『終日B』
カズントさんの受難これにて終了!
整備街:A505-23番地 夜 1998/6/20 24:00
整備機ENGkz-msw-10044 カズント
「ナ、ナムサンノートン・・・。ナムナムナムナム・・・」
もはやどうにでもなれと、視聴覚素子を閉じたままノートン神への祈りをナムナムと唱え続けるカズントには分からない。目の前で人型機体の大輪と巨大な整備機のオヤジの2体が『確認する』と声を発し端末に接続し、何やら通信をしていたようだが、そこから彼らは一切動かなくなったことが。
-あーもー。そんな事やってる間に早く逃げてー!-
「ナムナム・・・いやそう言われても、この状況で逃げきれるとは思えないんだが・・・」
カズントが「チラッ」と視覚素子を繋いで外を見る。相変わらず目の前には大型整備機と人型機体の姿があった。
だが、その姿はピクリともしていない。アイドリング状態でも発生する揺らぎも殆どない。整備機の目から見ても不動とか凄く怖い。
・・・よく見れば、不自然にも全関節がロック---稼動状態の姿勢のまま全身にロックをかければ、各関節部にかかるモーメントを逃がすことが出来ず関節やロック機構に非常に負担がかかる。警察機の捕縛コードなどでも同じことになるが、カズントには分からない---されている。
「・・・な、なんで?」
指示AIが疑問に答える。
-細かく言うと面倒だから省くけど、それが『じゅもん.zip』の効果だよー! ホントはこんな所で使うもんじゃないから、他に機体が来たらややこしい事になるよ。それと、あと300カウントほどで動き出すけど・・・?-
『どうするの?』 と、言外に聞かれている。
「・・・あ、ああ! 早く逃げよう! ・・・本当に大丈夫なんだな?」
-うん。あと280カウントは止まったままだし、記憶も忘れちゃうはずだから急いで! 目が覚めた時にまだカズントが居たら分けがわからないからね-
「分かった!」
ガショ ガション ガションガション
緊張からホールドし続け、硬くなっていた4本の脚の関節を通電テストじみた動きで制御したカズントは、なんとか歩き始めた。
「オヤジさん? 大輪さん? し、失礼しますね。あ、そこのカッパ、少しお借りしますです」
ソーッ・・・と。端末に接続したまま固まっている2機の横を、直方体の身体が---前に歩こうとするカニみたいにギクシャクとした動きで---すり抜けてゆく。
そのまま隣の棟へ抜ける扉へ向かう途中で、ペンキ樽の横の壁に掛けてあったカッパ---塗装などの際に使用する上掛け。塗装は付いてしまうと落ちにくいので、防塗スプレーとカッパを併用する。玄人は着けない。又は気にしない。---を発見したカズントは、今しがた顔を隠すことの大切さを思い知ったので、大きいカッパを選んで目深く被るのであった。
MAPを確かめ、目的地へ向かう。
(オイルが飲みたい・・・)
余りにも緊張が続いたせいで、電脳ドラッグの効果は記録的な早さで切れていた。
(右前足と右後ろ脚は、本当に一緒に動かすものだっただろうか?)
緊張と焦りのせいで、動きがおかしい気がしてならない。
落ち着かない思考の代わりに、周囲の喧騒が近くに感じられた。
警察の駆動機が上空を旋回している気がして仕方がない。
「ドラッグが足りない・・・」
電脳ドラッグを使えばこの緊張からは開放される。だが、デメリットとして、時間を忘れてボーっとしまう事がよくある。
一刻もはやく逃げなければならない状況で、早めに効果が切れてくれたドラッグを使う理由はない。
「・・・・・・」
だが、少しだけならいいのではないだろうか?
