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今日もイケメンは普通少女にゴミを見るような目で見られる。

作者: 秋澤 えで

人生イージーモード。それは俺に相応しい言葉だ。



「李人!今日一緒に帰らない?」

「ちょっと軽々しく李人さんに話しかけないでよ!」

「あの、今日のお昼お時間ありますか?」

千賀谷(せがや)くん、本日の下着の色は何色ですか?」



きゃあきゃあと姦しい声に対し、優しく微笑めば周りの女子たちは息を飲み黙り込む。



「みんな今日も元気だね。でもちゃんとみんなの声を聞きたいから一人ずつ話してくれると嬉しいかな。」



吐き気を催すような甘くクサいセリフだが、この言葉で半径20メートル以内の女子は秒殺される。まるで爆弾でも落とされたかのように立ちくらみ起こす者、動機息切れでしゃがみ込む者、胸を押さえ悶える者、真顔で鼻血を流す者。朝の爽やかな校門は一瞬で奇妙な集団で溢れかえるのだ。しかしこれにも皆慣れたもので、半径20メートル外にいる者や男子生徒は「ああ、いつものことだ」と総スルーされている。


すべては『千賀谷李人』だから、という一言で片づけられる。

千賀谷李人、それが俺の名前だ。


日比野第一高等学校のイケメン男子高校生。顔良し・頭良し・素行良しの優等生で、家は金持ちでも気さく、誰にでも優しいスポーツマン。

ウルトラスーパーパーフェクトイケメン男子高校生、それが俺だ。


何もかもを約束された将来、人生イージーモード、神に愛された存在。

うぬぼれでもなんでもない、客観的事実だ。


さて人生イージーモードのイケメン男子高校生の俺だが、転生者である。

頭はおかしくない。可愛い女の子たちを攻略するギャルゲの世界に転生したただの男子高校生だ。


俺はもともと普通の世界で生きていて、イケメンでも不細工でもない平々凡々、没個性を絵に描いたような人間だった。三日会わなければ忘れられる顔、他人が俺を説明するときは「あの……なんていうか、そう、普通の奴」と言われる人柄、特徴があると言えば自己申告だが隠れオタクであった。


そんな平々凡々な俺は高校2年の時に死亡した。そこだけが平凡でない。

学校の帰り道、歩いていると前方で白猫がトラックに轢かれそうになっていた。うわっ、嫌なもの見ちゃうなあ、と思ったのも束の間、俺の前を歩いていた女子高生が白猫を助けるために道路に飛び出したのだ。漫画のようなシーンだったとまだ覚えている。スローモーションのように、前方の女子高生ははねられた。白い猫は宙を舞う。つんざくようなブレーキ音、物体にぶつかる鈍い音、飛び散る血。


そして止まらないトラック。

そして勇敢な女子高生の後ろを歩いていた傍観者Dの俺は、現実味のないままにトラックにはねられた。


完全に巻き込まれた。

悪いことも良いこともしていない俺は高校2年生で短い人生の幕を閉じた。


と、思ったら開いた。

気が付けば身体の痛みもなく、見上げるのも見慣れぬ天井ではなくどこまでも突き抜けるような空。

そして不安げに俺を見る白いひげの爺さん。

ほとんど反射的に「あ、神様だ。」と思った。要するに万人が想像するような神だ。高齢っぽい見た目、白いひげに白髪、木の杖、仙人といった方が近いかもしれない。

神が言うにはこうだ。


俺の寿命は本当はまだまだで、何の起伏もない平々凡々な人生を歩み、平々凡々に75くらいで死ぬ予定だったと。だがしかしついさっき、飛び出した神の使いである猫、それを助けようとした女子高生、ブレーキ掛けてるのに効きが悪いトラック、その後ろを歩き茫然と様子を見た俺、という奇跡的な4要素により、俺は平々凡々な癖に非凡な死に方をしたのだと言う。


曰く、神はドジっ子だと。曰く、「うっかり巻き込んで殺しちゃったお」と。


正直その顔を引っ叩きたくなったが、俺の漫画や小説などからの情報からしてこれはあれだ。「神様のミスでうっかり死んでしまった主人公。その代わりに何かチートを付けて異世界に転生させてくれる」フラグだ。いくら何でもベタ過ぎるだろ、と思わないでもないが可能性が0ではないのなら希望を捨てるべきではない。平々凡々な俺らしく、控えめに、矮小な日本人らしくいよう、と決めたのは主催俺、出席者俺の脳内会議。

