2章:錬金術師の夢 その2 ヘルツォーゲン
リーベルト伯爵領、領都ヘルツォーゲン。人口15万人を超える都市である。人跡未踏の大森林が近くにあるため、モンスターの襲撃に対する砦の役目もある城塞都市だ。
モンスターは近くの村にまではよく姿を現す。そのたびに冒険者ギルドから賞金目当ての冒険者や、場合によっては戦士団が派遣される。しかし、それだけであるならばこれほど立派な城壁は必要ないはずである。高さ10メートルを軽く超える大城壁、この町にはこの城壁が必要とされる、そういう事件がかつてあったのである。
「オークの狂化」
かつてこの近くでオークの狂化という現象が起こったことがある。オークは単体ではゴブリンよりは強いが、駆け出しの冒険者でも倒すことができるヒューマノイドモンスターである。ゴブリンと同じくファンタジー創作物では定番の悪役だ。
ところが、オークは時に信じられないほどの巨大な集団を形成することがある。オークの王が現れた時である。オークキングは近隣のオーク部族を束ね上げ、人間の生息域にその版図を広げるべく大挙して押し寄せるのだ。その際の異常とも思える狂乱さと凶暴さで「オークの狂化」といわれるのである。
前回狂化が起こったときにはおよそ5万匹のオークがヘルツォーゲンに押し寄せた。もちろん狂化が確認された瞬間王都や近隣の都市から戦士団、騎士団が3万人以上派遣されヘルツォーゲンからの兵士、冒険者と合わせて合計4万人規模の軍団となって近隣の平原で大規模な野戦を展開した。
結果として甚大な損害を出しながらもオークキングを討ち取り、狂化は終息した。この損害により国力が低下したことを契機としてジークルーン帝国がアウレール平原に侵攻したのが100年戦争のきっかけである。今から100年前の事であった
そのような経緯からヘルツォーゲンは強大な城壁を持つ難攻不落の城塞都市になったのである。
ヘルツォーゲンは比較的裕福な都市である。近隣には王国の穀倉庫といわれるほど豊かな穀倉地帯が広がっており、このところは大きな飢饉もなかったため安定した税収が行われていた。とはいっても税金を支払えないものはいくらでもおり、そういったものはスラムに住み着くのだ。町にはいくつものスラムが存在し、犯罪者が幅を利かせる危険なエリアも多く存在していた。
据えた匂いがする昼間でも薄暗い路地裏。糞尿や動物の死骸がそこかしこに散乱し、浮浪児がまだ食えそうな残飯をあさっている。迷い込んだ野良犬にやせ細った子供たちが群がる。暴れる野良犬に指を食いちぎられる子供もいるが誰も気にしない。野良犬さえここでは食料なのである。今まで生きていたものが次の瞬間には死体になっている。そんなある意味戦場のような陰惨な現場がここにあった。
そんな裏通りに眼帯をした一人の青年が物陰に隠れるように潜んでいた。20歳前後だろうか、乱雑に切られた髪の毛で眼帯でないほうの目も隠れている。真黒なコートの内側には細身の剣が吊るされていた。
「はぁ…はぁ…ち、力を抑えるのも大変だぜ。っく、右腕がうずく…静まれ…静まれ俺の右腕よ…今はまだその時じゃない…。」
苦しそうに左腕で右腕を抑え、よろよろと立ち上がる。
「闇の支配者たるこの俺が命ずる。やどりし竜の力よ今しばらくその力をこの身に留めよ!」
そう言いながら男は路地に消えていった。男の立ち去った後にはゴロツキと思われる輩の死体が3つ残されていた。
その日は町を散策しいろいろな施設を見学して回った。基本的にどこに行っても匂いはする。カタリナも上下水道の整備を発明してくれればよかったのに。まぁあいつに土木工事の知識を期待するのは間違っているとは思うが。
当てもなく散策していて分かったことだが、どうやら町の中央部は領主や騎士たち家臣団の住居区になっているようで立派な建物が多い。立ち入りを禁止されているわけではないが、用もないのに立ち入るのは憚られるといった雰囲気が漂っている。上級住宅が立ち並ぶ一角には兵士と思しき者が所々に立っており、警備を行っている。
