2章:錬金術師の夢 その10 拉致
「アインフォード様?この宿は少々お高い感じがするのですが…。」
キャロットの疑問はもっともである。俺達が今晩泊まろうとしていた宿はおそらくこの街でも1,2を争う高級宿に思われた。大きな黒い扉の両脇にはまさに門番というべき屈強な大男が槍を構えて立っており、さらに執事然とした男性が俺たちのために扉を開けてくれた。
中はホールになっており、なんだここはダンスでもする場所なのか?というほど広い広間になっている。壁に沿ってテーブルが設置されており、いかにも金持ち然とした紳士、淑女が食事をとっていた。時間もちょうど食事時だったからだろう。
一歩中に入ると足が沈み込むのかと思われるほど柔らかな絨毯が敷かれており、泥のついた靴で入るのがためらわれてしまった。
中に入るとすぐに支配人が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。当ホテルのオーナー様のお嬢様の命の恩人に精一杯のおもてなしをさせていただきとう存じます。お時間もお食事時となっておりますので、まずは当ホテル自慢の料理を召し上がりください。」
支配人はそういうと俺たちをテーブルに案内してくれた。
そもそもなぜこんな事態になったのかというと、シュライブベルグの街に入ったところまで話は遡る。夕方に街についた俺たちは門番に当然足止めを食らった。とはいえ、冒険者のドッグタグが効果を発揮し、簡単な質疑応答だけで門を通ることができた。同じような冒険者がそこかしこで見受けられたので、駆け出しの冒険者タグの俺たちなど詳しく尋問する価値がないと判断されたような感じであった。そのほうが助かるのだが。
結局街には入れたのは日本時間感覚で5時頃だろうか。
この世界では正確な時間を図る方法もないようで、時間の呼び名はかなり適当である。大体日の出から朝1つ、朝2つと数えだし正午が昼1つとなる。日の出が6時だと考えれば朝1つが6時、朝2つが8時、朝3つが10時ということになり、昼1つが正午、昼2つが2時、昼3つが4時、昼4つが日の入りである。季節による変動は無視されているが、まぁ1単位で2時間といったところの様だ。1年が大体365日に近いようなので、おそらく天文学などもそれなりに発展しているのではないかと思うが、民間にはまるで浸透していないようであった。やっぱり地動説なのかね。今度どこかの学者と話す機会があればぜひ聞いてみたいところだ。
閑話休題
街に入って冒険者ギルドに行こうとしていたところ、路地から女の子が飛び出してきて助けを求めてきた。おお、定番展開だな。
「助けてください!人攫いです!」
ヘルツォーゲンでこの街の治安はかなり悪いという話は聞いていたが、いきなりそれを実感するような出来事に遭遇である。見たところこの娘さんは普通の街娘の様だが…。
「おいおい、手間かけさせんじゃねーよ。おい、にーさん、余計なことに首突っ込んじゃ長生きできないぜ?何も言わずにその娘こっちに差し出してくれりゃ見逃してやるからよ。」
3人組のいかにもガラの悪そうな男たちが路地から出てきてそう言ってきた。
まぁ、そうなんだが…。女の子が正しくて男たちが間違っているというのはこっちの勝手な思い込みだからねぇ。
「どうして君は追われているんだい?」
とりあえず聞いていた。
「知りません!道を歩いていたら突然路地に引きずり込まれて…。」
そういって泣き出してしまった。
泣く子には勝てないよなー。案の定キャロットさんの義侠心に火がついちゃったぞ。
「アインフォード様!このような無法を見逃すわけにはまいりません!」
あーうん、そうなるよね。
「と、いうわけなんでここは私の顔に免じて撤収してくれないかな?」
と言って少し威圧をかけてみた。
向こうは3人、こちらは2人どちらが勝つにしても怪我人は出ると判断したのだろうか
「ちっ!」
と舌打ちして3人は路地に消えていった。
どうやら助けた女の子はこの高級宿のオーナーの一人娘であったらしく、お礼がしたいということで招待された、というわけである。女の子は名をポーラと名乗った。
高級宿で出される料理に実は興味があったので、せっかくなので夕食はここでいただくことにしたのだが、その料理には正直驚いた。魔女の銀時計の事は忘れたわけじゃないですよ?いずれにせよ彼らがどこにいるのかわからなかったし、食事は必要ですからね?