おとなしくしながら「うわあすごい、神様初めて見た。いいよいいよ、ミスとか気にしないよ。誰にだってミスはあるよ。大丈夫、ドンマイドンマイ!」的な会話をしたところ俺の優しさに感銘を受けた神。そして神は俺をチートな特典を付けて好きな世界に送ってやると言い出した。ちょろい。見た目がベタなら言うこともやることもベタだ。ベタ上等。どんと来い。


ここでよくあるのはどこかゲームの世界であったり、剣と魔法の世界であったりが主流だが、平々凡々な度胸しか持ち合わせていない俺としては、いくらチートを付けられても命の危険のある世界には行きたくない。


では俺が楽しく生きられて尚且つ命の危険のないところ、と考え選んだのがギャルゲだ。「スクールガールズレボリューション」という何とも微妙な名前のギャルゲ。ぶっちゃけ全然面白くはない。ハラハラする展開もなければ、悪役もライバルもいない。主人公はただ女の子たちの好感度を上げるだけ、というある意味もてない男たちへのあからさまな慰めにも近いゲームだ。クソゲーというよりもぬるゲーの方が近いかもしれない。だが俺はドキドキハラハラな展開はゲームの中で十分だ。正直生きていくなら自分にとって甘く優しいイージーモードな世界が良い。それで女の子たちにチヤホヤされたい。


欲望に塗れた俺の心中も知らず、これでもかという特典を付けてギャルゲの世界へ送り込んだのだった。


さてそこからはご都合主義のオンパレード。

自我を持ったのは5歳。つまり屈辱的な赤子時代はすっ飛ばしている。そして幼稚園の中ですでにモテモテ。女の子たちからは群がられ、先生やお母さん方からは溺愛される。鏡を見れば天使のような幼児が映っていた。道を歩けば見知らぬ人がデレデレと俺に手を振り、振り返せば膝から崩れ落ちる。親の買い物についていけばおまけとこれでもかと付けられる。飴をくれると言うので飴を受け取り笑顔でお礼を言えば、誘拐犯でさえ鼻血を吹いて地面に倒れ伏せる。


これぞ神クオリティ。

しめしめうまく行った、どころではない。本人である俺でさえドン引きな事態だ。ここまでは想像していなかった。

見目は良いし、家は金持ちだし、わがままを言わないいい子だし、中身が高校生なおかげで頭脳もチートだし。欠点?なにそれ美味しいの?状態だ。

世界は俺中心に回っていると言っても過言ではない。


ゲーム本編開始の高校生になった。ヒロインたちは無論、攻略するまでもない。チョロインしかいない。何もしなくてもヒロインもモブも関係なく寄ってくる上に微妙に口角を上げるだけで悩殺だ。笑えない。チートは嬉しいがぬるゲーにもほどがあるし、現在は現実世界。もはや世界が俺に甘すぎて砂糖を吐きそうになる。可愛い女の子たちからチヤホヤされ、鈍感主人公を装いのらりくらりとするのも楽しかったが、あれだ。


美人は三日で飽きる。

前世の俺ならば「何言ってんだテメエ」とメリケンサックをはめてぶん殴るようなセリフだが、いくら美人でも四六時中寄って来られ、これでかと好意を押し付けられていると、飽きる。もともと甘い世界が良かっただけで特定のキャラの大ファン、と言うわけでもない。いざ現実になってしまうとぶっちゃけどうでも良いのだ。


そんな順風満帆飽食気味なバラ色人生を送っていた俺だが、一人だけ思い通りにならない女子がいる。

俺が教室に入ると誰もがぱっと入り口を見て口々に挨拶をし、女子たちことごとく赤面、立ちくらみを起こす。だがそんな中、一人だけ俺に挨拶をしようとしないどころか顔を見ようともしない女子がいる。



