2章:錬金術師の夢 その1 カタリナ・カタリエ
いよいよ冒険者としての生活が始まります。
カタリナ・カタリエの伝説
「塔の上の良い魔女」
魔女様魔女様、お父さまが大怪我をしてしまいました。お助けください。
おやおや、ならこの薬を持っていきなさい。すぐに良くなりますよ。
魔女様魔女様、わたしの大切なネコのミーニャがいなくなっちゃったの。
ほうほう。南の川の洞窟を探してごらん。お腹をすかせているよ。
魔女様魔女様、おっ母が難産で大変なんです。どうか助けてください。
それは大変。ではあたしがお手伝いしようかね。
魔女様魔女様、村でひどい病が流行っております。どうしたらよいでしょうか。
それは一大事。この薬を少しずつ皆に飲ませなさい。そしてこの石で手を洗うようにしなさい。
魔女様魔女様、村が飢饉で食べるものがありません。
なんということでしょう。ではこの種を畑に植えなさい。すぐに実がなりますよ。
「王子様と悪い竜」
ある時悪い竜がお城のお姫様をお嫁さんにするためにさらってしまいました。
王子様は王様に相談して伝説の剣を授かり、竜を退治に向かいました。
王子様はお姫様を探しながら仲間を集めました。
一人の戦士が仲間に加わりました。戦士は大岩をもその拳で砕くことができました。
しかし、二人では悪い竜の手下の吸血鬼にも勝てませんでした。
次に王子様は大神官を仲間に加えました。
大神官の力で吸血鬼を退治することができました。
「三人では悪い竜には勝てませぬ。」大神官は言いました。
「ならば強い魔法使いを仲間にしよう。」王子様は言いました。
「良い魔法使いを知っています。」戦士は言いました。
「あなたの良い魔法を悪い竜退治に貸してください。」
王子様は良い魔法使いにお願いしました。
良い魔法使いは言いました。「いっしょに悪い竜を退治しましょう。」
そして四人で悪い竜のもとに向かいました。
「姫はわしと結婚するのじゃ、お前たちはここで死ぬがよい。」竜は言いました。
竜は炎の息を吹き付けました。しかし魔法使いは魔法でそれを防ぎました。
「悪い竜よ、覚悟!」王子様は竜に斬りつけましたが、竜の鱗は固く斬れませんでした。
大神官は王子様に祝福を授け、戦士は王子様の盾になりました。
そして魔法使いは王子様の剣に魔法をかけました。
「私たち皆の力を受けてみよ!」王子様は再び竜に斬りつけました。
今度は竜に深い傷を負わせ、ついに悪い竜を降参させました。
「まいった。姫は返す。わしも良い竜になります。」そう言って竜は良い竜になりました。
お城に姫様を連れて帰った王子様はお姫様と末永く幸せに暮らしました。
カタリナ・カタリエにはいくつもの逸話が残されている。
いちばん有名な通り名は「伝説の魔女」そして「慈悲の女神」「英知の魔女」と続く。実際この世界で流通している「紙」はカタリナの発明品として知られている。羊皮紙や木簡を使用していた文明にまさに革命をもたらした発明品である。
子供たちが親から聞かされるおとぎ話はいくつかあるが、「塔の上の良い魔女」「王子様と悪い竜」はこの国に住むものならだれもが知っている物語である。
「王子様と悪い竜」に出てくる王子様はこの国のかつての王の事であり、戦士は王国戦士団長の初代とされる。大神官はのちに法王となり、神の教えを民衆に広めた宗教界の偉人である。
そしてその良い魔法使いこそカタリナ・カタリエその人であった。
また、魔法学府の教授連たちはカタリナ・カタリエの残した魔法理論をいまだに解き明かせずに日々激論を交わしている。
「重力魔法理論」
カタリナが得意とした重力魔法の理論である。
カタリナは様々な魔法を使用したが、重力魔法というそれまでになかった概念を作り出した。物体の重さを自由に変える。攻撃を反射させる。空間のねじれを使って瞬間移動するなど、当時の常識を覆したとされる。
しかしその後その魔法を再現できたものは一人もいなかった。カタリナ自身も魔導書にその概念を記録はしていたが、積極的に誰かに教えようとはしなかったのである。
長い年月が経ち、カタリナの重力魔法をその目で見た者もいなくなってきた。
そもそも第九位階の魔法を扱えたと語られるがそのような神の領域の魔法など本当に扱えたかどうかなど眉唾だと言い切る研究者もいるくらいなのだ。
実際今現在の最高峰魔術師であるハルトムートですら第六位階までしか扱うことはできない。第七位階以上の魔法など存在自体が疑われているのだ。
そしてカタリナ・カタリエは黒髪のハーフエルフで絶世の美女と語られている。
それが五〇〇年前の事である。
ヘルツォーゲンの宿屋で買ってきたおとぎ話をリードランゲージの魔法で朗読し、キャロットとエイブラハムに読みきかせた。
「…カタリナさん…なにやってんですか。」
思わず呟いてしまった。
さすがのキャロットも微妙な表情である。
「おいエイブラハム。おまえさんのご主人、この世界の伝説の魔女らしいぞ。」
「クエェ…。」
エイブラハムも微妙らしい。
ヴァルト村での盗賊騒ぎから一か月たった。騎士フランツは報告もあるのでヘルツォーゲンに帰っていった。最後まで俺たちを自分の部下に迎えたいようであったが、ついにはあきらめてくれたようだ。
旅に出ることを村長に伝えると餞別に銀貨10枚に銅貨を20枚用意してくれた。日本円で10万2千円ほどかな?おそらくこれでも村人にとっては結構な大金ではないかと思う。最初は固辞したが、どこに行くにしても金はかかると説得されてしまった。それとヴァルト村村長トーマスの名でこの村のものであるという証明書を書いてくれた。これがないと町に入ることすらできないという話だ。色々お世話になる。
