1章:サイドB アインフォードとキャロット その6
事件が起きたのは村に訪問を始めて三ヵ月位たったころである。
いつものように猪を背負って村に来てみたところどうにも雰囲気がおかしい。
「なにか、あったのですか?」
ようやくまともに話せるようになった言葉で近くにいた男性に聞いてみた。
「隣村が盗賊に襲われて皆殺しにあったみたいなんだ。次はこの村が襲われるんじゃないかって噂でな。」
男の言葉に眉をしかめる。また盗賊か。かつての被害者が思い出される。村一つ皆殺しだと…。正気の沙汰ではないな。
しばらく考え込みながら歩いていると村長を見つけた。同じように難しい顔をしている。
「そんちょうさん、どうなさいましたか。」
一応同じように聞いてみるが、やはり盗賊の話は本当らしい。村長は俺たちの身を案じるような言葉をかけてくれた。
「アインフォード様、いかがなさいましょう。」
キャロットが聞いてくる。こう見えて正義感の強いキャロットである。何が言いたいかはすぐに分かった。この村の子供たちは特にキャロットになついている。俺にも話しかけてくるが、やはり美人のおねぇさんがいいようだ。キャロットも子供たちとよく遊んであげていたので、このまま見捨てることなどできないということだろう。
もちろんそれは俺にとっても同じことである。この村の人たちは怪しい異邦人の俺たちと交流を持ってくれた。物々交換に応じてくれただけでなく様々な情報、技術、薬草の種類や、皮のなめし方、この世界の常識について教えてくれたのだ。その恩には報いたい。
「キャロット、やはりここは彼らに助力しようと思う。」
「さすがはアインフォード様でございます。この村がアインフォード様の伝説の始まりなのですね。」
何を言っとるんだ君は。
「すこしくらいなら、おやく、たてます。」
村長に協力を申し出る。村長は恐縮したようだが、藁をもすがる思いなのだろう、無理のない範囲でと言いながらその眼には期待がこもっていた。
となればしばらくこの村に厄介になったほうが良い。キャロットといったん拠点に帰り準備をすることとした。
拠点としている幌馬車に戻ろうといつもの森の中の街道を歩いていると前方から4人の男女が爆走してきた。なんだこのコミカルな奴らは。こっちに向かって何か叫んでいる。
「馬鹿、お前ら逃げろ!オーガが追いかけてきてるんだ!」
いきなり馬鹿呼ばわりはどうなんだと思いながらキャロットと目を見合わせる。オーガ?よく見ると4人組の後ろから小さな人影が10人ほどとその倍はありそうな巨人がこちらに向かって追いかけてきていた。ゴブリンとオーガか。俺たちは普段の武器、防具、俺の嵐の黒剣やキャロットの聖剣をむやみに人前でさらすべきではないと思ったので、盗賊の持っていた長剣を普段使いにしていた。4人組がこちらにたどり着いたところで長剣を抜き、一緒に戦おうと提案した。
「たたかいましょう。」
4人組は一瞬驚いたようだがすぐに覚悟を決めたように同じように剣を抜いた。どうやら一人は魔法使いのようだ。
「オーガだけじゃない。もう一匹バカでかいのいるんだ。くれぐれも気を付けてくれ。」
リーダーと思しき男性がそういった。冒険者かな。
よく見るとブレストプレートにロングソードの男性が一人、この男がリーダーだろう。年齢は20代後半くらいの赤毛の精悍な男性だ。もう一人男性は髭面の小柄なずんぐりした体形でハンマーを持っている。ドワーフか?プレートメイルを着用している。あとの二人は女性だ。一人は革鎧にショートソード、おそらくレンジャーかスカウト、シーフといった系列のクラスか。栗色の髪をポニーテールにした活発そうな娘さんだ。もう一人は魔法使いのようだ。厚手の服にスタッフといういかにも魔法使いといったいでたちだが、まだ年は10代かもしれない。あどけなさが残る少女といえた。
「射程に入ったらエリーザはゴブリンに向かってスリープを、抜けてきた奴をドーリスは弓で狙ってくれ。俺とバルドルで壁を作る。そちらの兄さんと姉さんの武装は?」
