千呪針-センノマジナイ
伝い伝わる話が一つ。
広く大きな世界の何処かに、
一本一本が呪を帯びている黒い針が存在するというもので。
針の数も千ほどあると言われている噂。
その千の針は昔、
ある王国の娘にかけられた呪を回避するために、
捨てられ燃やされ封をされた針の塊という話で。
王国が朽ちた今尚も、
人を誘い、
解けない呪を人に授けると言う。
針の呪の種類も一つではないと訊く。
千の呪を持つとされる針の群、
ならば――どんな呪がどれだけあるのか。
それは誰にもわからないと言われている。
何故ならば、
呪を受けて帰って来たものは居ないと言うし、
そもそも誘われなければ針の元に辿り着くことさえ
出来ないからだ。
ただ【ワタシ】が記憶している限りでは、
ある少年は黒い針から受けた呪を、
自らの武器として耐え順応し、
ある少女は呪によって自らの生の路を見つめ直した。
少年は鋭い牙を心の中に持っていたようで、
順応されたのには驚いた記憶がある。
少女は腐っていた。
精神的にも。
肉体的にも。
心は絶望に満ちて、
肉体も心に引かれて共に朽ちていくような。
肉体を蝕む何かに引かれて、心も共に朽ちていくような。
そんな気がした。
普段なら気にもしない人間だった。
けれど【ワタシ】は観てしまったのだ。
少女の中にある絶望の奥底に、
小さく残っていたある想いを。
それから―――――
少女は確かに針に触れ、
呪をその身体に宿した。
呪は瞬く間に少女の中に根のように張り巡り、
少女はその痛みに耐えながら、
静かに暖かな雫を眼から零していた。
少女の眼から、
暖かい雫が零れ切った後に。
少女は穏やかな顔をして、
静かに眼を閉じ眠りに着いた。
いつもの呪と違ったのは、
少女の触れた針の色が、白かったという事だけ。
そこにどんな意味があるのかは、
彼女自身が気付く事だろうと思う。
一つだけ言える事は、
今も昔も、
ワタシは人間を誘っている。
ただ、それだけが、
確かな事実。




