2章:錬金術師の夢 その5 応援要請
「で、だ。」
オイゲンが一呼吸おいて話し出した。
「おまえさんら、魔女の銀時計を探してるんだったな?」
一度会ってお礼を言いたいとオイゲンに話したことがあったのを覚えていたのだろう。確かに盗賊騒ぎの時にはアジトを発見する大手柄を彼らは立ててくれたので、そのお礼を言いたいのは事実だ。今はそれに加えカタリナ情報も何か知っているのなら聞いてみたい。
「ええ、彼らはヴァルト村が盗賊に襲われたときにいろいろと助けてくれたので、その時のお礼をしたいのです。」
「ああ、あの盗賊騒ぎか。確か騎士フランツの活躍で盗賊を一網打尽にしたって噂だな。おまえさんらあの事件にかかわっていたのか?」
「ちょうどその時ヴァルト村で厄介になっていたものですから。」
そういうと二人は納得という顔をしておもむろにこちらを向き、話し始めた。
「いやな、お前さんらに受けてもらいたい依頼があるんだ。」
スキンヘッド改めウドが神妙に話し始める。
「実はその話題の魔女の銀時計から増援の要請が来ていてな。本来なら依頼板に貼りだすところなんだが、トロールを倒したという腕と魔女の銀時計と顔なじみということを踏まえて特に話したというわけだ。なんだかんだであいつらは腕のいい連中だ。そんな奴らが増援を依頼してくるってのはちょっとやばい事態かもしれねぇんだ。」
依頼の内容は特に確認されずに曖昧な情報で冒険者は依頼を受ける。だからこういった事前の話よりも難易度が高いといったことが起きるのかもしれない。それにしてもどのような依頼だったのだろうか。
「彼らはどのような依頼を受けていたのですか?」
当然の質問をしてみる。
「一応誰がどんな依頼を受けたかというのは言わないことになってるんだが、それを言わないと話にならないからな。」
ほう、一応守秘義務のようなものはあるんだな。でもこれは聞かないわけにはいかない。
「彼らが受けた依頼は、行方不明の女性の捜索だ。」
なんだその2時間推理ドラマのような依頼は。日雇い労働者の次は探偵の真似事か。
「場所はこの町のあるリーベルト伯爵領の隣、シュライバー子爵領の領都シェライブベルグだ。徒歩で5日掛かるが、緊急だということで馬を用意する。」
なぜわざわざこの町に依頼を出したのだろう。子爵領とは言え領都であるなら冒険者ギルドはあるだろうし、何より徒歩で5日というと結構な距離である。増援を待つにしても時間がかかりすぎる。
「なぜその町のギルドに依頼しないのでしょうか?」
「いくつか理由は考えられるが、おそらく誰も受けなかったんじゃないだろうか。そもそも、シュライブベルグの依頼がこの町で貼られていることがおかしいんだ。あいつらも怪しい依頼に引っかかっちまったってわけだ。」
「隣町の依頼が貼りだされるというのは珍しいことなのですか?」
「ああ、そうだな。大掛かりなモンスター討伐などで100人以上冒険者を集めるとかそんな場合を除けば、あんまりあることじゃない。今回みたいに町の捜査になるからあえて隣町のギルドに貼りだしたということは考えられなくはないがな。」
なるほど。町の捜査になるから自分の町では依頼しにくいということか。しかし、行方不明事件なら町の事情を知っている者のほうが捜査が進むと思うのだが…。
とりあえず彼らが受けた依頼の内容を詳しく聞いてみる。
依頼主 シェライブベルグ大天主教会
依頼期間 特になし(早ければ早いほどよい)
報酬 銀貨1から10枚(集めた情報の重要度による)
内容 この町で頻発する婦女行方不明事件を捜査してください。解決をされた場合さら
に追加で銀貨500枚をお支払いします。
なかなかに高報酬ではないだろうか。木材運びとは桁が違う。
しかし、教会が依頼主というのは普通の事なんだろうか。
「教会が依頼主ですか。教会はこういったことの解決も請け負うのですか?」
「シュラブベルグの教会の事はよくわからんが、この町の教会はそういったことは一切かかわらんな。教会と冒険者組合はある意味仲が悪いからな。」
オイゲンはあまり教会に良い印象を持っていないようだった。
「仲が悪い?」
「冒険者に治癒魔法を使えるものがほとんどいないのは知っているだろう?怪我や病気の治療は教会の領分なので、冒険者が無償で治療魔法を使うことを教会は極端に嫌うんだ。」
たしかにここまで治療魔法を使っているところを見たことがない。そもそも魔術師そのものをあまり見ないが。