ほう。これはしっかりしたパーティだな。定番と言える戦術だが即座に指揮できるリーダーは重要だ。リーダーの指示一つでパーティの実力が発揮されるかどうかは確かに変わってくる。もっともゲームの知識しかないので実際のパーティ戦を勉強させてもらう良い機会だと思った。
「わたしたちは、ゆみとけんをつかいます。」
そう言ってお手製の弓と盗賊の長剣を見せる。
「そうか、では壁に到達するまではドーリスと一緒に射撃を頼む。状況によっては前衛に加わってくれ。」
お手製の弓を見て戦闘用のものではないということが分かったのだろう。ちょっと残念な表情をした。とはいってもこれで猪や鹿を一撃で仕留めることができるのだからゴブリンくらいは倒せるだろう。しかし、オーガはどうだろうか。
ゴブリンやオーガはファンタジー系の創作物では定番の悪役である。大体において序盤の雑魚とそのボスクラスとして描かれる。当然「ソウル・ワールド」にも登場した。イベントなどではさらに強化されたゴブリンキング、オーガーロードといった上位種が登場しプレイヤーを苦しめたものである。しかし、それでもあくまで初級から中級までの悪役であり、上級のクエストになると軍団で登場しても賑やかし程度の扱いでしかない。カンストレベルまで成長していたアインフォードやキャロットにとってはたとえ武器がお手製の弓でも全く相手にならない敵であると思われた。
「エイブラハム、あまり派手なことはしたくないので君はキャロットの肩の上にいてくれ。万が一こちらに危害が及ぶようであればブレスのみで対処をよろしく。」
むしろエイブラハムが本気で暴れたらこっちが討伐対象にされかねない。一応小さくてもドラゴンだし。
ゴブリンどもがこちらまで20メートルほどに迫ったところでエリーゼと呼ばれた少女がスリープの魔法を発動させた。その場に倒れたゴブリンは6匹ほどか。4匹がこちらに突出してくる。ドーリスと言われたおそらくレンジャーの女性が矢を放つ。同じように俺とキャロットも矢を放った。ドーリスの腕前は確かでゴブリンの胸を射抜き、一撃で仕留めた。俺とキャロットの放った矢もゴブリンに命中し絶命させていた。残った1匹のゴブリンはうろたえている。ドワーフのバルドルとリーダーの男が、ほう!といった目でこちらを見た。
「これくらいのあいてなら、あなたがたなら、よゆうあるのでは?」
リーダーに問いかけてみると、彼は頭を掻きながら
「いやー、ゴブリンとオーガくらいなら問題ないんだが、その後ろに厄介なのがいてね。」
「やっかいな?」
「トロールだ。」
話しているうちにもう一匹のゴブリンもドーリスが仕留めてしまった。残っているのはオーガのみである。
トロールか。なるほどそれは厄介な相手だ。トロールは大体驚異的な回復力を持つモンスターとして描かれる。オーガ以上の巨体と怪力に火か酸で焼かないと傷口がみるみる回復してしまい、首をはねても再生してしまうという難敵だ。
オーガはゴブリンを無視して突っ込んでくる。しかし、リーダーとドワーフのバルドルの二人で十分相手ができているようだった。うまく挟み込む形でお互いが邪魔にならないように戦っている。きっと長い間パーティを組んできたのだろう。
オーガと冒険者が戦っているのを横目に彼らが逃げてきたほうを見やると巨大な緑色の亜人が猛然と駆けてきた。もはや四つ足で走っているのではないかという姿だった。
「とろーるです!」
そういって俺とキャロットはパーティの前に剣を構えて立った。オーガのほうはもう間もなく倒せるだろう。魔術師のエリーザがマジックアローを唱える。矢は1本か。なるほど。同時にドーリスも矢を放つ。しかしそんなものは全く気にしない勢いでトロールが突っ込んできた。トロールは長い両腕を振り回して俺とキャロットを掴みかかろうとした。
「魔法を使います!離れて!」
エリーザが詠唱に入ったので距離をとる。
「暗き闇を照らす光の珠よ、ここに顕現せよ。ライト!」
