1章:サイドB アインフォードとキャロット その5
荷物は油のようだった。一台には商人家族が乗っており、もう一台に油が12壺乗っていた。不思議なのは壺の方の馬車の御者がいないことである。商人一家が乗っていた方の馬車は下敷きになっていた人物がおそらく主人で御者をしていたのだろう。
壺の方の馬車の御者は上手く逃げおおせたのだろうか。ひょっとしてとは思うが、護衛の冒険者と思しきものが二人殺されていたが、まさか盗賊の手引きをしたものが冒険者に紛れていたとか…ありえるのか。だとしたらゲームみたいにきっちり管理された冒険者組合とかないのかもしれない。うーむ、なんとなくだけど冒険者組合に登録してこの世界に馴染むという在り来りなプランが出来るのかどうか怪しくなってきたぞ。
それと言葉が問題だわ。自動翻訳なしかよー。結構ハードモードじゃないですか。
商人一家は穴を掘って埋めてあげることにした。盗賊どもは一箇所に集めて荷台の油をぶっかけ焼却することにした。一応街道だし獣が押し寄せてきても困る。まさかとは思うが、アンデッドになって徘徊するとかあり得るかも知れない。
冒険者も同じように埋めてあげたが、冒険者は二人共ドッグタグを身につけていた。身分を証明するものかも知れないからこれは預かっておいた。商人達の身元を証明できるようなものを探したところ、通商手形のようなものを発見したのでいつか街にでも行ったら警察組織のような所に持っていこうとこれも預かっておくことにした。
火事場泥棒みたいで非常に心苦しいが、使えるものは頂く事にする。
この世界に来てまず必要だと思ったものはマントである。
現代日本人にとってはマントというと謎の怪盗やヒーローがはためかせているようなものを想像するが、こういった徒歩で旅をする者にとっては必須なものである。雨風を防げるだけでなく防寒になり、また包まって寝袋のような使い方もできる。あるとないとでは大違いであるとこの3日ほどで痛感したのだ。獣の皮でなんとかしようと試みたが、革をなめすという工程がどうにも分からず、それは断念していた。
それと念願の塩と食料を頂くことにした。胡椒は持っていなかった。やはり貴重品なのだろうか。お金も発見したがさすがにこれは頂くのをやめた。マントや塩をネコババしといて何をいまさらと思うが、それはダメだと思ったのだ。お金は彼らの死体と同じところに埋葬しておいた。日本だって三途の川の渡し賃に六文いるというではないか。
あとは積荷の油を二壺頂き、残りは死体の焼却に利用した。マジックアイテムと化したバックパックに壺をしまい、この場所を後にすることにした。
なんとか日が落ちるまでに森を出ることができたが、今日はここまでで夜営をすることにする。通常キャンプを張る場合はまだ日が高いうちに準備を始めるものである。しかし今回は森を出ることを優先した。遠くで煙が上がるのを見つけたためである。
森を出てフライで確認したところどうやら村があることを確認できた。生活の煙であろうと思われたので、明日の朝行ってみることにする。いよいよ異文化交流の始まりになるだろうか。言葉がなー。
「アインフォード様、元気出しやがってください?」
うおー。異文化交流難しいわ。
異文化交流第1回目 大失敗
やはり無策で突入したのがまずかったか。言葉が通じないものだから身振り手振りで生活必需品を分けてもらおうと思い、一応武器防具は外して交渉したのだがそううまくいく訳もなく、うさんくさげな目で見られた挙句追い出されてしまった。
しかし、村の様子と生活レベル、村の規模などは大体わかった。
まず思ったのは衛生面が最悪である。トイレという概念があるのか?というほど排泄物の匂いがひどかった。江戸の街は世界的にも清潔だったという話を聞いたことがあるが、糞尿を発酵させ、堆肥に使う発想がないのかもしれない。村の中に豚や鶏が放し飼いされていたが、逃げる心配はないのだろうか。
こんな衛生状態だとペストやコレラが発生したらどうするのだろう。いや、そもそも病原菌という発想がないかもしれない。病気の治療の主な手段は「お祈り」といった話も聞いたことあるし。これは現代知識無双で成り上がるという展開もありか?とはいっても、別に医者のまね事などできるわけもないし、特殊な技術者でもないし、せいぜい清潔にしようと声かけるくらいしかできんか。
