慣れた驚き呆れ顔である。
「えーっと。キャロットさんも魔法が?な、なにか体中からものすごく力が湧いてくるような。」
「はい。一応私も神聖系の魔法を心得ております。」
「魔法戦士と聖戦士というところなのでしょうか。何というか…アインさん達伝説の英雄か何かなのでしょうか。きっと魔女カタリナもこのような魔法を使ったのでしょうね。」
バルドルもハンマーを握りしめ大きく頷いた。
「そのような大層なものではないですよ。ただの流れ者です。」
なんだか彼らには色々見せすぎな気もするが、ここで魔法ケチって犠牲者を出したくはない。
「それでは行きましょうか。」
隠し扉から中に入っていくとすぐに階段が下にしばらく続いていた。その先は細い通路になっており、壁には魔法の明かりがともされていた。明らかに最近まで使われていたということだろう。
「なんだかダンジョンの様ですね。」
アルベルトがそう言った。
「そうですね。地下墳墓のような感じです。それにしてもきれいにされていますね。まるで誰かが掃除をしているような。」
壁には棚が通路に沿って設けられており、おそらくここはカタコンベのような地下遺体安置所のような場所だったのだろう。作られた年代はわからないが、通路の様子や棚に使われている木材を見るにかなり昔に作られたものではないだろうかと想像できた。現在棚には遺体はなく、きれいに掃除されているがかつてはここに多くの遺体が並んでいたことは想像に難くない。
しかし、これだけきれいに片づけられているが、この街の人たちはこの場所の存在を知っているのだろうか。知っているならもう少し使われていてもおかしくないのだが。
そのままかび臭い一本道を進んでいくと少し広間のようなところに出た。広間は今までのような土がむき出しの地面ではなく、石畳で床が作られしっかりとしたつくりになっていた。正面には扉があり何か神話をモチーフにしたようなレリーフが彫り込まれていた。広間の奥に行くには扉を開けなければならないようだが、その前に襤褸をまとった小男がしゃがみこんでいた。
先頭は俺とアルベルトである。顔を見合わせてお互いの距離を少し開ける。もし戦闘になったときにお互いの格闘スペースを確保するためである。
「あのー。私達先に行きたいのですが、通していただけませんでしょうか。」
しっかりエンチャントの効いたロングソードを握りしめてアルベルトが小男に語り掛ける。
その瞬間、小男は信じられない跳躍力でこちらに向かって飛んできた。その時フードがはだけて顔がさらけ出された。
大きな赤い目は見開かれ、耳まで切り裂かれたような口からは大きな犬歯が覗いている。髪の毛はなく青白い素肌が人間でないことを物語っていた。
「ヴァンパイアか!」
俺のほうに飛んできたヴァンパイアの爪を大剣で受けとめ押し戻す。
「アルベルトさん!」
俺の声に反応してアルベルトはヴァンパイアに背後から斬りかかった。アルベルトの剣はしっかりとヴァンパイアに食い込み、ダメージを与えているようだった。その時中衛にいたエリーザが魔法を唱えた。
「マジックミサイル!」
彼女が語った通り3本の魔法の矢がヴァンパイアに突き刺さった。しかしヴァンパイアがこの程度で倒せるわけもない。
「キャロットさん!後ろ!」
アルベルトが叫んだ。俺と挟み撃ちする形で移動していたため、俺たちの後方に忍び寄る影に気が付いたのである。
キャロットとバルドルは即座に対応した。振り向きざまにキャロットは楯を投げつけたのである。
そこにはまさかの盾の投げつけという攻撃を食らったヴァンパイアが転倒していた。バルドルはこのチャンスを逃すような戦士ではない。すかさずハンマーを振り上げ、ヴァンパイアの左腕を粉砕した。とても人のものとは思えない絶叫を上げ、左腕をつぶされたヴァンパイアは後方にジャンプし距離をとった。憎悪に歪んだ表情で残った右腕を突き出し、威嚇するような唸り声をあげ牙をむいた。