エリーザは光球の魔法を唱えトロールの目つぶしをしようとした。しかし、トロールの頭部で光球は固定せず、空間に光の珠が浮いただけであった。
「さすがに2回目は引っかかりませんね。」
ちょっと中二ぽい詠唱にひきながら、なるほどこの戦法もよくある方法だと納得した。通常光の魔法はダンジョンなどで松明の代わりに使うのが定番である。しかし、敵が一体でパーティレベルより強い場合など目つぶしとしてよく使われる。今回のケースなどはまさにそのタイミングだといえる。しかし、どうやらここまでくる間に一度使用し成功させていたようだ。その隙にトロールを引き離してここまで逃げてきたのだろう。連続で使用すると成功率が落ちるのかもしれない。
「キャロット左を!」
「はい!」
キャロットと連携を取りトロールの左右に回り込むと注意をこちらに向くように顔付近を切り付ける。盗賊のなまくら剣とはいえ、戦士レベル99である。片目と頭の右半分が切り落とされる。同時に左側から足を切り付けたキャロットの攻撃でトロールの右足が切断された。バランスを失いトロールは倒れる。しかし、これで死なないのがトロールである。這いつくばりながらなおも腕をこちらに伸ばし掴みかかろうとしてくる。切り落とされた頭部と右足はボコボコと不気味な泡を立て回復していく。とにかく細切れにして復活する前に燃やすしかない。丸太のような腕を振り回し、俺の足をつかみかかろうとするところをすかさず手首から切り落とす。同時におろそかになった背中に向かってキャロットは斬撃を叩き込む。こういう異常にタフな相手に刺突は厳禁である。万が一剣が抜けなくなってしまった場合大きな隙を与えることになる。
時間はかかるが一つ一つ部位を切り離していくしかないのだ。キャロットと俺でトロールを解体していく。
「ちいさなところから、もやしてください!」
トロールを切り刻みながら冒険者たちに叫ぶ。オーガは無事倒したようだ。
冒険者たちは呆気にとられていた。
「はやく!」
やっと我に返ったように彼らは動き出した。そこからの動きは速かった。バックパックから油を取り出しトロールの解体された部位にふりかけ、エリーザが小さな火を指先にともらせて火をつけていく。あの火をつける魔法は何なのだろう。知らない魔法だ。
しかし、これでエイブラハムのブレスを使う必要もなさそうなので一安心である。
やがてトロールのすべての部位を焼き尽くすことができた。放置していたスリープで眠らせたゴブリンは気が付くと逃げ去っていた。さすがに分が悪いと判断したのであろう。少しは知恵があるようだ。
「いやぁお二人とも凄かったですね。あんな見事なトロール討伐始めて見ました。普通トロールは遭遇したら逃げろと言われているモンスターですから。」
ゴブリンとオーガの死体を一か所に集め火をかける。その時彼らはゴブリンとオーガの耳を切り取っていた。どうやら討伐報酬としてお金になるらしい。トロールの部位もお金になるのだったら全部燃やしたのは失敗だったな、と思っていたらちゃっかりとレンジャーのドーリスがトロールの牙を抜き取っていた。牙からは再生しないようでトロールの部位報酬は牙らしい。魔法薬の素材になるのだとか。
「いえいえ、みなさんがいなかったら、もっとじかんかかってました。」
自己紹介をしながら戦いの後始末をする。
「アインさんたちは冒険者なのですか?あ、私たちはヘルツォーゲンの冒険者チーム『魔女の銀時計』です。私はアルベルトと言います。今回は大森林にこの時期に生えるという希少な薬草を取りに来たのですが、ちょっと深入りしすぎました。これでもDランクなんですよ。」
リーダーはアルベルトと名乗り、ドッグタグを見せてくれた。ああ、そういえばかつて商人の護衛と思しき彼らもドッグタグをしていたな。彼らに託しておこう。
それにしても冒険者組合は存在しているようだ。ランク付けもされているということはそれなりにちゃんと管理されているのだろう。
アルベルトと話していると魔術師のエリーザはキャロットと話していた。どうやらエイブラハムが気になって仕方ないらしい。