これは佐藤太一郎の現代日本を知っているものの感想である。中世から近世のヨーロッパはこの状態が当たり前である。村や町などでもトイレは椅子式トイレ(いわゆるオマル)に行い、いっぱいになると窓からぶちまけたりしていたので路地に糞尿がばら撒かれていたというのは事実だ。また馬やロバが馬車を引いており、そこかしこで垂れながしていたというのも中世の街が不潔だと言われる所以である。しかし豚が放し飼いされており、糞尿は豚が食べていたのでそれほど問題になることもなかったという。この問題が大きくなってきたのは近世になって都市の人口が増えてきた時である。人口が増えると排泄物が増え溝に溜まった排泄物が雨が降ると街中に溢れかえったという話である。また、なれというのもあるだろうが、そこに住んでいる人々はその匂いをそれほど不快と感じていないのだった。
俗にハイヒールは汚物避けのために開発されたという話もあるが、当時は靴の下にもう一つサンダルのようなものを付け、衣服が地面にすれない工夫をしていた。もちろん汚物がつくことも避けているわけだが、ハイヒール自体は上流階級の貴婦人が姿勢をよく見せるために作り出したものではないかと言われている。
「ちょっとやり方を考えよう。」
やはり、手ぶらで行ったのが良くなかったかもしれない。贈り物は重要だ。言葉が通じないから贈り物だと理解してもらうことが難しいかと考えていたが、逆だ。まずそこからだ。
そして、やはりこちらの身分をいかに証明するか、だが…これは無理だ。どう考えても言葉が通じない時点で異邦人確定だし、どこから来たんだということになり、最悪通報されるかもしれん。通報するべき機関があるかどうかはわからんが。
うーん。とりあえず流れの狩人とかいう設定はどうかな。
「キャロットは俺の妹という設定にしておこうか。」
「わたしがアインフォード様の妹?何をぬかしているのか意味がわかりかねます。」
つっこまんぞ。
「いや、兄妹ということにしておけば、いらぬ誤解を受けないだろ?一緒にいる理由にもなるし。」
「はぁ、そういうものでしょうか。夫婦というのでは如何でしょう?」
「いや、それは俺が照れるから却下だ。」
「残念でございます。」
異文化交流第2回目 成功
今回はお土産に猪を担いで行ってみた。身振り手振りで物々交換を持ちかけてみたのだ。
前回は村の男衆に追い返された形だったが、今回は村長らしき男性と話すことができた。
ちなみに狩人アピールでお手製の弓を作ってその弓で猪を狩って見たのだが、意外に上手く狩ることができた。バックパックに入っていた弓矢はそれなりに強力な弓矢なので狩りに使うと獲物を破壊してしまうのだ。これでは優秀な狩人とは言えない。できるだけ綺麗に急所を狙い狩ることを目指した。
このゲーム時代に使っていた弓は上弦月弓というレジェンド級アイテムである。下弦月弓と対になる弓でありイベントクエストで手に入れた。ちなみに下弦月弓はカタリナが所持していた。その当時はカタリナとリア充していたので二人でクエストに赴き手に入れたのだ。
村長は穏やかな人柄で辛抱強く意思の疎通を図ってくれた。結果として猪と塩を交換してくれたので、第一段階としては上々ではないだろうか。別れ際に握手を求められたのが何よりの証拠である。
「よし、これであの村と仲良くなれる可能性が高くなったぞ。」
「アインフォード様はあの村人と仲良くなって何をなさるおつもりですか?」
目的はいろいろある。まず我々は言葉を学ぶ必要がある。できれば文字も習いたいが、識字率がそれほど高いとは思えなかったので、それはまた別の機会で良いだろう。最悪リードランゲージの魔法もある。
「俺たちはこの世界について勉強する必要がある。」
知りたいことは山ほどある。「ソウル・ワールド」とどこまで共通しているのか、というのもその一つだ。少なくとも貨幣価値は全く違うと言って良い。ゲーム上の簡略化のため金貨のみしかなかった「ソウル・ワールド」と決定的に違っている部分だ。このあたりは言葉がある程度話せるようになってからでないと調べようがないが。
「勉強といえば、アインフォード様。わたしに戦士のスキルを教えていただけませんでしょうか。」
キャロットは剣技のスキルは基礎しか所持していない。プリーストは前衛も行うが、防御関係のスキルに特化されている。もっと言うと弓のスキルも持っていない。クラス制限で弓矢が装備できなかったからだ。
しかし、どうやって教えたらいいのだろうか。普通に訓練するだけでいいのだろうか。これは今後自分にも言えることであるが、今現在持っていないスキル、例えば身近なところでは「料理」や「裁縫」といった現実世界では経験で上達するはずのスキルは習得できるのだろうか。ゲーム上では「料理」のスキルがないと「食材」を「食料」にすることはできなかった。しかし、ここまで猪や鹿の死体から食用になる部位を切り取り、火にかけて食べられる状態にすることはできている。これは料理のカテゴリーに入るはずだ。入るよな?