「これは…うまいな…。」
「はい。正直ここ何か月かで最高のおいしさです。」
ワインを飲みながらコースの料理をいただいたのだが、今までの塩味オンリーではなく胡椒がふんだんに使われた料理はものすごくおいしかった。やっぱり香辛料は偉大だよ。ちょっと味が濃い料理が多いような気がしたが、鉱山が近くにあるということだし労働者向けに濃い味付けがこの街では主流なのかもしれないと納得した。それにだいぶ寒くなってきているのでそのほうが受けが良いのかもしれない。
メインの肉料理が終わり、デザートが運ばれてくるとき先ほど助けたポーラ嬢がドレスアップして挨拶に来てくれた。なるほどこうしてドレスアップすると結構な美少女といえるな。さっきの無法者は身代金目当てだったのかと思っていたが、奴隷として他の街に売る可能性もあったということか。奴隷売買についてはヘルツォーゲンのギルドで聞いていた。
「先ほどはありがとうございました。ご存知のようにこの街の治安はたいそう悪うございます。あのような誘拐事件や強盗事件などが頻発しているのです。」
「お怪我がなくて幸いです。またこのような素晴らしい料理をいただき、こちらのほうこそ申し訳なく思います。」
本当においしい料理を食べさせてくれたことに感謝をしたかった。
「いえいえ、私どもができるせめてもの事でございます。よろしかったらこちらのお茶もどうぞ。東方から仕入れた珍しい茶葉でございます。」
そういって給仕がお茶を入れてくれた。どこか甘いようなアロマのような匂いがお茶から漂ってくる。東方から仕入れたといっていたが、ソウル・ワールドの地図を思い出してみると東方にはキタイという大国があったはず。その国産のものかもしれない。クエストで何回か行ったことがある。中華な土地柄だったと思う。
ふとキャロットを見ると少しうつらうつらしている。ヘルツォーゲンから馬で強行してきたから疲れが出たのだろうか。今日は早いとこ部屋をとって休ませてもらったほうがいいかもしれない。
出されたお茶を口に着けてその不思議な味わいを楽しんだ。ジャスミンティのような風味だと感想を持ったところで、…意識を失った。
「やっと寝たよ。どんだけ耐性が高いんだい、こいつらは。」
「まさか秘薬の茶葉まで使うことになるとは思いませんでした。」
薄れゆく意識の中でどうやら一服盛られたようだと認識した。
目を覚ましたのは地下牢といった感じの石壁の部屋だった。少し頭が痛んだが、体には異常がないようだ。異常はないが…全裸かよ!マッパだよ。よく映画なんかで主人公が捕らえられ地下牢に入れられるシーンがある。常々、全裸にしとけば逃げにくくなるのになーとか思っていたが、まさか自分がその立場になるとは思わなかった。しかもご丁寧に手かせ足かせに鎖が付き壁につながれている。まるで猛獣を檻に入れているような待遇だな。
さて、いったい何が起きたのだろうか。最後に聞いた会話からするに、どうやら嵌められたのだろう。おそらくポーラ嬢が暴漢に襲われているところから仕込みだったのではないだろうか。食事に睡眠薬を仕込まれたというところなのだろうが、今後食事には注意が必要だ。簡単に毒殺されてしまう可能性があるということが分かってしまった。今回だって殺そうと思えば寝首を簡単に掻くことができたのだから。
では何のために俺たちを拉致したのだろうか。特にお金を持っているとは思えない駆け出し冒険者をさらっても身代金を要求する当てもない。となると、やっぱり目当てはキャロットだろうな…。先ほどのポーラの話を信じるわけだはないが、奴隷として売り飛ばすのが定番なのだろう。男は鉱山に売り払うのが妥当なところなのかな。それにしてもやっぱり全裸は嫌だなぁ。
「おお、お目覚めかい、色男。」
にやにやと嫌な笑いを浮かべた男が二人牢に入ってきた。こちらは鎖で固定されているので動けないと見て結構大胆に鍵を開けっぱなしにしている。
「へぇ…なるほどいい男じゃないか。これは楽しめそうだねぇ。」
涎をたらさんばかりに二人の男はシャツのボタンを外しながらこちらに向かってきた。
ちょ、おま、それは、そういう意味なのか?いやいやいや、冗談じゃないぞ。俺にそっちの趣味はないってば。
「女の方は生娘らしいんで手を出すなって通達だが、男はやっちゃっていい許可出たんでなぁ。」
女の方は生娘らしい…だと?それは、キャロットを身体検査した、ということなのか?