「おはよう、松岡さん。」

「……おはよう、千賀谷くん。」



わざわざ俺が彼女の席の前に言って挨拶をすれば、一応顔を上げて儀礼的に返礼する。


松岡百合。それが俺の思い通りにならないクラスメイトの名前だ。


俺がイケメンスマイルを浮かべているのに、赤面もせず、鼻血も吹かない、彼女は酷く面倒臭そうな顔をしている。ツンデレとか、あえて冷たくするかまってちゃんではないことは実証済みだ。隠そうともしない松岡さんの顔は「うわっ、面倒な奴に話しかけられた。放っておいてよ。」といっている。顔に書いてあるどころではない。顔、雰囲気、目、引き攣った口元が如実に表している。


彼女とのファーストコンタクトはまるでゲームのイベントのようだった。

移動教室の時、俺はたまたまハンカチを落とした。それを松岡さんが拾ってくれた。一般的に、俺が落とし物をすると9割5分の確率で返ってこない。きっと拾得者のコレクションと化しているのだろう。そんな状態で、松岡さんはちゃんと拾って俺にハンカチを返してくれた。



「……千賀谷くん、ハンカチ落としたよ。」

「あ、ありがとう!気づかなかったよ。」



正直感動した。一度も話したことはないし、愛想もない無口でクールな彼女は前々から少し気になってはいた。彼女はいつも群がる女子たちの中にはいない。何というか、その時は欲をかいたのだ。



「そういえば話すの初めてだよね、松岡さん。ねえ良かったら今日お昼一緒に食べない?」

「は?無理。」



これである。

ウルトラスーパーパーフェクトイケメン男子高校生の誘いを、平々凡々な彼女が断ったのだ。

照れとか、遠慮とかではない。「は?無理。」である。何言ってんだこいつ、頭沸いてんじゃねえの?と言わんばかりの声色に、まるで地を這う虫けらを見るような冷たい視線。

お世辞にも、彼女は美人ではない。少なくとも俺に群がる攻略対象ヒロインと比べたら万人が万人、ヒロインたちの方が可愛いと言うだろう。

ブスと言うわけではないが、いたって普通。髪は茶色がかっているけれど校則の範囲内の黒いセミロング。スカートはひざ丈。体型は痩せ型だが目を引いてスタイルが良いわけではない。いつも教室の自分の席で一人静かに本を読んでいる。所謂地味でぼっちな子だ。

そんな子が、俺の誘いを断った。

幸いこの会話を聞いていた人はいなかったけれど、俺信仰過激派の生徒たちが聞いたら松岡さんが血祭りにあげられるような事態だ。


呆然とする俺を置いてすたすたとスカートを翻し去る松岡さん。

角砂糖にメープルシロップを掛けて生クリームを乗せてさらにチョコレートシロップを掛けて粉砂糖を山になるほど振りまいた、蟻でさえ敬遠するレベルの甘さを誇るこの俺のための世界で、唯一俺に好意を抱くどころか冷たく接する彼女。


雷に打たれたような気分だった。

何もかもがまかり通る俺は横っ面を引っ叩かれたような衝撃だった。

そしてむくむくと湧き上がる好奇心。張り合いのない世界で、彼女だけが俺を雑に扱ってくれる。

甘い世界は自分で望んだはずなのに、いざ実際に味わうとなると欲しくなるのは真逆なものだ。



「松岡さん!今日の放課後空いて、」

「暇だけどあなたために割く時間はない。それじゃ。」



思い通りにしたいようで、絶対に思い通りになってほしくない松岡百合さん。

今日も今日とて、パーフェクトイケメンな俺は平凡松岡さんに腐った生ごみを見るような視線を向けられている。




***********




「クソ神があアアアアッ!!」



天に向かって私が叫ぶと、ひらひらと舞い落ちてくる紙。


『ゴメン!ドジったお!』

『殴られて痛かったお!』


神からの雑な返信に限りない殺意が湧き上がる。今なら神殺しとか余裕でイケる。むしろ今なら私が怒りの神になれる。



「ぶっ殺す!!」



次いで一枚降ってくる紙。


『怖いよお(´;ω;`)』


なぜあの神は私を煽ることに関して凄まじい才能を見せつけるのだろうか。

いくら叫んでも、それ以上神からの返信が来ることはなかった。


松岡百合。花の高校一年生。

大好きな乙女ゲームの世界に転生するはずだったのに、何故かギャルゲの世界に転生されている模様。



私は転生者だ。頭はおかしくない。

元の世界にいたころ、私は普通の女子高生だった。


いつも通りの学校の帰り道。前方からトラックが来て、私はそれとすれ違うはずだった。しかし突然飛び出してきたのは白い猫。このままでは猫がトラックにはねられて死んでしまう、と思う間もなく、ほとんど脊髄反射的にトラックの前に飛び出し猫を庇った。