商業区、工業区がきれいに区分けされており主に町の南側に集中しているようだ。ちなみに北側には墓地があった。
冒険者ギルドと思われる建物は商業区にあった。字が読めないので確信は持てないが、冒険者風の者たちが頻繁に出入りしていることからも間違いないだろう。立派な石作の建物でおそらく4階建てだと思われる。この一角では比較的大きな建物だ。
ギルドの周辺には冒険者が集まることを期待してか武器、防具その他冒険者が必要にしそうな物品を扱う店が多く軒を連ねている。冷やかしで店を見て回ったがどこも値札を出していないので物価がいまひとつわかりにくかった。試しに武器屋の主人に普通のロングソードの値段を聞いてみたところ、ジロリと睨まれたうえで銀貨3枚だと不愛想に言われた。客商売なんだからもう少し愛想よくしないと売れるものも売れないだろうに。もと営業マンの血がちょっとだけ騒いだぞ。
それにしても普通の剣が銀貨3枚か。3万円と考えると安いといえるのか?現代日本で刀剣は簡単に売買できるものではない。日本刀などは芸術品としての価値のほうが高いと聞くし、そもそも3万円やそこらで買えるとは思えない。今俺たちは盗賊の持っていたロングソードを普段使いにしている。結構手入れしているが元々が出所不明のなまくら剣である。もうちょっとちゃんとした剣を手に入れたいものだ。
そのためには先立つものが必要だ。村長さんにもらったお金は銀貨で9枚と銅貨がいくらか残っているが、宿代や食事代であっという間に尽きてしまうだろう。やはり冒険者登録をして仕事を見つけないと。お金は大事だ。
その日の夜はキャロットとエイブラハムを連れ宿の1階で食事をとることにした。村で素朴なオートミールのようなものやナンのような無発酵パン的なものは食べさせてもらったが、この世界のお金を出して食べる料理は初めてだったので奮発して一人前大銅貨5枚というコースを頼んでみた。
かなりワクワクして料理が並ぶのを待っていた。厨房から肉を焼く良い匂いが漂ってくる。これは今まで食ってきた素材の味100%の焼肉とは違うぞという期待が高まる。今までこの町を観察したところ文明レベルは中世から近世といったところだが、微妙に魔法が発達しているため逆に科学の発展が阻害されている印象を受ける。生活魔法を使えるものが町にはそれなりにいるようなので「火起こし屋」「水屋」「風屋」などが普通に商売として成り立っているのだ。しかし、塩や胡椒を生産する魔法はないようだった。
飲み物として頼んだワインを飲みながら、胡椒のきいたガーリックステーキ食いてーと心の中で叫んでいたところで、お待ちかねの料理が出てきた。
まず出てきたのはサラダのような葉野菜に油がかかったもの。オリーブオイルだろうか、風味もよく葉野菜にはよくあった。
次は芋のような何かを焼いたもの。割とぱさぱさしているが、塩味がきいていてそれなりにおいしい。これはビールがほしいな。
次に出てきたのはパスタのような麵料理。味付けは塩と何らかのハーブだろうか。油多めでペペロンチーノと無理やり言えなくもない。にんにくは使われていないようだったが。
そしてお待ちかね、メインディッシュである肉料理が出てきた。これは牛肉なのかな。牛や豚はこの世界でも見かけたことがあったので、見た目から牛肉ではないかと思ったのだ。
フォークで肉を切り取ってみる。程よく肉汁が染み出て食欲をそそる。中はほんのり赤く焼き加減はミディアムといったところか。赤っぽいソースがかかっているがこれは赤ワインを煮込んで作ったものか?それともトマトが存在するのか?期待で唾液があふれそうになるのを抑えて一口頬張った。
「…塩味だな…」
「塩味でございますね。」