電脳内のフォルダーから電脳ドラッグのファイルをクリック、内部に分割隠蔽されたデータを手早く順番通りに結合し・・・。
-待ってー! さっきもなんかおかしかったけど、今のこの状況でドラッグはやめてー!-
きっとフォルダーを見張っていたのだろう。指示AIからの鋭い声がその手を止めさせた。
「はっ!? 私は一体何を・・・」
指示AIの声で我に返ったカズントは---精製を終えた電脳ドラッグを投入するため、電脳網免疫系に針を刺して穴を開ける所まで行っていた---そんな自分自身に脅威を感じたが、これもきっと・・・緊張のせいだ。
無事にドラッグの誘惑に打ち勝ったカズントは、隣の工房を通りバッカンで封鎖されていた路地の後ろへ抜けた。路地には機体が幾らか出てきているが、暗視装置を使っている物が多いのか明かりはまばらである。
その暗闇の多さに無理やり心を落ち着かせ、身体を物陰から物陰へと、目立たぬよう工房の壁に寄り添うように裏道を進んでゆく。
カズントの横を、変形した8輪を唸らせて荷物を抱えて避難する整備機や、仕事中に様子を見に来たのかテレメーターを付けたままの細身の三節胴型2脚整備機、増設碗や倍力機構を外すのも忘れて逃げる整備機に、ただの野次馬の人型機体など、様々な機体が通り過ぎる。
たまにこちらを見る彼らの暗視装置が全て視RAY社の激安シリーズだったら良いのにとカズントは思う。しかも保証期限が昨日で切れているやつだ。
「頼むから、そっとしておいてくれよ・・・お願いだから・・・」
そう呟きながら息を潜めて歩くカズントだが、その思いも虚しく警察には2回止められた。
1度目は、何も言わないうちから警察はID・トランスポンダーの作動を確認し、IDに問題がないと見るや警察駆動機からのレーザー接続は切られ「お気をつけて」の発光信号を残して飛び去っていった。
この1度目の警察の審問で、歩くというより壁を這いずる、ほど精神が疲弊したカズントは・・・そのまま10歩も動かないうちに不審者として、またも警察に審問された。
1回目とのあまりの間隔の短さに、カズントは「自分が犯人だと気づいたさっきの警察機が逮捕しに来たのだ」と思い観念した。だが今回の警察機もID・トランスポンダーを確認し、事件とは関係のない『ENGKl-smss-8003 独』だと分かると、これも「お気をつけて」の発光信号を貰っただけで難を逃れた。
「ふ、ふうううううううう、ウェェ・・・」
ヒュコー ヒュコー ヒュコーー
警察の審問で機体に実害はなかったが、電脳にはとてつもないストレスがかかっていた。高ぶリ過ぎた電脳網が求める過剰な吸排気が酷い。気を落ち着かせるため、カズントは辿り着いた幹線道路の脇に身を潜め目的地を確認する。
「ああ、やっぱり処理場だったのか・・・。そこまで遠くもないのに、世界の果てみたいに感じてた・・・」
ドラッグの切れた電脳内で改めてMAPを広げてみれば、そこは整備機なら誰でも知っているスクラップ処理施設だった。街区と街区を繋ぐ巨大幹線道に隔てられ、街の外側にドカンと築かれた屑鉄の城塞である。
-辿り着けるかどうか、という話なら・・・まあだいぶ世界の果てっぽかったけどね。いやもうさ、なんでこんな近場に行くのにあんなに手間取るのさもう!-
言われたカズントだって何故だか分からない。ドラッグのせい・・・じゃないかなあ、と思わなくもない。ドラッグが欲しい。
スクラップ処理施設は市街地とは逆方向に存在するので、こちらへ逃げてきた整備機やらは、市街行きのバス乗り場へ向かったり、ここで途方に暮れていたりする。
他には、目の前の幹線道路を横断する機体もいる。
幹線道路を横断する機体達の目的は、道の向こう側にそびえ立ち、真っ暗な工房街とは対象的に、独自の電源系を備え---資源の再生処理に必要な大規模な電力確保のための、戦機の物よりも遥かに出力の高い据え置き式核融合炉だ---今も煌々と明かりが灯っているスクラップ処理施設だ。
中央には天を貫き悠々とそびえ立つ送排気兼送電塔が鎮座し、その塔の麓半分には四角四面のスクラップの選別分解ラインが広がっている。
