2章:錬金術師の夢 その8 墓地へ
魔女の銀時計のメンバーは空き家となっていた小さな民家を借り受け拠点として活動していた。様々な理由で街を離れてしまった人々は多く、そのような空き家はそこかしこに見られたのである。
パーティのレンジャーであるドーリスはこの街の出身であったため、ここまでは彼女が中心となって活動していたが、そのドーリスが行方不明である。そのため彼女が残した情報をもとに3人は各所からドーリスの捜査後を追いかけるように洗いなおしていた。
彼らが共有していたここまでの情報は主に冒険者ギルドから与えられたものを中心とし、その後依頼主である大天主教会から聞いたことを街の人たちから裏付けをとったものであった。
さらわれたのは全員敬虔な大天主教信徒であること。
おそらくは5人とも処女であったということ。
「闇ガラス」の幹部の娘が行方不明になっていること。
治安維持団長は「闇ガラス」の幹部だということ。
女性達がさらわれたところを見た者はいないこと。
クラーラについては教会が行方不明といっているが、そもそもこの半年ほど姿を見せていないこと。
確実といえる情報は以上くらいであった。そして不確実だが重要な情報として以下のことが分かっていた。
闇ギルド間の抗争が激化しており、多くの構成員が死んでいること。
錬金術師が暗躍しており、賢者の石が発見されたということ。
教会の発行する「大天主による救いと愛を約束する贖罪の札」通称「贖罪符」の発行が大幅に増えていること。
冒険者ギルドに持ち込まれる依頼から教会依頼の物が減っていること。
墓地でアンデッドが確認されたこと。
貴重なアイテムを持ち込んだ女冒険者が「ルードガー魔法商会」に拉致されたということ。
そして最近街を騒がしてるのが「ミイラ殺人」である。
ドーリスが姿を消してから3日、魔女の銀時計の面々は拠点としている民家で情報の整理を行っていた。
「私、今日闇ガラス系のところじゃない魔法屋に行ってきたんだけど、ちょっと興味深い話が聞けたよ。」
エリーザが今日仕入れてきたばかりの情報を披露した。ルードガー魔法商会で拉致されたという冒険者は間違いなくドーリスだろうと3人とも考えていた。そのため、何のためにわざわざそんな危険なところにアイテムを持ち込んだのかを疑問に思っていたのだ。
「なんでもマジモンの賢者の石が出回ってるらしいの。」
「いや、出回るわけないだろ。そんなポンポン賢者の石が出回っちまったら錬金術師は商売あがったりじゃないか。」
アルベルトはそんなことはあり得ないとエリーザの話をバッサリした。
「それがね、もちろん私もそう思ったわよ。でもほら、最近街を騒がせているミイラ殺人!あれ賢者の石で行っているっていう話よ?」
「エリーザ、賢者の石とは人をミイラにできるしろものなんかの?」
ドワーフのバルドルは魔術については詳しくない。しかし、賢者の石くらいは聞いたことがあった。
「私も錬金術についてはよく知らないけど…賢者の石ってのは鉛を金に変えたり、人を生き返らしたりできるっていう話でしょ?だったら精気を吸い取ってミイラ化させるくらいできるんじゃないかなぁ。」
「それについては俺も一つ情報を持ってきた。」
アルベルトがミイラ殺人について調べたことを発表する。
「ミイラ殺人の被害者を調べたんだがな、どうやら全員闇ガラスのメンバーらしい。」
「闇ギルド同士の派閥争いってところかの?そうであったら放っておいても良いかもしれんが、ドーリスが絡んでおるしのう。」
彼らがこのミイラ殺人について調べ出したのはもちろんドーリスが持ち込んだといわれるアイテムがいったい何だったのか?という疑問からである。
「ちょっと待てよ。ドーリスがアイテムを持ち込んだのが闇ガラス系の組織なら、なんでそれでミイラ殺人の被害者が闇ガラスになるんだ?」
「別の組織がそのアイテムを欲しがっている、もしくは取り返そうとしている…?」
「わしはドーリスが持ち込んだそのアイテムこそ賢者の石じゃないかと思ったんだがのう。」
バルドルの意見に二人は顔を見あわせた。それはあり得るのか?
