2章:錬金術師の夢 その7 闇ガラス
シュライブベルグの繁華街、その中に「料理組合」本部は置かれていた。料理組合とは飲食店や宿屋業のギルドの事であるが、当然裏の顔を併せ持つ。いわゆる売春斡旋業の元締めといえる組織であった。売春業や娼館は別に非合法なことではない。王都など治安の安定した都市などでは娼館は届け出制となっており、都市治安部に認可を受けると公然と商売することができる。あまりにもそういった施設が増えすぎると治安維持の観点からも問題が出るため、規制がされるのである。しかし、この街においてはそういったセーフティネットは全く機能していなかった。なぜなら治安部は賄賂次第でいかようにもできたからである。
だが、あまりにも多くの娼館ができすぎると客の取り合いとなり、自らの利益を減らすだけである。本来料理組合はそういった利益の調整を行う目的もあるのだが、いくつもの派閥や、闇組織が利権を争うため常に流血事件が裏社会では行われていた。
そんな闇組織の一つ、今この街で最も権勢を誇っている闇ギルド「闇ガラス」の幹部4人が夜も深まり深夜といえる時間、料理組合本部に集まっていた。当然、全員ボディガード付きである。
「偉大なる指導者諸君、よく集まってくれた。知恵と力と信仰に祝福を。」
「知恵と力と信仰に祝福を。」
全員が唱和する。
闇ガラスには統括するボスはいない。4人がそれぞれの部門のボスであり、4人の合議で闇ガラスとしての運営は行われていた。4人の仲が良いかといえば決してそんなことはなく、場合によっては利害が対立するため、同じ組織内であっても虚々実々の駆け引きが行われている。しかし、4人が手を組んでいる現在が一番利益を得ることができるという認識は皆持っていたのである。
「さて、緊急に今日集まってもらったのは当然理由がある。」
そう切り出したのはやたらと目つきが鋭く、やせ細っているが熟練の盗賊といった風情を持った男であった。名をルードガーという。
「私の管轄する流通部門で少し厄介な問題が起こっている。」
流通部門といえばまともな商売の感もあるが、実際は盗品や禁制麻薬の取引などを扱う闇市場を牛耳っている部門である。
「そして、これは料理組合長殿にも極めて関係のある話だと思われる。」
料理組合長と呼ばれた金髪の女性がルードガーをキッと睨む。
「それは、どういうことだい。あたしの娘の件にかかわりがあると?」
イゾルデは30代にしてなお衰えぬ美貌を誇り、かつては名の知らぬ者はいないという有名な娼婦であった。しかし、20代にして子を授かったことによりあっさり娼婦を引退し娼館の経営のほうに回ったのである。もともと頭がよく経営手腕も確かであり、また極めて合理的で非情な手段もいとわないことからあっという間にこの街の娼館をまとめる立場にまで上り詰めたのである。
料理組合長イゾルデの娘は連続婦女行方不明事件の被害者の一人である。料理組合がこれまで総力を挙げて捜査しているが、全く手掛かりがつかめていない。
イゾルデの娘は敬虔な大天主教信者である。まさか母親が闇社会の大物で、売春斡旋業の元締めだなどということは夢にも思っていない普通の少女であった。もちろん、母親が料理組合長であり、街の要職についていることは知っているのでイゾルデの娘、ローザにはボディガードがつけられていた。
そのボディガードはローザがいなくなった時のことを何も覚えていないのである。ボディガードは発見された時、心ここにあらずといった風情で街中を徘徊していたのだ。何かを隠しているのかと激しい拷問も加えられたが、彼は全く何も覚えていなかった。
「もったいぶらないで早く話を進めろや。」
そう言って先を急かしたのは顔に大きな傷を持つ大男だ。名はヴァルターという。彼は表向きこの街の治安維持団長である。治安維持を任務とする人物自身が闇組織の幹部である。いかに腐敗が深刻であるかを物語っている。
もう一人この場にいる人物は名をベネディクトという。奴隷市場を掌握する人身売買人である。彼はまだ自分の発言する場面ではないという態度で成り行きを見守っていた。
「これなんだが。」
そういってルードガーは布に包まれた拳大の塊を取り出した。
「なんだいこりゃ?これがあたしの娘と関係があるっていうのかい?」
ルードガーは包みを慎重にほどいていった。いったい何重にくるまれているというのか大きさはずいぶんと小さくなっていき最終的には親指の頭ほどの大きさになった。
「おいおい、ずいぶん厳重にくるまれてるもんだな。何だってんだよ。」
ついに布は取り払われ、中から赤い宝石のようなものが出てきた。
「これは…?」
イゾルデは顔を近づけてよく見ようとする。
「あまり、無防備に近づきすぎるな…。取り込まれるかもしれない。」
びくっとイゾルデは顔を離す。
「まさか…これは…『賢者の石』…?」
「正確には賢者の石、もどきだ。」
全員が顔を見合わせる。賢者の石は錬金術師の求める最高の結晶である。もどきとはいえなぜそんなものがここにあるのだ?