麓のもう半分には大中小の塔が立ち並び、茨のように複雑に絡みついたパイプラインと共に、合成薬品による不純物の溶解やレアメタルの抽出、有り余る電力による金属の分離蒸留など、資源の再生処理が行われている。
そしてそれらの施設の重要器官を囲む壁面部分には、何十もの駆動機が取り付けるポートを備えた搬入口と搬出口が規則正しく並んでいた。
全ての要所はインジケーターや誘導灯が明るく、規則正しく明滅しており、まるで巨大な1つの機体の鼓動の如くであった。
何故そんな場所に機体が向かうのかといえば。
まあ誰だって、停電して真っ暗で危険な工房街にいるよりは、電力が豊富で明るくて安全そうなスクラップ処理施設に行って安心したいに決まっているからだ。
スクラップ処理施設の入口では、そこまで逃げてきたらしい整備機や戦機とおぼしい人型機体が職員達と何やら話しこむ姿も見受けられた。
カズントは警察の駆動機が居ないか注意深く見渡したが・・・カズントのカメラで解析できる範囲には見当たらなかった。
「警察がいない・・・」
久しぶりに嬉しい出来事だ。
「工房外では心臓の止まるような事ばかりだったし、逃げ道は塞がってるし、名前を変えたのにすぐにバレてしまったし、警察には2回も止められたし・・・本当に酷い目に合った」
-ホントに大変だったよねー。・・・って。それもこれもカズントが出かける前にドラッグなんか使うから悪いんだよー!-
全くその通りで返す言葉もない。
カズントは誤魔化すように、頭を回して苦難の連続であった工房街を振り返った。
暗い工房街の路地からは、今も機体が迷い出てウロウロと幹線道路沿いを彷徨い出て、彼らの自前のライトや赤外線や紫外線が、スクラップ処理場の光に誘われて幹線道路を横断していく。その様子は、サンズ・リバー---機体が死んだ後に渡るという川、---を彷彿とさせる光景であった。
他には静かにバス停で列をなして待つ機体達や、上着を掲げてヒッチハイクを試みるも一切駆動機が通らずそのままスリープモードに入って寝込む機体までいた。
皆一様に途方に暮れた様子だった。
「申し訳もない・・・」
原因であるカズントは心が痛んだ。
せめて「これ以上の危険はないよ」と皆を安心させてあげたい。だが、彼ら以上に、今現在の自分の安全が脅かされている。だからこの気持ちは、そっとメモリーに仕舞い込んで、いずれ日記に書きあげて、そこで懺悔することにしよう。そうしよう。
「よ、よし。私も道路を渡らないとな・・・」
『逃走経路』の予定では、スクラップ処理施設の内部がゴールとなっている、ちょうどスクラップ処理施設を目指す機体がいるのだ、カズントも目立たぬように皆に混ざり---しかし顔を見られないようできるだけ距離を取って---未だにおっかなびっくりでしか動かない四角い身体と四本の脚で道路を渡る事に決めた。
「駆動機が一切通らないのは、やっぱりプラズマ砲の影響なのか・・・? 街の停電もまだ復旧しないし、なにか・・・大変なことになってたりしないか?」
-大丈夫だよ。駆動機が通らないのは警察機構が一帯に交通規制をかけてるからだし、ジャミング前の通信だと、無くなった機体も一機もいないようだしね-
明りの灯る玄関を目指す機体達とは大きく離れ、この時間には稼働していないスクラップ搬入口に向けて道路を渡り切った。
カズントは身体を旋回させて---(基本的には)整備に正確を期するため十分な光源を用意して作業を行い、暗視装置の類は使用しない。なのでカズントの暗視装置もデフォルトで付いている正面カメラのものだけである---周囲の様子を探る。この辺りに機体の気配はない。
スクラップ処理場は眠らないが、独自のサイクル(規則正しい新陳代謝)がある。夜間である現在、スクラップの搬入は行われていないからだ。
早朝。大型駆動機に山と積まれ運ばれてくるスクラップが種類別に分けられ、それぞれの食卓(処理機構)へ運ばれてゆく。
昼。選別され細かく噛み砕かれ処理をしやすくされたスクラップが、消化器官(再生処理施設)へ届けられ消化が始まる。