「そういえば治癒術師的な冒険者を見かけませんね。」
キャロットがそう口をはさんだ。キャロットは聖戦士であるので当然治癒魔法は使える。気になるところなのだろう。
「いないわけじゃないんだが、大体聖職者や治癒術師は教会に所属している。危険な冒険などで治癒術師を雇いたいときは教会に人材派遣を依頼に行くことによってパーティに入ってもらうんだ。だから生粋の治癒術冒険者はほとんどいない。そういうものを教会が見つけると異端審問とか吹っかけて粛清しちまうんだ。」
恐ろしい話だな。
「それは教会の利権とかそういった話なのですか?」
「ぶっちゃけそういうことだ。」
オイゲンとウドは教会という組織が腐敗しているということを暗に教えてくれた。
史実の教会組織もずいぶんと腐敗していた時代があったというのは歴史の時間で習った。免罪符などで私腹を肥やした聖職者がたくさんいたらしい。カルバンの宗教改革だったっけ?問題は教会と国家がつるみ出すとより事態は深刻になるということだと思う。
宗教についてはリアルでもほとんど興味がなかったので全く分からない。うちの家は浄土真宗だったと思うけど、一般的日本人はそんなの気にしてないし。この世界の宗教で知っていることは、ヴァルト村で食前に祈りをささげるのを聞いたことがあるくらいだ。ヴァルト村に教会はなかったので人々がどれほど宗教に依存しているのかはわからないが、少なくとも全員が全員敬虔な信徒というわけではないことはわかった。
しかし、神聖魔法が使えるということはこの世界には神はいるのだろうか。そういえばキャロットは聖戦士だが、信仰している神は「月の女神イーリス」と設定した覚えがある。
「で、どうする?この依頼受けるか?」
魔女の銀時計には世話になっているし、知り合いがピンチに陥っているのを知っていながら無視するのも気が引ける。せっかくのご使命だし、受けてみようか。
「せっかく指名していただいたのですから、この依頼受けさせていただこうかと思います。できたらシュライブベルグについて詳しく教えていただけると助かります。」
依頼を受けるというとウドはほっとしたような表情をし、シュライブベルグについて話し出した。
クリスティアン・ボニファーツ・シュライバー子爵は正直あまり良い評判のきかない男である。一年のほとんどを妻と王都で過ごし、権力闘争に明け暮れていた。権力闘争に明け暮れるというとまだよいように聞こえるが、実際は派閥の中でより権力の強い貴族に贈り物を送り、太鼓持ちをしておこぼれで良い思いをしようとしているだけである。そのため領地は子爵の財布でしかなく、住民の生活はほぼ頓着されていない。
領都シュライブブルグは代行を任されている家令と幾人かの腹心が運営を行っているが、彼らもまた私腹を肥やすことに忙しく、町中で起こる事件など全く関与しようとはしていなかった。
もちろん治安は悪化することになり、毎日のように殺人事件や強盗事件などが頻発していた。治安維持にあたる治安警察隊も存在しているが、その治安維持部隊が率先して賄賂を要求し、街の暗部と手を組んでいる始末である。街で普通に暮らしていくためには賄賂をいかに上手に使うかというスキルを要求される事態になっていたのだ。それができないものは身代を失い町を離れるか、スラムの住人になるか、あるいは奴隷に身を落とすのである。命があれば、だが。
シュライバー子爵領にはいくつかの鉱山がある。主な産出金属は錫、鉛そして少ないながら鉄である。これらの鉱石が子爵領の経済を支えているのだが、いかんせん金や銀といった貴金属ではなく、卑金属が採掘の中心であるので莫大な富を得るということにはなっていない。しかもこの手の鉱山に環境汚染はつきものである。鉱山付近の土地は精製の際に出る有害物質でいくつもの毒の沼というべきまさに魔物も住み着かない汚染地帯が出来上がっていた。環境保護などといった概念があるはずもなく、付近の村では謎の奇病が発生したという話もあるが、それが鉱山と結びつけて考えられることもなかった。
そしてその鉱山には奴隷抗夫が大量に働いていた。もともとは町や近隣の村で暮らしていた善良な市民であるが、様々な方法で鉱山に売られてきた者たちである。使い捨て労働力として多くの者が事故や病気で命を落とすが、次々に補充されてくるので採掘量が落ちるといったことはない。子爵はその利益で当てのない権力抗争という名の浪費を繰り返していたのである。