ということは同様に弓矢の練習をすればキャロットも弓矢を使えるようになると思われる。逆に俺自身がプリーステスのスキルを学ぶこともできるのではないだろうか。「聖水の調合」とか出来たら便利なんだが。
そもそも、この状態でスキルがどうの、と言っている時点でダメなのかもしれない。ゲーム上スキルとして持てる技能と比べると現実に使用している技能は驚くほど多い。「料理」「商談」「自転車運転」「パソコン」「計算」などなど程度の差はあれ、日常生活はスキルのオンパレードではないだろうか。
というわけで空いた時間はまず、キャロットに弓の扱い方を教えることにした。
最初は全く扱えなかったが、半日もすると形になってきている。まだまだ狙いは甘いが、すぐに狩りをすることくらいできるようになるだろう。先の考えが正しいという証明になると思われる。
ところで実は盗賊事件で打ち捨てられていた幌馬車を住居として使わせてもらっている。油を積んでいた方の幌馬車が比較的損傷が少なかったので、少し森の中に移動し住まわせてもらっているのだ。もう一台の方は申し訳ないが解体し、薪にさせてもらった。雨風を防げるというのは本当にありがたい。
それからおよそ3ヶ月、だいぶ村に馴染めるようになってきた。言葉も簡単な日常会話ならできるようになってきた。なにより、村の子供たちが懐いてくれたのが大きい。もっとも懐いていたのは俺ではなくキャロットだったが。
俺たちは拠点とした幌馬車で生活しながら狩りをした獲物を持ってこの村で物々交換をしていた。時には麦の刈り入れなども手伝った。キャロットは村の若者に人気で、俺とキャロットが兄妹だと知ると俺に愛想を振りまくようになった。なんてわかりやすい奴らなんだ。
その他にも薬草について教えてもらったり、毛皮のなめし方をようやく覚えることができた。毛皮を一度草の汁に漬け込むようだ。はー。なるほど。しかし、本格的ななめし職人はもっといろいろな工程を踏んで革鎧や装備品を作るらしい。一般現代日本人の知識って意外に浅いものですわ。
そのほかにも色々情報を集めてみたが、基本的にこのような村で得られる情報は少ないとみてよかった。まず地図がない。近隣の地図は住人の皆さんが移動できる範囲のものしか持っていない。わかったのはこの国の名前がシャルフェン王国でここはリーベルト伯爵領ヴァルト村ということと領都ヘルツォーゲンまで馬で2日ということであった。シャルフェン王国は隣のジークルーン帝国と100年来係争中であるらしい。
シャルフェン王国は知っている。「ソウル・ワールド」にあった国名だ。しかしジークルーン帝国、ヘルツォーゲンやヴァルト村というのは聞いたことがなかった。
いくつか仮説が立てられる。「ソウル・ワールド」世界の過去か未来という可能性。または「ソウル・ワールド」の平行世界とか。そうであれば大体の地形はゲームと同じと思ってよい。たまたま同じというわけではないだろうが…。
あと貨幣価値もわかってきた。
金貨1=銀貨20
銀貨1=大銅貨10
大銅貨1=銅貨10
パン一食分が銅貨2枚ということから日本円に換算すると銅貨1枚100円といったところか。
つまり銅貨1=100円 銀貨1=1万円 金貨1=20万円となる。
当然金貨などは村のだれも持っていなかったが。