「おい!お前らキャロットに何しやがった!」
怒りがふつふつと湧いてくる。人として絶対に許せん。一刻も早くキャロットを救出せねばならない。そういえばエイブラハムはどうしたのだろう。食い意地の張ったあいつの事だからきっと寝ているだろうな。一緒につかまっているかもしれない。
「おうおう。生きがいいねぇ。そのいきで俺たちを喜ばしてくれよ?っていうか、お前さん俺たちと同じ口だろ?あんだけの別嬪さんはべらかしといて手を出してないってことは女にゃ興味ないんだろ?」
馬鹿野郎、何でキャロットに手を出さなきゃならないんだ。あいつは家族みたいなもんだ。
「俺に男色の趣味はない!」
「ああ?そうなんか?」
なぜか不思議そうな顔をしている。
「まぁいいさ。こっちの世界の素晴らしさを教えてやるよ。どうせ、お前はこれからそういう世界で生きていくんだ。いい性奴隷になってもらわないとこっちも儲からないからな。」
そういって俺の体を嘗め回すように見てきた。
そういうことか!男色家に売りつけるつもりだったのか。鉱山奴隷とどっちがいいのだろうかと一瞬考えてしまったがどっちもごめん被る。いやマジで勘弁してください。
いずれにせよこのままでは貞操の危機である。さてこの鎖、引きちぎれるだろうか。
右腕に力を込めて鎖を引っ張ってみると、ドコッと音がして壁に打ち込んであった鎖付きのハーケンが抜けた。
魔術を使うには実は条件がある。少なくとも片腕が自由である必要があるのだ。「ソウル・ワールド」では大きく魔術はマナ系魔術と信仰系魔術に大別される。信仰系魔術にこの条件は適用されないが、マナ系魔術では絶対の条件であった。「ソウル・ワールド」で魔法戦士が器用貧乏になりがちだった理由がここにもある。高レベル魔術師は詠唱をショートカットすることができるが、それでも魔法を発動するとき一定の「印」を結ぶ必要がある。その印は魔法によって異なっているが、大体が片腕で発動することができる。一般的な魔術師は剣で戦うわけではないので杖やロッドを持っていても常に片手は自由にできる。しかし魔法戦士はそういうわけにはいかない。両手剣を持っているか、片手剣と盾を持っていることがほとんどである。そのため魔法を使用するためには一度盾を下すなど物理攻撃を中断してから魔法を使う必要があったのだ。アインフォードこと佐藤太一郎はここに特技があった。彼は両手剣を振るいながらその剣戟が印を結ぶ形にもって行けたのである。もちろん傍目には奇妙な剣筋となって見えたが、魔法戦士の欠点をセンスでカバーすることができた稀有な例と言えたのだ。
ハーケンが抜け右手が自由になったことですかさず魔術を発動する。
「マス・バインドパーソン!」
束縛の呪文を多人数対象で発動する。男たちは驚いた格好のままその場に固まりついてしまった。この呪文は意識までは奪うことができないので、彼らは物を見ることも聞くこともできるが、体は一切動かすことができない。せいぜい眼球くらいは動かせるかもしれない程度である。
やれやれ、とりあえず貞操の危機は脱したか。
こいつらこの枷のカギ持ってないかな。二人のポケットを調べたがカギは持っていない。しかたない左手と足の鎖も何とか自由にするしかないか。力技で鎖を引きちぎり、とりあえず牢を脱出することには成功した。それにしても簡単に鎖が引きちぎれてしまったが、ありえない怪力といえるのだろう。いろいろ気をつけねば…。
二人の男たちは体を動かすことはできないが、まるで化け物を見たかのように目を見開いていた。
牢を出るとすぐ側の壁に鍵束があるのが目についた。おそらくこれが目当ての鍵束だろう。引っ掴んで枷のカギを外すことができた。
キャロットを探さねばならない。この地下牢にいれば話は早いのだが、ひょっとしたらもう運び出されている可能性もある。そもそもどれくらい眠らされていたのかよくわからないのだ。エイブラハムはどうしたのだろうか。キャロットにしてもエイブラハムにしてもそう簡単に言うことを聞かすことはできないはずだ。
ぶっちゃけ言ってエイブラハムが暴れたらこの建物消し炭になるぞ。いや、キャロットが暴れても同じような状態になるだろう。それがまだ何も起きていないということは、二人とも目が覚めていないのか、それとも別の場所に運ばれたのかのどちらかだろう。
あとは装備だ。どこかに保管されているといいのだが。武器防具の類は普段使いのロングソード以外は魔法のバックパックに入れてある。しかもロックの魔法をかけてあるので、開けられることはないと思うが破壊されてしまうとどうしようもない。キャロットとエイブラハムのバックパックも同様である。ちなみにエイブラハムのバックパックはおそらくカタリナがゲーム時代にロックをかけていたのだろう、俺達には解除できなかった。
ここは先ほどまでアインフォード達が食事をしていた高級宿「ミスリルのスプーン亭」の別館である。ミスリルのスプーン亭は異常に年若く見えるが20代の女性ローザが取り仕切っていた。そして別館の役目は高級客相手の娼館であったのだ。
アインフォード達は当然知る由もなかったがシュライブベルグの娼館というのはその世界では有名な場所だった。貴族というものは時に人には言えない趣味を持っているものが多い。そのような貴族の要望に応えられる場所はやはり限られる上、絶対に外には漏れないようにしなければならい。シュライブベルグはそのような貴族相手に多種多様な性奴隷を用意できる希少な都市だったのである。シュライバー子爵外交の最大の切り札といえた。当然娼館を取り仕切るイゾルデは子爵と懇意である。子爵自身も決して褒められた性癖を持っているわけではないので、子爵が領地に戻ってきた時こそイゾルデにとっては最大の儲け時でもあったのだ。