「わたしたちはながれの、かりゅうどです。」
今はこの先のヴァルト村で厄介になっていると説明した。そういえば彼らはこのところの盗賊騒ぎを知っているのだろうか。盗賊について聞いてみた。
「私たちは1週間ほど前にヘルツォーゲンを出て大森林に来ていましたから、その話は知らないですね。でも、確かに盗賊の被害が増えているという話は聞いたことがあります。」
「アルベルトよ、今回ワシ達は彼らに助けてもらった。しかもモンスターの部位も全部くれるという。ここは何かお手伝いするべきではないかのう。」
ドワーフのバルドルはそう言ってアルベルトと相談しだした。トロールの牙はそれなりの値段がつくらしい。
キャロットは何をしているのかと目を向けてみると、魔術師のエリーザが干し肉をちぎってキャロットの肩の上のエイブラハムに餌付けしているところが目に入った。エイブラハムもまんざらではなさそうでハムハムと食べている。このまま餌付けされてついていくなよ。キャロットとエリーザは仲良くなったようで会話も弾んでいるようだ。キャロット意外とコミュ力高いな。
彼らには盗賊について何か情報があったらヴァルト村まで教えてほしいとお願いした。それくらいのことはお安い御用だと、ヘルツォーゲンに戻る道々で情報を集めてくれると約束してくれた。彼らは俺たちに冒険者になって一緒に仕事をしないかと熱心に誘ってくれたが、この盗賊騒ぎが落ち着いたら冒険者もよいかもしれないと答えておいた。ひょっとしたら彼らの世話になるかもしれない。
「キャロットはエリーザと何の話をしていたのだい?随分とエイブラハムを気に入っていたようだが。」
「アインフォード様がかっこいいのでお付き合いしたいと言ってきました。アインフォード様と付き合いたければ私を倒してからにしてほしいと伝えたところ、微妙な顔をされました。」
また訳のわからんことを。なんでキャロットを倒さにゃならんのだ。とはいっても今はそういう人間関係はちょっと勘弁願いたい。この世界で生きていくのか、元の世界に帰れるのかの見極めがすんでからだろう。
彼らに以前の冒険者のドッグタグと商人の通行証と思われる証書を託して別れることとなった。冒険者のタグを見てどうやら知っている人物だったのだろうか、少しショックを受けているようだった。やはり冒険者は危険な職業なのだろう、彼らはすぐに気を取り直し墓があるなら案内してほしいと申し出てきた。
弔った場所に案内すると、手を合わせて黙とうをしていた。その間にドーリスが教えてくれた。亡くなった冒険者のうち一人とアルベルトが同郷で、二人でヘルツォーゲンに出てきて以来の仲らしい。大切な友人だったのだろう。
キャロットはプリーストスペルは選択しなかったもの以外はすべて使える。その中には当然レイズデッドも含まれる。のみならずその高位スペルであるトゥルーリザレクションですら無詠唱で使うことができる。だがここまでの情報を総合すると死者の復活はかなり慎重にならざるを得ないと思われる。村に回復魔法の使い手はいないようだった。そもそも魔法使いはいなかった。
大きな町にでも行かないとこの辺りはよくわからない。仲良くなったらしいキャロットにエリーザから魔法についての情報を引き出してもらったが、彼女は第二位階の魔法まで使えるということだ。年齢から考えると非常に優秀な魔術師ということで、将来を有望視されているらしい。彼女なら一流の証第三位階にまで到達できるに違いないと評判らしい。そういったことはドーリスが教えてくれた。
それと彼女が指先に火をともした魔法は第0位階魔法で魔法使いの素養があり、訓練を受けたものならだれでも使える魔法ということだった。なるほど村の人たちは魔法使いの素養を調べることもないのだろうから当然訓練を受けることもない。魔術師がいないのも当然か。と、いうことは俺も使えるのでは?しかし、キャパシティいっぱいに魔法を習得しているのだが追加で習得はできるのだろうか。これも街に行ったとき試してみなければならない。