ブレーキの音、自分の身体が衝突する音、身体に受ける衝撃、飛び散る自分の血。スローモーションのようだった。


目が覚めると、見慣れない天井ではなく、突き抜けるような天。

そして不安げに私を見る白いひげの爺さん。

ほとんど反射的に「あ、神様だ。」と思った。要するに万人が想像するような神だ。高齢っぽい見た目、白いひげに白髪、木の杖、仙人といった方が近いかもしれない。


考える間もなく、私は死んだのだとわかった。

だが過激猫派の私は全世界のお猫様の下僕。猫のために死んだのであれば本望だと一種の満足感すら抱いていた。



「え、あれ猫じゃないよ。」

「は?」



衝撃の事実が明らかになったのは私が死んだ原因とお詫び、ことの次第を自称ドジっ子の神が話しているときだった。



「は、いや、猫じゃないって、」

「うん。あれは猫じゃない。これよく見てみ?」



よく見てみろと差し出されたのは私が助けたはずのものだった。

よく見てみる。

よく見てみると足が6本あるし、目が3つあるし、尻尾長すぎるし、背中に羽もどきが生えているし


「ぬあー」


揚句「にゃー」とすら鳴かない。



「別もんじゃねえかっ!」

「ぐふぅっ!」



衝動もままに神の持っていた木の杖をひったくり神の側頭部にフルスイングした私は悪くない。悪くないはずだ。

私が死んだのはこの神の猫もどきがトラックの前に飛び出したせい、つまりは神のせいだ。死の代償が鈍器でフルスイングなら私は全然許される。

私はあくまでも猫を守って死んだから諦めもついたのだ。それなのにふたを開ければ私が助けたのは猫ではなく、おまけに私の知っている動物でもない異形のクリーチャーだ。死んでも死にきれん。



「な、なんという冒涜……おぬしには神を敬う、いや老人を敬うという心がないのか……、」

「言ってろ。貴様は言い換えれば殺人犯。私被害者。OK?条件次第で示談に応じてやらんこともない……。」

「応じなければ?」

「この木の杖で神殺しを決行する!」

「そんな殺生な!」

「老人に、神に私刑を下すことも厭わん所存。」



そして侃々諤々の話し合いの末、私は生前好きだった乙女ゲームの世界に転生させてもらえることとなった。

何やらぶつくさ言っていたが、どうも異世界へ転生させるのは今日2回目らしい。私と同じトラックに撥ねられた男子高校生をギャルゲの世界に送ってやったらしい。そっちの男子高校生は謙虚でいい子だったとか、知らん。

何やら杖を振って私を転生させるらしい。正直不安しかない。今更ながら神とはいえ自称ドジっ子に私のこれからを左右されるのとか、不安過ぎる。



「そおれ、いくぞい、ぶえっくしょい!」

「ドジっ子おおおおっ!?」



杖を振ると同時にくしゃみしやがったこの神!

けれどもどうも成功したらしく、私の意識は遠のいていった。


気が付いたのは5歳の時。どうも赤子の時代はすっ飛ばしたらしい。気が利くのか、単なるミスなのか。

鏡を見れば幼児が映る。かつての私と同じ姿だ。ヒロインになりたいとは思っていなかったため、別にこの見た目で構わない。私はあの世界を傍観者として眺めたいのだ。


そして平々凡々な月日を過ごし、私は高校一年生となった。

正直言おう。中学三年の時点でなんかおかしいな、とは思ってた。進学先に、私の好きなゲームの舞台だった学校の名前がない。いくら探してもない。ごーぐる先生で検索しても一件たりともヒットしなかった。

だけどまあ、もしかしたら学校の名前が違うだけかもしれない。


そんな淡い期待はあっさりと破られた。

学校、入学式に行ってみたら全然違う。私が行く予定だった世界の校舎じゃない。式に出てもカラフルな頭は見つからないし挨拶をする生徒会長の頭の色も黄色じゃない。何とか職員室前で学年名簿を手に入れて見てみるも、私の知ってる攻略キャラクターの名前もヒロインの名前もない。桃宮も、赤霧も青柳も白樺もいない。


