2章:錬金術師の夢 その13 錬金術師ベネディクト
「待たせてもらっていた。」
1階のポーラの私室に案内してもらったところ見知らぬ男が当たり前のようにお茶を飲んでいた。その男を見た瞬間ポーラとイゾルデが顔を見合わせて小さく舌打ちした。
「こんな遅い時間によくおいでくださいました。ですが、お呼びいたしました覚えはございません。ベネディクト様。」
それでもポーラは丁寧な口調で答えた。
「噂を聞いたものでね。ポーラ嬢が一級の素材を手に入れたと…。そういう話はこちらを通していただかないと、少々困ったことになりますよ…。」
「残念ながらベネディクト様にお渡しできるような奴隷は手に入れておりません。どのような噂かは存じ上げませんが、お引き取りくださいませ。」
奴隷商なのだろうか。イゾルデとポーラにとって彼はどういった関係の人物なのだろう。少し様子を見てみることにした。
「あまりこちらを軽く見ないことだな…。」
そう言ってベネディクトは顎をしゃくると後ろに控えていた護衛と思われる男が二人一歩前に出た。
このベネディクトと呼ばれた男は黒い髪がよれた海藻のように額に張り付いた感じの痩せた神経質そうな男であった。
また驚くべきはその護衛である。身長は2メートルを超えているだろう。革のベルトをたすき掛けに巻いているだけの上半身だが、その筋肉はボディビルダーが裸足で逃げ出すのではないかと思えるくらい見事なものだった。顔には革のマスクがかぶせられ、表情はうかがうことができない。というか、目も覆われているのだが前が見えているのだろうか。
「知っているとは思うが、私の護衛は少々頭が悪くてね。時々私の命令を聞き違えて暴れたりしてしまうんだ。肉体強化の代償とはいえ不便なものだよ。クククク。」
これはあれか?言うこと聞かないとこの二人が暴れてこの部屋の調度品などを壊してしまうかもしれませんよ?そうされたくなかったらポーラが手に入れたという素材をこちらに渡しなさいという脅しみたいなものか?
「だから申し上げた通り、新たな奴隷など手には入れておりません。」
あっさりこちらを売り渡すかもと思ったが、ポーラさん意外と義理堅いんだな。
「そちらの二人が話題の素材だろう?イゾルデ。」
ポーラを無視してベネディクトはイゾルデに話しかけた。
「ベネディクト、ポーラの言うとおりだ。この二人は私の奴隷ではない。むしろ客だ。」
「ほう…客ですと。でしたら私が商売の話をしてもかまわないですね。良い商談ができると思いますよ…。それと、イゾルデ。お前さんにとって必要と思える情報を手土産にもってきてやったんだがな。黙ってみているというなら教えてやらんこともない。」
そう言って後ろの男に目配せすると男たちはこちらに向かって手を伸ばしてきた。
黙ってつかまってやる気もないので、伸ばしてきた手を軽く払いのける。
「イゾルデさん、こいつ何なんだ?」
イゾルデに話しかけると彼女はこめかみを抑えてため息をついた。
「あたしの同僚だ。」
ウンザリした声でイゾルデは答えた。
「ベネディクト、お前さんの奴隷が強いのは知っているが、この二人には勝てないと思う。やめといたほうが良い。」
「…やれ。」
ベネディクトのその一言で奴隷といわれた二人はこちらに襲い掛かってきた。奴隷として俺たちを奪いに来たのだろうから、傷つけるわけにはいかないので素手で襲ってきた。
まるでエロゲに出てくるマゾ奴隷のようないでたちの2メートルを超える筋肉ダルマが圧迫してくる。たぶん日本であったら恐怖で気を失う自信あるわ。
「バインドパーソン」
「ホールドパーソン」
気持ち悪いこっちくんな。俺とキャロットの呪文がほぼ同時に発動する。
「で、ベネディクトさんとやら。これからどうするんだい?」
「ば、ばかな!この部屋には魔法封じの魔術がかかっていたはず!いつ解除した?」
ベネディクトは狼狽していたが、イゾルデとポーラはなぜか納得という表情をしていた。
「ちゃんと魔法はかかっているよ。この二人がそんな程度では抑えられない魔術師ということだろ。」
「ちっ」
「ああ、ベネディクト。あたしに良い情報ってのはなんなのさ。それくらい話して言ってくれないかい?」
「馬鹿を言うな。お前とは利害でつながっているだけだ。ふん、もうローザはあきらめるんだな。」
イゾルデの顔が歪んだ。さっきもそのローザという名前は出てきたが…。ちょっと恩を売っておくか?