「いや、バルドル。さすがにそんなすごいアイテムを見つけたら闇ガラスにもっていく前に俺たちに何か言ってくるだろう?」
「うーっむ…これは未確認の話なんじゃが…。」
言いにくそうにバルドルは今日スラムで聞いた話を始めた。
「わしは今日クラーラがよく訪れていたスラムに行ってきた。こういうご時世じゃからの、ちょっと荒っぽいこともあったがドーリスの仲間で、クラーラを探しているというと大体のものは話を聞いてくれたわい。」
クラーラは半年前からこのスラムには訪れていないというのは以前の調査でもわかっていた。もともとクラーラとドーリスはこの街のスラム出身である。ドーリスが冒険者としてこの街を出て行ってからもシスターとして子供たちの面倒を見ていたクラーラはスラムでも評判がよかったのである。
その中で今日バルドルは子供たちがクラーラの幽霊を墓地で見たという話をしているのを聞いたのである。
クラーラがスラムで無料で治療行為をしていることはスラムの住人ならもちろん知っている。そしてそれが教会ではよく思われていないことも知っていた。そのためクラーラが姿を現さなくなったのは教会に罰を受けて外に出られなくなったのではないかと皆考えていたのだ。
そのクラーラが幽霊となり墓地に現れたという話は子供の戯言とかたずけられない意味を持っていた。
「クラーラさんの幽霊…?」
エリーザが思わず自分の肩を抱きすくめた。
「もし、もしじゃ、ドーリスがこの話を聞いたらどうするじゃろうか?わしはドーリスなら絶対に真相を探ろうと無茶な潜入をやらかすと思うぞ?」
「あり得るだけに何とも言えんな…。」
アルベルトもドーリスの性格はよく知っている。時に暴走しがちなところは彼女の長所でありまた欠点でもあった。
「そして賢者の石を見つけてしまったらどうするじゃろうか?」
「いやいや、まてまて。さすがにドーリスが暴走するとはいえ、賢者の石を見つけたのならもうちょっと慎重に行動するだろう。おそらく、賢者の石ではない何か鑑定不能なものを見つけてそれを魔法屋にもていったのじゃないだろうか?」
「なるほど、それのほうがつじつまが合うの。」
「じゃぁ、じゃぁ。ドーリスが持ち込んだアイテムを取り返そうと別の組織がミイラ殺人をしているってことなの…かな?」
「それはわかるんだが、何でそんな奇怪な手段で殺人をしているかってことだな。」
「やっぱり賢者の石は本物なんだ!」
「だから今それは違うんじゃね?って結論したじゃねーか!」
「で、だ。墓地でクラーラの幽霊が出たって話はまだ確認取れてないんだろ?墓地でアンデッドが確認されたっていう話もある。今晩当たり張り込んでみようか。」
「そうじゃの。ミイラ殺人の犯人も気になるが今日はそっちを確認しておいたほうがよかろう。」
「でもさ、私たちクラーラさんの顔知らないよね?」
「「あ。」」
なんとも間が抜けた話であるが、会ったことがないのでわかるはずもなかった。
その夜3人は防寒装備をまとい墓地へ赴いた。この日は特に冷え込み、吐く息は真っ白に凍り付いていた。二つの月は両方とも明るく輝いており、夜に活動するには十分な明かりを提供していた。
この街の墓地はぐるりと一周してだいたい半刻(1時間)ほどで、一番奥の日中なら最も日当たりの良いところに代々の領主の墓があった。墓地の入り口にほど近いところに教会があり、今日もひっそりとした葬式が営まれていた。
墓守小屋を貸してもらい、一刻半(3時間)おきに墓地を見回ることにしたが誰だって夜の墓地などに長居したいものではなかった。
「あ、あのね?私やっぱ墓地って好きになれないの。」
「当たり前だ。俺だって嫌だよ。」
「どこに夜の墓地を好きだというやつがいるというのじゃ。」
3人とも墓守小屋からなかなか出ようとはしなかった。
墓守から事前に話を聞いたところでは、昨日、一昨日とスケルトンが数体目撃されたらしい。墓地に自然に発生するスケルトンやゾンビは日が昇るとどこかに自然と消えてしまい、そのまま現れなくなることがほとんどである。まだこの程度の数なら自然に発生が収まることが多いので冒険者ギルドに依頼は出していないが、このまま数が増えるようなことがあればすぐにでも討伐依頼を出したいと言っていた。
またこの小屋には聖なる結界が施されており、最悪多くのアンデッドが現れてもこの小屋にこもって朝まで耐えれば大丈夫だと教えてくれた。
「いつまでもここにこもっていては何の解決にもならない。スケルトンくらいなら楽勝で倒せるし、その発生源を突き止めればドーリスの手がかりになるかもしれないだろ?それにそもそもの目的はクラーラの幽霊の件の確認だ。さぁ、行くぞ。」
アルベルトは二人を元気付け、率先して外に出ることにした。
「スケルトンならいいんだけどぉ…幽霊とか、その、実体がない系はやっぱり、嫌だよねぇ…。」
エリーザは幽霊がどうにも苦手なようで、できるならここから動きたくないようであった。しかし、万が一高位のアンデッドが現れると魔術師なしでは太刀打ちできない可能性もある。アルベルトはまさに引きずるようにエリーザを連れていくことにしたのであった。
月明りで墓地は明るかったので見たくないものまでやはり見えてしまうものである。3人が巡回を始めてまもないうちに遠くのほうで人型の影を発見した。数は2体、スケルトンのようであった。
「早速スケルトンのお出ましか。数は少ないからさっさとやってしまおう。」
3人は警戒を緩めず、スケルトンのいるほうに歩いていく。できるなら墓地のどこからスケルトンが湧いて出たのかを確認したいところであったが、湧き出た瞬間を抑えないとスケルトンは徘徊を開始するのでその場所を特定するのは困難である。
こういった墓地で発生するスケルトンは特別に剣などと一緒に埋葬されたもの以外は武器を持って現れることはない。今回のスケルトン2体も特に武器らしいものは何も持っていないようだった。2体のスケルトンにアルベルトとバルドルは1体ずつ請け負ってあっさりと打ち倒してしまった。
「この程度のスケルトンならそう恐ろしいものでもあるまいて。」
1回目の巡回で発見したのはこの2体のスケルトンのみであったため、3人は少し拍子抜けした気分で墓守小屋に帰投した。
「案外慣れてくると墓の巡回も悪い仕事じゃないかもね。」
「エリーザ、調子よすぎるぞ。さっきまであんなに怯えていたのは誰なんだい、まったく。」
えへへと舌を出してエリーザは笑ったが、まだまだ夜はこれからが本番だ。今晩中にあと2回巡回する計画である。次の巡回は一時(2時間)後なのでバルドルを見張りに残し、アルベルトとエリーザは仮眠をとることにした。