ここ、乙女ゲームの世界じゃないわ。

しかもすごすごとしながら一日を過ごしたら、なんか美女が多い。キャラが濃くて美人な女子生徒が多い。しかもそれ以外の生徒たちは男女ともに没個性的。そのうえなんか一人キラキラしい生徒がいる。


千賀谷李人。


イケメン。眼がつぶれそうなほどのイケメン。周囲の女子生徒たちは彼の笑顔一つでメロメロである。一瞬ギャルゲの主人公かとも思ったがギャルゲのヒーローこそ没個性的なのがテンプレだ。最初っからモテモテのぬるゲーなぞ、と思ったところでぶつくさ言ってた神を思い出す。


私のほかにもう一人異世界転生させた男子高校生がいた。

奴は謙虚だった。


巻き込まれて、おそらく神のうっかりで殺された男子高校生、神からは気に入られている。

あいつだ。巻き込まれた男子高校生は十中八九の千賀谷李人だ。好きなギャルゲの世界に行って神からチートを付けてもらった、というところであろう。


Q:ここは私の望んだ乙女ゲームの世界ですか?

A:いいえ、ここはギャルゲの世界です。


完全にあれだ。



「今度は私が巻き込まれてんのか……!」



私のうめき声は突っ伏した机に消えていった。

あの男子生徒は私に巻き込まれて死んだ。

そして私はあの男子生徒に巻き込まれてギャルゲの世界に転生した。

思い出されるのは神のこと。


「わしドジっ子じゃから。」

「そおれ、いくぞい、ぶえっくしょい!」


ドジを遺憾なく発揮された模様。

放課後、天に最も近そうな屋上に走り、ゲームのご都合主義上自由に出入りできる金属の扉を勢いよく開けて、私は叫んだ。



「クソ神があアアアアッ!!」



天に空高く響き渡り、降ってくる返信。


『ゴメン!ドジったお!』

『殴られて痛かったお!』


ただのドジだけではなく私が杖でフルスイングしたことを根に持ってやがる。

示談は成功していなかったと気づいても時すでに遅し。天は高く、地は低い。いくら私が願えど神殺しを決行することはできない。

せめて、せめてもう少し早く気が付きたかった。ギャルゲのモブとか誰得だよ。ギャルゲを傍観すればいいとか思わないでもないけど、傍観する前から入学式時点で攻略キャラっぽい女の子たち攻略されているし。チョロインにもほどがあるだろ。ドキドキワクワクのスクールライフを返せ。


さていくらがっかりしようと神を罵ろうとどうしようもない。私はただ知らないギャルゲの世界で生きるだけなのだ。

仕方がなく、モブとしてモブらしく日々を送っていた。イケメンは鑑賞する分には好き、という立場だが、ぶっちゃけあの千賀谷李人というイケメンは因縁がありすぎて心穏やかに鑑賞することもできない。だがまあ私はモブだし、関わる関わらないの前に千賀谷くんの周りには常に女子が群がっているために顔を拝むことすらあまりない。ぶっちゃけ、どうでも良い。ヒロインだか攻略対象だかよく知らないが、勝手に乳繰り合っててくれ。私はこの世界でも平々凡々な人生を送りながら猫を愛でて死んでいくから。


とか思っていたのに。



「おはよう、松岡さん。」

「……おはよう、千賀谷くん。」



わざわざ私の席に来て挨拶を個人的にしていく千賀谷くん。キラキラしいかんばせももはや「うわっ、面倒な奴に話しかけられた。放っておいてよ。」という感情しか生まれない。


なぜか平凡転生少女の私はウルトラスーパーイケメン転生男子に興味を持たれているらしい。

正直に言おう。

死ぬほど鬱陶しい。


この発端は私が彼の落としたハンカチを拾った時だ。関わりたいとは思わないが、積極的に不幸を願っているわけではない。そのためハンカチを落とした彼を追い、一クラスメイトとしてそれを届けた。