「チャームパーソン」
強制的に自白させる魔法でもよいかと思ったが、あれは後遺症で精神が破壊される危険性があるので、チャームパーソンで平和的に聞き出そうとした。
「やあわが友ベネディクト君。気分はどうだい?」
チャームパーソンはさっきまで殺しあっていても長年の友達として話してくれるのだから、低レベル呪文とは思えない恐ろしい呪文だとこの世界に来てから思うようになった。
「ああ、気分はいいよ。あ、えっとすまない。名前をど忘れしてしまったようだ。」
「アインだよ、ひどいなぁ。」
「ああ、そうだアイン、悪かったな。」
「それで教えてほしいんだが、イゾルデにとって良い情報ってのはなんなんだい?親友の私には教えてくれないかい?」
イゾルデは普通に部屋の中にいる。しかし、ベネディクトはまるで部屋の中には誰もいないかのように俺に話し始めた。それは俺にとっても衝撃の内容だった。
錬金術。鉛を金に変える、人造の生命体を作る、死者を生き返らす。多くの奇跡を可能にする技である。その技を極めたアイテムこそ賢者の石であり、錬金術師がその作成に人生のすべてをささげると言っても過言ではないアイテムである。そして、錬金術師の最終目標は不老不死であるといわれる。
「ソウル・ワールド」にももちろん錬金術師というクラスは存在した。錬金魔術という独特の魔法体系を持ち、物理法則を無視した物質の変成を可能とする魔術であった。もっとも魔法というものは大体そんなものであるので、錬金術だけが特殊なわけではないが。
「ソウル・ワールド」の高レベル錬金術師は大体賢者の石を所持している。卑金属を金に変えることができればお金稼ぎ放題になり、ゲームバランスを壊すのではないかと思われたが、素材になる卑金属を収集する手間が地味に面倒くさく、そもそもそれほどのレベルであるなら既に他の手段でいくらでもお金を得ることができたので、特に問題になることはなかった。
死者復活なども普通の中レベルプリーストが当たり前にやっていることなので、錬金術師が死者復活を行ったところで当たり前の事であった。
ところが、これが現実世界だとそういうわけにはいかない。卑金属を金に変換できたら世界の経済を破壊しかねない。人造の生命など神を冒涜する不敬極まりない行いと教会組織から糾弾されるだろう。ましてや死者の復活などありえない話であった。
しかし、そういう禁忌こそ魔術の本質であるのも確かであった。
ベネディクトは錬金術師である。しかも変成を研究する過程で「物質は固有の原子を持ち、原子自体は変質しない」という独自の理論を持っていた。もちろんこの考えは錬金術師としては異端である。魔術のある世界であり、鉛を金に錬金することは誰もできないだけで可能なのである。
そんなベネディクトにとってルードガーの持ち込んだ賢者の石もどきは衝撃であった。人の生命力を吸い取るなど、アンデッドにそういう能力を持つものがいるということは知っていたが、人の手で作り出せるとは思えなかったのである。
ルードガーとベネディクトは旧知の仲であり、ルードガーはその賢者の石もどきの解析をベネディクトに依頼した。取り扱いはたいへん難しい代物であったが、ベネディクトには実験に使用できる使い捨ての奴隷が数多くいたし、なにより錬金術師としての知的好奇心が彼の心を動かした。
ベネディクトはまず、どういう素材でこの賢者の石もどきが作られているかを解析した。錬金術魔法にはそういった解析の魔法も存在する。わかったことはベネディクトでも知っている素材ばかりであったこと、その配合比はわからなかったこと、そして合成に使った魔法が分からなかった。ベネディクトの知っている合成魔法ではこの素材を合成することはできなかったのだ。自分より高位の錬金術師が行ったものと想像できた。
解析が終了した段階でいったいこの石はどれほど生命力を吸収することができるのかを調べることにした。ルードガーが1日奴隷にもたせていたと話していたので、別の奴隷に3日持たせてみたのだ。結果として2日間で20歳ほど年を取ったように見えたが、それ以降は変化がないように思われた。つまり生命力の吸収は3日30年と判明した。そしてようやく賢者の石もどきは手に取って観察することができる様になったのである。
そんなベネディクトのもとに不審な一団が押し入ってきた。護衛の強化奴隷二人はあっという間に襤褸をまとったような3人の小男にミイラにされ、フードを被った女が触れるようになった賢者の石もどきを奪っていったのである。ベネディクトは透明化の魔法のおかげで難を逃れたが、その際その女が
「これで5人は解放される。」
と呟いたのを聞き逃さなかった。
ベネディクトは透明のまま4人の後をつけたが、墓地に近づいたところで恐ろしいものを目撃した。何十体というアンデットがあふれかえっていたのである。3人の冒険者と神官たちが必死に防衛していたが、4人が墓地の奥に消えると同時にアンデッドは姿を消していった。
自分のアジトにもどりしばらくは恐怖に震えていたが、ようやく今この街で何かとんでもない事態が進行していることに気が付いたのである。
ルードガーとすぐに相談し、まずは治安維持団の団長である同僚、ヴァルターに報告した。さすがにヴァルターもこの街の存続にかかわる問題を棚上げするわけにもいかず、すぐに対策をすると言って団に戻っていった。
しかし、ルードガーとベネディクトはミイラ殺人の現場を見ている。いかに治安維持団が戦闘集団であってもあの数のアンデッドと人をミイラにする能力を持った小男たちに勝てるという気がしなかった。そんな時イゾルデが上玉の奴隷素材を手に入れたと聞いたのである。ルードガーとベネディクトはそれを元手にいったんこの街を離れ、ヘルツォーゲンでほとぼりを覚まそうと考えていた。少なからずヘルツォーゲンにも影響力を持っていたので、この街の騒動が収まるまでは離れていたほうが良いと判断したのだ。