いや、さすがに素材100%の味に比べたら何倍もうまいよ。ソースは赤ワインで作っているようでそれなりに手も込んでいると思うよ。でもやっぱり胡椒ないのかよ。塩オンリーかよ。ここはイギリスかよ。(作者偏見)
しかし、決して不味いというわけでもないところが微妙なのだ。今まで食べていたものが野性味あふれすぎているので、ちゃんとした料理を普通よりうまく感じてしまっているだけかもしれないが、これに胡椒が加われば十分満足できる味になるような気がしなくもない。
しかしまぁ大銅貨5枚もした料理だ。しっかり食べよう。ちなみにパンはちゃんと発酵したおいしいパンでした。エイブラハムはパンを気に入ったようで俺の分はほとんど食われてしまった。キャロットはエイブラハムをキッと睨んで絶対に自分の皿からはエイブラハムにパンをあげなかった。うん、知ってるよ。量が足りなかったんだね。
あらかた料理を平らげ、ワインを飲みながらキャロットと世間話をしているとどやどやとにぎやかな集団が入ってきた。冒険者だと思われるが、あまり行儀のよさそうな集団ではない。この宿はかなりの安宿なのでそんな上品なお客はいないのだろうが、こいつらは下手したら盗賊かと間違われるくらいの下品さだ。動物の毛皮を鎧に貼り付け防寒代わりにしているのか、まさに「ザ・蛮族」といった風情である。
あーこれはこっち来るぞ。キャロットに目配せする。黙って座っているとキャロットはかなりの美人である。服装は村で交換してもらった白い短めのチュニックに革のパンツで、チュニックはゆったり目に作られたものを腰できゅっと絞ったデザインになっていた。しかし、美人っていうのは何を着ても様になるものである。キャロットも誰に教わったのか、胸元を少し開けた着こなしでセクシーさをさりげなくアピールしている。ほんと誰に教わったんだか。
案の定蛮族風チンピラはこっち来た。ホントにめんどくさい奴らだ。何でこうお約束なんだろう。
「おうおう、ねーちゃんいいもの食ってんじゃないか。」
「俺たちについてくればもっといい店でこんな優男じゃ絶対食わせてやれないようなモン食わせてやるぜ?」
「にーちゃんもそう思うだろ?なんてったって俺たちゃ今日だってオーガを3匹も狩ってきたんだぜ。」
「というわけだ、にーちゃんはとっととお引き取り願ってもらおうか?ん?」
もうなんていうか、あまりにもお約束すぎる口上に怒りが湧く以前に呆気にとられてしまった。キャロットを見るとこっちは必死で笑いこらえているのか肩が震えている。
「ほらほら、こんな優男ほっといて俺たちといいことしようじゃないかい?俺がイ・カ・セ・テ・ヤ・ル・ゼ?」
なんというか呆れを通り越え笑えるわ。「イ・カ・セ・テ・ヤ・ル・ゼ?」だと?マジかお前。
「く、くふふふふふふふ!アインフォード様もうだめです。お腹痛いです。」
あ、キャロットが壊れた。ってか、キャロット酔ってないか?一生懸命うつむいて堪えようとしているようだけど、隠せてないよ。
「あー君たち、悪いけど俺たちは楽しく食事していたんだ。店に迷惑がかかるからやめてくれないかな。」
「あー?何スカしてんだ、コラ。おめーはいらない子なんだよ、俺たちの用があるのはそっちの娘。さっさと消えな。」
あ、ちょっとカチンときた。いらない子とか言ったらアカン言葉やぞ。
「キャロット、こちらのチンピラさんが君に用があるらしいんだけど、どうする?」
残念な子を見るような目で彼らを見ながらキャロットに振ってみた。
「ぷ、うふふ。おとといいらっしゃいませ。蛮族さん。」
お、キャロット言うなぁ。
「ザッケンナコラー!」
「ッスゾオラー!」
おおなんというヤクザスラング。男たちはテーブルを蹴倒していきり立つ。このままじゃ店に被害が出るな。
「あーわかったわかった。とりあえず表に出ようか。」
キャロットともに表に向かう。
「店主、迷惑をかける。」
とりあえず店主に謝っておいた。店主は興味なさげにこちらに出てけ出てけと手を振った。