夜。全ての搬入は終わり、残りの料理の消化と、排泄器官(精製ライン)から出てくるインゴットが製造ルートまでドナドナ---駆動機に乗せて出荷する---されてゆく。
道を挟んで停止した工房街を睨み、闇を裂いて平然と稼働する巨大建造物はまるで違うプロトコルを持つ他の起源種(OS)のようにも見えた。
「ここまで来たらもう大丈夫かな? しかし夜のジャンクヤードは怖いな・・・。目的搬入口は・・・B-13シュートだったかな?」
-それにしてもいつもパーツやら持ってきて貰ってた所に、まさか本体ごと入って貰うことになるとはねー。まあどっちが巻き込んだんだか巻き込まれたんだかだけど-
スクラップ処理施設の外壁に沿って、超大型の駆動機が何台も乗り入れ可能なスクラップ搬入ステーションと、ドライブスルー方式の小さいスクラップ搬入口とが、併設されている。
(B-13シュートはあの辺りか)
カズントはその中でも、小さい方の搬入口へと向かう。
利用時間外の搬入口には明かりは無く---お陰で他の機体も居ないのだが---、代わりに視RAY社の暗視装置で周囲の光を増幅して煤で汚れた案内板を視覚に映し出した。
【B-13シュート 分類:機械くず・ミックスメタル】
「確かに。確かに新断でもない優良鉄クズでもないから・・・分類はこうなるなあ」
-いや、別に君を分類してこのダストを選んだわけじゃないからね? 落ち着いてね!?-
「・・・・・・」
カズントは低い塀を越え、シュート前の駐機場に入る。
立てつけられた看板の前にガシャガシャと辿り着くと、腕を伸ばして看板を掴み、機体を傾けて硬い頭を一気に叩きつけた。
そこに書かれた文字---特に機械くずの部分--をマニュピレーターでガリガリと掻き毟る。
「なあ。本当にここに来ただけで警察や上位機種から逃げ切れるのか? もう・・・どんな場所にも手配が回ってるんじゃないのか? そもそも、逃げたからってどうするんだ!? 幾ら名前が変わっても【Kz】なのは変わらないんだぞ・・・・・・」
ガリ ガリガリ ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
文字を引っ掻くマニュピレーターの動きはどんどん激しくなる。
その文字を掻き消せば、その文字に相応しい自分も消えてなくなって、また新しくやり直せるような気がして。
-あー・・・ずっと非合法なことを散々手伝ってこれた僕だけど、今も平気で生きてるよね? はっきり言ってそんじょそこらの機体がどれだけ束になったって、僕の相手じゃないさ。カズントがこの道に入るも、ずっとずっと前から生き抜いてきたんだ、この僕の実績を信じて貰いたいね!-
「・・・・・・そう・・・だな。そうだったな」
ガリ
文字を掻き毟る音が止む。
そうだった。今回の逃走の準備だけじゃない。今までもずっとこいつは悪魔みたいな手腕で助けてくれたんだ。
整備用システムツールの使え無さや制限に悩むカズントのための---様々な兵器とそれに纏わるシステムを扱ってきた整備機の目から見ても、明らかにオーバースペックな、おそらくは高度な軍事用の---システムツールの横流しから始まって、工房長が見つけてきたが、当の工房長ですら何時の何なのかも判断できない発掘デバイスのドライバー---役には立ったが、デバイス自体は太古の型番すら残っていない実弾銃の制御系だった---。そして電子ドラッグの作成プログラム(違法)に、ドラッグ使用の形跡を消す隠蔽ツール(違法)、・・・それにシミュレーション上のデータ改竄(違法)。
全部自分が望んだことであり、こいつは望みを全て叶えてくれた。・・・それでも、最後には破綻が待ち受けているのも分かっていた。
「だけど、ここまで話が大きくなったんだ・・・自分を捕まえただけで追及が終わるわけがないじゃないか。今回ばかりは・・・。私のせいで・・・騒ぎが大きくなりすぎたんじゃないか!? すまない。すまない・・・」
-いやいやいや。大丈夫。僕はずっと切り抜けてきたんだ。今回だってノープロブレム! -
フィーーーーーン。ブィーーーッン!ブィーーーッン!