そもそも歴史上賢者の石の生成に成功した錬金術師は一人だけである。伝説に語られる大錬金術師ラケルス師は賢者の石を生成し、鉛を金に変えたといわれるのみならず人造の生命体を作り出し、死者さえ復活させたと伝えられる。
しかし、今いる錬金術師はとてもそんな偉業を行えるものはいなかった。今の錬金術師はほとんどが薬師を兼ねている。薬草を精製し丸薬を作ったり、金属の腐食を抑える魔術を行使して高級建材の材料を提供している。まかり間違っても伝説の賢者の石を作り出せるものなど存在していないと思われていた。
「賢者の石もどきがあたしの娘とどう関係があるってんだい?」
イゾルデはルードガーに問いかける。だが、それに答えたのはここまで黙って成り行きを見ていたベネディクトだった。
「賢者の石の生成には『処女の血』が大量に必要になる…。」
ベネディクトは奴隷商であると同時に錬金術師であった。もっとも彼は研究者というべき錬金術師で奴隷を鉱山に卸すと共に卑金属を取引し研究していた。しかし、彼からすれば錬金の秘法などは眉唾であり、金属の変化や物質の成り立ちには一定の法則があるのではないかという独自の理論を持っていた。それが故、もどきとはいえ賢者の石に近いものがここにあることが信じられなかった。
「これは本当に賢者の石に近いものなのか…?にわかには信じがたい…」
ベネディクトの言うことにルードガー以外の者は一様にうなずいた。ありえないことなのだ。
「もちろん俺も最初は信じなかった。…これを見るまではな。」
そういってルードガーはボディガードに何かを持ってくるように指示した。すぐにボディガードは透明な瓶に入った油虫を一匹持ってきた。
「虫ィ?そんなもんで何すんだ?」
ヴァルターは怪訝な顔をする。もともとその手の魔術や学術には興味の薄い脳筋野郎である彼には何かどうでもよいことに思えていた。
「まぁ見てろ。」
ルードガーは瓶のふたを開けると赤い宝石を慎重にスプーンに乗せ手に触れないように瓶の中に入れた。宝石と中の油虫が触れたとたん、変化が起こった。見る見るうちに油虫は干からびていき、ついには灰のように粉末になってしまったのだ。
さすがにこれには他の3人も驚愕するしかなかった。この石は命を吸収する。賢者の石とは言えないが、確かにそれのもどき物とはいえる代物であった。
「これを人に使ったらどうなるんだい…?」
イゾルデは娘のことなど忘れてこの石の使い方を考えていた。命を吸い取るだけでなく放出させることができたら…若返りの効果が期待できないか?不老不死の霊薬を作れるのではないのか?そう考えるだけ彼女は頭の回転が速かった。
「ああ、そう考えて奴隷の一人を拘束して一日これを持たせてみた。」
全員が息をのむ。
「次の日には10歳は年を取ったようになっていた。」
1日で10歳年を取る。2日なら20歳。10日も持たせられたらエルフでもない限り確実に死んでしまう。そんな恐ろしい宝石など存在してよいはずがない。
「さっきベネディクトが言ったが賢者の石の生成には処女の血が必要になる。このところの婦女行方不明事件に関りがあるんじゃないか?特に教会が捜索依頼出した5名はおそらく処女ばかりだと思うんだがな。」
確かに教会の出した捜索依頼の対象は敬虔な大天主教信者の少女たちであった。イゾルデの娘のローザも含まれている。母親であるイゾルデは間違いなくローザは処女であると思っていた。
「だがよ、何でこれが『厄介な事態』なんだ?お前さんは恐ろしいが強力なアイテムを手に入れた。イゾルデは娘の手がかりを手に入れた。いいこと尽くめじゃないのか?」
ヴァルターは不思議そうに肩をすくめて見せた。確かにここまでの話だと恐ろしいアイテムだがこちらの手にあるのだから悪い話ではない。使いようによっては大いに役に立ちそうなアイテムである。
「誰がこれを作ったと思う?」
ルードガーは恨めしそうな目で赤い宝石を見ながら問いかけた。
「誰なんだよ。」
ヴェルターはイラつきを隠さず返した。
「わかんねぇんだよ。これを持ち込んだのはある女冒険者なんだが、そいつは行方をくらましやがった。しかもその次の日からおかしな連中がうちの周りをうろつき始めたんだ。もう何人かヤられている。しかもまともな殺され方じゃねぇ。さっきの虫みたいに干からびてやがるんだ。」
一同は揃って赤い石を見つめそして何か得体のしれない悪寒に襲われるのだった。