「……千賀谷くん、ハンカチ落としたよ。」

「あ、ありがとう!気づかなかったよ。」



ここまでは良い。普通の会話だ。だが次がおかしい。



「そういえば話すの初めてだよね、松岡さん。ねえ良かったら今日お昼一緒に食べない?」

「は?無理。」



なんだこいつ頭沸いてんのか。

なんとなく勝手な想像だが、この千賀谷李人という人間は前世モテない平凡な人間だったんじゃないかと思う。そうじゃなきゃここまでのチートを願ったりはしないだろう。前世で得られなかった快感を来世に期待、といったところだろう。少なくとも、こいつはとても調子に乗っている。

まさか断られると思っていなかった彼は、本当に順風満帆どころかオールウェイズ追い風の人生を送ってきたのだろう。なんだ?あれか?私に誘われて喜ばなかった女はいなかったって?どこの帝だ。

呆然とする彼をおいて私は平然と移動教室へと向かった。


だが後にこれが間違いだったということに気が付く。


冷たくあしらったというのに、千賀谷くんはやたらと私に構うようになった。



「松岡さんおはよう!」

「松岡さん今日のお昼一緒に食べない?」

「松岡さんって携帯持ってる?アドレス交換しない?」



一般女子ならば吐血するレベルのお誘いだが、私からしたら唾を吐きたくなる言葉だ。興味ないにもほどがある。

想像するに、「俺になびかないだと……この女、おもしろい。」といった俺様思考だろう。誰得だよそんな王様キャラ。


ぶっちゃけこうして興味持たれているのも私が転生者だったというのを知ればあっという間に離れていくだろう。だがしかしリスクがある。


それは私のせいで前世の彼が死んだという負い目だ。

彼がどんな人生を送ってきたか知らないが、なんにせよ私は彼を巻き込んで殺してしまったのだ。一端はあのドジっ子の神が担っているとしても私も片棒担いでいるに近い。そのためわざわざ自白して恨まれるようなことにはなりたくないのだ。少なくとも、今彼が持っている力の全てを行使されてしまえば矮小平凡な私なぞ一吹きで消し飛んでしまうだろう。社会的に。



「千賀谷くん、おはよう。」

「食べない。」

「携帯は持ってるけどあなたに教えるアドレスは持ってない。」



あくまでも冷たく、ゴミ虫を見るように相手をする。きっとそのうち心が折れて私に絡まなくなるだろう。本当は完全に興味を失ってもらうために一般女子のような黄色い声を上げようとしたが、どこまでも正直な表情筋が彼に対して媚びを売るような笑顔を浮かべるのを全力拒否したため断念したのだ。誰かに媚びうるとか、黄色い悲鳴を上げるとか、無理だ。柄じゃないにもほどがある。

すでに完落ちしているヒロインたちだけで満足すれば良いものを、物珍しいと言わんばかりに私にも寄ってくるウルトラスーパーパーフェクトイケメン男子高校生。不愉快以外の何者でもない。



「松岡さん!今日の放課後空いて、」

「暇だけどあなたために割く時間はない。それじゃ。」



生ごみに湧くウジ虫を見るような目で一方的に話を切り上げる。だがこれでめげないのが千賀谷李人だ。どうせ明日も性懲りもなく私に構ってくるのだろう。


千賀谷李人の心が折れるか、松岡百合の心が折れるか。

彼が私の態度に耐え切れなくなり諦めるか、私が彼の態度に耐え切れなくなり転生者であることを吐くか、二つに一つだろう。どこまでもくだらない我慢対決。


そんなこんなで、今日も今日とて平凡転生少女の私はチート転生男子の千賀谷くんを腐った生ごみに群がるゴミ虫を見るような視線を浴びせている。

っていう話を私が読みたい

相変わらず続きそうで続かない短編

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― 新着の感想 ―
[良い点]  連投スミマセン。  《胡蝶の夢》の作者様じゃあないですか!  今気付きましたよ、たったこれだけの短編なのに面白いワケだ!
[良い点]  ふむ。作者様はこんな小説が読みたいとな…… 。  うむ、実に面白そうだ。  ありそうでなかった恋愛ゲーム巻き込まれ異性ver. 。  これは私もすごく読みたい。  ……… ところで作者…
[一言] なにこれおもしろいw なんのかんのあって3年進学が近くになって行動を起こそうとした所で第三転生者乱入からの再転生乙女ゲーヘまでは予想した。(熱い眼差し
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