「な、ななな、なんだ!?」
音のする方角へ見れば。
静かに街の外郭を回ってきていたらしい警察の駆動機。
それは突然向きを変え、サイレンを鳴らしランプ回し・・・こちらへ迫ってきていた。
-ヤバイヤバイ!-
「どっ、どどど、どうしたら!? 」
-ゲートのロックは解除したから、早い所潜り込んで!-
ガシャン シュゴッ
B-13シュートの厚い蓋は昼間と同じようにロックが外れ、投入口が大きく開く。
-中は選別した残りを反芻(再精査)してて、コンベアーは動いてるからそのまま乗り込んで!-
「っひぃ! うわあああああっ・・・・・・・・・・・・」
暗い。まだしも明かりの漏れていたスクラップ処理場周辺とは違い、シュートの中は完全な闇である。カズントの最安値の暗視装置は、稼働からこちら更新も整備もした覚えのないため感度調節が遅い。
視界ゼロ。姿勢も崩れ、ゴロゴロと坂を転がっている気がする。
慌てて肩部のライトを点けようとするが「・・・まだ蓋が開いていて、外に光が漏れるかもしれない」と思ったので我慢した。
カズントだって何度もシュートには廃材を放り込んで来たが、穴の中を除いたことはない。
駆動器に載せたバッカンの中一杯に詰まったスクラップを放り込み、新しいバッカンを背負って帰ってくる。それだけだった。
傍から眺めるスクラップシュートの穴に不吉さを感じて、目を向けないでいたからだ。
自分の寿命の終端が見え始めた頃、目を背けていた理由が「墓穴のようだから」だと気づいた。
坂になっていた部分を転がり終える。
カズントはようやく立つ、というか、せめて座ろうと思ったのだが・・・視界も悪く、床が動いているせいで体勢を立て直すのが難しい。日頃の運動不足(注:1)が祟ったか・・・いっそ倒れたまま待でいよう。
「ハッハッハ。薄々『自分はスクラップだ』という気はしていたけど・・・」
-世間ではポイントを稼げないだけで、そういう扱いをするのもいるけどねえ-
カズントの眼がやっと慣れたころ、暗視視覚の端に点滅するドットが見えた。目を凝らせば、通信中継器によく似た装置がコンベアー路の隅に据え付けられている。
-回線は繋がるかな-「・・・繋がった! あー。あー。あー・・・なるほど。君の電脳に入ってたAIとデータを統合したよ。なんというか・・・苦労したね! でも辿りつけてよかった!」
カズントの電脳内の偽システムメッセージが消え、代わりに何処からか声(電波)が聞こえてきた。
そういえば。穴に落ちてからは、ずっと耳の中で聞こえていた『ザーザー』という音が鳴りを潜めている。
「ここは通信できるのか? あ、それよりもあれだ、入り口から電波が漏れたりは大丈夫か?」
「電波の方は大丈夫だよ! もう蓋は閉めたから。よっぽど大声じゃないと外には漏れないよ。っていうか、君はずっとシステムメッセージの僕と話す時にも、電波でも喋ってたよ・・・。まあ、ジャミングかかってたし、声が小さかったから止めなかったけど」
「そう・・・だったか?」
そう言われれば。いつの間にか、考えを言葉にして出力していたかもしれない。
ドラッグを始めて以来色々なことがあやふやになっていく気がする。
もう安全なんだろうか。
だとしたらドラッグを使ってもいいのかもしれない。
カズントはそんなことを思いながら、もはや起き上がるのを諦めて寝転がっていた。
---------
(注:1)
【運動不足】:姿勢制御系システムのデータ不足により引き起こされる諸症状。
類似:運動音痴
原因:
慢性的な運動の不足により、ジャイロ・バランサー等姿勢制御系システムの経験が不足してしまうことに起因する。
まず昨今の機体に装備されているジャイロ・バランサーは、ネットへ繋げば自動的に最新のドライバーソフトがダウンロードされる。
しかしドライバーソフトが最新で、ジャイロ・バランサーが機体制御システムと適合していても---稀に適合しない機種の組み合わせもある。その場合はメーカーを変えるか、メーカー製ではない独自のドライバーを探してくるほか無い---、正しい数値が入力されていなければ、当然正常に作動しない。
