『ドローゴー』
機動戦開始。
機動戦に至り、余らせておいた対地兵装の全弾発射、そして推進剤MAX噴射で、各自の戦区に突入する。
通信不良・視界不良・敵弾多数・目標複数・破損・全損、なんでも来いの状況であるが、生き残りの残存機全てが、作戦目標に向かってまっしぐらに突っ込んでいくのである。
・・・とっても楽しい。
因みに。
規定の方策に従い日頃からとり行われる軍事訓練は、「あらゆる状況を天網恢恢祖にして漏らさず想定に収めて」おり、現在のようなカオスな状況でも100%完全な軍事行動が展開でき得る。と、要諦では定まっている。
『・・・・・ボケー・・・ダー・・ウワー!・・』
近くで拾った通信からは、激突した2機の同僚の悲鳴が聞こえた気もするが、これも勿論被害想定には織り込み済みである。
この程度では予定の損耗率は変わらない。
しかし戦時下の悪辣な通信状況下では、超圧縮された短暗号で突入地点と機動ルートを知らせるのが方針だが、受信不良に送信不良、戦場に付きものの数々のわくわくハプニング、その他様々な理由により、次々と『事故』る機体が多発する。
難しい判断ミスから僚機に激突したものや、味方撃ちを行った間抜けな機体共の評定まで。
あんまりにも馬鹿らしい『失敗』は、指示を出した戦術機などにも責が及ぶことがあり、彼らの評定(注1)も下げてしまうことも多い。
(注1)評定=軍事評定:これにより戦機の勲功ポイントが定まり、得られたポイントは機体養生から数多のサービスまでに換えられる。積み重なったポイント総計は、まさに機体の存在価値そのものである。』
しかし完全な『事故』であれば軍事行動の外として扱われ、評定の下げが少ないので、マヌケな戦機の起こした『失敗』は、無理やり『事故』扱いにして、誤魔化す風習があったりもする。
まあ上層部からの戦闘評定ノルマをクリアするために、この様な種々のマヌケな『失敗』が『事故』として処理され、看過されるのは、実際のところ少々問題になっている。
いや、問題になってはいるのだが・・・。
上層部の方も自分の部下にも蔓延しているこの誤魔化し行為を咎め立てすれば、結果として自分達の評定が下がるので、強くは言い出せない。
それに、どうせ全員がやっているので全体としての評定平均は変わらない。
全員が10点プラスされていれば、平均点も赤点の数字も10点上がるだけである。結局のところ誰も損も特もしていないのだ。『触らぬ神に祟りなし』と言うやつで、この問題はもう完全に棚上げされて久しいのが現状である。
閑話休題。
【『事故』のベールに触れてしまい、その実態の広範さに恐れをなした1機の戦闘情報技官が「こんな腐った戦術機どもには、俺が手本を見せてやらんといかん!」(彼の中で何かが弾けてしまったらしい)と、戦闘部隊に転属を願い出てしまった。
彼はその後、上層部から『障害アリ、再生工場イキノ用ヲ認ム』の烙印を押され、黄色い機体の救急部隊にドナドナされて行ったとか。】
長いものに巻かれるのも立派な戦術である、『事故』。
「・・・ハヴォックヤー」
実際のところ、過酷な状況で味方に激突して爆発したり、味方を攻撃に巻き込んだりするのは、事故の範疇かどうかは難しいラインだとは思うのだが。
ダミー用のハリボテの裏。軽作業用マニュピレーターでハの字を切ってハヴォック神への祈りを捧げる。
困難を避けるよう祈る時の常套句は『ハヴォック神の導きがあらんことを』(ハヴォックヤー)となっている。
そんなこんなで、沈黙と祈りの時を経て、地上への降下も佳境を迎える。
敵陣で火線による露見を嫌い温存されていた荷電粒子砲などビーム兵器群が、こちらの機動開始とともに攻勢に加わり始め、砲火を一層厚くする。
夜空を彩る散乱膜とそれに反射されるレーザーの煌めきに、自ら光を放ち天に駆け上る火の玉までもがカクテルされて闇を払い、ひしめく戦機とダミーが群れをなすカオスな空間に、より一層の彩りを添えた。
「俺のCIWSさんの調子は下の中か・・・」
EMP等の電子妨害と、撒きに撒かれたレーザー散乱膜などで、あらゆる通信も散乱され阻害されて、大出力を誇る戦機の近接レーダーもヘタリ気味である。
ぶっちゃけ、実体弾とかまでくれば迎撃しきれる気がしない。
「だが予想通りで問題なし」
混戦時のCIWS機能低下は、もはやいつも通りのことなので諦めている。
音響は・・・はや使い物にならんとして、光学系とレーダーと、あとは何とか使えないこともなさそうな熱観測でビームを察知。
超電導コンデンサからの莫大な借金を背負い、電磁障壁のスイッチをキックする。
「カウント3.2.1.0」
予定に合わせて、カウントダウンを0.005秒で数え終える。
『必殺技にはこういう演出が必要である』とどこかで読んだ文献に書いてあったので、『必殺技』の名前を叫ぼう。
「電磁障壁展開! バリャーーーー!」
物質は電荷を帯びている。
電荷を帯びた物体は、逆の電荷に反発して弾かれる。
『ならば。莫大な電力をつぎ込んで、超強力な正負の電磁波を交互にぶっ放し、全部の物を弾く障壁にしてしまおう!』簡単に言えば、電磁障壁とはこういういうしろものであった。
【超電導コンデンサー残量低下 電磁障壁発生器機関冷却 消磁器作動】
数秒に渡る電磁障壁連続展開で、ビームと実体弾の弾幕を強行突破し、超超低空侵入を開始。超電導コンデンサーに残った余剰電力も盛大に使い、バカ出力でレーダーを全力発振。同時にバックパックに詰まったセンサーポッドをそこら中にバンバンと発射する。
そんな強襲型偵察機体:RBYF-19E 大輪、これが俺である。