そうして一度拠点としていた幌馬車に戻り、なめした毛皮や生活道具などを可能な限りバックパックに詰め、ヘルツォーゲンにやってきたのが昨日になる。その間ちょっとしたトラブルもあったが、それ以外は順調な旅路だった。
せっかく村長が証明書を書いてくれたが、門の検査でバックパックを見せろと言われると面倒なことになる。なんやかんやといちゃもんつけられてバックパックを取り上げられたら、装備一式なくなってしまうのでここは一計を案じ、夜中にインヴィジビリティ及びフライでこっそり城壁を超えることにした。魔法感知などがかかっていると困るかと思ったが、そこまでの警戒はなかったようだ。
そうして今朝宿をとり、おとぎ話の本を買ってきてみんなに読み聞かせていた、というところである。書店?の主人にカタリナ・カタリエの事が書かれている本がほしいというとこれを出してきたのだ。定番商品なのかもしれない。
ちなみに宿をとるときひと悶着あった。お釣りをごまかされそうになったのである。この宿は冒険者がよく使うような安い宿であったが、二人部屋で一泊一人銅貨21枚だった。二人で銅貨42枚なので銀貨1枚出してお釣りをもらおうとしたところ、出てきたお釣りは「大銅貨4枚と銅貨8枚」だった。あまり数学が発達してないのだろうかと思い、お釣りの間違いを指摘し大銅貨1枚を返してもらったのだが、その時
「ち、こいつら商人かよ。」
と小さく毒づいたのを聞き逃さなかった。これが普通の状態なのだろうか。そもそも一人当たり銅貨21枚というのが何か怪しい。キリのいい20枚だとわかりやすいのだが、ひょっとしてこれもお釣りをごまかすためにちょっと計算しにくいように上乗せされた可能性があるのか。こういう宿は遠慮したいなぁ。今度ギルドで冒険者登録をするつもりなのでその時おすすめの宿でも聞いておこう。
ちなみにおとぎ話の本の値段は大銅貨5枚だった。うう、高い…5千円かよ。カタリナが開発したという紙はまだまだ貴重品なのだろう。そもそも印刷技術がないのだから本はすべて写本になる。そりゃ高いよな。せっかく買ったのだからこの本で文字の練習もしよう。子供向けのおとぎ話なのだから平遥な文字で書かれているだろう。
「ところでカタリナの事だが。」
キャロットにカタリナについて話してみる。
この間村でハーフエルフの少女から簡単なことは聞いた。いわく、カタリナ・カタリエは伝説の良い魔法使いで、数々の伝説を残している。紙の発明や芋に似た植物を発見し、それによって飢饉を救ったなど。魔物の盗伐もおとぎ話のドラゴン退治だけではなく、各地で危険な魔獣を討伐した記録が残っているらしい。
「やはりカタリナはもう亡くなっていると思うか?それとも元の世界に帰還できたのだろうか。」
「いかんせん500年も前の話ですので…カタリナ様はハーフエルフでいらっしゃいます。人間に比べて長寿ではありやがりますが、それでも寿命は200年ほどでしょうから存命であるとは思えません。」
ハーフエルフの寿命は先の少女に聞いてみた。ゲームの設定と同じく200年ほどということが確認できている。
「カタリナが今現在この世界にいることは、いずれにせよ考えにくいか…。」
しかしあの人がこんな異世界に飛ばされて何も手を打たなかったとは考えにくい。おそらく元の世界に帰る方策を必死に探したと思われる。その結果、帰還できたのかそれとも寿命で亡くなったのか、または何らかの事件事故に巻き込まれて命を落としたのかそれはわからない。ある時を境にぷっつり姿を見せなくなったというのがカタリナ伝説の最後である。
「なんとなく俺たちの指針が決まったな。カタリナの足取りを追ってみよう。」
元の世界に帰れるかどうかはわからないが、何らかのヒントは得られるだろう。
そこでハタと気が付いた。俺は「生きて」いるのか?最後の記憶ではネカフェの火事に巻き込まれ爆発に飲み込まれたような感じだった。全身やけどで昏睡状態とか?それならこの世界は俺の見ている夢とか?どこかで聞いた「蝶になった夢を見た男」の話が頭をよぎる。今の夢は人間の自分が蝶になった夢を見たのか、それとも蝶の自分が見ている夢が人間の自分なのか?という話だったと思う。
それともう一つ思いついたことがある。もし元の世界に帰れたらキャロットやエイブラハムはどうなるのだろう?「ソウル・ワールド」のサービスは終了したはずだ。だとすると元の世界に帰還するということはキャロットたちとは二度と会えないということになるのではないだろうか。いやそもそも彼女たちの生きる世界というのは「ここ」しかないのではないのか?だんだんと思考に海に沈んでいく。これは、意外に重いことだぞ…。
「アインフォード様?」
急に黙り込んだ俺をいぶかしむようにキャロットが顔を覗き込んで尋ねてくる。
「ああ、すまなかった。ちょっと気になることがあってな。」
頭を振って今考えたことを棚上げにする。どちらにせよ今はどうすることもできない。
「カタリナ様の足取りを追うのであれば魔女の銀時計の連中に話を聞いてみるのもよろしいかと。」
キャロットはそういって一つの提案をしてきた。
「かつてアインフォード様とトロールを討伐した冒険者たちに話を聞きやがってはいかがでしょうか。」
そういえば彼らは伝説の魔女の遺産を探しているとか言っていたな。なにか面白い話が聞けるかもしれない。
「そういえばそんな話をしていたね。明日ギルドを見つけて冒険者登録をしてそれから彼らを探してみよう。」