『姿勢制御系ソフトの求める正しい数字』とは、機体内外各部のXYZ軸の正確な長さ、正確な質量、正確な力の掛かり具合である。
なにも手を加えてない機体なら、工場出荷時のパラメーターを姿勢制御系に流すだけで良い。
しかしカスタマイズされた機体は、追加された内外機器のパラメーターの打ち込みを正しく行わなければ---職場に合わせて機体の方を変えることが多い整備機などは、頻繁に改装することもあり適当に済ませることがある---、問題となる場合がある。
本来はジャイロやバランサー等の姿勢制御系システムは、莫大な過去の経験情報と機体各所のセンサーのフィードバックから『データ上の機体』と『現在の機体』の違いを読み取ることで・・・自動でパラメーターを収集することで、勝手に補正を行うことが出来る。
しかし『自動でパラメーターを収集する』という部分に、『運動不足』の問題が発生する。
機体の中には『出不精で部屋に篭もりきり。動くのは部屋と職場の往復のみ』という物が存在する。毎日毎日同じ行動を繰り返し、複雑な動きをすることもない。
言うなれば彼らは、姿勢制御系に全く新しいデータを打ち込もうとしない、Fプログラマーなのである。
これでは幾ら姿勢制御系が自動で機体のパラメーターを収集しようとしても、有効な補正を行うだけのデータが揃わず、(彼らにとっての)高速機動や反射行動を行わなければならなくなった際に事故が起きることとなるのだ。
症例:
・架台に押された時、バランスを保てずメッキ槽に転落し水没する。
・物陰から出てきたLL型整備機を避けきれず激突、バランスを崩し道路に転倒し駆動機に轢かれる。
・重量物を持ち上げると、バランサーが補正しきれず腕がすっぽ抜けて重量物が足の上に落ちる。
などといった諸症状を発症・併発する。
これらは全て、運動不足---姿勢制御系データ入力不足---が原因なのであるが、この問題の根幹は「現在社会の構造欠陥における、一種の社会病的な側面を持っている」とも言われる。
理由は「予防には各個人の自発的な行動が必要不可欠でありながらも、社会の要求は各個人の行動を職場と仕事のみに束縛し、結果として彼らの運動の機会を奪ってしまっているから」である。
予防:
昨今この問題に対して、過去の文献において始業の際に行われていたらしき運動不足解消法---放送電波による同期形態を取るため『RADIO体操』と呼ばれる---が、提唱されている。
上位機種広報:
「『RADIO体操』は、姿勢制御系のみならず、機体各所の可動部動作確認を含む、総合的な簡易チェックを手軽に行えることから、広く普及させる見通しである」
とのことである。
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「でもちゃんと会えて良かった・・・。君がいるってことは、ここはかなり安全なんだろう?」
「ここはまだ中継器を置いてあるだけだけどね。でもまあ、この中まで追っかけてくるようなことは無いみたいだから、カズントはこのまま運ばれてるだけで安全だね」
「じゃ、じゃあ・・・ちょっと一息入れていいかな? もうかなり・・・神経が磨り減ってしまって」
筋金入りらしい裏稼業のプロが『安全だ』と太鼓判を押してくれたせいで、カズントの張り詰めていた神経は完全に弛緩してしまった。もし次の瞬間、警察機が踏み込んできたなら、一歩も歩くことなく捕まえられる自信がある。
「うん。そのまま休んでればいいよ。何か有った時には教えてあげる。予定としては、『再生不可廃材』のシュートから地下に出るつもりだけど、それまでは変に動いて痕跡を残しちゃうより、じっとしててくれた方が良いからね!」
「じゃ、じゃあ失礼して休ませてもらうよ・・・」
カズントは、言われるが早いが、高回転気味だった電脳網の緊張をほぐすためにと、電子ドラッグを少量作成し、一服する。
注入器が免疫系に開けた穴からスルリと潜り込んだ電脳ドラッグは、本来は直接制御が許されないはずの電脳網制御系に、いつもより多めに違法プログラムを送り込む。
「本当に、今日はいろんなコトガアッタナア・・・」
カズントの口調から意思の色が消え、マニュピレーターも脚部もアイドル状態で無気力なまま、コンベアーで奥へと運ばれていく。