表に出ると男たちは素早く俺達を取り囲んだ。人数は全部で5人か。暇そうな連中がなんだなんだと集まってくる。冒険者って結構暇なんだな。
「にーちゃん、ここまで俺たちをコケにしたんだ。怪我するだけじゃ済ませられねーぜ。」
「そのねーちゃんは朝までかわいがってやるから安心して死にな。」
おお、物騒なこと言いだしたぞ。
「はぁ…。まぁいいからかかってこい。こういう場合武器を使っちゃダメなんだろ?」
「んなもん関係あるか!」
いきなり斬りつけてきた。あ、そうなんだ?喧嘩は良いけど殺し合いはダメっていうのが一般的じゃないのかな?でもこちらも剣抜いちゃうと後で取り調べとかされたら「両成敗」とかなっちゃうかもしれない。素手で十分だろ。
「アインフォード様!頑張ってください!」
キャロットが何やら乙女なポーズで応援してくれる。それを見たチンピラどもがさらにいきり立った。
「女の前で無様な姿晒して命乞いさせてやる!それでも殺すがな!」
最初から剣を抜いて斬りかかってくるとは。これはもう喧嘩の範疇ではないような気がするが、この世界の喧嘩は刃物アリが常識なのだろうか。
斬りつけてきた剣を踏み込んで懐に入ることでいなす。相手と密着することになるので、そのまま肘を男の胸に打ち込む。ゴキッと音がした。あばら折れたかな。暴れると折れたあばらが肺に刺さって死ぬぞ?
あばらが折れた男は悶絶してその場に倒れこむ。それを見た男たちは奇声を上げながら切り込んでくる。さっきの話ではこいつらオーガを3匹仕留めたらしいが、嘘じゃないのか?こんな剣術じゃオーガどころかゴブリンにもやられかねんぞ。
三方から切り込んできたが横に避けると一人の顎に手をかけ軸足を払う。見事にすっころんで頭を強打した。受け身もとれないのか?
「うぐ!」
うめいた男はよろよろと立ち上がろうとする。その男を別の男のほうに蹴りだすと二人もつれて転がった。もう一人は突きを繰り出してきたので外側に回り男の肩をきめ、後ろに腕を無理やりねじる。ゴキンと音がして肩が抜けた。結構な勢いで肩を外したから腱を痛めただろうな。しばらくは安静にしていないと腕が上がらなくなっちゃうよ?残るはリーダーらしき人物だが、さっきから一番俺たちに絡んできていた男だ。ひげもじゃで風呂に入ったのは何日前だ?と言いたくなるほどの獣臭を放っている。仲間のチンピラよりは強そうだが、そんなに変わらんだろう。
「もう、お前さん一人だがまだやるのかい?」
声をかけるとビクッと一歩下がる。結構ヘタレなんじゃないのか?
「お、覚えてろよ!絶対殺してやる!」
そういって仲間に肩を貸しながら逃げ去っていった。ここまでテンプレを踏襲してくれるといっそ好感が持てる。
「もうくんなよー。」
そう言って見送ってあげた。
「アインフォード様、お怪我はございませんか?わたしのために命を懸けてくださるなんて、もうキャロットはアインフォード様に夢中になってしまいます!」
そう言ってキャロットは芝居がかった様子でこちらにかけてきた。あんた絶対酔っているよね?
「ほら、キャロット落ち着け。みんな怪訝な顔で見ているぞ?」
ギャラリーは1対5の勝負に俺が勝ったのを感心してみていたが、今度はキャロットの美貌に見とれているように見えた。
キャロットはようやく落ち着いたようで
「皆様お見苦しいところをお見せいたしました。わたしたちはこれから冒険者をしようと思っております。どうか以後お見知りおきを。」
そう言って優雅にカーテシーの格好をする。スカートはいてないから、まさになんちゃってカーテシーだが、なんとなく様になってしまうのがキャロットのすごいところである。
野次馬も「おー」と感嘆の声を上げた。
やれやれ、これ以上野次馬の目にさらされるのも勘弁してほしいところだったので、店に入り店主に言って部屋に戻ることにした。
あまり目立つことはやめようと思っていたのだが…。