いきなりヴァンパイア2体のお出ましか。しかし、今のアルベルトとバルドルの動きはなかなかよかったぞ。エリーザもいい支援だった。やはりこのパーティは将来有望だ。こんなところで命を落とすようなことだけは避けなければならない。俺とキャロットだけなら問答無用の力技で突破も可能だが、彼らもここでいい経験を積めればよいが。
「バルドルさん!キャロット!そちらは任せました!」
「おお!」
「はい、お任せを。」
俺はアルベルトと前方のヴァンパイアに集中することにする。アルベルトに斬りつけられたヴァンパイアは俺よりもアルベルトのほうが強敵と判断したのか、ターゲットをアルベルトに変更したようだった。しかし、さすがにこちらに背中を見せる様なことはしないので、二人で挟み込むような位置に動きながら攻撃を加える。
俺の大剣が足を狙い、アルベルトは爪を食らわないように腕に斬りつけていく。なかなかアルベルトの剣は有効打を与えられていないようだが、それでも徐々にヴァンパイアの傷は増えていった。
そしてついに俺の大剣が左足を斬り割き大きくバランスを失ったヴァンパイアの眉間にアルベルトの剣が突き刺さった。
ヴァンパイアは大きく痙攣してそして動かなくなった。そして肉体がぼろぼろと崩れるように朽ちだした。どうやら倒せたようだ。
こちらの戦闘が片付いたところでバルドルのほうを見ると、エリーザも魔法で参戦していた。俺達の状況が有利に傾いたことを判断してもう一方に加勢したエリーザの判断力もなかなかのものだろう。その成果もあってか戦いはバルドルのハンマーがヴァンパイアの頭を叩き潰す形で終了した。ハンマーって恐ろしい武器だな。
「みんな怪我はないか?」
アルベルトが全員に声をかける。やはり気の利く良いリーダーだと思う。
「おお、キャロット嬢の剣技はあのトロール戦以来じゃったが、やはり大したもんじゃのう。」
「いえ、バルドルさんのハンマーの威力はさすがでございます。」
「それにしても先ほどかけて戴いた魔法の効果はすごいですね。体の動きがいつもとは全く違います。何というか、キレが良くなったというか。」
「まったくじゃの。一度ヴァンパイアの攻撃を食らったが、生命力を奪われることもなかったわい。もっとも、それがなかったら今こうして話をしていられなかったと思うとまだまだわしも力不足ということじゃの。」
和やかな雰囲気で状況確認をしていたが、そろそろ前に進まなくてはいけない。扉を見るとそこに彫られているレリーフは神と悪魔の戦いを描いたものであるらしかった。扉の雰囲気としては神殿にあるようなイメージが近いか。
扉には鍵がかかっていたが、アンチロックで解除した。ゆっくりと扉を開けると今までの通路とは明らかに様子が変わっていた。地面は石畳となり、壁には漆喰が塗られたような作りになっていた。所々に宗教画が飾られており、教会の中というのがぴったりな雰囲気だった。
「ここはまるで教会の様ですね。」
アルベルトがそう感想を言った。
地下に作られた教会?地上に立派な教会があったが、ここはかつて今の教会が作られる前に使用されていたのだろうか。相変わらずきれいに掃除はされているようだ。
「ねぇ、私思うんだけど、この教会大天主教じゃないみたいね。神々の神話が描かれている絵ばかりよ。大天主教の絵画だと大天主様や法王バルナバス様が復活の奇跡を起こした場面が必ず描かれているもの。」
エリーザがそう言ったがあいにく俺は宗教についてはよくわからない。
「そういえばそうだな。俺もあまり宗教は詳しくないが、地上にある教会は大天主教だったしここは忘れ去られた神々の教会なのかもしれないな。」
アルベルトの言うことで何となく得心がいった。古い今は使われなくなって忘れ去られた教会といったところなのか。
俺達がそう言った話をしているとキャロットが唐突に足を止めた。
「…アインフォード様…歌が…聞こえます…。」