「電子ドラッグも使いすぎなければいいんだけどね。それでポイントが稼げなくなったら、結局ダメなんだから・・・」
「・・・。ポイントを稼ぐにはこれしか無カッタ。他の機種と全く同じ性能、全く同じ環境ナラ・・・・もっと出来たはずなんだけどナア」
囁かれた言葉に反応したカズントの口から、虚ろな電信が紡がれる。
機体には何の反応もない。
「・・・。えーと。警察は君の端末から、君が独自に発展させたハッキングツールを見つける。それは以前整備した腕部パーツのサブシステムに偶然残っていた軍用電子戦プログラムを、サルベージして修復したものだった・・・ 」
「何を言ってルン・・・。ん か 体ガ動ないゾ ?」
通路の幅が少し狭まり、天井のレールを走る無機質なカメラアイと電子センサーが、コンベアー上の物体を解析する。
電子機器複合物。
金属資源の多い支持パーツと、電子機器部の多い上部とに選別。
電子センサーからのレーザーアンカーに従い、左右のガイドレールを滑る剪断機が停止。
ガシャン バキン ガリンガラン ウィィー
カズントを、上半身と下半身とに剪断する。
分断された下半身は、剪断機に付いているアームに押され、直角に繋がるコンベアーに転がされ、向かった先で更に隣のレーンに繋がるシャッターが上がり、光が溢れだす。
そちらは此処とは違い大量の機械部品の川が流れており、煌々とした明かりの中で沢山の選別機のアームが動き回り、更に他のラインへ様々な部品を振り分けている。
カズントの下半身は、その機械部品の川へと紛れて消える。
シャッターが閉まる。闇が戻る。
「街を抜けて、スクラップ処理施設までたどり着いたENGKz-msw-10044 カズントは、ダストシュートを操作して中に逃げ込んだ。だが、運悪く処理設備は再選別と解体を行っている真っ最中だった・・・」
ガッ! ガガッコン ウィー
コンベアー上に残されたカズントの上半身が、下から3分の1だけ分断される。
「あー・・・ソウ 、なんだ ココで終 ダッ ノカー でも マデアリ ウ」
剪断機が短い距離を滑り動きを止める。
ウィ ガッ ガッコン ウィィーー
残った塊が、更に3分の1切り分けられる。
金属のケースから溢れた電子部品。油や保護液に濡れる元一番高い位置にあった部品。ビス止めされた名前通りに黒い箱と、それを保護する内骨格の隙間から、銀に光る高密度の繊維が見える。
「進入時に処理システムに自らを電子機器廃材と誤判断させていたENGKz-msw-10044 カズントは、しかし電子ドラッグの過剰摂取によりベルトコンベアーの上で前後不覚に陥り、そのまま廃棄物として処理に掛けられた。発見時にはプレスされただけであった外部記憶装置---電脳ではないハードな記憶領域。この場合のものは機体に装備されたドライブレコーダーのようなもの。データの読み取りという点では、複雑な電脳網記憶領域より断然読み取りやすく、”書き換えやすい”。通常の記録によく使用される---は辛うじて修復し解析されるが、肝心の電脳網は溶鉱炉で処理されてしまい、回収不可能だった・・・」
「出来る限 頑張っタ・・・つもり んだがナ は マデ った 良 、君 大丈 ノカ?」
音が絶えた廃材通路に、細い、本当に細い電信が反響する。
「・・・カズントの外部記憶装置の記録からは、君が単独犯であり、工房で見つけた古いジャンクの記憶装置から電子ドラッグのデータを得たこと。そして端末の”日記”から、自分の寿命が短いことに憤りを感じての犯行であったこと・・・それらが裏付けられることになる。・・・逃げ出して、ドラッグで錯乱してる最中の事故。これでカズントの機体は・・・僕との繋がりを示す証拠は消えて、僕の存在が発覚することはないし、 」
声は、帰ってくる電信が無くなったことに気づくと、告白を止める。
「だから言ったじゃないか。”僕は”いつもピンチを切り抜けてきたし、今回も大丈夫だ、って・・・」
暫くして、回転していたコンベアーがその上に廃材を感知しなくなり動きを止めた。
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